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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
104/164

5-23 真実の一端

 -西暦2079年7月22日09時05分-


 悲喜こもごも。

 EOの面々がそれぞれの再会、そして葛藤を感じた夜が明けた。


 既に戦端の開かれている境界線での戦闘は、小規模の攻勢が継続して行われているものの現在は沈静化している。

 防衛ラインの維持にあたっている第二師団の兵員達はローテーションで休みを取りつつ、こちら側からの攻勢開始の合図を待っているという様相だ。


 恐らく極東で行われる最後の大規模戦闘であろう次回の作戦。

 そのブリーフィングが間も無く開始されようとしている。


 新しいアジトに用意された会議施設の椅子には、反機構を掲げる組織のトップと呼ばれる人間達が一堂に会しつつあった。


 第二師団からは師団長の植木を筆頭に各連隊長達、空挺連隊の野々村と第三連隊北島もその一団の中に姿を見せている。

 それ以外に軍からは強襲作戦のオブザーバーとして呼ばれた犬塚が、不承不承ここに居ますという表情を隠そうともせず、野々村の隣に座らされていた。


 反カドクラ企業連盟からは、門倉雄一郎と共に兵器生産関連企業の重鎮が数名呼ばれていた。

 今は作戦に必要な物資に関する最終的な摺り合わせを行っている様だ。

 昨日の晃一の申し出もあり、門倉の顔色は僅かではあるが冴えない色を見せている。


 そして当然ながら千豊達と各班の主要スタッフ、更には水名神のクルー達や晃一を除くEOの面々もその場に集結している。

 彼等は今回の機構本部強襲作戦の中枢を担う事になる為、他の組織と異なり末端のスタッフまでがその場に呼ばれているのだ。


『間も無くブリーフィングを開始します。参加者各位は臨時会議場まで急ぎ集合願います。繰り返します……』


 アジト内のスピーカーが鳴り、ブリーフィングの開始まで時間が無い事を告げる。

 ギリギリまで作業に追われていた整備班の面々が飛び込む様に会議場になだれ込んで来ると、議事進行を担当する新見の声がその場に響いた。


「参加者は以上という事で宜しいですね。それでは機構本部襲撃作戦、及び極東陸軍本営襲撃作戦の概要から説明させて頂きます」


 新見の隣にある大型のプロジェクターにNブロックの概略マップが表示され、更に二つの光点が画面上に現れる。


「この中央にある施設が機構本部、東寄りにある施設が陸軍本営、そして第一師団の司令部となります。第一師団司令部に関しては、所属人員達の現状が把握出来ておりませんので、組織としては最早形骸化していると言ってよいかと考えます」


 秘密裏に飛ばされた支援機によって高高度から撮影されているリアルタイム映像が、会議場のモニターに送信され始めた。

 会議場内はそれを見つめる人々のどよめきで、にわかに騒がしくなり始める。


「静粛に。陸軍本営からEOが吐き出されているのがお判りでしょうか? 現在戦場となっている境界線と呼ばれる場所へ送られている兵力は、ここからの物と見ていいでしょう。この戦力の逐次投入に何の意味があるのかを理解する必要は無いでしょうが、この場所への強襲をかける際には激しい抵抗があるのは間違い無いと思われます」


 ブツリ


 陸軍本部の映像がノイズと共に途切れる。

 恐らくは支援機が対空兵装によって撃墜されたのだろう。


「と、ご覧の様に防空戦力もそれなりに備えられている様です。予定通りでいくのであれば、我々のEO部隊及び水名神の火力が対空兵装を破壊、降下地点を確保。その後に空挺連隊による降下、制圧というパターンになると思いますが……犬塚二佐、問題は無いでしょうか?」


「…………()は足りるのか?」


 犬塚は片山の不在を不安要素として挙げた。

 片山は陸軍本営強襲側への主力として勘定されていたからだ。

 彼の不在、すなわち強力な前衛戦力が欠けても強襲に問題が無いのかと、彼は言葉を濁しつつも新見にそう問う。


「足りると確信しています」


「……そうかい、ならいい」


 新見の返事としては、彼は間に合うと言う事だ。

 二人の視線の間に僅かに緊張も走った。

 だが片山ならばという希望的観測を元に、犬塚は抜きかけた刃を鞘に収めた。


「施設外部制圧後、内部検索を。人員の拘束は最低限に。第一目標は転化施設、第二目標にEOコントロール施設、第三目標を発電施設とします。これらの施設は発見次第速やかに破壊、敵戦力の増派を阻止します」


 そこで挙手する人物が二人。

 互いに譲る様に目配せすると、立場が上である人物からの声がまず上がる。


「第一師団の師団長の身柄の確保はどうすんだい? 逃げられてそのまんまって訳にはいかないぜ?」


 珍しく怒気を孕んだ植木の声が大きく響く。

 この案件に関しては譲るつもりは一切無いのか、新見を睨みつけた彼の目からは退く気が無い事が窺えた。


「該当の人物の確保は最低限の中に含まれます」


 第一師団師団長の藤山は機構と大きく関わっており、極東で暗躍している黒幕の一人である。

 当然、千豊達の組織としても何があろうと逃すつもりは無い。

 新見のその短い一言を聞き、植木は納得したのか頷くと腰を下ろす。

 引き続き声を上げたのは、空挺連隊の野々村であった。


「作戦内容については問題無いのですが、歩兵外骨格の"晴嵐"を一個大隊分……こちらの本営突入部隊に回せませんか? うちの連中は頑丈に出来てますが、さすがにEOが相手となると生身では心許無い。どうですかね、門倉さん?」


 門倉は椅子から立ち上がると、晴嵐の製造工場のラインの状況の説明を開始した。


「唐沢氏の提供して下さったデータのお陰で、滞っていた生体アクチュエーターの量産体制が整いました。駆動モーターの改良型の生産も開始されましたので、作戦開始日までには"晴嵐"では無く、その改良型を二個連隊分納品が可能と判断しております」


 陸軍側首脳陣から、おおという声が上がった。

 自身の部下達の生存に直結する装備が支給されるという事は、彼等にとって最も歓迎すべき朗報であろう。


「性能は向上していると考えても?」


「当然です。装甲材を重量のある物に換装しましたので、アクチュエーターで向上した分の筋力は相殺され差はありません。ですが新型モーターのお陰で、機体の追従性は三割程上がっています。装甲材の換装の効果としては、耐弾・耐熱・耐衝撃性能の面で概ね二割程の向上が確認されています」


「この状況……この短時間でそこまで……部下に代わって感謝します」


 野々村は門倉に敬礼すると席についた。

 門倉は頷く事でその謝意を受ける。

 陸軍本部側に関しては、想定されていた作戦概要で問題は無さそうだと判断した新見は、次の議題に話を移した。


「では次に、機構本部の強襲作戦ですが……こちらは我々のみで遂行させて頂きます。現在の所、機構本部には大掛かりな戦力は存在しておりません。Nブロックの中枢という立地の問題もあり、第二師団から大規模戦力の投入をするには、境界線の突破が不可欠となるからです」


「我々にはその状況を指を咥えて見ている事しか出来無いのでしょうか?」


 第二師団の席から声が上がる。

 田辺のものであったが不満気な態度では無く、恐らくは新見の進行を助ける為に、示し合わされていた質問なのだろう。


「勿論陸軍戦力の皆さんには、機構本部を含む政治施設エリアの完全制圧を目標として動いて頂きます。マップ上に表示されている七本の幹線道路なのですが、それのこことここ。そしてここですね」


 再び表示されたNブロックのマップ上には、太い血管の様な幹線道路の概要図が現れる。


「敵戦力が小出しにされているのを利用して仕掛けます。敵戦力を縦深陣地に浸透・突出させ、境界線の敵戦力の不均等な状況を作り、薄くなった部分を食い破って包囲殲滅といきましょう。こちらの突出する部分には新型の"晴嵐"を当てます」


「判りました。ではこちらはそこに当たる兵員の抽出を行います。寄り合い所帯になる事で心配ではありますが……第一とは練度が違いますから。上手くやってくれるでしょう」


 田辺は納得してみせると着席する。

 事前に作戦の骨子を説明した甲斐があったのか、現時点では大きなトラブルは無い様だ。


「特に問題は無さそうですね。それでは引き続き想定される敵戦力の分析――」


 新見による詳細な情報と作戦行動が、予定されている時間軸と共に説明が為されていく。

 時に驚きの声が上がり、時に納得による静寂。


 様々な反応が会議場に訪れるが、否定的な意見が現れる事は最後まで無かった。

 郁朗達の運用については待ったがかかる事も無く、しきりに感心されるばかりであった事は大きい。

 これまでの彼等の戦闘実績が周知されており、認められているという事なのだろう。


 こうして大きな波乱も無くブリーフィングは終了した。

 作戦開始は装備の分配・機種転換と、僅かではあるが慣熟の時間も含め、二日後の未明に発動する運びとなった。




 それぞれがそれぞれの持ち場へ散っていく中、門倉は千豊に声を掛けられ少し早い昼食の席についた。

 彼としても晃一の件で千豊に相談したい事があったのだろう。

 物資供給の折衝の関係で田辺が同席しているが、門倉にとって彼は身内の様なものだ。

 晃一の話を聞かれても問題無いと判断している。


「門倉さん、田辺さん。事前の根回し、大変助かりましたわ。そのお陰で大きな波乱も無い状態で、作戦発動まで漕ぎ着ける事が出来ましたから」


「それはお互い様だな。片山君達ありきで作戦を動かさなければならない……そんな状況は職業軍人として心苦しいものだよ。ただどう言った所で、坂之上さん達の立案した作戦が合理的だった、という事実は覆らんからね」


「ええ。面白い……というには物騒な状況だと思いますが、道具の可能性というやつなんでしょうかね? モノ作りをする人間として、今回の作戦に必要な機材を製造していた時は恥ずかしながら……心が踊りましたよ。たとえそれが戦争に使われる物だとしても」


 田辺の言葉に門倉が追従する。

 しばらくは和やかな雰囲気の元で食事が続けられる。


 門倉が晃一の話を切り出したのは、食後の事だった。

 彼としても切りの良いタイミングを欲していたのだろう。


「坂之上さん……晃一の事なのですが……」


 郁朗やアキラから晃一の精神状態があの脱出行以降、不安定である事は千豊の耳にも届けられている。


「次の作戦に参加したいなどと……正直私には理解出来ないのですよ……危険な目に遭いながら、どうしてまたそこに飛び込もうとするのかが……」


「おいおい、それじゃあ俺達軍人はどうすればいいんだ?」


「茶化さないでくれ、田辺。お前や……失礼な話だが片山君や藤代君なら判る。大人だからな。自分で判断して、自分で選択出来るだけの成熟した心を持っているんだ」


 千豊は郁朗や片山の日常を思い出すと、成熟したという単語に対して笑みが溢れるのを抑えるだけで手一杯となりつつあった。


「だが……あの子はまだ十一歳なんだぞ? 私が晃一を猫可愛がりしている事は認めるとしても……どうしてそんな判断をあの歳でしなければならない?」


「それについてはお詫びする事しか出来ません……あの場に晃一君が居合わせてしまった事については、私達の不手際としか言えませんもの」


「いや、それについては私も納得しているのですよ。あの子の身体に何かあった時の事を考えれば、貴女方の側にいるのが賢明だと……私もそう判断したのですから。あの事件に関してもどう考えてもイレギュラーです。あの子が生き残ってくれただけで……僥倖と言うしか無いのでしょう」


「しかし……俺も報告書は読んだが……晃一君に発現した例の力。あれは一体なんなんだろうな?」


 千豊の表情が僅かに曇る。

 それを見逃す程、門倉や田辺の洞察力はぼやけてはいない。


「坂之上さん……何かご存知なんですか?」


 千豊は自身の抱えている問題にも関わる事なので、即答出来ずに逡巡した。

 だが次の作戦で自身が無事である保証が無い以上、ここで識者とも言える二人に全てを話しておくのも悪くは無いのではないかと判断する。


「……タイミングとしてはいいのかも知れませんね。大筋としては戦後の事ですが、晃一君にも関わってくる話ですので……」


「戦後の話と晃一君……? 坂之上さん、話が見えないぞ?」


「…………」


 繋がらない二つの項目に田辺は混乱しつつあったが、門倉は千豊の眼差しが組織を纏める長のものでは無く、彼女個人のものである事を冷静に見抜いていた。

 孫の話がどう戦後に関わるのかは想像もつかないが、彼女の目に宿っている感情が悪意のあるもので無い事を確信した事で、黙ってその話を聞く覚悟を決めたのである。


「晃一君のあの力については……まず彼の母親である女性の話から……始める必要があります」


「美穂さんの……?」




 その言葉を皮切りに、淡々と千豊の口から語られる極東の真実。

 荒唐無稽ともとれるその話は、極東の戦火の中枢にいる二人の男性に大きな衝撃を与えた。

 だが彼女の話には信憑性があった為、疑う事すら出来無かったのだ。


 千豊が話し終えた頃……田辺は知ってしまった事実に顔は青くなり驚愕し、門倉は顔を伏せて両手でその顔を覆っていた。

 彼の掌の隙間からは涙が溢れ、千豊は静かな慟哭というものを初めてその目にする事となる。


「お二人共、大丈夫……とは言えない様ですわね……こんな話を聞かされて……まともな神経をしていれば、私を狂人扱いしてもおかしくない内容ですもの」


「済まないね……だが、とんでもない話を聞かされてしまったよ……三文小説にしか聞こえない内容だが、貴女の話は事実なのだろうと俺の勘もそう言ってる……辻褄が合いすぎるんだ……」


「植木さんの頭越しという形になったのは申し訳無いのですけど……問題ありませんかしら?」


「いや、むしろよく俺を選んでくれたな、と思っているよ。植木閣下や高野さんにこの話を今してみろ……暴れるなんて次元じゃ済まない事になるぞ?」


 田辺の顔色は徐々に赤味を取り戻しつつあったが、精彩を欠いたそれは青白いままであった。

 それでも嗚咽の止まらない門倉に目をやると、盟友とも呼べる彼に声を掛ける。


「……門倉。しゃんとしろよ。晃一君の力になれるのは坂之上さんと……お前だけなんだぞ? お前がそんな事でどうするんだ?」


「……済まない。だが……だが……」


「私も出来るだけのフォローはします……あの子が……晃一君が……この戦争に巻き込まれるのは避け様が無かった事なのかも知れません……彼女の血がそうさせているとは考えたくはありませんが……どうか……あの人を悪し様に思うのだけは……」


「判っています……むしろ美穂さんには感謝どころか詫びたいと思っていますよ……それでも……」


 静かな室内に彼の嗚咽の声だけが響く。

 極東の、世界の真実が、彼等にとってそれほどに重いものであるのは間違い無い。

 だが一先ずは誰かが背負わねばならない荷である事もまた、間違いの無い事実なのだから。



 極東の明暗を分ける作戦開始まであと二日。

 郁朗達がその真実を知るには、まだもう暫しの時間が必要であった。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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