6-1 応酬
-西暦2079年7月24日05時00分-
先日……アジト破壊の為に水名神から撃ち出された巡航ミサイル、雷振。
その着弾の時の衝撃と音は、居合わせた人間達によって雷音に例えられた。
では現在繰り広げられているこの砲撃の嵐は、後世に何と伝えられるのだろうか。
『滑腔砲装備の車両は射撃を継続! 対空砲中隊は各自警戒を厳に! 高輝度照明を積んだ哨戒車両は影の見落としの無い様にされたし!』
『晴嵐配備の各中隊、前進を開始して下さい! 予定通り砲撃によって開いたスペースを橋頭堡とします!』
『プロープの散布を急げ! 上空支援機は哨戒担当を先頭に、対地戦装備の機体はその後続だ! 前に出して落とされるんじゃないぞッ!』
作戦開始と同時に、戦線を構築していた車両群から一斉にNブロックの敵影へと砲撃が開始された。
轟音と共に地は鳴り揺れる。
セラミクスウェハースの榴弾が建造物ごと敵を蜂の巣にし、その場に居た戦力に尋常で無い被害を与えていた。
状況確認の為の観測部隊が訓練時の倍は置かれ、突出する部隊は慎重に敵勢力圏内への浸透を開始する。
オペレーター達は矢継ぎ早に出される指示、そして変動する状況を実行部隊に伝える為にてんてこ舞いとなり、現場指揮する指揮官達も初めての体験となる大規模侵攻に冷たい汗を流していた。
改良された晴嵐を装着した中隊が、戦闘車両十六両と共にワンパッケージにされて複数箇所で進軍を続けている。
それに随伴する物資輸送車両には武器弾薬の他に、この決戦の為に用意された簡易トーチカ用の建材が用意されていた。
簡易と言えば安普請に聞こえるが、その耐久性は中々の物と耐久試験を目の当たりにした上層部の評判は良い。
晴嵐を装備した上でという条件は付くが、そこに立て篭もれば76式のHEAT弾の直撃を受けたとしても、中にいる人員の生命が保証されるという代物である。
いくら耐弾・耐爆性能が向上した改良型の晴嵐とはいえ、砲撃や貫通性の攻撃に対する防御性能が郁朗達と比較して心許ないのは当然である。
故に突出する部隊にとってはこのトーチカは命綱と言えた。
索敵についても大量のマルチプロープが用意されており、上空支援機から惜しみなく散布されている。
極東の明暗を分ける天王山という事もあり、東明重工によって軍費度外視でこれらの物資が提供されていた。
その成果は絶大なものであり、人的損害を極力出さず、敵勢力の布陣や動向を把握出来る事は作戦遂行上非常に大きいと言える。
第二師団の師団本部の大型プロジェクターには数十kmに及ぶ境界線戦線の地図が投影されている。
十秒単位で収集された情報を反映、色分けされた勢力図が塗り替わっていた。
その様子を見ていた植木は満足そうに頷いている。
「初手としては上出来ってとこだな。このまま少しずつでいい、砲撃で押し込んで足場を作る。で、解放されたスペースへの浸透はどうなってんのさ?」
彼はマップには表示されない情報を得る為に、側にいる田辺に対して鷹揚に状況の説明を求める。
「順調、としか言えませんね。敵陣を榴弾で耕している以上、小規模なトラップは残っていないと考えるのが妥当です。仕掛けがあるとすればこれからでしょうね」
「地下に対する備えは?」
「先日の例もあります。浸透の恐れのある地下道は全て、メートル単位でセンサーと共にコンクリートで埋めてあります。掘削されたところで対応は可能です。間に合わなかったエリアについては地下道ごと爆破で対処を。戦後のインフラの再構築の際に、文官連中に酷く嫌味を言われるのは覚悟しておきましょう」
「違ェねぇな。だがそれが戦争ってもんだ。敵の使用が想定されるインフラは徹底的に潰しておくのが常道ってやつよ。まぁ……これは相手さんも同じ事を考えているだろうけどな」
「上空への警戒はこれまで以上に厳に行っています。門倉が……いや、失礼。東明があれ程の量の高輝度照明を、それもこの短期間で用意してくれたお陰ですね」
「持つべきもんは連れ合いの様なダチってか?」
田辺の盟友である門倉雄一郎の尽力があってこそ、現状が維持出来ている事を二人は理解していた。
「妻には怒鳴られそうですが……そこは我ながら良い縁に恵まれたと思っていますよ。彼が反旗を翻さずにあちらについていたとすれば……恐らく、戦争にもならないレベルで我々は蹂躙されていました」
そう言い切る田辺に、植木も同意し頷くしかなかった。
「しかしまぁ……この間はしてやられましたね。まさか野々村の想定した強襲策が、ほとんどそのままだったって言うのが……」
「なんとも皮肉なもんだ。けどな、もう少し早く対応出来ていれば、という所はあるぜ。彼等のアジトが丸っきり無事だったって事は無いだろうが……死人の数は間違い無く減らせただろうにな」
先日の郁朗達のアジト強襲の手法が判明したと聞いた田辺は、その詳細を聞くと戦慄した。
その内容にでは無く、それをほぼ言い当てた野々村の戦術眼にである。
水名神による巡航ミサイルの攻撃の後、強襲に参加した敵性EOの安否・動向の確認は取れていない。
だが崩壊したアジトの随所に見られる痕跡から、彼等は生き残り撤収したとの見方が強い。
その足取りの調査途中の事だ。
アジトからほんの僅か離れた場所に、アジト爆散の余波を受けたであろう大型輸送ヘリが擱坐しているのが発見されたのである。
そのヘリのペイロード下部には、都市照明としても使われている高輝度照明基が複数装備されていた。
野々村が会議の場で第三連隊の北島に請われて推察した敵の戦術。
防衛ラインを小出しの戦力により僅かに移動させ、上空哨戒の手薄な地域を上手く作り出し、そこへヘリによる突入を試みる。
目視観測による認識を避ける為、ヘリの腹に高輝度照明をぶら下げ天井スレスレを飛行し戦線を突破したのだ。
地下都市と照明の関係性を上手く利用した方策と言えるだろう。
アジトの位置が漏れた事については、千豊達の自業自得と言える側面があった。
柳原が拉致されたあの事件の際に、監視の一貫として彼等に投与したPPSナノマシン。
組を潰されふらついていたチンピラの一人に、機構の外部組織の工作員が千豊達の組織と接触した事を調査した上で懐柔。
彼は事件の詳細については何一つ語らなかったが、酒が入る事で自身の境遇を愚痴る位の事はしたのだろう。
『俺達はもう逃げられ無い』
そう言ったチンピラの言葉を工作員は聞き逃さなかった。
身辺と彼自身の調査を行う事で、チンピラの体内から微弱な通信波形が検出されてしまう。
そこからの工作員達の動きは早く、通信の流れを精査する事でアジトの場所を特定した、というのが発見までの真相であった。
放流したヤクザが原因なのではないのか?
千豊達も事件後にそう推察したらしいが、皮肉な事にこちらも的中するには機が遅かったとしか言い様が無かった。
「まぁ、済んだ事を悔いてもしょうがねぇよ。天井からの浸透については対策も立てた、だろ?」
「その為に調達した高輝度照明車両ですから。同じ手を使ってこないとは思いますが、念には念を、徹底的にというやつです。導入に際して各連隊で悶着もありましたが、どうにか運用も出来ています。慣熟の為のテストケースとして先行導入した、第三での運用データがとても役に立っていますよ。あそこはマルチプレイヤーが多いですから」
「頭の人柄ってやつだろうさ。うちみたいな尖ったものはねぇが……隊の運用の汎用性にかけちゃあ極東陸軍でもトップクラスだからな、北島ちゃんの所はよ」
植木の言う第三連隊の汎用力の高さ。
それは政治色の強い第一師団という土壌がそうさせたのであろう。
第一連隊という部隊が政治の中枢と深く関わる部隊であった分、その他の部隊にはその他の面をリカバーする事が求められた。
故に北島は戦闘力という軍隊の本質とも言える部分をおざなりにし、師団全体を支えるバイプレイヤーとしての側面を自分の連隊に持たせる事で、その要請に対応したのだ。
第三連隊の戦闘の練度は低い。
第二師団の……特に高野からすれば、政治屋だの何でも屋だの揶揄されるターゲットにされるのも仕方の無い程にだ。
たがその分政治力、諜報力、調達力その他諸々。
第二師団の連隊が持たざる部分に手が入っており、その汎用性については陸軍内でも評価は高かったのだ。
「さて、今の所は青が優勢なんだがなぁ……上手く赤をこちらの砲撃エリアに引き込めるかってとこだな?」
青は味方、赤は敵。
マップ上の勢力図へ再び目を向けた植木は現状についての話を終え、次の展開に向けて話を進めた。
「そうですね。敵陣中央を分断している環状大河では、水名神主導による戦闘が開始されています。これにより一部の敵勢力の切り離しに成功していますね。敵の流入ルートが減り固定されるのは歓迎出来ます」
「となると――」
言葉を吐き出そうとした植木の口の動きが止まった。
マップ上の青の勢力圏に、小さな空白地帯が幾つか生まれたからだ。
「報告」
静かな田辺の声がオペレーター達に届くと、植木と同じくマップに目が行き動きを止めていたオペレーター達が、せわしなく情報収集を開始した。
「……流石に敵さんも殴られっぱなしって訳じゃないわな。反撃と見るのが正解かね?」
「恐らくそうでしょう。敵EOは個体単位では有機的な判断は出来ませんが……坂之上さんから報告のあった連結脳の様な物が運用されれば……戦術・戦略的な有機思考も十分に有り得る事でしょうね」
「第五連隊より報告ッ! 敵勢力の砲撃により戦闘車両大破二、中破三」
「死傷者、弾種の情報は?」
「死傷者についてはまだ……弾種は被弾状況による推測ですが徹甲弾との事です」
「携行兵装じゃねぇな……他都市侵攻用に砲撃出来る戦力があるとは思っていたが……まぁ出してくるとすればこのタイミングってのは正解だろうな」
「支援機の哨戒圏を拡大、敵砲撃戦力のデータが欲しい。プロープの散布範囲も広げてくれ」
「……空挺の本命戦力に被害は出てねぇだろうな?」
「それは問題ないかと。第五の陣地は空挺の隣ですが、本命のヘリ大隊は後方……それも的外れな場所で待機中です。殴り合いに巻き込まれる程、野々村は間抜けではありませんよ」
「そりゃあごもっともだな。さて……敵さんもやる気を出してるんだからよ、こっちもいっちょ真っ向で殴りあってやろうじゃねぇか」
植木は獰猛な笑みとしか呼べない薄ら笑いを浮かべる。
「……だからと言って調子に乗って前線までは出ないで下さいよ? 目を離すと直ぐに前に出て困ると、他の連隊長の皆さんに釘を刺されてるんです。戦後処理もあるんですから、その辺りは自重して下さい」
「田辺ちゃんよォ……それを言っちゃあ、なんとも締まらねぇじゃねぇか……」
植木は肩を少し落としたが、その眼光は衰えを見せない。
まだまだこの戦闘の先は長いという事を自覚しているのだろう。
中央戦線とも呼べる、セントラルピラーを背にしたNブロック南部における戦闘も、当初の予定通りに開始された。
双方の被害の度合いで言えば、第二師団中心の諸兵科連合に軍配は上がっている。
だがまだ序盤の軽いジャブを互いに打ち終えただけで、本番はこれからなのだ。
前線にいる将兵達の目には闘争の為に猛らせた色と同時に、この戦場の行末を想う不安の色も浮かびつつあった。
中央戦線が正面からの殴り合いの様相を見せていたのとほぼ同じ頃。
水名神は郁朗達を射出し終え、その艦体を敵兵力の攻勢に晒しながら所定の位置へゆっくりと移動しつつあった。
あくまでも目標地点への大規模な爆撃を終え、そのまま陸上戦力の火力支援へ向かうという体を見せつけながらである。
「予定通り、本艦はNブロック中央部へと火力支援を行いながら移動。南岸への射撃は味方部隊の浸透に気をつけながら行って下さい」
「……しっかし正気の沙汰とは思えねぇなぁ。一番近い所から直接揚陸だなんてよ。しかも通常兵力でだ……あの嬢ちゃん達の考える事はも一つ解んねぇよなぁ」
行動予定を再度確認していた副長の近江に、艦長の古関が絡みだす。
ブリッジクルーの面々にとっては見慣れた光景であり、河岸への砲撃に忙しい事もあって、二人に関与する気は全く無さそうだ。
「判って無いのは君だけですよ。そうそう、実はブリーフィングで公には報告していない事がありましてね」
「なんでぇ? そりゃあ?」
「こちらの揚陸部隊の装備してる晴嵐なんですがね、あれは晴嵐ではありませんよ」
「……近江ちゃんよ、俺が馬鹿なのは認めるからよ。もうちっと解りやすく説明してくんねぇか?」
「おや、珍しい。自分の無知を認めるのは大事な事です。その老齢でよくもまぁ成長してくれたものです」
「そういうのはいいからよ、早く教えてくれよ?」
「つまらない人ですねぇ……こんな砲撃戦の最中に、これだけの無駄口を叩いているんです。少しは楽しみながら会話しなさい……あれは歩兵外骨格には違いありませんがね、設計思想が全く違います。使われている素材もです」
「なんで内密にする必要があるんだ? 量産すればいい話じゃねぇか?」
確かに古関の言う事はもっともである。
高性能機であるのならば、それを量産すれば良いと考えるのは間違いでは無い。
「したくても出来ないのですよ。晴嵐あくまでも東明重工がEOの稼動データからフィードバックされた情報を基に作った物です。ですが、今この艦に積まれている外骨格は違います。EOそのものを再現しようと試みて作られた外骨格なんですから」
「どう違うってんだ?」
「素材から駆動方式に至るまで。全てですよ。晴嵐はあくまでも歩兵の生存能力を幾ばくかでも上げる事を目的として製造されました。ですがあの新型は違います。どうやら歩兵一人での量産機のEOとの戦闘を想定して作られている様なのですよ」
「そんな事が出来んのか? そもそも近江ちゃんだけが何でそんな事を知ってんだ?」
「出来る出来ないで言えば……出来るんでしょうね。現物が目の前にありますから。私が知っている理由は簡単ですよ。私の推論を聞いた倉橋さんが教えてくれました」
「例の極東の軍事技術云々ってやつか。まぁ確かにあの話は技術屋からしたら、面白くはねぇわな。しかし……そんな物騒なもんを勝手に戦場に持ち出して、第二師団の面々、っていうよりは植木が黙ってねぇんじゃねぇか?」
「植木君は恐らく知っているでしょう。田辺君には内密で話を通してあるそうですから。戦後にどう使われる事になるか、という事は警戒しているでしょうがね。今回の作戦においては目を瞑る、というのが彼等の考えでしょう」
「戦後ねぇ……」
『左舷後方の被弾部、外部装甲の応急処置完了しました。潜航には問題ありません』
二人の会話を無理矢理終了させるタイミングで応急班員からの連絡が入る。
「よっし、短時間でよくやったッ! 第二段階に移るぞッ! めぼしい敵戦力を片付けたら潜航、目的地へまっしぐらだッ!」
古関の号令一つで各部署が一斉に動き出す。
水名神の所有している火力があれば、周辺の敵勢力を掃討し潜航する時間を稼ぐ事も問題無く行える事だろう。
古関の発令から短時間の戦闘で河岸の敵勢力は沈黙する。
速やかに潜航した水名神は、そのまま次の目標地点へと移動を開始。
他の戦場が戦闘に追われる最中、静かに自らの作戦フェイズを進めていくのであった。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.08.03 改稿版に差し替え
第七幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。