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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
102/164

5-21 妹

 -西暦2079年7月21日18時20分-


 双子が最後の降下を終えたのは、都市照明が落とされ始めた十八時過ぎだった。

 這々の体で降下完了した双子から少し遅れて、ヘリで駐機エリアに帰投した犬塚を郁朗が出迎える。


「お疲れ様でした、犬塚さん。あの双子も、もうちょっと要領がいいと思ってたんですけどね……」


「……お前さんの苦労が偲ばれるよ。喧しい双子にやんちゃなガキ、極めつけは片山なんだろうな。あんなチンピラの相手をしなきゃならん苦労はよく解かってるつもりだ」


「お察ししますよ……」


「しかしまぁ……どういう因縁なんだろうな。片山、そんで中条さんとこのアキラに門倉さんとこのチビスケ。話を聞きゃあ、あの双子も雪村も機構になんぞ因縁があるっていうじゃねぇか。何の関わりも無い一般人ってのは、お前さんと大葉のアンちゃん位のもんじゃないのか?」


「……実は大葉さんも地味に関係者なんですよね。元々勤めてた会社ってのが……機構が外に作った暗部組織のフロント企業だったらしくて……」


「あちゃあ……」


「僕くらいなんですよね、生粋の一般人って。何でまた巻き込まれたりしたのか……ハハハ」


 郁朗は力無く自嘲気味に笑うと、犬塚にそう愚痴をこぼした。


「ボヤくなボヤくな。うちの娘のヒーローなんだからよ」


「犬塚さんの娘さんの?」


「おう。こないだ拉致されそうになった学生の中にな、うちの娘がいたんだが……お前さんの元教え子のあのガキ……何つったか……」


「えーと……坂口ですか?」


「そうだ! その坂口だよ。アレと学校が同じでな。お前さんとも助けられた時に、少しだけ話をしたって言ってたんだが」


 郁朗が記憶を手繰ると、バスを解放した時に坂口の隣に居た利発そうな少女の事を思い出す事が出来た。


「ああ! あの可愛らしい女の子が! いやぁ……」


 何かを言い淀む郁朗の態度に目敏く気付いた犬塚は、その事が気になったのか彼への追求を試みる。


「なんだ?」


「……あんまり似てませんね?」


「なかなか言ってくれるじゃねぇか、おい……確かに俺よりカミさんに似て良かったですね、なんて事は言われ慣れて――んな事ァどうでもいいんだ、ちくしょうめ」


「スイマセン。で、どうして僕が娘さんのヒーローなんでしょうか?」


「娘がまだ小学生の時だったんだが……亡くなったカミさんと最後に出掛けたのがお前さんの試合でな」


「…………」


「そん時に見たお前さんの泳ぎが忘れられないんだと。選手としてはとうに諦めちまったみてぇだがな、水泳に関わって生きていくんだー、なんて言いやがって。あの坂口ってガキは見所があるらしいって聞いてるぜ? お前さんにそっくりなんだってよ」


「僕に?」


「ああ。フォームがな、そっくりだって言ってぜ。あと少しでお前さんの高校時代のタイムを追い抜けるんだと」


「へぇ……坂口がねぇ……」


「なかなか据わったガキだったんで驚いたけどな。娘をとんでもない事に巻き込んでくれた礼に練武場に招待したんだが、ビビりゃしねぇんだもんな」


「犬塚さん……大人気無いにも程がありますよ? ただの高校生をつかまえて、それは大人としてあんまりじゃないですかね? 大体ですね、犬塚さん達の初動が遅いばっかりに僕達まで巻き込まれて、挙句に教え子にこの姿を見られたんですよ? 自分の手で助けられたのはツキがあったんだな、とは思いますけど……」


 郁朗は犬塚に言葉を挟む隙を与えず、一息に喋り切った。

 先程までの感情はどこへやら。

 郁朗に絡まれ始めた犬塚の表情は、今は亡き連れ合いに言い訳をする時と同じものに変わりつつあった。


「……前言撤回だ。お前さんに言い包められてる片山を想像したら……なんか泣けてきたぞ」


「言われる様な事をする方が悪いんです。解かってます?」


「あーハイハイ、俺が悪かった悪かった」


「大人がそんな生返事をするもんじゃ無いと思うんですけどね? どうも犬塚さんも団長もそういう所に誠意を感じ無いんだよなぁ……」


圭子(カミさん)と全く同じ事言いやがる……俺や片山の天敵だな、こういうタイプはよ)


「まぁ、俺の誠意は訓練で返すって事でな。そん位で勘弁してくれや。双子が戻ってきたら上がっていいぞって言っといてくれ。俺ァ、もう上がるぞ。何度も往復に付き合わされてヘトヘトなんだ」


「仕事とはいえこの件については同情しますよ。最終作戦まで時間もあまりありませんからね、ゆっくり休んで下さい」


「おう。お前さんも程々にな」


「はい」


 背中を向け手を挙げる犬塚を見送り、陸路で戻って来る双子を待つ。

 彼等も今日は精神をしこたま削られ、疲れに疲れ切っているはずだろう。

 戻って来たならば少し労う必要があるな、と郁朗は考える。


 そう思いながら駐機場の外れ、双子達の戻って来るであろう方向を見つめていると、郁朗の短距離通信のチャンネルに感があった。

 施設内の中継アンテナを使って連絡してきたのだろう。


『イクロー君? 今大丈夫かしら?』


 声の主は千豊だった。


『どうしました? 何か緊急の案件でも?』


『そういう訳でも無いんだけど……今どこに?』


『駐機場で双子が帰投するのを待ってます。もうじき戻るとは思うんですけどね』


『そう。じゃあ今からそっちに向かうわ。変に移動しないでそこに居て頂戴ね?』


『はぁ……』


 こちらに来る事だけを告げると、通信は直ぐ様に切断された。


「何だったんだろう……千豊さんだって鹿嶋さんのオペやら何やらで疲れてるだろうに」


 この二日間もこれまでの例に漏れず、千豊は激務に追われていた。

 鹿嶋の施術に始まり、機構本部襲撃作戦の立案と各組織との摺り合わせ。

 後援企業との折衝に喪失した人員の補充。


 労力的に彼女の手弁当の範囲で収まらない仕事量だと言えるのだが……それをやってのけてしまうのが千豊の千豊たる所以なのだろう。


 五分程待っただろうか。

 車両のモーター音が聞こえ、そのヘッドライトが郁朗を照らす。

 停車した車両から降りた影は三つ。


「待たせたかしら?」


「今来た所ですから」


「あら、嬉しい返事ですこと」


 そう言ってクスクスと笑う千豊の声が、郁朗には心地良かった。

 車両のヘッドライトの光量が高いせいか、彼女以外に誰が居るのかはっきりとしない。

 郁朗のカメラアイが受光量を自動で調節し始める。


「……恭子か?」


 まさかという気持ちが先走り、郁朗は思わず名を呼んでしまった。

 先導する千豊の直ぐ後ろに、今となっては懐かしくもある妹の顔を見てしまったからだ。

 後ろに居る新見に促され、彼女が郁朗の側に近づいてくる。


「兄さん……本当に兄さんなの?」


「どうして……って言いたい所だけどね。元気にしてたかい、恭子?」


 郁朗は望んではいなかった急な再会でバツが悪いという事もあるのだろう。

 久し振りに会った身内のものとしては、些か余所余所しい挨拶で彼女を迎えた。


 その言葉を聞いた恭子は郁朗の胸元に飛び込むと、その胸板をペチリと叩く。

 力の無い音がその場に響き続けた。

 言葉が無いのは当然だろう。

 彼女は大粒の涙を流し、ただただ郁朗の硬い身体を叩き続けていたのだから。


「あんまり時間は無いけど……落ち着いたら連絡を寄越して。妹さんを迎えに来るから」


「ありがとうって言えればいいんでしょうけど……正直ちょっと複雑です」


「そうね……新見さん、行きましょう」


「はい」


 千豊と新見はそのまま車両に乗り込み、その場から姿を消した。

 恭子の嗚咽とその頼りない殴打音だけがしばらく聞こえ続ける中、郁朗は黙ってそれを受け入れていた。




「落ち着いたかい?」


「……うん」


「どうやってって事は聞かないよ。聞かない方が良さそうだ」


「教えるつもりもないもの。でも、兄さん。坂口君には次に会った時、ちゃんと謝っておきなさいよ? あの子が訪ねて来た時、そりゃあもう酷い顔色だったんだから」


「……黙っていて欲しいって僕の気持ちも理解はして欲しいんだけどな……」


「兄さんは大人なんだからその位は我慢しなさいよ。教え子にあんな重荷を背負わせるなんて……先生として恥ずかしくないの?」


「確かに黙ってろっては酷だったかなとは思うよ? でも坂口の為でもあったんだよ。僕と繋がっている事が判っちゃえばどうなるか……」


「だからってあんなどうしようもない事実だけを背負わせてどうするのよ? 話が終わった時のあの子の顔を兄さんにも見せたかったわ。憑き物が落ちたみたいにスッキリしてたもの」


「ッ…………」


「…………」


 坂口を巻き込んでの兄妹喧嘩は一先ず幕を下ろす。

 話せる時間は短いのだ。

 二人はそれを判っているのか、感情をぶつけあう事は止めにした。


「……父さんと母さんは?」


「兄さんが居なくなったすぐ後は酷かったけどね……今は元気なものよ? 母さんなんて相変わらずの天然だし。父さんにベッタリなのも相変わらず」


「今もあの家に?」


「ううん。父さんの会社って門倉……今は東明か。あそこと提携してるじゃない?」


「そうだったね」


「だから会社ごとSブロックに移転したのね。あたし達もそれに便乗したっていうか……父さんが言うには社命らしいけど。相変わらずあの会社は関係者とその家族に甘いんだから」


「て事は……もう父さん達もSブロックに?」


「うん。今日も来たがってたんだけど……さすがにそれは止めさせた。兄さんが困るの判ってたし、どうせ会う覚悟なんて出来てなかったんでしょう?」


(それはお前に会うのも同じだよ)


 そんな言葉が出るのを飲み込みながら、思わぬ妹の心遣いに郁朗はしばし言葉を失う。

 以前の恭子ならどうあってでも父や母を連れて来た事だろう。


「それはまぁ……お気遣い感謝しますけどね。でもさ、そういう意味なら恭子にだって会う覚悟は出来て無かったんだけど……」


「あたしはいいの。妹なんだもの」


「ハハッ……何がいいんだか……」


 再び二人を沈黙が包む。

 だがその空気は沈痛なものでは無く、家に居た時に何気に訪れる穏やかなものと同質のものだった。


「兄さん……千豊さんだっけ? さっきの女の人」


「そうだけど……何?」


「綺麗な人だったね」


「そうだね。でもおっかない人でもあるんだぞ? これだけ大きい組織をしっかりと纏め上げてる人なんだから」


「ふ~ん。でも……何か希薄っていうか……」


「おや、恭子にしては鋭いね……みんな心配してるんだよ、あの人の事は。時々笑ってみせる事があるんだけどね、そのまま何処かに行ってしまいそうで怖いんだ」


 途端に恭子の機嫌が悪くなる。

 ボソリと『敵ね』という声が聞こえてきたが、触ってしまうと取り返しがつきそうになかったので郁朗は黙っていた。


「ねぇ……兄さん。何もかも放り投げて、そのまま家に戻って来るって選択肢は……無いの?」


 突然の恭子の提案に対し、郁朗は即座に首を横に振った。

 再会したのであればそれを問われる事は想定していたからだ。


「千豊さんに聞いた……兄さんが戦う理由。あたしのせいでもあるんでしょう?」


 郁朗はう~んと小さく唸り声を上げると、慎重に言葉を選びながら恭子に答えを返す。


「……零とは言わないよ。恭子が巻き込まれそうになってるって聞いた時は、さすがに頭に血が昇ったもの。子供達の事だってそうだよ。僕の生徒達が無理矢理こんな身体にされるくらいならって思ったんだ」


「…………」


「最初はただそれだけだったかも知れない。でもね、今はそれ以外のものも沢山抱えちゃったからさ……ここで全部を投げ出す訳にもいかないんだよ」


「…………」


「もうここまで話したなら、隠してるのは辛いから言うね? 僕は人を殺したよ、恭子」


 恭子が小さく息を飲んだ事は判った。

 だが郁朗は構わずに言葉を吐き出し続ける。


「僕達みたいに機械にされた人間じゃない。生身の人を……この手で殺したんだ。そんな僕が――」


「僕が何? 人を殺したから? だからあたし達の所には戻れない? ……兄さんの事だから一人で考えて一人で決めちゃったんでしょうけどね、いい迷惑だわ!」


 郁朗がマズいと思った時にはもう遅かった。

 恭子はもの凄い剣幕で郁朗に掴みかかる。


「お願いだからあの時みたいに一人で決めちゃわないでよ! あたし達がどれだけ心配したと思ってるの! 兄さんはいいでしょうよ、自分の思った通りにやれるんだから! でも残されたあたし達の事も考えてッ! お願いよッ!」


「……ゴメン」


「謝るなッ! 謝られたらどうしたらいいのか判らなくなるからッ! 兄さんがどんな想いで戦ったかなんてあたしには解からない……だって側にいないんだものッ! 側に居たって兄さんは何時だって自分で何もかも決めちゃって……こっちがどれだけ泣いたってッ! 心を砕いたってッ! 兄さんには届かないんだからッ!」


「恭子……」


 恭子の顔は既に涙でぐしょぐしょだった。

 確かに彼女の言っている事は違ってはいない。

 あの事故から生還した時も、自身の進退について家族に相談した事など無かったのだから。


 郁朗は自分の人生は自分で切り開くべきだ、というそんな持論の元に生きている。

 のほほんとした空気を持つ事で表面に出る事はそう無いが、中尾を喪失した時の自己批判からも判る通り、彼は自身への処断に関しては人よりも厳しい観点を持っている。

 だがそれが周囲の人間にとってはとても見ていられないものである事を、あの密室でみっともない自分を晒した事で認識したはずだった。

 なのに、またしてもこんな姿を晒している自身に嫌気が差し始めていた。


(何でまた同じ様な事をやっちゃうんだろうな……完全な人間なんて居る訳ないけど、もうちょっと上手に生きてみたいとは思っちゃうよなぁ)


 妹を無駄に泣かせてしまった事で居た堪れなくなったのだろう。

 郁朗が自身の硬い腕に躊躇しながら黙って彼女の肩を抱くと、恭子はそのまま頭を彼の肩に預け顔を伏せた。

 静かになったその場には、彼女の嗚咽する声だけが再び小さく聞こえている。


「……僕がこのまま逃げ出したって、きっと戦いは終わっちゃうんだろうけどね。どっちが勝ったって……その結果に関わらず、僕の知らない所で知ってる人が沢山死んじゃうと思うんだ。僕にはそれを抱えて、これから先の人生を生きていけるって自信は無いよ」


「…………」


「関わってしまった以上、最後まで付き合う必要があると僕は思ってる。またこの掌が誰かの血や命で汚れる事になるのは間違い無い。でも……それでも僕は君達の家族で居てもいいかい?」


 恭子はその問いには答えず、また郁朗の身体をペチリ、ペチリと叩き始める。

 郁朗はそれを彼女の肯定である……そう思う事にした。

 腕の中にある妹の温もりは、体温の無い冷えた身体になった郁朗にとってあまりにも暖かく懐かしく、あの家で家族と過ごした時間を思い起こさせるものであった。



 都市照明の落ちた薄暗い駐機場の片隅。

 郁朗と恭子は言葉も無しに、自分達の中にある家族の絆を確かめあっていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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