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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
113/164

6-5 矜持の挽歌

 -西暦2079年7月24日05時30分-


 郁朗と双子。

 それぞれの戦いが様々な温度を持つ中。


 その様子を密かに窺う者、いや者達が居た事をここに記しておく。

 彼等の思惑もまたそれぞれであり、自らの元に訪れるべき人間を待つ者もいれば、自らに課せられた枷により臍を噛む者もいる。


 そんな物の怪ともつかない者達の見守る中、この場の戦闘における趨勢が決まろうとしていた。




 ゴッ!


 ジリッ!


 双子は自らに襲い掛かる知覚出来ない攻撃に怯む事無く、三号への肉薄を継続していた。

 短時間での体感ではあるが、至近距離まで詰めれば前面からの打撃は来ない、それを把握出来た事が大きい。

 三号が距離を取ろうとすればそれに喰らいつき、自らの持つ追い剥ぎ棒(景太命名)をひたすらに振るった。


「しつこいやっちゃなッ! ええ加減そのきっしょいドロドロ脱いでまえやッ!」


「失礼なッ! この機能的な出で立ちを理解出来無いとはね! 流石に犬は育ちもセンスも悪いかッ!」


「キーッ! こいつほんまシバくッ!」


 とても次代を獲得する為に必要な戦闘は思えない程、互いにぶつけあう言葉は稚拙なものになりつつある。

 舌戦を繰り広げる隙間の無い、互いの死力が尽くされている事を意味しているのであろう。

 つまり三号にすら、戦闘序盤に見られた余裕はもう無いのだ。

 現に彼の身体を覆っているアンチショックジェルは、本来のサイズよりも一回りも二回りも薄く小さくなっている。


 アンチショックジェルさえ剥がしてしまえば、少なくともスペックでは負ける事は無いだろう。

 そこまで追い込んでしまえばギガントアジャストをパージして二人掛かり、つまり手数で押し込んでも構わないのだと、勝太は現状をそれなりに分析している。


 知覚出来ない打撃に打ち負けてしまうかどうかの瀬戸際であったが、彼等の怒りは未知の攻撃から生まれる恐怖を凌駕していた。


 一方で三号は、戦闘の最序盤に余裕を持って相対した事を、僅かではあるが後悔し始めていた。

 自らと機構を侮辱した存在ではあるが、感情を爆発的に発露させた目の前の犬達は強いのだと。


 追い込み方を間違えたのでは無いのだろうか?

 その代償がこの質量を擦り減らした身体では無いのだろうか?


 自分の取った手法に狂いが生じているのでは……そんな疑念が彼を襲っていた。


 三号は見えない一撃、光学迷彩によって隠蔽したアンチショックジェルを長く伸ばし、フレイルの様な鈍器として目標にぶつける技能を持っていた。

 外見はほぼ同じでも細かい点で差異の生じる装着重装型の中で、彼は継続戦闘を念頭に置いたエネルギー運用型として設計されている。

 他の機体であればほんの二~三分の本体隠蔽が精一杯の光学迷彩なのだが、彼はその機体の運用効率を以って十分近くの完全隠蔽を可能としてみせた。

 更には肉体の一部に使う事でステルスを武器に、それも長時間の戦闘に耐え得る自身の専用兵装にまで昇華させたのである。


 この技能を用いれば打撃戦でという制限はつくものの、死角から攻撃を含め、相当優位に戦闘を進める事が出来るはずであった。

 だが優位のはずのそれを、双子は感情という不確定な武器を以ってして真っ向からぶつかり、そして耐え凌いでいる。

 七号と相手をスイッチする、という考えも三号の頭をよぎった。


 彼等の息の根は自ら取りたい。


 しかしそんな考えが冷静な思考を駆逐し、彼は双子の荒ぶる感情だけにではなく、自身の持つ感情にすらも振り回され始めていた。


 彼等はお互いのそんな精神状態は読み切れていない。

 だが迷いの有る無しの差というものが、少しずつではあるがダメージとして彼等の肉体に現れ始めていた。


 ゴッ! ゴッ! ゴッ! ゴッ! ゴッ!


 矢継ぎ早な三号の不透明な殴打が、双子の横合いと斜め後ろから複数襲いかかり、彼等に直撃した。

 外部装甲のみならず、数カ所の生体装甲には歪みが生じており、作戦開始後の初戦にして、双子の外見は疲弊しきったものにしか見えなかった。


 だが彼等自身が痛打と感じる一撃は今の所、一切受けてはいない。

 むしろ三号の体表から削り取られるアンチショックジェルの量は増える一方である。

 装甲へのダメージを無視し、彼等はその力の全てを迷い無く攻撃手段に転じた。

 その結果がこうして如実に現れているのだろう。


「くッ!」


 この戦闘で初めてであろう、三号の苦しげな呻き声が小さく上がる。

 彼にとってアンチショックジェルは攻防一体の命綱とも呼べるものだ。

 最初はほんの僅かだった喪失量も、今となっては攻撃の手数に影響が出る域にまで減少してしまっている。

 苦い声が出るのも仕方無いのであろう。


『なぁ、景。ちょっとずつやけど、あいつの攻撃の力落ちてないか?』


『せやな。やり始めの頃と比べたら貰うダメージが確かに減っとるで。結局何されてるかは解からんかったけど、あのブヨブヨにしてやられとったんやろな』


『そのブヨブヨももうちょいでタネ切れみたいやしな。あいつは焦っとるはずや。これは攻め時やろ』


『言うたかて……重さが無くなった分、あいつの動きが速なっとる。当てるのも簡単ちゃうで?』


『普通に考えたらそうなるわ。そやけどな、ここまでお前がアホみたいに単調な攻撃をアホらしくなるくらい続けてくれたんは、ボクらにとって幸いやったっちゅうこっちゃ』


『あんまりアホアホ言うなや……ヘコむやん……』


『ホメとんねん。せやからな……』


 景太は勝太の持ち出した手段に幾分の驚きはあったのだが、その位はやらなくては決着を狙う事など無理なのだろうと即断する。

 二人は決め手の相談を終えると、即座にそれを実行に移した。


(勝もようこんなやり方思いつくもんやな。人の身体に戻ったら詐欺師か何かになってまうんちゃうやろか……)


 三号は決着を急ぎたいと思っている。

 その勝太の読みは間違い無かった。

 むしろ今の状況からそれを読めない景太の方に問題がある。

 攻めにも守りにも使っているアンチショックジェルの目減りが激しくなればなるほど、三号にとっての勝ち筋は無くなるのだ。

 それは思考する余力があれば、誰にでも最適解として思い浮かぶものだろう。


 当の三号ですらそう思っているのにも関わらず、景太は気づく素振りも見せずに攻撃の手段もペースを変えようとしない。

 三号が双子の挙動が変わらぬ内に勝負を賭けたいと思う事は当然だろう。


「景! あの兄ちゃんもうヘロヘロや! 力押しでいけるでッ!」


「任せときッ! とっとと終わらせてあっちの手伝いしに行くからな!」


 そこから一気呵成に畳み掛けようと、ロッドがモーターの唸り共に三号の身体を掠める。

 回避を続ける三号は、止めを狙って大振りになっている景太の挙動を目にし、心の中でほくそ笑んだ。

 殴打の軌道のブレは更に激しくなったものの、重量と共に軽くなった自身の運動能力で十分に回避できる範疇だと。


 逆襲の機会はここにしか無いと彼は判断したのだろう。

 残ったアンチショックジェルを少しずつ自らの背後に集め、巨大な鈍器の一撃として双子に見舞おうと企てる。


 逆襲の準備が叶った直後、余りにも都合良く双子の身体が空振りの余波で大きく崩れた。

 誘われたかという考えは頭を過ったが、ここしか無いという絶妙のタイミングだったのだろう。

 三号は攻勢に転じた。


 これまでのものよりも一際大きなアンチショックジェルの塊が、死角である双子の頭上から襲い掛かる。

 光学迷彩の影響で周囲の光を小さく歪ませ、真っ直ぐに打ち下ろされたそれを……双子は振り下ろし切った右肩にまともに食らってしまった。


「あがッ!」


 その衝撃に双子は姿勢を維持出来ず、あっさりと地面に膝をつく事となる。

 自らの逆撃が上手くいった事に気を良くして余裕を取り戻した三号は、崩れ落ちた彼等に最後とばかりに声をかけた。


「あなた達も犬なりに頑張った様ですが、結局は地力の差が出ましたね。私をここまで追い込んだ事は賞賛に値します。ですが、そろそろ終わりにしましょうか。楽にして差し上げます」


 彼は右腕に、その身に残ったアンチショックジェルの全てを集める。

 十分に硬化させた鋭利で巨大な杭となったそれは、鈍器を通り越した凶器となって双子を襲うのだろう。

 双子は何かボソッと口から発しただけで、俯いたままその場から動こうともしない。

 彼等へのせめてもの慈悲だと、一撃で生命の灯を消すつもりで三号は、その腕を大きく振り上げ……一息に振り下ろした。


 ゴウン


 何かのぶつかり合う音が三号の聴覚回路に届く。

 だが彼が感じたのは何かを圧殺した右腕の感覚では無く、守備防壁であるアンチショックジェルの無くなった自らの頭部への衝撃だった。

 そして視界に濃緑を認識出来た瞬間、彼は何が起きたか理解出来無い内に地に倒されたのである。


 アンチショックジェルの杭が打ち下ろされようとした刹那。

 ギガントアジャストを解除した勝太が分離と同時に跳ね上がり、その脚で彼に襲いかかったのである。

 力任せの押すという流れも、殴打を貰って跪くのも全て彼等の計算によるブラフ。

 三号の打撃力が落ち、勝機を焦っているのをいい事に彼をペテンにかけたのだ。

 先程双子がボソリと口にした言葉は、ギガントアジャストを解除し分離する為の音声コードだったのだろう。


 勝太の与えた一撃は三号の昏倒を誘える程の強い一撃では無い。

 だがその結果として右腕の杭は明後日の方向へ打ち出され、三号は体勢を崩し大きな音を立てて背中から地面に倒れた。


 勝太はそのまま彼に伸し掛かりマウントを取ると、自らの分け身である景太へと合図を飛ばす。


「景ッ!」


 待っていましたとばかりに景太はその身を起こし、一人で持ち上げるには重いロッドを振り上げる。

 視界に無い下半身への攻撃に恐怖を感じた三号は、右腕に集めていたアンチショックジェルを慌てて脚部へと移した。


 辛うじて防壁の展開が間に合った事に彼は安堵する。

 だが景太のモーションは殴打の為では無かった。

 先端の尖った形状を利用、この場に三号を打ち付ける杭として使うつもりなのだ。


 チィィィィィィィィッ!


 ロッドが関節部やローダーシステムとは違うモーター音を、その場に嬌声として響かせる。


「もろたでッ!」


 撃ち降ろされたロッドのその先端は、軟質の物体へと触れる。


 ゾンッ!


 比喩するならばその様な音だろうか。

 螺旋の動きと共にアンチショックジェルを貫通したロッドは、そのまま三号の軸足である左足の膝関節を串刺しにして破壊した。


「ッ!!」


 予想していなかった痛覚に襲われた三号は混乱に見舞われる。


「もいっちょッ!」


 景太は転がしてあったもう一本のロッドを重々し気に手に取ると、更なる追撃を加える。

 勝ったと思った状況を見事にひっくり返された三号は、彼等のその反撃に全く反応出来ないでいた。


 景太の追撃により脚部に展開していたアンチショックジェルのほとんどを剥ぎ取られると、最後には腰椎にある下半身への神経信号の伝達回路をロッドによって撃ち抜かれてしまう。

 これを以って三号はその移動を封じられ、攻防に使用していたアンチショックジェルも全て失ったのである。


「あー……キツかったわぁ……」


「ここまでうまく事が運ぶとは思わんかったなぁ……日頃の行いやろか……」


 双子は初戦にも関わらず、既に出しきった感で一杯であった。

 景太は地面に座り込み、勝太は三号へのマウントを解除してヨロヨロと歩くと、事もあろうかそのまま寝転がってしまった。


「……大した余裕ですね。私がまだ動けるとは考えないのですか?」


「そんだけボロカスにされといて、ようそんな事言えるな。ええ根性してるわ」


 実際に三号はドリルロッドにより地面に縫い付けられている。

 この状態から動こうとするならば、少なくとも下半身を切断するなり分離するなりしなければならない。


「歩けもせんのにまだ何かするつもりなんか? やめときやめとき。それよりあんたは爺ちゃんのとこに連れて行くんや。負けたもんは勝ったもんの言う事聞いとけって、な?」


 敗北の衝撃から意識を戻した三号の問いに、二人は鷹揚に答える。

 だが三号の行動は彼等の予想を越える事となった。


「私は負けていません。機構の理想は敗北を許さない。負けて屈する事は恥なのですよ」


 その言葉を負け惜しみと捉えた双子は、鼻を鳴らすと彼の言い分を黙殺した。

 その結果……。


「生半可な矜持では無い事をお見せしますよ」


 その言葉の直後である。


 ジリリッ!


 電流が流れ弾ける音にも何かが焼ける音にも聞こえた。

 三号は身体を一度、二度跳ねさせると、そのまま動かなくなった。

 恐らくは……かつての木村の死に様がそうであった様に、神経回路と脳が渦電流により焼かれたとしか考えられない。

 彼と違う点は機体の損壊によるものではなく、自らそれを焼いてその死を掴んだという事だろうか。


「「なッ!」」


 慌てて三号に駆け寄り意識を確認するが、彼はビクリともしなかった。


「ボクらの体液で脳の生命維持――」


「あかん、景……この兄ちゃんとボクらじゃ体液の規格が全然ちゃう。それにこの人の脳はもう焼けてもうて……死んどる……」


 景太の心境は、一切想定していなかった……このあっさりと自死を選択した幕切れに揺れる。


「……ほんまにここまでせなあかん事なんか? 負けて死ななあかんプライドってなんやねんッ!」


 言い様の無い感情が彼の胸を蠢き、衝動を刺激する。

 その衝動は舗装された地面を派手に大きく踏み割っていた。


「ちょっと落ち着こうや…………でも、ひょっとしたらこうなっとったのは……ボクらやったんかも知れんなぁ……」


 勝太の言葉はあり得た未来なのだろう。


 早村によって辻に託されなければ。

 辻が機構から逃げ出さなければ。

 あと少し早く生まれていれば。


 陽光の家が自分達の出生が関わっている以上、こうなっていたのは本当に自分達であ

ったかも知れないのだ。


「それでもな、勝……これは、あんまりや……信念に生きるっちゅうのは解かる。爺ちゃんがそうやねんから。でもな……生き死にを賭けなあかん程の事なんか? 地べた這って泥水飲んで、心が折れかけても……最後に生きてるもんが勝ちとちゃうんか?」


「そんなん……その人次第やろとしか言えんよ。でもな、景。ボクもこの死に方は許せんわ。死んだこの兄ちゃんにも言いたい事はあるけどや、もっと腹立つんはこう育てた人間達や。爺ちゃんが逃げ出すのもよう解かるで」


 二人は少しだけの時間、行き場のない感情の行き先を探す。

 そうでもしなければ感情の爆発のままに、機構の本部ビルに今にも飛び込みそうだったからだ。

 落ち着きを取り戻した二人は、動作を停止した三号を壁のある場所まで運ぶ。

 彼を壁を背にして座らせると、彼等はその場を立ち去る。


「そこでゆっくりしとき、後で迎えに来たるわ」


「あんたにこんなん言うたら怒るやろうけど……早村からケジメはちゃんと取ってくるわ。悔しゅうて邪魔したかったら、根性出して起きといでや」


 三号にそんな言葉を残して。




 双子は三号の躯の側から離れた後、郁朗との合流を図る。

 戦闘時の攻防で思わぬ距離の移動を強いられた事もあり、ローダーのモーターに無理をさせてでも速度を稼いだ。


 どうやら郁朗は七号との戦闘を開始した地点から、ほとんど移動していなかった様だ。

 戦闘による建造物や地面の荒れも少ない。

 自分達とは雲泥の差である事を思い知らされながらも、彼等は歩を進める。


 そして遮蔽物の一つを迂回して、郁朗らしき存在を見つけた双子が目にしたものは……四肢を失い身動きが取れないまま半狂乱になっている七号。

 そしてそれを見下ろしている……何とも言えない空気を放っている郁朗の姿だった。


「「うわぁ……」」


 それを見た双子の、見てはいけないものを見てしまったという声だけが、静かに静かに戦場に残った。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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