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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
105/164

5-24 雨、止む時

 -西暦2079年7月22日14時25分-


 現在、特に異常がある訳では無いのだが、中条アキラの聴覚回路は機能していない。

 彼にしては珍しく、上の空なだけである。

 整備場にて改良された各種兵装の詳細をレクチャーされている真っ最中なのだが……山中が嬉々として解説をしているにも関わらず、その声はアキラの耳にはほとんど届いていなかった。


『アキラ兄ちゃんなんか嫌いだッ!』


 昨日晃一から受けたこの一言が原因であった。

 今も頭を過っているこの言葉はアキラがEOに転化されて以来、木村との戦闘以降は味わった事の無い大きなダメージとして彼に襲いかかったのだ。

 ブリーフィングの間は気が張っていた為、一切そんな素振りは見せなかった。

 だが少しでも気を抜けばこの有り様である。


「なぁ、アキラァ。そんなに気になるんだったらよォ、とっととコウに謝っちまえばいいんじゃねぇの? 見ろよ、山中の兄ちゃん泣いてるぜ? お前が全く話を聞いてくんないからよ」


 環の言葉にハッとしたアキラが目にしたのは、気をつけの姿勢のまま地面を転がっている山中の姿だった。


「ええんよ……ええんよ……どうせ俺の開発したもんなんてその程度のもんなんよ……」


「……スンマセン、山中さん。ちっと考え事してたもんスから……」


 ペコペコと頭を下げるアキラをチラリと見ると、山中はさらにわざとらしく地面をゴロゴロと転がり、さも自分だけが被害者ですよーというアピールを続けていた。


「……俺だって少ない時間でみんなの事を考えて頑張ったのにさー……聞いてくんないんだもんなー」


 山中は自らの回転速度を増やし、新しい整備場の中を我が物顔で転がり始める。

 普段の自分の扱いの不満をここで全て晴らすかの様に、ネチネチとアキラを弄ってみせたのだ。


「なぁ兄ちゃんさぁ、気持ちは判るんだけどよォ。あんまりアキラを虐めてくれんなよ。バチ当たっちまうぞ?」


「なんだよー。タマキまでそんな事言うんかー? 折角さー、新型の弾頭やら何やら作っても喜んでも貰えないんじゃさー、やる気出せってのが無理なんよなー」


「いやいや、感謝しまくりだっての。兄ちゃんが居なかったらよ、こないだの戦闘でとっくの昔に殺されてらぁ。あの試作の集合管制ユニットが無かったら間違い無く死んでたって。やっぱ兄ちゃんはスゲェよ」


「……やっぱり?」


「いやいや、天才じゃねぇかなって思うぜ?」


「……そうかなー、そんな事無いと思うけどなー」


 その場に居た誰もが山中のうざさと面倒臭さに辟易とし始めていたが、環は思う所があるのか彼の相手を続ける。


「謙遜すんなって。兄ちゃんはもっとよ、ドガっと構えてりゃいいんだよ。俺様の開発した新兵器を使わせてやる、ってくらいの気持ちでいてくれていいぜ?」


「またまたー。タマキは口が上手くなったねー。アキラもそんくらい口が回れば言う事ないのになー」


 そう言いながらも転がり続ける山中が、障害物にぶつかりその動きを止める。

 柱か何かにぶつかったと思った彼が仰向けになった瞬間、彼は悟った。

 嵌められたのだと。

 合わせてその顔色は悪くなり、顔は脂汗に塗れ始めた。


 環はその人物がこの場へ入ってくるのを確認した上で、山中を調子に乗せるだけ乗せたのだろう。

 その証拠に彼の肩が小刻みに揺れている。


「「「「「「ウィース!!」」」」」


 周囲に居る整備班員は大声を出しその人物に会釈すると、何時もの事だからと山中を放置して作業を再開した。


「…………」


 珍しくにっこりと満面の笑みを浮かべながら、その額の血管を大きく浮き出させた……その人物の足の甲を枕にしてしまった山中。

 彼は未だに動作停止中であった。


お前(・・)が開発か……あの弾頭も、アキラの坊主の新型ワイヤーも、設計基を出したのは誰だったか……」


「いやぁ……誰でし――痛ッ!?」


 その人物は枕にされていた足を器用に外すと、そのまま山中の額を踏みつけた。


「前から何遍も言ってるよな? 技術屋は慢心したら終わりってよ? なぁ?」


「判っ……ってますって……痛い痛い痛いッ! ハンチョーッ! やめてッ!」


 ゴリゴリと鳴っている自分の後頭部と地面の逢瀬の音を聞きながら、彼はどうにかこの状況から逃れようと暴れ始める。


「ただでさえ片山の件で俺達には失点がついてんだッ! ボンズ共の兵装を改良した程度で取り返せるもんじゃねぇんだぞッ! 次の作戦でこいつらが勝って無事に帰って来られる様にすんのが俺達の仕事だろうがッ!」


「だってアキラが全然話を聞いてくんないんスもん! ボーっとしちゃって! 俺だって何も自分を褒めて欲しくてこんな事したんじゃ無いッスよッ!」


((((いや、それは嘘だろう))))


 現場を見ていた人間達の心の中で、盛大にツッコミが炸裂する。


「山中さん、スンマセン……なんか……申し訳無いッス」


 アキラは自分が上の空だった事が原因であるのが判っているので、山中に素直に謝罪をした。

 次の戦いには例の新型EO……試作強襲型と呼称される事となった一号や、装着重装型と名付けられた二号から九号。

 つまりナンバリングされた意思を持つEO達が、郁朗達の前に再度現れる事は間違い無い。

 環やアキラの向かう陸軍本営にも配置されているであろうその機体達を相手取るのに、通用する兵装がどれだけあっても困る事は無いのだ。

 山中が念を押して説明する意義が理解出来無い程、アキラも馬鹿では無かった。


「……ハード面の面倒なら幾らだって見てやる。だがな、メンタルだけはお前ら自身で面倒見て貰わんと困るぞ。そんなザマで戦場に出たら、死ぬ事になるって事を忘れんな」


「…………」


「後腐れだけは無い様しろって事は判るだろう……俺は今から山中とやる事がある。誰からでもいい、ちゃんと新しい兵装の説明は受けろ? いいな?」


「……ウッス」


 倉橋は山中の襟を掴み引き摺ると、そのまま併設されている小規模工場の奥へと消えた。

 その様子を見送った二人は、もう一度最初から改良された兵装の仕様を聞く事となる。




「謝っちまえばいいんだよ。俺みたいによ」


 新兵装の解説と試用を終えた二人であるが、アキラの心は晴れないままである。

 故に別の場所で生体レーダーシステムのチェックと改装を受けていた大葉を確保し、アキラの精神の安定を図る事となった。


「あれは……明らかにお前が……悪かったじゃないか」


「それはそうなんだけどよ、それで丸く収まるんなら、そういうやり方もアリなんじゃねぇかって言ってんだよ。お前……このままだとほんとに死んじまうぞ?」


「…………」


「うーん……どうも話を聞いてるとどっちもどっちって言うかね、コーちゃんもアキラ君もお互いを見てないっていうか……」


 大葉にしては珍しく、遠慮の無い切り込み方と言える発言である。

 アキラをこのままにしておくのは不味い、そう彼も感じたのだろう。


「……大葉さん?」


「アキラ君は自分は間違った事は言って無い、そう考えてるって事でいいよね?」


 アキラはその言葉に大きく頷いた。


「でもよ、そんな風にコウに引っ張られて自分のメンタルボロボロにするってよ、本末転倒ってやつじゃねぇの?」


「タマキ君も茶化さないでよ……確かにアキラ君の言う通りではあるんだけどさ、自分に言葉が足りてないって事は……流石に判ってるよね?」


「…………」


「床に投げつけられた挙句に、一方的に拒絶の言葉をぶつけられたら……そんな風に言い返しちゃうのも仕方無いんじゃないかな? コーちゃんを諌めた事は謝らなくてもいいと思う。私もイクロー君も、あのままじゃ良くないとは思っていたからね。けど、本気で心配してるからって事を……その事だけはちゃんと君の言葉で彼に説明してあげないとダメだと思うよ?」


 アキラなりの接し方というものがあるのは解かる。

 だが幾ら物分りも察しも良いとはいえ、相手は子供なのだ。

 晃一なら判ってくれるだろう、そんな一方的な思い込みがあった事を否定出来無いアキラは、途端に自分の仕出かした事への羞恥で一杯になった。


 環や大葉を放置したまま駆け出すアキラ。

 きっと晃一の元へ向かったのだろう。

 突然の出来事であった為、環は置いて行かれた事に呆然としている。

 まぁこうなるよね、と小さく呟いた大葉は、彼のその後姿を見送るだけであった。




「行きたければ行くといい……」


「お祖父ちゃん……?」


 アジトの応接室を借りた門倉は、今後の自分達の行くべき道を模索する為に、晃一と話し合いの席を設けていた。

 先の慟哭の名残りか、門倉の目の周りは僅かに赤く腫れている。


「何も投げ遣りになってこう言っている訳じゃないんだぞ? 私なりに晃一の事を考えてこう言ってるんだ……全ての事情を話せないというもどかしさもあるんだが……お前は自分の進むべき場所に向かっているだけなのだと……今は理解出来る」


「よく判らないんだけど……僕のやりたい様にやれって事なのかな?」


 急に自分の主張に賛同しだした祖父を訝しむ事はしなかったが、彼の真意が読めない晃一はそう返答する事しか出来無かった。


「何もかもをという訳でも無いがな。今回の件はそうだというだけだ……晃一。お前は聡い子だと思う。身体に引かれているのか……少し利かん坊になっている気もするが……それが地なんだろう。そんな所は健次郎にそっくりだよ」


「お父さんに? それに身体に引かれてるって……」


「魂は宿る身体に引かれて変質する…………坂之上さんの持論だよ」


「千豊先生の……」


「その話は落ち着いてから坂之上さんにして貰うといい。病気で何もかもを諦めなければならなかったあの頃と今は違うんだ。お前にはこれからがあるんだからな」


「……うん」


「ただ、判って欲しいのは……私もお前の周囲の人達が、何故お前が戦場に行くのを止めたのかという事だ。この戦争が何の為の、誰の為の戦争なのかを……お前がしっかりと認識しているのならいい。そうで無いのなら、それを出発までしっかりと考えてくれ」


 祖父の言いたい事が、アキラのそれと同じであると晃一は気付いてしまった。

 あの一件以降、バツの悪さを感じているのか、アキラとは顔を合わせていない。


「…………アキラ兄ちゃんもお祖父ちゃんと同じ事を言ってたよ……」


「中条君が?」


「うん、投げ飛ばされてから……死人は何も言わない……怨恨で戦っちゃだめだって……誰の為の戦争なのか考えろとも言われたよ……」


「……有り難い話だよ。私が側に居なくても……お前の事を案じてくれる人が沢山いるんだからな」


 門倉はそう言ってホゥと一息つくと、居心地が悪そうにしている孫の様子を見て少し笑った。


「昨日、通信で話したお前から頑なな空気を感じたが……今は違う様だ。たぶん中条君のお陰なのだろう。あのまま我を通して戦場に出ていたら……お前はどうなっていたのだろうな?」


 明確な目的も無く、ただ死んでいった人間の為に、不甲斐ない自分を罵りながら戦いの場に立つ。

 それが不毛なものだという事を、アキラは自分の経験から語ってくれたのだという事を晃一は知らない。


 父の死という現実に引き摺られる事無く、自分の無力を呪う前に今を生きている誰かの当たり前の為にその力を振るう。

 そんな結論に至るまで、アキラなりに苦悩もあっただろう。

 居なくなった誰かに寄り掛かり、誰かを憎んで戦いを継続する事は確かに楽である事に違い無い。

 

 だがそれは何時か、何処かで、自分を含めた誰かを破綻させる戦い方であるとアキラは結論づけたのである。

 そして数カ月前の自分と同じと言える晃一が目の前の居るのに、それを無視して放置出来る程にアキラの人格は歪んではいなかった。


 晃一の理解力を読み違えてしまったという失敗はあったものの、彼の行いの根ざすものはとても真摯なものだったのだから。


「きっとお前はまた(・・)悔みながら……誰かを巻き込んで死ぬ事になったんだろうなと……私は思うよ」


「ッ……」


「中条君には本当に感謝をしなければな。お前を投げ飛ばしたのだって、一度どこかでお前を折らなければ言葉が届かないと思ったのだろう。それ程までに昨日のお前は凝り固まっていたよ。不器用だとは思うが……優しい青年じゃないか」


「僕はッ……!」


 晃一は立ち上がり、祖父と部屋の出口を交互に見返している。


「行って来なさい」


 彼が何をしたいのか察した門倉は、そう優しく彼に告げた。


「……すぐ戻って来るから! ちょっと待ってて、お祖父ちゃん!」


 扉を跳ね開けると、晃一は通路へ飛び出して行った。


(人の心の機微を読める程大人で無いのは当たり前なのだが、私も含めてどうしても期待してしまうのだろうな、あの子には)


 晃一に難しい事を言っているのだろう、そう門倉は感じている。

 恐らく郁朗達や千豊達も同じなのではないかと考えると、門倉は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 だが、この先……この戦争が終わり、真実を告げた時に……少しでもそれを乗り越える力をつけてやらねばならないのも事実である。

 晃一の行く末を案じる門倉の心には、言い知れない不安だけが残っていた。





 その時の様子を目の当たりにした郁朗は、後にこう語った。


『まるで愛犬もののドラマを見てる様だったよ』





 郁朗は唐沢に極秘裏に呼ばれ、技術班のラボへと足を運んでいた。


『藤代君の為の切り札を一枚、新しく用意出来たんですけどね。持って行きますか? ただし……』


 郁朗はただし、の後を聞いて後悔した。

 これまで唐沢は機体にリスクの伴う物を用意した事は無かった。

 片山のブラッドドラフトにしても改修を重ねる事でリスクの軽減を徹底し、千豊からの実働要請があって初めて、それも渋々と使用許可を出したそうだ。

 環のV-A-L-SYSや大葉の生体レーダーに関しても、データを収集し彼等の肉体への負担を最低限にしようと賢明に取り除いてきたのである。


 そんな彼がリスク度外視で新しい兵装を提示してきたのだ。

 かつての師との再会で何かが吹っ切れてしまったのだろうか。

 それとも次の作戦にはそれ程の札が必要になるのではないかと予見しているのか。


 郁朗には彼の思考はさっぱり理解出来なかったが、強襲という半ば片道切符の様な軍事行動を行う、自分達EOの面々を案じている事だけは確かだと思えた。


『返事は保留でも構いません。作戦開始直前までにローダーにマウントするかどうかを決めて下さい。水名神には私も同行しますから』


 その言葉に驚きを隠せなかったのだが、次の作戦は天王山なのだからと自身を納得させた。

 前回の敵の奇襲を考えると、確かにどんな伏兵が居てもおかしくはないのだろう。

 連結脳の件や収集された戦闘データの使い道すら、こちら側にははっきりとしていないのだから。


(今まで以上のリスクか……切り札と取るか……爆弾と取るか……ん?)


 ラボのある建造物から整備場のある建造物への渡り廊下。

 そこをゆっくりと歩いていた郁朗は、外の景色の中にアキラと思しきEOが何を探している姿が目に入った事でその足を止めた。

 その数秒後、今度は晃一と思われる小柄なEOがその場に姿を見せると、アキラに対して大きく一礼をしたまま動かなくなった。

 それに釣られるかの様にアキラまでが深い礼をしたまま動かなくなる。


(昨日の一件は聞いてるけど……何をやってるんだか……)


 仲違いが解消されたのであればそれは良かったと思った郁朗であったが、さすがに次の彼等の挙動には声を掛けずにいられなかった。

 晃一が感極まったのか、アキラに抱きついたのだ。

 郁朗は組織内にそういう(・・・・)勢力がいる事を身を以て知っていた。

 短距離通信の出力を最大にすると、取り急ぎアキラに一声かけるのであった。


『えーとね、アキラ。感動のシーンでいい絵だとは思うんだけどね……そのままでいると、とんでもない事になるよ? 早く離れてあげた方がいいんじゃないかな?』


 アキラがその言葉を反芻し、意味に気付くまでに二十秒。

 時既に遅く、その姿は監視カメラによって多方向から映像媒体に収められると、後に貴腐人勢力内にて高値で取引される事となるのであった。 


お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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