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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
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6-8 その生命、その価値

 -西暦2079年7月24日06時00分-


 極東陸軍本営一帯の捜索は順調に進行している。

 本営ビルの外縁、訓練用の敷地内に相当数ある様々な種類の建造物。

 その一つ一つを虱潰しに、野口の率いる二個中隊とそれに随伴するアキラは、得るべき情報を求めて細かく精査していった。


 そして彼等は捜索の最中、奇妙な状況に気づく。

 駐機設備には車両がそのまま放置されていたが、弾薬庫からは銃火器弾薬に爆薬、更に燃料集積施設からは燃料電池用の水素カートリッジが軒並み持ち去られていた。


『野口さん……これは……どうなんスかね?』


『十七番機、もう少し明瞭に言ってくれや。こういう状況の時はその方がいい』


『……スンマセン』


『いや、構わねぇよ。で、どうした?』


『足を使わずに……火器だけ持ってトンズラ、って事は……有り得ないッスよね?』


『そりゃそうだろ。どの程度の所帯か知んねぇがよ、移動するなら足は必須だぜ? それが駐機設備にあんだけすし詰めで残ってんだ。考えられるのは……』


 野口の脳裏には想像したくない事案がスッと浮かぶ。


『どこかで間違い無く……待ち伏せがあるって事ッスね』


『言葉にすると気が滅入るな……兵装やなんかも、今もどっかで増え続けている量産型の為に確保してるって事なんだろうさ。後は……俺達に使わせない為にって線もある事はあるが……』


『爆薬は……一箇所に集めてズドンって事も……』


『こりゃあだめだな、やめだやめ』


 野口は浮かんだ予感を払うかの如く大きく手を振り、会話を止めた。


『想像力だけを逞しくするよりも、まずは目で見て確認しねぇ事にはな。第一の藤山って男は植木のジイさんと違ってな、搦手大好き謀略大好き権力大好きって人間だ。用心するのは当然って前提で事に挑まねぇと……下手すりゃみんな揃ってレミングってなっちまう』


『……ウッス』


『まぁお前さんや片山が居りゃあ、少々の問題なら対応してくれるって信じてるからよ。そうなった時は、いっちょ頼むわ』


『……野口さんは……団長の同輩なんスよね?』


 アキラにしては珍しく、隊外の人間との会話をスムーズに進めている。

 野口の持つ苦労性の空気が、今は亡き父に似ている部分があるからだろうか。


『同輩なんていいモンじゃねぇな。腐れ縁ってやつになんのかね……同期で軍大と幹候出てあいつが第七、俺は第四と違う連隊に配属されたんだ。やっとの事で離れたかと思ったのによ……二年で同時期に空挺に呼ばれたと思ったら、結局は同じ大隊だぜ?』


『ウチのオヤジとは……偉い違いッスね』


『馬鹿言うんじゃねぇよ』


 野口の口調に怒りに近いものが含まれていた事を感じたアキラは口を止めた。

 何か不味い事を言ってしまったのだろうかと彼の表情を窺う。

 だがそこにあったものは怒りでは無く、失くした何かを諦めた子供の様な表情であった。 

『中条さんにはよ、俺も散々世話になったんだ。あの人が先任でいる隊は揉め事が起きねぇって、有名だったんだからな? あの折衝力と掌握力は真似しようったって、そうそう出来るもんじゃねぇよ』


 エリートとも呼べる空挺の中隊長が、まさか現場上がりの自分の父と繋がりがあるとは思ってもいなかったのだろう。

 アキラは口から、彼にしては間の抜けた声を紡ぎ出した。


『オヤジに……?』


『おう。俺が第四に配属されたばっかりの頃な、お前さんの親父さんが隊の先任だったんだよ。こっちは幹候上がりの出来立て小隊士官でよ、色々と面倒かけちまってな。ホントにあの人には頭上がらねぇんだわ』


『そんな事が……』


 世間の狭さというものをアキラは今、感じている。


 人と繋がる事を望んではいるが、自身の性格に鑑みて難しい事であると、この身体になる以前は思っていた。

 だがあのズケズケとした片山や環の物言いや、郁朗や大葉との穏やかなやり取りは彼のそんな心境を変えるだけのものを持っていたのだろう。

 この奇妙な縁を大事にしたいと思える程度には、アキラの他者との距離感は変化を見せていた。


『お前さんの事を偶に楽しそうに話してくれたよ。口下手だが絵を描くのが好きだとか、四年生の時に学校から出展した絵が金賞取っただとかな。あの人が三尉になっちまってから出向が多くてちっと疎遠にはなってたがな、恩人なんだよ……中条さんは……』


『オヤジ……』


 外で父親が自分の事を手放しで褒めていた。

 そんな事を知ってしまうと、子の心としては些か気恥ずかしいものもある。

 だがそれは父が自分の事をしっかりと見てくれていた証であると思うと、とても暖かなものであるのだなとも思えたのだ。


 その気持ちの温度は……幼い頃に父に肩車をして貰った時であるとか、練武場で父に合気道の手ほどきを受けていた時に感じたものと同一であった。


 戦場には似つかわしくない穏やかな空気にアキラが触れていると、野口の中隊のチャンネルがノイズと共に静かに状況を読み上げた。


『二十三小隊より中隊長。S3W4ブロックの倉庫内に生体反応、確保されている人員を発見、周辺のトラップを確認中。恐らくは民間人と思われます。接触しますか?』


『直ぐに行くからちっと待ってろ。どうにもキナ臭ェ。入り口で待機だ』


『了解』


「だそうだぜ?」


「ウッス」


 野口は通信を切ってもう一人の中隊長に捜索を継続する様に伝えると、アキラに同行を要請する。

 そうして合流した二人は件の倉庫へと急ぐのだった。




 陸軍における部隊コードの数字は、展開規模により桁数が変わる。

 大隊規模で作戦行動する際には、小隊名は中隊の数字と小隊の数字を合わせた二桁のものになる。

 この戦場で二十三小隊と呼ばれている、空挺連隊第二大隊第二中隊第三小隊、その小隊長である士官は目の前の光景を苦々しげに見つめていた。


 これを発見するに至ったのは、今回の作戦で運用している手持ちの生体センサーの精度の低さに舌を巻いている時だった。

 捜索レンジは広いものの障害物に弱く、壁一枚隔てるだけで途端に感度が低下する。


 帯に短し襷に長しとはよく言ったものである。

 大雑把に感知する事は出来ても、肝心の対象の詳細に至るまでに、結局は膨大な範囲のエリアを探索しなければならないのだ。


 EO側の索敵担当である大葉が、その索敵機能を人員検索のみに十全に使えたのならば、この様な苦労はしなくても済んだのには違い無い。

 味方陣営の索敵車両が敵中突破をしてくるまで、という条件付ではあるのだが、現在の彼は戦場全体の敵影を把握する為の固定されたレーダーとして機能している。


 作戦開始の時点で投入出来る機材や戦力が限られている以上、人員や建造物内の細部捜索に彼の力を使うだけの余裕は無かった。

 その為の空挺連隊の捜索部隊ではあるのだが、ブリーフィングで味方EOの性能をしっかりと説明されたという事から、大葉のその性能には期待したいという本音が湧き上がるのも判らなくは無い。

 実際に使える機能が使えないというのは、どんな事情がバックグラウンドにあるとしても、やはり辛く感じてしまうものなのだろう。


 そんな状況でじりじりと捜索を続ける中、徐々に生体反応が大きくなるのをセンサーの担当兵員が確認する。

 これは、と部隊員達に何らかの足がかりの発見への期待が膨らんだ。

 そして人間大の反応がいくつか見られる小型の倉庫へと到着する。


 各小隊に一人、大隊の方針で配置されている工兵技能を持つ兵員が、倉庫の周囲の地面から扉に至る全ての箇所の調査をする。

 あからさまな生命反応の置き方……誘引型のトラップの可能性が高いからだ。


 幸い、倉庫外周や扉にはその手の仕掛けは存在しなかった。

 可能性としては建造物内、もしくはその地下。

 そして……中にいるであろう人間そのものに仕掛けられている、という事だろう。


 重い扉を晴嵐の筋肉補正であっさりと引き開けると、侵入した小隊長はフェイスマスクのゴーグルを暗視モードに切り替え中を窺う。


 そこには確かに人間が居た。

 だが彼等は一人残らず拘束されており、地面に投げ捨てるが如く無造作に転がされていたのである。

 時折呻き声が聞こえてくるという事は、恐らく口元も塞がれているのだろう。


 その状況を見た上で即座に救出に走る、という愚を犯さなかったのは、この小隊長が空挺に呼ばれるだけの優秀な人間である事の証左と言える。


 彼は野口に連絡を取り、判断を仰いだ。

 倉庫の中からは僅かに唸る声と、地面と衣類の擦れる様な音が先程から小さく小さく聞こえてくる。

 どの様な身分の人間達なのかは、現状では判断出来ない。

 暗い倉庫の中をハンドライトで照らした所で、その人物が何者なのかの情報なぞ簡単に得る事は出来ないのだから。


 彼の苦虫を噛み潰した心境を知ってか、程無くアキラと野口が甲高いモーター音と砂煙と共に倉庫に到着する。

 手っ取り早いとアキラの背に乗り、彼のローダーの力で高速移動していたのだろう。

 建造物から小隊長が出て来た事を確認すると、野口は簡潔に現状の説明を求める。


「状況」


「建造物周辺、入り口にトラップはありませんでした。内部への突入は控えていましたので、中に関しては何とも」


「賢明で何よりってとこだな。中条、お前さんの耐爆性能ってどんなもんだ?」


「野口さん達より……いくらか硬いって程度ッスよ? 晴嵐の装甲は俺の装甲より……一枚二枚落ちる程度……って聞いてるッス。それでもまぁ……中に入るなら、俺ッスね」


「…………」


「野口さん?」


「生体爆薬のスキャンだけ頼めるか? どうにも……そんな予感がしやがる」


 人間を爆破トラップにする可能性の高さ。

 この状況であれば間違い無くそうなのだろうと、素人のアキラにでも判断出来る材料が揃っている。


「……ウッス」


「中条にX線カメラとボムチェッカーを。使い方は解かるな?」


「座学で……問題無いッス」


 アキラは工兵からそれらの道具を受け取ると、慎重な足取りで倉庫に突入した。


 カメラアイは暗視モードに切り替わっており、通常の視界が保たれている。

 コンクリートで固められた床を一歩一歩、突起物や埋蔵物に気を配りながらゆっくりと歩を進める。


(スーツ……?)


 アキラの視界の中に倒れている人物達の姿が明瞭に映り始めた。

 草臥れてはいるものの、全員がスーツを着たまま地面に転がっている。


『野口さん……転がっている連中……スーツを着てます。身に付けてる物は……どう見ても安物じゃないッス』


 衣服の仕立ての良し悪しが、アキラによく理解出来無いのは仕方が無い事だろう。

 だが彼等の身に付けている時計やネクタイピン等を見る限り、それらが高価な物であるのは間違い無さそうだった。


『…………あの日、Nブロックから脱出する事が出来た政治家は定数の半分。上級官僚となると……そのほとんどが拘束されてたはずだ。その手の連中かも知れん』


『……アプローチ開始。X線カメラの映像、送るッス』


 X線カメラによる透過で、物理的に爆薬を抱かされていないかどうかの確認。

 それと合わせてアキラのメインカメラによる熱源反応のチェックも行われた。


 そのどちらにも爆発物や熱源を持った物は感知されなかった。


『異物の痕跡無し……ボムチェッカーを使うッス』


 ボムチェッカーと呼ばれる、生体爆薬の感知器。

 生体爆薬と呼ばれる物の怖さを、テロの現場と相対した事のある野口はよく知っていた。

 彼等の参加したテロ鎮圧作戦においても、生体爆薬をその身に流して(・・・)いた数人の自爆によって軽傷者が出ている。


 固体爆薬をナノマシン化し、人体の血流に乗せる。

 生体爆薬とはよく言ったもので、何種類かあるそのナノマシンは赤血球に擬態し同様の働きをする。

 その為打ち込まれた本人に気付かれる事無く、所謂"人間爆弾"を容易に作る事が出来るのだ。


 起爆の為の要素は爆薬の種別によって様々であるが、そのほとんどは脳内物質に反応して起爆する。

 

 興奮状態で分泌されるアドレナリンや、一息ついた時に分泌されるエンドルフィン。

 珍しい物としては血圧感応型のものすら存在する。

 使用される際の様々な状況を加味、分泌されるであろう脳内物質や体質を想定して被験者に投与するのだろう。


 但し、判別方法は存在する。

 生体爆薬を投与された人間の表皮には、代謝によって極僅かではあるがその成分が浮き出すのだ。

 それを成分チェック出来る機材を通す事でその判別が可能である。

 


 アキラがボムチェッカーを、そっと床に転がる一人の露出している皮膚に当てた。

 数秒の沈黙の後……チェッカーに表示された結果は……。


 赤。


 陽性であった。


『野口さん……赤です……』


『…………連中を放棄。十七番機、直ぐにそこから離脱しろ』


『ッ!』


 野口の判断は的確だった。

 何故ならば彼等の今の手持ちの薬剤や機材では、生体爆薬の除去は出来無いからだ。

 脳を深く眠らせた上で専門の医療施設に運び、そこで血液の透析を行わない限り、彼等をこの状況から助け出す事は不可能である。


 下手に拘束を解いて救助し彼等の感情を揺り動かそうものなら、起爆キーとなる脳内物質が規定量分泌された瞬間に……この倉庫ごとアキラは吹き飛ぶだろう。

 納得出来無いという感情が湧き出てくるのをアキラは自覚したが、反論出来るだけの材料が出てくる訳が無いのだ。

 今は野口の指示に素直に従うしか無かった。


 倉庫から急ぎ離脱したアキラは、野口に視線を送る事で幾ばくかの抗議を行う。

 野口は感情の込もっていない瞳で、アキラに静かに告げた。  


「そんな目で見てくれるなって。表情は無くても感情は届いちまうんだからよ……お前さんの言いたい事も解からんでもないさ。でもな、今は生命を重さに置き換えて秤にかけなきゃなんねぇんだ」


「重さ……?」


「そうさ。この作戦は四千万居る極東市民の生命が掛かったもんだって事を、忘れたわけじゃねぇよな?」


「…………」


「連中を助ける事で間違い無く時間と労力、場合によっちゃ部隊員の生命だ。それだけのもんを浪費する。連中にそれだけの価値があるのかどうかって事だ」


「助ける価値が……本当に無いんスかね?」


「連中が内戦以前にどんだけ甘い汁を吸ってたか、なんて事ァどうでもいい。でもな、少なくとも連中の肩書もやってきた事も、この戦場じゃ何の役にも立ちやしねぇって事だけは確かだな」


「…………」


「飲み込めとは言わねぇよ。プロープをマーカー代わりに残していくんだ。後は連中の運が決めるだろうよ」


 ズシン……


 野口がそう言い終わったと同時に、中隊の捜索範囲外の場所から鈍く低い音が鳴り響く。


「先任! 爆発地点の味方の有無の確認急げッ!」


「やってますッ!」


 野口の怒声に、第三小隊付きの先任下士官もまた怒声で応えた。

 砲声が聞こえなかった事から、恐らくは似た状況に置かれた"人間爆弾"が、何らかの要因で起爆したのだろう。


「な? 事故ってのは起きるもんだ。こんな無茶な作戦に従事してる連中を、そんなつまんねぇ死に方させる訳にはいかねぇんだよ」


「……ウッス」


 アキラの渋々ではあるが納得した声を聞き、野口は現状を通達する為に各小隊へ通信を送る。


『野口だ。生体反応があっても迂闊に近寄るな。敵は生体爆薬を使用している。繰り返す。敵は生体爆薬を使用している。後は適当(・・)にやれ。以上だ』


 それだけを部隊員に告げると、野口は隊に移動命令を出す。

 この状況で残されていく被験者達の事を考えるだけで神経が苛まれるが、優先順位という物が存在する以上、これは仕方の無い処置と納得するしか無いのだろう。




 足早にその場を離れ、捜索目標を探すべく移動を開始したアキラ、そして野口と二十三小隊の面々。

 彼等が一キロ程の移動を終えた頃だろうか。

 つい先程発ったあの倉庫から、聞き覚えのある鈍い振動音が彼等の耳に届く……視線を送ったその場には、黒煙だけが何処かへ向かう様に立ち昇っていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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