幕間 谷町真九郎《たにまち しんくろう》
-西暦2078年8月18日22時15分-
「淳也君が居なくなってもう一週間か……山道ちゃん、どうすんのさ」
知人の行方が判らなくなったのだが、どうにもこの状況に違和感を感じてしまった。
だからこそここで待ち伏せをして、ようやく出会えたその雇い主に声を掛けたんだけども。
Eブロック商業区のとある角地にあるバー。
古典映像の収集家達が集まるここは、あるドラマに登場するバーになぞらえて『かどや』、と呼ばれてる。
ここの存在知ってからは、毎日の様に入り浸る様になっていた片山淳也君。
個人収集家にしてはこの分野の造詣が深く、『かどや』に集まる客にも一目置かれていた。
年下の面白い友人として媒体のトレードなんかをしていたのだが、そんな彼が調査の仕事中に行方をくらましたのだ。
彼に渡す予定だった媒体を手で弄ぶと、俺の質問に山道ちゃんは答えを出してくれる様なのだけども……。
「まぁ……死んじゃあいないとは思うんだけどなぁ。警察局は積極的に動いてくれる気配は無いし……捜索だけはうちの事務所でも続けるよ」
「その辺りはドライだと思ってたけど意外だね。単純に緑化地区で遭難したとは考えたりはしないん?」
「俺が案内人を紹介したんだがなぁ……どうもその言動が胡散臭い。そいつ……記憶を弄られてるかもしれないんだわ」
「ちょっと待った。そんな話を俺にされても困るんだって。知っていい話といけない話くらいの区別はつくよ」
「まぁ……このままだと例の行方不明事件扱いでカタがついて終わりそう、って事だけは言っとく。こっちはこっちで色々と調査は続けるけどね。谷町っちゃんの人脈もいずれは借りると思うから、そん時はよろしく」
「あいあい……なるだけ早く見つけてやってよ。頼まれてる媒体だけでも相当な数になるからさ。副業とはいえお得意さんに消えられるとね、明日からの食生活が侘びしくなるし」
「んー……当面は俺が顧客になるからいいんじゃないの? 赤いシリーズって全部あるかな?」
「あるよ。迷路から死線まで全部ね」
「マジで!? これは言い値で買えって事か……」
「事務所払いでは受け付けんよ? 経理のお姉さん方に渋い顔されるのも睨まれるのも勘弁だかんね? 媒体は用意しとくからさ、ちゃんと現金でよろしく」
「世知辛ェ……」
そりゃそうだよ。
百年近く前のものだもの。
集めるのにも元手やリスクが結構かかるっての、知ってるでしょうが。
項垂れる山道ちゃんを他所に、俺はグラスに注がれた液体を舐める様に飲んだ。
-西暦2078年9月11日23時45分-
「このまま放置していたら、警察局は間違い無く捜査を打ち切るよ。姉さん、郁朗は誰かに拐かされたんだ。例の連続誘拐事件に巻き込まれたのは確実だよ」
『…………』
ショックが大きいのは判るけど、今は迷われてるだけじゃ困るタイミングだ。
出したくは無いけど、大きい声が出るのもしょうが無いよな。
「姉さん! じっとしてたって何も変わらないって事は判るだろ!? 俺の知り合いも先月巻き込まれたけどね、結局警察局は匙を投げたよ……義兄さん、帰ってるよな? ちょっと代わってくれないか?」
『真九郎……ありがとね……ちょっと待ってて』
最初に電話してきた恭子もそうだけど……こりゃあ姉さんも相当参ってるなぁ。
息子が行方不明……それも拉致疑惑だものな。
友人の次は甥っ子……本当に最近の極東はどうなってるんだろう?
『真九郎君か?』
ダメだ。
こっちもこっちで相当に草臥れてるな……無理してるんだろうに。
「ご無沙汰してます、義兄さん。手短な方がいいですよね?」
『済まない……』
「謝らんで下さいよ。俺にとっても郁朗は可愛い甥ですから。それで、義兄さん。民間の調査会社を使ってみませんか?」
『調査会社……?』
「俺の知り合いが例の事件に巻き込まれた話は、姉さんから聞いてます?」
『ああ……何でもSブロックの緑化地区で消息を断ったとか』
「その通りです。恐らく事件の根は同じだと思うんですよ。彼の勤めていた調査会社の所長がね、その辺りを探ってるそうなんですが……調査ソースは多ければ多い程良い、って話を先週されたばかりなんですよ」
『しかし……警察局でもどうにならなかった話を……民間の調査会社が何かを掴めるとは思えないんだが……』
「それについてはご心配無く。警察局が難儀する事件を、彼等だけで何件も解決している実績もありますから。どうします?」
『……頼めるだろうか? 費用が必要なら――』
「義兄さん、それは言いっこナシで。そこの所長には貸しがあるんで。ただ、どうしたって公権力程の即効性が無いというのが欠点ですけど、それでもいいですか?」
『構わないよ……郁朗が家に帰って来られるなら何だって構わない……』
「義兄さん……恭ちゃん、しっかりしてくれよ。そんなんじゃ姉さんや恭子まで草臥れて……みんなでボロボロになっちまうぞ?』
俺はあえて昔の呼び方で義兄さんを呼んだ。
六つ上の義理の兄は、俺達近所の悪ガキ共の憧れだったんだって事を思い出させてやりたかったからだ。
俺達が中坊だった頃、質の悪いチンピラにぶつかっただなんだで難癖をつけられた時。
周りの大人が俺達を見放す中、通りかかった当時大学生だった義兄さんが、何も言わずに矢面に立ってくれた事を俺は忘れていない。
日拳(日本拳法)の道場の家に生まれた義兄さんは、向かってきたチンピラを片手で伸すと、そのまま肩に担いで商業区まで運んで行った。
その後どうなったのかを俺達は知らないが、ちっこい頃から面倒を見てくれていた義兄さんの強い背中に憧れ、義兄さんの家の道場へ弟子入りするのにみんなで押しかけたもんだった。
『真……悪かった。明日の夜にでもそちらに出向けばいいか?』
「俺はいつでも構わないから。えーっと『かどや』は判るよね?」
『判る……ってかあそこをお前に教えてやったのは俺じゃないか。仕事が終わったら連絡する……ありがとな、真』
「いいんだよ。俺の貰った恩はこんなもんじゃ返しきれないからさ。じゃあまた明日、恭ちゃん」
『ああ』
ほんの少しだけ昔に帰った気がしたが、気のせいだろうな。
おっさんってのはそういう幻影を追いかけて生きてる生き物だって、誰かが言ってた気がするし。
とりあえずは山道ちゃんに連絡だな。
捕まってくれればいいんだけど。
-西暦2079年3月9日19時25分-
テロだなんだと世間は騒々しい。
半年近い時間が……行方不明者達の事を、記憶の彼方に押しやろうとするのはどうにかならんもんかな。
幸い、姉夫婦や恭子の精神は持ち直してくれたから良かったものの、結局郁朗の行方の手掛かりは何一つ掴めていないんだから。
淳也君にしてもそうだ。
山道ちゃんはまだ諦めてはいないみたいだけど……。
-西暦2079年3月27日17時50分-
なんともまぁ、ドラマみたいな映像だな。
フィクションの爆破シーンなんて目じゃない位の戦闘映像じゃないか。
極東もいよいよもってキナ臭くなってきたきたけど、オートンってこんなに動けるもんだっけか?
確か山道ちゃんも元軍人だったよなぁ。
この事件の事も何か知ってるんだろうけど、しがない大学講師の俺の知っていい事じゃないのだけは確かだな。
-西暦2079年5月10日19時10分-
あんな事件が起こった後だ。
山道ちゃんがおかしくなっていないかが心配になる。
怨恨による犯行だなんだってマスコミは書き立てて騒いでいるが、調査業なんて職種なんだから。
その程度の事が有り得るのは書かなくたって判るもんだろうに。
けど、まともな神経をしてれば……亡くなった人の事を考えてそんな事は書けないと思うんだけどなぁ……連中が普通じゃないのは今に始まった事じゃないか……。
山道ちゃんの事務所は解散するのかもしれないな。
経理のお姉さん達と法務担当、実働担当も合わせれば七人も殺されたのだから。
事件の瞬間事務所から席を外していたというだけで、彼自身が容疑者として疑われているのも聞かされている。
毎日の様に事情を聴取される為に警察局へ向かっているらしいが、相変わらずの珍捜査ぶりで少し笑ってしまったよ。
その時間帯、俺からの依頼で同行してたからアリバイはあるのにな。
しかしその程度の推量しか出来ないのならば、警察局が郁朗を見つける事が出来なかった事も納得出来る。
連中は辻褄合わせの捜査しかしないんだから。
兎に角……山道ちゃんに手を切られたら、郁朗への足掛かりが無くなるのが辛いなぁ。
いくらか打算的ではあるのだが、友人として彼を心配しているのも本当なんだけど。
現状が落ち着いたら、泣き虫監督のラグビーのドラマでも差し入れてやろう。
-西暦2079年5月18日06時35分-
これはもうテロなんてレベルで語って良い状況じゃないなぁ。
Nブロックなんて政治の中枢でこれだけの事件が起きるとは……まぁ機構が襲われるってのは何となく解かる。
俺がテロリストだとしても、真っ先に潰す事を考えるしな。
だけど被害の規模はどうなんだろうね。
襲われた情報処理センターは当然として、近隣のビルが軒並み倒壊って。
幸い民間人には被害は出てないそうだけど、春先のテロで一個中隊、今回で一個大隊。
被害の規模は大きくなるばかりじゃないか。
半壊した情報処理センターにだって貴重な映像が眠っていただろうに。
襲うテロリストは当然として、極東の軍ってやつは……どうにも短絡的に物を破壊し過ぎる。
データのサルベージでも仕事で頼まれれば、喜んでやるんだがなぁ……。
-西暦2079年6月15日12時45分-
山道ちゃんが姿を消した。
ここ数日会う機会もあったんだけど、そんな素振りは見せなかったのにな。
事務所は閉じられて、賃貸の契約も切られていた。
その手際は……何かから逃げる様な素早さや後腐れの無さを感じた。
まるでこの場所や人との繋がりに未練が全く無いみたいな消え方だったんだよなぁ。
まいったなぁ……郁朗の件、姉さん達に何て話そうか……。
-西暦2079年7月12日14時45分-
映像媒体の取引で『かどや』いたら、とんでもないテレビ放送が始まってしまった。
面倒臭そうな法案が通過したと思ったら、内戦が始まるなんて……なんてこった。
発砲事件まで放送中に起こるってどんなドラマだよ。
しかも次から次へと出てくるこの映像……特撮番組やってんじゃ無いよな?
しかしまぁ……これは酷いな。
傀儡政府ってのは解かりきってたんだが、この対応は無いよな。
自分達も関わって悪さをしています、ってはっきり言ってる様なもんじゃないか。
このオートン……人の脳を使ってるって言ってたよな……まさか郁朗も攫われた後、こうなってるんじゃないだろうな?
……いかんいかん。
まずは姉さんに電話だ。
-西暦2079年7月19日15時20分-
『叔父さん、今いい?』
「どした? 恭子。今日って引っ越しじゃなかったか?」
『今業者さんが荷物を運び込んでる所で問題ナシ。それより……叔父さんて……あの古典映像の取引やなんかでさ、顔広いよね?』
「そりゃあまぁ……手広くやってるからなぁ。色んな職種の人の色んな趣味に答えるのもこの仕事の内だからさ」
『じゃあね……軍の人と繋がりって……ある?』
「おいおい、こんなご時世に軍人どうこうって……まさか誰かに狙われてるとか――」
『違うってば。ほんと、そういうとこは谷町の祖父様にそっくりなんだから。妄想が暴走気味なのは解かるんだけど、そんなんだから叔父さん……いい歳して独身なんだよ?』
我が姪ながら、こいつの口の切れ味は鋭過ぎる。
絶対に恭ちゃんとこのおばさんの血だよな。
「お前ねぇ……用件があるのか俺をぶった斬るのに電話してきたのかはっきりしろ。俺だってそこまで暇って訳じゃないんだからな?」
『どうせまた昼間っから『かどや』に入り浸ってるんでしょ? それなら少し位可愛い姪のお願いを聞いてくれてもいいじゃない』
とうとう自分で可愛いとまで言い出したか。
姉さんが猫ならお前は虎だよ。
それもサーベルタイガーかなんかだ。
恭ちゃんの家の遺伝子は、どうもこういう人材を生む傾向が強いよな。
「で……軍人に渡りをつけてどうすんのさ? 武器弾薬の取引なんてやってないぞ?」
『……馬鹿なの? やっぱり昔のドラマの見過ぎでちょっとおかしくなってるのかな? あんまりそういうのを父さんや兄さんに見せないでよね? 父さんが変な朝ごはんの食べ方する様になったのも叔父さんのせいだって聞いてるよ?』
あれはお前、元々恭ちゃんが好きで先に見てたんだろうが。
コンビーフにかぶりつくのだって牛乳瓶のキャップを口で開けるだって、やり始めたのは恭ちゃんなんだからな?
何でもかんでも俺のせいにするなっての。
「いや、ほんとにねぇ。お前、いい加減にしろよ? 文句があるな――」
『兄さんが見つかったの』
「はい?」
唐突なんてもんじゃないぞ、恭子よ。
兄さん=郁朗ってのが繋がるまで少しだけ時間が掛かった。
耳元で恭子がギャースカ言ってるけど、こんなシチュエーションで言う事じゃないだろう。
「待て待て待て。見つかったってどういう事だ? もっと解からないのはなんで軍なんだ? こんな戦争やってる最中にどう関係してるっていうんだ?」
『……叔父さん、慌てるのは解かるけどね。ちょっと落ち着いて。実はね――』
恭子から聞かされた話は荒唐無稽と言うか……俺の収集してる古典特撮によくある風景だった。
秘密結社に改造されるって……そのまんまじゃないか。
ただ決定的に違うのは……郁朗がそれ以上の血生臭い戦争をやってるって事だ。
あのほやんとした郁朗にそんな事が出来るんかな……?
『――で、その教え子の子が事件に巻き込まれた時に、軍の人とそこの人が話してたって言うから……ねぇ、叔父さん、どうにかならないかな?』
軍っつってもなー……そりゃあこっち関連で繋がりのある隊はいくつかあるけど……さすがに面識の無い人に繋げて貰うってのは厳しいだろう。
「……部隊名とかそういうの判るか?」
『確か……一緒に巻き込まれた人の親御さんが同じ部隊の人らしくて……えーと……空挺なんちゃらって言ってた様な……』
運が良かったな、恭子。
「空挺連隊なら何人か知ってる人間いるよ、それも偉いさんにな……早速渡りをつけてみる」
『ホント!? 叔父さん、最高! 愛してるッ!』
「うるさい。でもさ、もしそれで郁朗の所在がはっきりしたら……当然だけど、俺や姉さん達も同行していいよな?」
『あー…………止めといた方がいいかも知れない』
「お前……それはあんまりじゃないか? 姉さんだって義兄さんだって――」
『心配してるのは痛い程解かってるよ。叔父さんもそうなんだって事も。でも……たぶん兄さんの心が保たないじゃないかなって……教え子に名乗るのすら躊躇してたみたいだし。だからあたしがまず会って確かめたいの。兄さんは兄さんのままなのかって』
「恭子……」
『それにね……』
「それに? 何だよ?」
『劇的な再会をするっていうのなら……やっぱりそれはあたしの役目じゃない?』
「……お前もね、そのブラコンをいい加減何とかしないとさ、嫁に行くどころか……将来郁朗の邪魔をしそうで怖いんだが……小姑的に……」
『う……うっさい!』
俺の一言で火が着いたのか、恭子のボルテージが上がってしまった。
まぁ……元気になった様で何よりだけどな。
それにしたって郁朗よ、お前は何て事に巻き込まれてるんだよ。
それでも、まぁ……生きていてくれて良かったよ。
さて、空挺連隊なら岸部さんがいいか。
骨を折ってもらう代わりに、桃から生まれた侍のシリーズを持参しよう。
忙しくなりそうだなぁ……。
お読み頂きありがとうございました。
引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。
それではまた次回お会いしましょう。
2016.07.06 改稿版に差し替え
第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。