表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第六幕 退路無き選択肢
110/164

6-2 地を均す火勢

 -西暦2079年7月24日05時15分-


 間も無く降下予定地点に到着する事を告げるシグナルが点灯する。

 水名神の撃ち出した業炎による空爆が上手くいっていれば、降下中に狙われる事は恐らく無いだろう。

 だが目的地はどの様な戦力が潜んでいるか判らない伏魔殿なのだ。

 未知の攻撃によって消し炭にされる事や、それこそ木っ端微塵にされる事も十分に有り得る。


 ネガティブな思考が彼を襲うが、今更後戻りも出来無い以上考える意味も無いな、とそれを脳裏から打ち消した。


『降下まで十秒』


 無機質な機械音声が空神のペイロードに五月蝿い程に響いた。

 固定用のグリップを強く握り、いつ機外に放り出されても構わない状況だけは作っておく。


『三……二……一……パージ』


 高度六百メートルを往く時速六百kmの物体から、爆発する様に一枚の板に見える何かが弾き出された。

 ぐるりと半回転し裏返ったそれの端々からは、何やら火の手に見えるものが上がっていた。

 姿勢制御用の小型のロケットモーターかジェットなのだろう。

 その物体は滑空と減速を繰り返し、降下予定地点を目指して滑らかな着陸ラインを描いている。


 空になった空神はパージの際に開放された部分により、機体を取り巻く気流に乱れが生じてバランスを大きく崩し、積み荷の離脱後1kmも進まない内に重力に引かれ落下を始めた。

 運が良ければそれ自体も敵勢力に何らかのダメージを与える事だろう。


 地表三十メートル辺りで、一際大きくなった火の手が最大限の減速をかけると、板の四辺から炸裂音が鳴って衝撃吸収の為の緩衝材が飛び出した。

 そのまま地面を滑る様に着地し、降下地点の側に植えられていた街路樹をついでとばかりに薙ぎ払っていったのは設計者の想定外の出来事なのだろう。


「十七番機、降下完了。何度やっても……嫌なもんだな……ジェットコースターなんて目じゃないぞ……」


 近接格闘の出来るの前衛、そして片山不在という事もあって、アキラは最先鋒の降下予定地点に一人で降り立っていた。

 眼前には業炎の破壊の余波に巻き込まれたであろう、防空設備の崩れた外壁。

 そして嫌でも目に入る白亜の陸軍本営が、立ちはだかるかの様にアキラを見下ろしている。

 一度は逃げ出したその戦場に再び立った事の皮肉を、彼は感じずにはいられなかった。


(こんな身体で出戻る事になるなんてな……オヤジ……もうじき終わるぞ……)


『七番機、降下完了。ジェットコースターってのはこんな程度のもんなのか? 乗った事ねぇから判んねぇよ』


『十六番機、降下完了。あのね、タマキ君。多分これより危険な乗り物は遊園地には無いと思うから……あんまり期待しない方がいいよ?』


 感慨とも言える想いに囚われていたアキラを、環に続き大葉から立て続けに送られた降下完了の報告が現実に引き戻す。

 環達は彼の背後三百メートル程に建てられた、政府施設の一つである大型高層建造物の屋上に居た。

 狙撃可能なスペースの延べ床面積が広く、建造物内の移動だけで相当数の狙撃ポイントを確保出来る事から選択されたそうだ。

 屋上の一部を狙撃の為の策源地とし、環のみが状況に応じて移動しつつ狙撃をする形になるそうだ。


「コ……十二番機は……どうした?」


『じゅっ、十二番機、降下完了。はあ……ちゃんと降りられたぁ……』


 最後の作戦という事で作戦中の呼称は、面倒くせぇからもう名前でいいんじゃねぇの、という声もあった。

 だが戦後(・・)の事を考えて、念の為に身元は伏せるべきだとという声が多数を締めた為、公的な無線を使う場合の呼称は機体番号で行われる事となったのである。


「こちらは降下地点を確保、そちらはどうだ?」


『こちらも合流は終わっているよ。後は陣地の構築だけかな』


『んー……弾倉のパックはどこにやったっけか』


『僕が預かるって言ったのに……そんなんじゃダメだよ、七番機さん』


 晃一の目線は明らかにジトついていたが、環はお構い無しで狙撃地点の構築を開始する。


「問題無さそうだな……早速だが……こちらは歓迎レセプションが始まったらしい……潰して先に進む」


 わらわらと湧いてくる敵勢力の気配を感じ取ったアキラは、降下に使った減速ボードを折りたたみ衝立の様にすると、その影に隠れながら兵装を整え始めた。

 マルチプルストリングス、その予備糸。

 クリントスタイルとローダーシステムに弾倉。

 今回は長丁場という事で、ローダーに積まれている弾倉パックは通常時の二倍のタイプの物が特別に用意された。

 重量で幾らか動作は重いものの、どのみち格闘で戦う際にはパージするのだとアキラは気にしていない。


『おう。こっちも準備出来たら露払いをしてやるからよ、しばらく遊んでてくれや』


『私はレーダーユニット展開するから。動けなくなるのでよろしく……七番機、V-A-L-SYSとの連動を頼むよ』


『あいよ』


『マザーへの通信確立確認。いつでも支援要請出来るから。何かあったら直ぐに教えてね』


 今回の作戦において、本部の置かれている水名神との通信には、上空支援機による通信網の他、極東の大地に張り巡らされている光ファイバー網も使用する。

 通信兵としての役割を果たす晃一のバイザーには、その通信網の状況、そして大葉から送られてくるマップデータと、味方勢力の現在の状況を照らし合わせたものがモニタリングされていた。

 弾薬の補充要請、水名神への報告、空挺連隊の突入部隊との連携。

 それらは全て彼の役割と言ってもいい。


 一人で状況を読まなければならない機会もあるだろうが、過度の責任感で思考を押し潰されていなければ、彼の判断力や分析力は馬鹿に出来無いものがある。

 そう判断した千豊と新見により直接戦闘には関わらないものの、この役目を与えられたのだ。


 環は簡易トーチカと同じ材質の減速ボードで、巣とも言える策源地を完成させつつあった。

 レーダーとして位置固定され身動きの取れない大葉、そして通信管制に専念する晃一。

 一人ならどうとでも移動して急場を凌げるが、そんな二人を抱えていては流石にそれも出来無い以上、頑丈なものでその巣の姿を隠す事は必須であった。


 用意されている兵装は、いつもの68式改に通常弾薬と新型の特殊弾頭。

 晃一と大葉の減速ボードに大量に積載されていたそれを、手の空いた彼が丁寧に分散して積み上げている。

 一箇所への被弾で全ての弾薬を台無しにしない為の知恵なのだろう。

 恐らく新見が間崎にでも教わったに違い無い。


『ねぇ……あの装着重装型……出てくるかな?』


 晃一の……不安げだが芯の通った声が環達の耳にスルリと入ってきた。


『来るに決まってんじゃねぇか。全員とは言わねぇがな。ここを潰されたらあちらさんにはもう後がねぇんだからよ』


『……勝てるよね?』


「フン……勝ってみせないとな……俺はまだ……戦闘班の連中に何も手向けてないんだ」


 群がってくる通常型のEOを糸とクリントスタイル、そしてローダーによる機動性で封殺しながらアキラはそう宣言した。


『そういうこった。大葉さん、連中の反応は?』


『今の所、観測範囲には居ないね。それより早く対空火器の生き残りの処分を。(とび)の人達の安全を私達は最優先で確保しないといけないんだ。十二番機、あちらに連絡を頼むよ』


『うん、判ったよ』


 鳶。

 空挺連隊から送られてくる突入部隊の符丁である。

 その大隊の指揮を任された犬塚が、


『手柄を攫っちまうみてぇで居心地が悪い』


 そう言った事から、油揚げを攫っていくそれになぞらえてこの名になったそうだ。


『鳶からの返信だよ。巣を離れた、鳶は巣を離れた、だって……』


 晃一の口にした符丁を聞いた環は、少しばかり焦りを感じた。


『急がねぇとマズいな。十二番機、新型の二番を五カートン頼む。新しくマガジンを作る必要はねぇぞ? 乱戦になったらとてもじゃねぇが使えねぇからな』


『うん、直ぐに持ってくるね』


 晃一は多々積まれている弾薬の中からN2と書かれたケースを開き、既にマガジンに装弾されているものが詰められているボックスを幾つか取り出した。

 それを受け取った環は68式改を担ぐと移動を開始する。


『十七番機ィ! 新型の二番を使うからよォ! ボードの裏側にでも隠れてろやァ! 消し炭になっても知んねぇぞォ!』


「……了解した……退避する」


 妙に気合の入った環の声が、アキラの耳をけたたましく襲う。

 彼は手早く相手にしていたEOを糸で無力化しローダーを急速後退させると、出発地点とも言える減速ボードの壁へと一目散に戻る。

 新型弾頭が話で聞かされている通りの性能であるならば、うかつに顔を出すだけでもダメージを貰うかもしれないからだ。


「退避完了……始めてくれていいぞ」


『おう、景気良くお見舞いしてやるぜ』


 その言葉から十数秒経った頃だろうか。

 風切音が聞こえた僅かに後。


 ドンドンドンドンドンッ!!


 何時もより大きく感じる砲声がアキラの耳に届いた。


 ドンドンドンドンッ!!


 更に環の砲撃は継続される。


 ドンッ!!


 少し時間を置いて聞こえた単発の砲撃音。

 アキラの耳にその音が聞こえた直後、対空火器の置かれていたであろう建造物が火柱を上げながら、文字通り弾け飛ぶのが目視出来た。


 環が使用した二番新型弾頭は十発で一組とされている。

 弾薬のサイズは25mmx184mm。

 先だって撃ち出された九発の弾頭には炸薬とその起爆用の信管が。

 そして最後に撃ち出された一発は、一定距離内にある信管を作動させる信号を発信する弾頭である。

 これには時限信管のものと大葉のミリ波によって起爆するものの二種が用意された。


 携行火器による、超長距離からの爆破作業を狙う。

 その様なコンセプトの基に開発された弾頭なのだと環は説明された。

 環の桁外れの狙撃能力とV-A-L-SYSと連動した大葉の観測によるサポート。

 それが無ければ実現は不可能な……山中曰く、ある意味夢のある弾頭なのだそうだ。


 効果的な炸薬量を確保する為に、従来の25mmx137mmより肥大化せざるを得なかったのが大きなネックではあった。

 だが山中は弾頭の小型化では無く、68式をさらに魔改造する、という彼らしいアプローチでこの問題を乗り切ったと言う。

 薬室自体を新規に剛性の高い素材で加工し直し、スライド式に改造する事で運用を可能としたそうだ。


 ドンドンドンドンドンッ!!


 環が移動の後、更なる砲撃を開始した様だ。

 十発の砲声が鳴る毎に、陸軍本部の敷地内で火の手が上がるのである。

 合計百五十の砲声が鳴り終えた後、残存していた対空火器はその全てが沈黙する事となった。


『防空設備の全壊を確認、見事なものだよね。さて、十二番機。鳶に餌の時間だと伝えてくれるかな?』


『うん、そのまま伝えるね』


「となると……後三十分もしない内に騒ぎが大きくなるな……俺は先行して目標施設の探索を始める……連中が出てきたら……予定通りに頼む」


『ああ、気をつけてな。こっちはこっちで適当(・・)に数を減らしとく。流れ弾を貰うなんてカッチョ悪ィ事すんじゃねえぞ?』


『彼の位置情報は私が君に送るから、そこを外して撃つ様にしてよね? ヘマをしたらちゃんと寝坊してるおっかない人に報告するよ?』


『そりゃあマズい。寝起きで機嫌が悪いままこっちに来るだろうしな。ヘタな事したらとんでもない目に遭うぞ』


『おっかないもんね。しかもパワーアップしてるんでしょう? 僕もちゃんと仕事しなきゃ』


 未だ覚醒に及ばない片山の作戦参加を、EOの面々は愚直なまでに疑っていなかった。

 だからこそというのもあるのだろう。

 彼等はこの大掛かりな作戦に対して開始前は些か緊張したものの、実際に始まってしまえば伸び伸びと作戦に従事している。

 彼さえ来てくれれば、装着強襲型であろうと一度は敗北した試作強襲型であろうと、お構い無しに吹き飛ばしてくれるに違い無い。

 その思考は彼等から硬さをいい具合に奪い取っていたのである。


 正確に言えば、あれだけ手酷い目に合わされたのだ。

 それを逆襲しないで見学しているだけという、そんな萎縮した片山淳也なぞ、想像すら出来ないというのが本音であろう。

 自分達は彼の来訪までの時間を稼げればそれでいい。

 その様な気安さは、今の彼等には必要な物だったと言える。


 こうして開始された極東陸軍本営の攻略。

 まだまだ始まったばかりの段階ではあるが、今のところ作戦フェイズの進行に滞りは無い。

 敵部隊の抵抗の弱さが気がかりではあるが、敵地なのだ。

 誘われている事は承知の上で、アキラは歩を進めて行った。




『死ぬかと思ったわ……』


『いや……あれは死んでてもおかしくなかったんとちゃうのん……?』


 降下時の衝撃が想像以上のものだったのだろう。

 双子はぐったりと地面に寝そべり、動こうともしない。

 敵前でのこの図々しさには感心するしかなかったが、尻を叩かなければならない立場である以上、彼等をこのまま放置する訳にもいかないのだ。


「ゴチャゴチャ言わない。それより後続が来るまで時間が無いんだよ? 後続が動く為の脅威を排除して、あわよくば甲斐礼二の身柄も……それが僕達の役目なんだからさ。君達だって自分達の目的を達成しなきゃならないんだろう? 手早く動くッ!」


 郁朗は双子の背中を音が鳴る程叩くと、彼等を置いて先に進んで行った。

 彼等の着陸地点は機構本部ビルから三km程の場所にあるバスロータリーである。

 この辺り一帯はビルの密集しているこのエリアであり、安全に降りられる場所がここしか無かったのだ。


 郁朗はついつい後ろを振り向く。

 ここから別行動になるのが心配なのだろう。

 自身の心配で無く、双子の動向が心配なのだ。


『そやな。早村の方は任せといて。ちゃんと捕まえてくるし』


『誰かに見つけられる前に確保せんとな。ボクらが話する時間をちゃんと作らんと』


「だったら急がないとね。あんまりチンタラやってると僕がまとめて確保するから。そうなったら千豊さんに報告する事になるけど……知らないからね?」


『『頑張りマスッ!!』』


 双子は尻に火が付いたの如くキビキビと動き始める。

 一晩中正座というのはそれ程効果が高いのだろうか。

 郁朗は遅参しているであろう、片山への罰としてそれも悪く無いと思考する。


 だがその思考を断ち切る存在が、喜色を上げた声と共に彼の眼前に現れた。


『ほんとに来たんだね~。早村のおじさんの言ってた通りだぁ。やったね、三号ちゃん。リベンジだよ、リベンジ』


『生き埋めにされた仕返しは丁寧にして差し上げないといけませんね。あの少年が居ないのは残念ですが、クジ運の無さを嘆いても仕方ありませんから。あなた達で我慢しますよ』


 装着重装型の三号と七号と呼ばれた個体。

 アジト襲撃の際に晃一に辛酸を嘗めさせた相手である。


「ほらね、言わないこっちゃない。チンタラやってるとこういう事になっちゃうんだ。一体は君達に任せるよ? いいね?」


『当然やッ! 三号とかいうのは、ボクらの獲物やでッ!』


『戦闘班のおっちゃん達の分までゴリゴリ言わしたるッ!』


「やる気があって結構。それじゃあちょっと頑張ってみようか」


 郁朗は自分の中に居る、冷徹な自分へとスイッチが入るのを自覚した。

 降下早々に敵戦力の中でも撃破優先順位の高い存在と出会えてしまった事は……幸運と呼べるのか、それとも不幸と嘆くべきなのか。

 その是非は兎も角今回の作戦において、初めて意思を持つEO同士が戦場で激突する事となる。

 人の及ばない領域での戦闘が、間も無く始まろうとしていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.08.03 改稿版に差し替え

第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ