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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
107/164

5-26 地表帰還開発機構本部及び、極東陸軍本営強襲作戦

 -西暦2079年7月24日04時40分-


 日の出の時刻を迎え、極東の都市照明が明るくなり始めるのはもう間も無く。

 環状大河の仄暗い水底で、水名神は静かにその時を待っていた。


 位置的には二箇所の攻撃目標の中程、双方への距離が百三十kmといった場所になる。

 浮上直後に巡航ミサイルによる第一波攻撃を行ったその後に、郁朗達強襲班が出撃する流れだ。


 76mm速射砲は全てNブロックの河岸を向く左舷に集められ、第二師団の境界線突破をこの位置から離脱するまでの間支援する。

 さらに空いている前甲板と右舷の側甲板には、水名神の可搬積載量ギリギリにまで積んできた79式歩兵戦闘車が配置される。

 水名神のレーダーユニットと連動されたそれは対車両・対空・対EOと、その全ての状況に対応した防衛機構として機能するそうだ。


 作戦開始は午前五時丁度。

 水名神艦内では速やかな作戦実行の為、各所での喧騒が続いていた。


「ハンチョー」


『どうした、藤代?』


 既に目標地点へ向かう輸送手段(・・・・)に搭乗している郁朗は、その安全性を再度確認する為に忙しそうにしている倉橋に声を掛ける。


「本当にこれで無事に辿り着けるんですかね?」


『こちらでのテストも何度かしている上に、安全性の検証はしっかりとやっとる。お前達だって一度はテストで乗せられてる(・・・・・・)だろう? 今は降りる時の事だけ考えていればいい』


「でもあの時は全備重量じゃないですよ? 重さで万が一って事も――」


『ガキ共の引率はお前がやるんだろうが。土壇場でヘタれるってのはどういう事だ? しっかりせんかッ!』


「ヘタれてる訳じゃないですよ。確実にやりとげたい、それだけです。ハンチョー達が万が一を想定してくれてるかの確認ですよ……前科がありますからね」


『……作戦開始前に随分とキツい事言ってくれるじゃないか、この野郎。ソレ(・・)については空挺連隊からのお墨付きが出てるから心配すんな。あちらさんも運用してみたいって言ってた位だからな』


「そうですか。ハンチョー……団長が起きたら……」


『判っている、何としてもあいつらの元へ届けてやるから安心してろ。もう切るぞ。ジッとしてるお前と違ってこっちは忙しいんだ』


「それは失礼しました……それと」


『……なんだ?』


「ありがとう」


『……おう』


 無遠慮に切られた通信のブツリというノイズから、倉橋の忙しさというものが感じられた。

 それでも律儀にこちらの気を鎮めてくれる辺り、気を遣われているというのがよく理解出来る。

 片山の不在、戦力の分散、未知の敵との会敵の可能性。

 様々な要因が郁朗の心に重圧として伸し掛かっているのは間違い無いからだ。


(団長やみんなは僕の事を据わってるって簡単に言ってくれるけど……そんなに便利には出来て無いよな……)


 郁朗が試合前の緊張感に似たものに襲われている最中、彼の耳にサーッという通信ノイズが入る。

 誰からのものなのか判らないが、郁朗はそれに耳を傾けた。


『坂之上です』


 緊張している現場のせいで少し硬質ではあるが、普段とあまり変わらない耳障りのいい千豊の声だった。

 それは個人回線では無く艦内オール、所謂全体回線で流されている様だ。


『間も無く極東での最後の戦闘になるであろう作戦が開始されます。こんな場所まで皆さんを連れてきてしまった事を……まず謝罪します』


 今の郁朗には外部の様子を窺う事はほとんど出来ないが、視界に入る限りでは聞いているスタッフも顔を見合わせ困惑している様だ。


『そして同時に……ここまで共にあってくれた事を感謝します……本当にありがとう。私は……私怨とも呼べる感情からこの戦いを始めました』


 既に準備を終えている者達は静かに耳を傾け、未だ作業に追われる者達もまた、手を止めずに彼女の言葉を待った。


『切っ掛けは兎も角、今……こうして皆さんと共に、未だ出会う事の叶わない人々の為に戦場に立つの事は……少しむず痒く、そして大きな誇りを感じます。生命の奪い合いに誇りなどという言葉は似合わないのでしょうが……それでも人として、人であろうとして戦おうとするこの戦いには、少なからずその誇りは必要となるのでしょう』


 千豊は大きく息を吸うと、さらに言葉を続けた。


『……ある人が私に尋ねた言葉を……使わせて貰います。この戦いの先、私達は何処へ向かうのか? それはきっと……見知った誰かや、見知らぬ誰かの隣へと向かうのでしょう……成功させる事の難しい作戦だとは理解しています。ですがこの戦いが終わった時、私自身を含めた作戦に参加した皆さんが……その場所に立てる事を祈ります』


(少し気恥ずかしくはあるけど……あの時に話をした甲斐はあったのかな)


 千豊が自分自身の行末の事を、ほんの僅かでも考えてくれた事は郁朗にとって嬉しい事だった。

 少なくとも黙って居なくなる事はこれで無いのだろう、そう安心する事が出来たのだから。


『作戦開始まであと十分』


 千豊の言葉を急かす様に、作戦開始までの時間を告げる無機質な機械音声が流れる。


『……時間の様ね。準備に怠りの無い様に……各員の健闘を期待します。皆さん、作戦終了後にまた会いましょう』


 これから作戦に従事する人間達の内の、何人が彼女の言うそれを叶える事が可能なのか。

 場合によっては千豊自身も含め、作戦終了後に再会出来無い者も出てくるだろう。

 それでも彼女が皆に対し、また会いましょうという言葉を口にしたのは……それが千豊の真摯な祈りである事に他ならないからだ。


『間も無く浮上準備に入ります。各員、所定の位置へ』


 千豊の最後の言葉に被さる様に、水名神の浮上が告げられた。

 数十秒後、固定されている郁朗の身体にも、浮上時独特の浮遊感が襲ってくる。

 浮上を終えた水名神は前甲板、側甲板を展開し、戦闘準備に入った。


『作戦開始まであと五分』


 郁朗のいるブロックが先程にも増して騒がしくなる。

 まずは相手に先制の一打を見舞う為の、必要な喧しさであった。


『前甲板、車両の展開急げ! 予定より三十秒遅れているぞッ!』


『速射砲群、展開完了。装填始め』


『前甲板、ミサイル発射口開きます。一番発射管から十八番発射管まで装填開始』


 今回、先制の一打に使用される弾頭はスタンダードな対地攻撃ミサイルである。

 火力支援用対地巡航ミサイル一号・業炎(ごうえん)

 第一波のこの火力で、陸軍本営の防空兵装の大半は沈黙すると見込んでいる。


『一番から八番……十二番から十八番……全発射管装填完了。前甲板上の作業員は退避エリアへ。繰り返す。前甲板上の作業員は退避エリアへ』


 全ての発射管への装填の完了が告げられる。


『作戦開始一分前』


『発射まで一分! 繰り返す! 発射まで一分!』


『目標設定……誤差修正……完了。セーフティ最終確認……安全装置解除します』


 着々と発射までのプロセスが整えられ、発射管の中では弾頭がその身を晒すのを今かと待っているのが感じられた。

 極東での最後の戦い。

 その火蓋がいよいよ切って落とされるのだ。


『カウント十…………五……四……三……二…………零ッ!』


 郁朗の耳にも発射の轟音が聞こえた。

 十八基の業炎は次々とは発射管から吐き出され、目標地点へ向かって虚空を飛ぶ。


第二射(・・・)装填用意ッ! 一番から七番発射管、第二射の装填用意をッ!』


 着弾を確認する間も無く、第二射の装填が開始された。

 郁朗の身体はその作業の影響で、固定されていながらも大きな揺れを感じていた。


 対施設強襲用試作可搬弾頭・空神(そらがみ)


 倉橋が水名神運用における、前線への物資供給手段として構想していた運搬用の弾頭である。

 それが構想時から姿を変え、物資では無くEOそのものを運搬する手段として大きく改良されたのだ。

 郁朗達七名は、その弾頭の中に固定されていた。


 郁朗達が犬塚の元で降下訓練を行っていたのはこの弾頭の運用の為であり、極東の天井ギリギリである高度六百メートルからの強襲が予定されている。

 空挺連隊はこの装備を喉から手が出る程欲しがったが、運用出来るのは巡航ミサイルの加速Gに耐え得るEOのみであり、外骨格を装着した生身の人間の運用は現状では想定されていない。


 ガゴンッ


 ガゴンッ


 弾頭の装填ルートに乗って、発射管へと郁朗達は次々運ばれて行く。


『左舷方向河岸に敵勢力を確認ッ! 速射砲群、撃ち方始めッ!』


 既に発射管の中に居る郁朗には外の様子が窺えないのは当然ではあるが、敵味方どちらのものとも知れない砲声だけが僅かに彼等の耳にも届いた。


『おいおい! ほんとに無事に外に出られるんだろうなッ!』


「タマキ、落ち着きなって。こうなった以上、今更僕達にはどうしようもないんだからさ。流れ弾が発射管の中に入って来ない事でも祈っておこうよ」


『んな事ァ判ってるっての! こんな狭いとこに閉じ込められて落ち着かねえだけだ!』


『ええ話聞いたな、景』


『今度何かあったらタマキ君は狭いとこ連れていこう。ボクらの天下が来るかもしれんで?』


「……君達はもうちょっと緊張してくれて構わないからね?」


『『えー』』


『一番から七番発射管、第二射装填完了。EO諸君の健闘を祈る』


 火器管制オペレーターからの激励はあったのだが、双子のお陰ですっかり緊張から程遠い雰囲気となってしまっている。


『景太君……勝太君……何か色々台無しになった気分だよ……』


『……お前ら……そんな調子でいて……あっちに到着してから……イクローさんを困らせるんじゃないぞ……?』


『『酷い言いがかりを言われた気がする!!』』


『景ちゃん勝ちゃん、なんか格好つかないね?』


『『あんまりやー!!』』


(ああ……結局こんな空気の中から、戦場に叩き込まれる事になるのか)


 緊張感を台無しにした双子に、恨み言の一つも言いたい気分なのだろう。

 ドッグを出立する前に双子にああ言った手前表面には出せなかったが、郁朗の心は僅かではあるが重くなっていた。

 リラックスしていると言えば聞こえはいいが、一度ここから撃ち出されてしまえば十分と経たない内に戦闘状態に突入する。

 どうせそうなるのであれば、緊張感を持続したまま敵地に飛び込みたかったと郁朗は思う。

 その落差はどれだけ据わった神経をしていようと、彼の心を蝕むのは間違い無いのだから。


『第二射発射まで後一分ッ! 第二射まであと一分ッ!』


 残された平穏の時間が僅かである事告げるアナウンス。

 郁朗は各所に設けられた固定部を再度確認する。

 これが綺麗に外れてくれなければ、空神本体と共に地面に激突、心中する事になるのだ。


『イクロー君』


 不意に繋がった通信の声の主は千豊だった。

 今度は艦内オールでは無く、個人用の回線である。


「現地到着まで個人回線の使用は禁止じゃありませんでしたっけ?」


『堅い事言わないで頂戴……予定通りに、私も後からそちらに向かうから……』


 千豊はそこから先の言葉を言い淀んでいる様だ。

 らしくないな、と郁朗は思う。

 先程あれだけの訓示紛いの艦内放送をぶち上げた人が、何を今更口にする事を迷うのかと。


「……露払いはしておきます。ゆっくり徒歩で来て貰って構いませんからね。でも、あんまり遅いと千豊さんの出番、無くなると思いますよ?」


『……そうね……団長さんが居ない中、イクロー君には無茶を押し付ける事になるんだけど……』


「それこそ何を今更。拉致された時から千豊さんの無茶振りに晒されてきたんですから。いい加減に慣れました」


『フフフ……そうね。私は無難なお願いなんてした事なんてないもの……イクロー君。私がそちらに向かうまでしっかりと生き延びて頂戴ね?』


「任せといて下さい、なんて安請け合いは出来ませんけどね。全力は尽くします」


 郁朗がその言葉を言い終えると、二人の間には静かな空気が流れる。

 ほんの少し離れた外では、止む事の無い砲声が鳴り続いているにも関わらずだ。


『第二射まで三十秒!』


 そのアナウンスに二人は我に返る。


『それじゃあイクロー君……また後でね?』


「はい。あちらで会いましょう。団長を叩き起こしてやって下さい」


『任せておいて』


『二十秒! セーフティ最終確認ッ! 安全装置解除ッ!』


 発射まで間も無くと言うそんなアナウンスと共に、彼女との通信は切断された。

 郁朗は射出時の衝撃に備えて、腕部固定部のグリップを強く握る。

 まるで見えない何か掴む様なそれは、とても力強いものだった。

 千豊との通信は郁朗の精神にいくらかの安定を与えてくれた様だ。


(我ながら単純なんだよな……)


 苦笑いと共に自己分析を行う郁朗を衝撃が襲う。

 水名神の艦体が揺れているのだろう。


『左舷後方に被弾! ダメージコントロ――』


『構うなッ! 今は空神を撃ち出す事だけに集中しろッ!』


 古関の怒声が艦内放送に乗るものの、その声の響き自体は落ち着いたものだった。


『十秒』


 EOに転化されてからおよそ十ヶ月。


『七』


 藤代郁朗を取り巻く環境は激変した。


『五』


 身体を作り替えられ、戦う為の技術を身に付け……。


『四』


 その手を血で濡らし、仲間と呼べる人達も失った。


『三』


 教え子や妹との再会も、そのせいかどこか重いものだったのが悔いとして残る。


『二』


 そんな状況でも、人として生きる事を諦める事だけはしなかった。


『一』


 そんな事を振り返りながら……郁朗の意識は終わらせるべき戦いへと向けられていく。


『零ッ』


 郁朗達の身体に急激なGをかけながら、空神は次々と発射管から飛び立った。

 敵勢力からの砲撃が空神に向けて加えられるが、それらは一発たりとて命中する事無く虚空へ消える。

 その白い痕跡を艦橋から見つめていた古関と近江は極短い時間敬礼をすると、再び戦闘指揮を再開。

 旺盛な砲撃を敵集団に見舞いつつ、次の目的地への移動をクルー達に命じた。




 こうして郁朗達は七本の矢として、敵陣深くへと撃ち出される事となった。

 彼等を待っているものはその身の破滅か、それとも極東の明日なのか。

 その結末がどう転ぶのか、それを現時点で予測する事は不可能だろう。


 ただ彼等の進んだ痕跡だけは、未明の極東の空に真っ直ぐ……そして白くはっきりと残っていた。




 第五幕 完

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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