6-4 双撃、昂ぶる
-西暦2079年7月24日05時20分-
郁朗と七号の戦闘のゴングが鳴った頃。
辻景太と勝太は、無思慮に三号に殴りかかった事を少しだけ後悔していた。
『あかんやん! あの飛びかかり方は雑魚が主役に襲い掛かるアレや!』
『これやから勝はあかんねん。ほんまに後先考えて動かんやっちゃな』
『お前にだけは言われたないわッ! そやけど……どないする? アレ使うにしたって二人のままやと無理やん?』
『そんなんアジャストせなしゃあないやろうけど……素直に合体させてくれるやろかなぁ?』
短距離通信で密談を交わす双子に、三号からの思いがけない提案があった。
「何やら相談をしている様ですが……今回は一人にならないんですか? それともそのままで勝てるつもりでいるんでしょうか」
要はこういう事なのだ。
『二人バラバラで掛かって来ても自分に勝てる訳が無いだろう。とっとと全力を出せ』
明らかな挑発行為ではあるが、二人にとっては渡りに船である。
「ええのんかなぁ~チミィ。ボクらを合体させたら、えらい事になるで? 後悔すんで?」
「こないだのボクらと同じや思たらあかんよ? 兄ちゃん一人位やったら楽にシバけるんやから」
三号の煽りをどうにか挑発で返す双子であったが、彼らの口振りから雑魚の臭いや安っぽさが消える事は無かった。
「御託はいいですから。全力で闘争しなければ私の主義に反します。早くあなた達を破壊して、七号さんの戦いぶりを見守らねばなりません」
反して三号は紳士的な態度は崩さず、さながら主人公の隣に立つ知将の趣がそこにはあった。
「なんやさっきから……ボクらはいらんフラグばっかり立てとりゃせんやろか……」
「フラグとか不吉な事言うなや! いくで、勝! ギガントッ!」
「よっしゃ! アジャストッ!」
三号が悠然と眺める中、双子は合体を果たす。
景太が主導権を握るという事は近接戦闘でやり合うつもりなのだろう。
懸架していた71式改をパージし、軽々と地面に置いた。
ハーフサイズのマガジンパックがズシリと音を立て、双子の膂力が普通で無い事を証明してみせる。
ローダーのキャリアーから、名刀でも抜くが如く二本の打撃用の大振りなロッドを取り出す。
以前の均質炭素鋼製の物とは素材が違うのか、漆黒からクリアブラックへとその色合いは変わっていた。
一見、プラスティック製の安っぽい玩具にも見える。
だが使用目的は何ら変わらないのだろう。
ガッチリと手の甲へとロックされ、その殴打を暴威として振るわれるのを今かと待っている様であった。
「おや、その武器はこの間は見ていませんね。しかしわざわざ見せつける様にして取り出したのですから……ただの棒っ切れでは無いんでしょう?」
『景! お前アホか! あの変態の言う通りやんけ!』
『いや、だってな。だってやん』
『だからなんやねん!』
『新兵器のお披露目やで? パーッといきたいやん?』
『身内がアホ過ぎてどうしたらええか判らん事って、ホンマにあるんやなぁ……』
『うっ、五月蝿いわッ! 勝ったらええねん、勝ったらッ!』
『負けフラグまで丁寧に立てるとか……もうボク、家帰りたいわ……』
弟の言葉に気分を害した景太は、その行き場の無い感情をそのまま三号へとお見舞いしようと考える。
だがアンチショックジェルがある限り、そうそう殴打でのダメージを与える事は出来ない。
その事は前回の戦闘でも立証されている事なので、忘れている訳では無い。
わざわざこの時期に新造された兵装なのだ。
倉橋や山中が何の用意もせずにいる、という事は有り得無い。
事前に兵装の説明を受けた景太が、殊更調子に乗るのも頷けるだけのものがこの兵装にはあるのだろう。
景太は小手調べとばかりに、無造作にロッドを振り下ろす。
勝太は先程のやり取りで呆れているのだろうが、ロッドの軌道を操るそのモーターコントロールに陰りは見られ無い。
彼の補正が無い限り、景太の腕から振るわれる一撃は有り余る膂力に流され、盛大に明後日の方向へ向かうからだ。
綺麗なフォームから繰り出されたロッドは、三号の頭部へと直撃する軌道をなぞっている。
はずだった。
振り抜いたロッドは空を切っていたのだ。
三号にとって澱みの無い綺麗過ぎるこの打撃は、何の問題無く予測回避出来るレベルのものでしかない。
七号は少女故に戦闘経験の未熟さを露呈する事になったが、彼は[陽光の家]の出身という、戦場に立つ人間としての大きなメリットを持っている。
思春期に入った頃から思想の教育と共に戦闘技術も教育されるという、そんな環境で育てられた人間なのだ。
単純な格闘の技術だけをとってみても、景太よりは高みにいる存在と言える。
それでも景太は焦る事無く、殴打を継続した。
『当ててさえしまえば』
そんな単純な思考ではあるが、それだけ整備班の用意する兵装を信用しているのだろう。
ブウンブウンと空を切り続けるロッド。
「当てればどうにかなる、そんな風に考えてるのが丸解かりですよ?」
「うわぁ、景……カッコ悪ぅ……バレバレやんか」
「やかましッ! この変態紳士ッ! 黙って当たっとけやボケェ!」
たった一言でこの有り様である。
先程までの落ち着きが嘘の様に消え失せた。
沸点が低い代わりにヘタレやすい、そんな景太の性格は既にお見通しなのだろう。
三号の言葉よりも、勝太に言われた言葉の方がよほど効いているのが皮肉な話ではある。
荒れるロッドの軌跡。
感情のまま、無軌道に振るわれたそれが三号のアンチショックジェルを掠めた。
おっ、と思った人間がその場に二人居た。
一人は三号。
ようやく自分に触る事が出来た双子に感心しているのだろう。
フフフと小さい笑みが漏れたのがその証拠と言える。
そしてもう一人は勝太であった。
彼は兄よりも要領が良く、彼の抜け目の無さはアンチショックジェルを持ち帰った辺りからも察する事が出来る。
何か仕出かした後には二人セットで罰を貰っているが、それはあくまで千豊や郁朗が彼と比べて一枚上手なだけなのだから。
苛立ちを乗せた景太の一撃を丁寧にコントロールし続ける、それは勝太の負担の増加を意味していたのだが……。
(これやから脳筋は困るんやなぁ……でもこれは……ええかも知れんな!)
彼はものは試しと、筋力コントロールの補正を三割ばかり、あえて落としてみる。
その効果と言うべきなのだろうか。
景太の繰り出す攻撃の精度はロッドの重量と慣性によって狂い、姿勢の制御にまで影響が出ている。
『勝ッ! お前、遊んでる場合ちゃうぞッ!』
『まぁ落ち着けや。景はボクを信じてドツキ続けとったらええねん』
『これ、わざとやってるっちゅう事?』
『そういう事や。まぁ見ててみ』
この手抜きが意図したものである事を景太に伝えると、彼はさらにコントロール補正の割合を落とし始める。
チリッ!
チリリッ!
ロッドが薄皮に触れるとも言えないレベルではあるが、三号の体表を掠め始めている。
野球で言う荒れ球の様なものだろうか。
荒れ始めた景太の太刀筋と彼の予想する太刀筋に、誤魔化しの効かない誤差が生じ始めていたからだ。
優れた戦闘技能を持つ三号にとって、コントロール補正された綺麗な攻撃は容易く回避出来るものだった。
精度の高い動作とは一見極めた様にも見えるのだが、それだけで武闘が完成したとはとてもではないが言えない。
それを読めるだけの技量を持つ相手には、型通りの攻撃として全く通用しないのだから。
故に達人と呼ばれる層は、フェイントや無駄に見える動作も必要なものであると考え、しっかりと自身の武術体系に取り入れているものである。
勝太は更に様々な補正のレベルを落とし、自身のアクチュエーターですら無軌道に動く様に調整し始める。
ロッドの先端はぶれ始め、既にその軌道は直線では無く波模様を描いていた。
そして数合いの打ち込みの後に、とうとう三号はその片腕を防御の為に使う事となる。
だがあくまで打撃である以上、現状ではアンチショックジェルに遮られ、彼に有効なダメージを与える事は出来無い。
「つか!」
「まえ!」
「「たッ!!」」
三号にロッドをがっしりと受け止められた瞬間、双子は快哉の声を上げる
景太が自身の手首を通じてロッドへの通電を開始する。
ロッドは速やかに形状を変更。
滑らかだった表面に螺旋の模様が浮かぶ。
それと同時に高速回転を始め、三号のアンチショックジェルをこそぎ落とし始めたのだ。
このロッドの素材は郁朗のガントレットと同じく、片山の改装に用いられた新素材である。
従来の均質炭素鋼では有り得ない形状の変化なのだが、素材自体が持つ神経経路により本体からの命令を瞬時に把握。
そして通電による信号でその姿を自在に変える……それは生きている素材と言ってよい物だった。
ゾルルルルルルルルッ!
ドリルと呼ばれる類の物で木材から抉り取られた如く、ゲル状の削りカスが三号の体表から生み落とされていった。
「ッ!」
流石にそれには慌てたのだろう。
三号は激しく地面を蹴り、跳ねる様に双子から距離を取った。
被害にあった右腕は形状こそ回復しているものの、アンチショックジェルの質量を大きく減らしている。
「……随分と野蛮な物を武器にするんですね。しかし、闘争とはこうでなくてはいけません。所謂、なんでもアリという奴ですか」
「余裕ぶっこいとんなぁ。闘争やとか主義がどうこうって、自分もあの家の人間なんか?」
「そうですが、何か問題でも?」
三号の即答に景太は鼻白む。
「なんや冷めるわぁ……やっぱり自分、早村の犬やったんやな」
その一言は[陽光の家]の信奉者である三号にとって、触れてはいけない言葉だったのだろう。
この戦闘に対し、どこか余裕を持って挑んでいた彼の態度が豹変する。
最も大きな変化として表れたのはその挙動だろう。
無言のままに彼の間合いまで距離を詰めたかと思うと、硬質な打撃が景太の顔面を襲った。
「がッ!」
どの様にして打撃が飛んできたのか、景太にはそれを認識する事が全く出来無いままに殴打を食らう。
その原因は双方の距離にあった。
彼等の今の距離は三メートル強。
一歩や二歩踏み込んだ所で、とても拳や蹴りの届く距離では無いからだ。
仕切り直したその距離に対する油断もあったのだろう。
思わぬ一撃にたたらを踏む双子へと、三号の容赦の無い追撃が襲い掛かる。
連撃に次ぐ連撃。
三号が腕や脚を動作させているのは認識出来るが、自分達を襲う物そのものについては未だに認識出来ていなかった。
「景ッ! これはアカンぞッ! 何されてるんやッ!?」
「判ってるわッ! そやけど見えへんもんは見えへんねんッ!」
ロッドを眼前で交差させ、体内の重要な機関をカバーする様に防御するしか打つ手が無い。
三号の口は未だ開かれる事は無く、その攻勢は止まらない。
身体中を襲う殴打の威力は、一打毎で考えればそう大したものでは無い。
だがギガントアジャストしている状態でなければ、間違い無くその小さな一撃の群れに耐え切れなかっただろう。
手数で押されている内にその正体を見極めようと目を凝らす景太だが、三号の周囲に照明の乱反射があるのを発見したくらいであった。
結局はその正体は掴めないままジワジワとダメージは蓄積されていき、とうとう双子の横合いから強烈な一撃が見舞われた。
「おわッ!」
正面からの攻撃と観察に神経を割かれていた双子は、その一撃に身体ごと横薙ぎに吹き飛ばされ、そのまま地面をゴロゴロと転がっていく。
地に伏せた彼等を見た事で三号はその手を止め、ようやくその口を開いた。
「早村様を呼び捨てにした挙句に……私を犬呼ばわりですか。機構を……そしてあの家を侮辱するという事は……月並みな言葉ですが、万死に値します」
彼の[陽光の家]の信奉ぶりに呆れたのか、その巨体を地面に横たえたまま景太は悪態をつく。
「あんたボクらより年上やろ!? ボクらの爺ちゃんに育てられといて、何でそんなに歪んで育っとんねん!」
「爺ちゃん?」
「辻謙太……知らん訳ないやんな? 自分もあの家で育ったんやったら、知らんとは言わせんで!」
三号は勝太のその言葉に反応すると、嘲りの込もった笑い声を上げた。
「フフフ……ハハハハハハハ! なんだ、君達はそうなのか! あの男に育てられただって!? 面白いにも程があるぞ!」
「何がおもろいんや! 小馬鹿にした笑い方しよって、腹立つわッ!」
「そうか……逃亡しただけでなく反旗も翻しますか、あの負け犬は。そして、負け犬に育てられた野良犬達。あなた達は私の事を偉そうに犬と言いましたがね、あの男に育てられたあなた達の方がよっぽど犬ですよ」
三号のその一言は、今度は双子の中にある越えてはならないラインを越えた様だ。
「「負け犬?」」
双子にしては珍しい、静かではあるが怒気の乗せられた声が三号の耳に入る。
だが彼は一向に気にした様子が無い。
自分の言った言葉の正当性を疑っていないからだろう。
「そうですよ、彼は負け犬です。次代を担い、機構の統治する世を作っていく私達を育て上げるという大役を任されながら、責務を放棄して逃げ出した男。人類の理想を理解しなかった……カスですね」
自分の言葉に酔い、高揚しているのだろう。
三号は普段よりも饒舌な雰囲気を見せ、更に辻への嘲りの言葉を続ける。
「本来ならば彼は直ぐにでも殺されるべき男でした。ですが早村様の慈悲によって生かされていたのですよ? つまりあなた達の生命も早村様によって永らえていたという事を認識しなさい。しかし、それもこれまでです。野犬の駆除も次の世の――」
「「黙れや……」」
「……犬がまだ吠えますか、ですがいつまでその気力が――」
「「黙れ言うとるやろがッ!!」」
双子は身体を跳ね上げると、舗装された地面に穴が空く程の勢いで地を蹴り、三号へと肉薄した。
「お前に何が解かるねん! 爺ちゃんがどんだけ苦しんどったか知らん癖に! 何を上から偉そうに物言うとんじゃッ!」
「お前は爺ちゃんの掌のあったかさも、ゲンコツの痛さも、アホみたいな優しさもッ! 全部知っとって、ようもそんな事が言えたもんやなッ!」
双子にとって今までの人生で、これ程までに怒りを覚えた事は無かったのであろう。
自分達が辻の庇護の元、如何に柔らかい世界で生きていたのかを初めて自覚させた程の怒りなのだ。
「お前は絶対殺さへん! 生きたまま爺ちゃんのとこに連れてって、手ェついて謝らせたるッ!」
「ついでにその性根も叩き直したるからな!? 覚悟せぇよッ!!」
双子はロッドをガキンガキンと威嚇する様に打ち鳴らすと、さらに三号への距離を詰めようと身構える。
「これも何か縁と考えるべきですか。私が君達を駆除して……いえ、あの男の罪と合わせて……この場で断罪して差し上げましょう」
三号も臨戦態勢で双子の挙動を伺う。
そこには遭遇当初にあった余裕など、欠片も見受けられなかった。
互いの育った環境、主義主張、信じるもの。
戦争という場で硝煙の匂いと共に消しとんでいく様な……そんな個人の感情。
そんな譲れない何かの為に、極東という大きな戦場の片隅で……二つの巨体は激しくぶつかり合う事となる。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.08.03 改稿版に差し替え
第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。