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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
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6-9 誘いの迷宮

 -西暦2079年7月24日06時25分-


 アキラは目に見えて沈んでいた。

 数カ所で起こった生体爆薬の誤作動による被害は、捜索中の二個中隊のどちらに対しても一切無かった。

 その事がより一層、この件の陰惨さを強調していると彼は感じていたるのだ。

 

 適当に捨て置ける、無価値な物として扱われた人間の生命。


 自分達への足止めや、負傷による人員負担の増加という使い方をされる方が幾らかましなのではないのだろうか?

 彼等の死には何の意味があったのだろうか?


 アキラの身体から浮き出す重たい気配を、野口はあえて見過ごす形で放置する。

 今の彼に何を言った所で、下手な慰めにしかならない事を判っているからだろう。

 故に互いに言葉を交わす事も無く、担当エリアの捜索を黙々と続けていた。


 次はどこの生存者がその生命を潰えさせるのか。

 いつ起爆するのかも判らない彼等の事を考えると、アキラ達の心だけがひりついていく。

 

 藤山の狙いが不透明な事もあるのだろう。

 捜索部隊にダメージを与えるつもりならば、もう少し巧妙な手段を用いるべきだと誰もが考えている。

 捜索部隊の精神を苛つかせる為だけに人間爆弾という手段を使ったのならば、やはり藤山という男はとんでもない策士(・・)なのだろう。


「……条。中条……おいッ! 中条ッ!」


 自分の名前が呼ばれている事にすら気付かない程にその考えに没頭していたのか、アキラはその声に反応出来無いでいた。


「……スンマセン」


「ダメージ受けちまうのは解かるけどよ、今はしっかりしてくれや。お前さんはうちらのチームの切り札なんだぜ?」


「ウッス……」


 いつの間にか調査は進んでいたのだろう。

 アキラの意識がその場に戻ると間も無く、見通しのいい演習地平野部エリアの捜索は終了したとの通信が入った。

 既に小隊単位で林野部の周囲を包囲しつつ、捜索の為の突入地点への移動を開始している。


「残るは演習地の奥の林野部だけって事になるが……見通しが悪いのは今の状況だとちっとばかし怖いな」


「そうッスね……トラップもそうッスけど……至近弾だけは貰わない様にしないと……」


「だな。それでも百も離れりゃあ、71式の弾幕すらこいつの装甲でどうにか止められるってのが凄ぇさ。晴嵐ですらそれだぜ? これより上っていうんだから、お前さん達の装甲はとんでもないな」


「それでも……当たり所が悪ければ……痛い目見るッスよ? うちの訓練に来たら……そういう目に頻繁に遭えるッス」


 野口は目をパチクリとさせると、急に何かを堪える様に震え始めた。


「ククッ……お前さんもそういう事が言えるんだな。実直なだけかと思ったけどよ、なかなかどうして言うじゃねぇか。片山の仕込みか?」


 アキラが平然と言った言葉は彼の笑いの琴線に触れた様だ。

 彼や片山の関係者にしか理解出来無い性質のものなのだろう。


「あの人にかかれば……しょっちゅうッスね。模擬弾でも……下手したら片腕全損とか食らうんスよ?」


「全ッ……然ッ、変わってねぇな、あんにゃろ。機械の身体になっちまってよ、ちったぁしょぼくれてるかと思ったんだぜ? うちの中隊と模擬戦やった時と似た様な事やってんじゃねぇか」


「そうなんスか?」


「降下強襲訓練の時にな、あいつの隊の仮想敵をやってな。降下後に森に引き篭もった片山の仕掛けたトラップのせいで、うちの隊の車両が全損だぜ? 実弾なんざ一発も使って無かったのによ。訓練後に犬塚のオヤジには説教されるわ、整備部の連中には嫌味を言われるわで散々って奴よ」


「…………」


「あいつの中隊との模擬戦はな、俺の敗北の歴史ってやつだ。あいつ脳筋だからよ、勘だけで部隊運用やら戦闘なんかしやがるだろ? だから理詰めでどうにか挑んでみるんだけどよ、勝てた試しがねぇんだよな……」


 憶えがあるのか、アキラは激しく首を縦に降って同意を示した。

 片山に敗北を重ねる者同士……さらに彼の実力を知る分、信頼もしている者同士のシンパシーがそこに生まれたのだろう。


『全小隊、予定地点に到達。現状で負傷者等はおりません』


 その様なやり取りをしている間にも、分散している捜索中隊の準備が整った様だ。


『判った。遭遇戦の確率が跳ね上がるぞ。各自留意。敵勢力と遭遇の際には、隣接する小隊と連携。とにかく囲め』


『二十四小隊、了解』


『四十一小隊、了解』


 八つある小隊の小隊長から、続々と了解の旨の返信がある。

 片山の古巣である第四中隊には、今作戦では中隊長は設定されていない。


 先日までは同部隊からの抜擢で、片山の跡を無理矢理継がされる形で梶谷が中隊の長となっていた。

 だが先日のアジト襲撃の際の陽動における境界線の戦闘で、第三中隊の中隊長が運悪く被弾、負傷した為に後送されてしまったのだ。


 どこの連隊も人手は足りておらず、その穴を埋める人材は居なかった。

 仕方無しに梶谷が今作戦中のみ第三中隊に異動。

 片山の合流までは、という条件付きで第四中隊は野口預かりとなったのである。


 全ての小隊からの返信を確認すると、野口は満を持して林野部への突入命令を下す。


『全小隊、前進。トラップと不審物の発見に全力を尽くせ。各小隊の工兵はよろしく頼む』


 八つの小隊はじわり、じわりと木々の中を進み、捜索範囲を狭めていく。

 廃棄地区での戦闘を想定していたのか植樹が繰り返され、樹海と呼べる程の密度の演習場林野部。

 物理的なトラップは勿論、何らかの施設、もしくはその入口を隠すのにうってつけの場所である事は確かだ。


 作戦開始前に数度行われた無人機の空撮による偵察時、開けている演習地区に目標施設らしき建造物は発見出来無かったという事がそれを立証している。

 本部における作戦立案時の推測でも、捜索の本命はこの林野部で間違い無いだろうという結論に達していた。


 アキラと野口も樹木の根に満ちた足元の悪さを少しだけ気にしながら、他の小隊と同様に慎重に予定進行ルートを進む。

 同行する二十一小隊の面々の顔付きも、開けたエリアの捜索時とは違う緊張感に包まれていた。


 パパパパパパパパパパパッ!


 アキラ達の現在位置より少し離れた場所から連続して発砲音が鳴った。


『四十二小隊、会敵。量産型が七。四十一、四十三小隊の支援を乞う』


『四十三、了解』


『四十一、了解』


 通信内容を聞いていた野口は推移を見守る。

 僅かな時間経過後、発砲音の発生するエリアが広がり重複し始めた。


 十数秒ばかり掃射音が継続されるとぷっつりと音は途切れ、再び林野部を静寂が包む。


『状況終了。支援を感謝する。捜索を継続』


『了解した、ご苦労さん』


 野口は通信を終え一息吐くが、その表情には重いものが纏わり付いていた。

 だが即座に態度を改め、普段の飄々とした表情に無理矢理戻す。

 指揮官がその様な顔をしていては、士気に大きく関わる事を判っているのだろう。


『第二中隊より第一中隊。林野部で量産型七機と会敵、これを撃破。捜索を継続します』


『おう。小出しにしてくる戦術に変更は無いみたいだな。罠の可能性は高いがそのまま引き込まれてやれ。まず逆包囲されるだろうが、それはそれで間違い無く懐に入れる。こっちをただの歩兵と思ってナメてる節があるからな。但し、連携は忘れるな。集団戦闘の厳守を徹底させろ』


『……了解』


 戦闘があった事を伝える犬塚との短い通信を終えた野口は、自分の上官の無茶振りに流石に呆れるしか無かったのだろう。

 げんなりした表情をアキラに見せつけると、そのまま愚痴り始めた。

 同行している二十一小隊の面々は、何時もの事だと小さく笑っている。


「あのオッサンはホントに無茶言うよな……罠に呼ばれろって茶飲みに誘われてんじゃあねぇんだぞ……俺と片山を一緒くたにすんのだけは、頼むから止めてくんねぇもんかなぁ」


「でも……確かに言う通りなんスよね……手っ取り早いのは間違い無いッス」


「ああ……お前さんもそっち側なんだったな……忘れてたよ」


 片山経由ですっかり犬塚式の思考に染まっているアキラの言葉に、話す相手を間違えたと野口は臍を曲げてしまった。


 そこから数回の戦闘が散発的に行われたが、犬塚の仕込んだ部隊という看板に誇張や偽りは無かった様だ。

 隣接する小隊同士でしっかりとフォローし合い、被弾を見事に零に抑えていた。


 野口は犬塚の方針に渋々ながらも従い、敵影のある方向へと部隊の包囲を狭めさせていく。

 敵との遭遇回数が増していくのは当然ではあるが、犬塚の読みが当たっているという事なのだろう。


 アキラが参加する程の規模の戦闘は相変わらず無く、およそ五km四方、五百ヘクタール程ある林野部の中程まで到達する。

 そこで一つの小隊がある人工物を発見したのだ。


 大柄な成人男性が通れる程の排気口であった。

 それが三つ並んでいる。

 その報告を聞いた野口は数瞬だけ思考すると、他の小隊へと指示を飛ばした。


『何らかの施設が地下にあるって事だな。排気口からの突入は流石に止めておこう。周辺に出入り口が無いかをまず探す。発見次第、その場で一旦集合だ。とっとと見つけてぶっ飛ばすぞ』


 その指示に従い、各小隊が排気口の周辺の探索を始めた。

 どの様な形で入り口が偽装されているかは判らないが、そう遠くない位置に置かれて(・・・・)いない訳が無いのだ。


 藤山がどの様なやり方で強襲部隊を迎え撃つ気かは、真っ向からやり合ってみるまでは判断出来無い。

 だが搦手を使いたがる彼の性癖から、まっとうな手段で迎撃される事は有り得ないだろう。

 そう作戦本部の認識は一致していた。


 部隊付きの工兵を中心に、更なる人工物を求めて小隊の群れは動く。

 さながら猟犬の群れが獲物を求め山中を彷徨う様でもあり、その嗅覚は人の手の入った痕跡を次々とあぶり出していった。


 簡単な物では藪の中に仕掛けられた小型赤外線センサー。

 難しい物となると、生きた樹木を丁寧に加工して隠蔽されたスイッチ群等もあった。


 幾つかの小隊が合流して工兵を中心に近くを探った所、ほんの僅かな違いではあるが土の色の違う場所が発見された。

 上下に開閉する鉄の扉の様だが、どうやら樹木のスイッチと接続されているらしい。

 通電を解除し開けてみると、二層式になっている床下に半径五十メートルは吹き飛ばせるだけの量の爆薬が眠っていたそうだ。


 工兵の見立てでは遅延爆破のトラップらしく、樹木にある出入口のスイッチを見つけたと思って押した所で扉が開き、まずセーフティが解除。

 即座には反応せず、爆薬の蓋となっている鉄板に接触した瞬間に起爆するらしい。

 手の込んだトラップではあるが、工兵に言わせればその出題意図が読めないそうだ。


 トラップという物には目的が存在する。

 爆破による殺傷は勿論、進行ルートの制限や敵部隊の密集を誘う事も手法としては有り得るだろう。

 だがこの林野部に存在するトラップは多種多様ではありながら、その指向性が全く一致しないらしい。

 複数の命令系統が互いの作戦目的を知らずに仕掛けたか、その疎通が図れていないのか。

 そのどちらかだそうだ。


 但し共通している事は、その調査と解除に時間を取られているという事である。


「時間を稼いでやる事といやぁ……トンズラ、こちらの戦力の分散、それから自軍の……」


 戦うべき相手の思考を読もうと野口がブツブツと言っている横で、アキラは大葉へと通信を送る。


『十二番機、そっちはどうだ?』


『相手はこっちの狙撃位置を特定したがってるみたい……かな? 戦力の出し方は変わらず小出しだもの。タ……七番機の射線がすごく散らかってるんだよ』


『十六番機はどう言ってる?』


『特に大きな反応は無いって。犬塚さん達が本営ビルに侵入したっていうのに、大規模戦力が送られてくる様子も無いんだもの』


『短時間でいい、十六番機の目をこっちの林野部に……』


『こちら十六番機。割り込んでゴメンよ。今から五分、そちらの方角をフルレンジで索敵するよ。犬塚さんの許可は貰ったから』


『……スンマセン』


『手が回らないなら、使える手を使うものだよ。気にしないで』


 大葉のレーダーを目標建造物の索敵に使えない理由。

 多々ある理由で一番大きなものは、やはり彼の負担となる脳疲労の問題である。


 本営ビル突入部隊が外部からの包囲で孤立しない為に、平常出力ではあるが常時レーダーを展開する。

 それだけでも稼働時間の長期化が確定している事から、大葉への負荷は相当なものとなるだろう。


 フルレンジでのレーダーの使用は彼の脳に大きなダメージを与える以上、今回の作戦における重要(・・)なポジションを担う大葉は温存しなければならない。

 作戦の山場で彼が使えなくなる事は、予定されている作戦の失敗を意味するからだ。

 故に演習地域の捜索は人力で行っていたのである。


 アキラは大葉への申し訳無さと同時に、彼のその気遣いを有り難く思う。

 その上で、彼にしては能動的なこの行動を目の当たりにして、それに対する驚きが大きな印象として残った。


 これまで幾つかの作戦に参加している大葉は、どうしても言われるがままに動いていた印象がある。

 彼自身もそれを認めており、素人の自分が判断しても碌な事にはならないだろうという考えが根底にあったからだと述べている。


 だが片山の不在、晃一の焦燥。

 そんなものを目の前で見せられてしまうと、年長者として皆を庇護しなければという想いも生まれる。

 今の大葉の言葉の端々からは、使える手段は負担を度外視で行使する気概に溢れていた。


『十七番機、マズいぞ……君達の周辺はアリの巣だ。出入り出来る場所は複数。だけど敵の数はそれ以上に見えるね……いつ包囲されてもおかしくない状況だよ。その地下施設は私達のアジトと同等、もしくはそれ以上の規模の物だと思う』


 先程とは違う、大葉の緊迫した声が晃一の通信網によって飛ばされてきた。


俺達(・・)の侵入口は何処ッスか?』


『……敵影の無い場所は一つ。でもこれは……』


『十六番機、第二中隊の野口です。罠に飛び込む様に言われとるんですよ。教えて頂けませんか?』


 通信に割り込む野口に嫌な声も出さず、思案してる時間すら勿体無いと判断し、大葉は望まれるがままの返答をした。


『君達の位置から北におよそ二百メートル。今取れたデータだけになるけど、十七番機のバイザーにマップを送るよ。地下深層までは私のミリ波が浸透するには時間がかかり過ぎる。出来るのはここまでかな……ごめんね』


『十分です、感謝します』


『無理言って……スンマセン』


『いいんだよ、私に――敵影に移動の兆候が出た! 動くなら急いだ方がいい!』


 アキラがリアルタイムで転写されているバイザーの情報を見ると、確かにうぞうぞと動く多数の敵影が見て取れたのだ。


『……ウッス。それじゃ……また後で』


『うん、気をつけて』


 大葉との通信を切ると、アキラは野口に判断を委ねる。


「野口さん……」


「……大葉さんだっけか。優しい人なんだな」


「……ウッス」


 大葉の無理を押した善意をきちんと汲んでくれる……そんな野口という男はやはり信頼出来る。

 アキラはこれから行われる過酷な戦闘も彼とならば乗り切れるだろう、そう思えたのが嬉しかった。


「よしッ! 中隊を集結させろッ! 折角のご招待だ、受けてやろうじゃねぇかッ!」


 二十一小隊にそう命令を飛ばした野口のその顔に、もう迷いは無かった。




 あからさまに見える藤山の思惑に乗るアキラ達。

 迷宮の様な地下施設で彼等を待つものは何なのだろうか。

 虎穴の虎児か、火中の栗か。

 間違い無い危険地帯へと……外縁捜索中隊の面々は突入を開始する。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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