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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
101/164

5-20 双頭、震える

 -西暦2079年7月21日13時15分-


「嫌や!!」


「ボクも嫌や!!」


「お前達が最後なんだからゴチャゴチャ言っとらんで行かんかッ! こっちが生身だと思って舐めてかかるようなら、下に戻った後でブチ転がすぞッ!」


「「ヒィッ! 理不尽やッ!!」」


 双子は苦手とする作業を強要され、心からの叫びとその身体能力全てを使っての抵抗を試みた。

 だが相手は強面ではあるが、生身の人間である。

 抵抗する際の手加減の幅を掴みきる前に、その尻を蹴飛ばされた。

 彼等の身体は安全地帯から放り出されたその直後、文字通り宙に浮いたのだ。


「おー」


「ちー」


「「るー!!!!」」


 何故なら彼等は空挺連隊のヘリによって地上六百メートル、つまり地下都市極東の天とも呼んでいい場所にいたからである。


「全く……片山め。どんな教育してやがったんだ。しかし、あんなヘタレがよくもまぁここまで生き残ってこられたもんだな……帰投するッ!」


 ヘリのパイロットに無線で帰投命令を出し、ヘルメットから伸びているインカムを元の位置に戻したのは、極東陸軍空挺連隊第二大隊大隊長・犬塚賢三その人であった。




 旧アジト崩壊から二日。

 その破壊の状態を把握する為に派遣された部隊によると、敵勢力の残留及び駐留は確認されなかったそうだ。

 巡航ミサイルによる地表からの攻撃、そして倉橋達の用意したセキュリティシステム。

 地下深くに設置されていた大型燃料電池の暴走から発生した水素爆発による内部構造物の破壊。

 二方向からのエネルギーは効果的にアジトを倒壊させ、クレーターとまではいかないものの、地表からは陥没した地面とアジトの構造物が混ざり合った様子が窺えた。


 そして現場から発見された複数の奇妙な穴。

 崩落した部分を無理矢理掘削した様な痕跡がいくつか見つかったのだ。


「連中、生き残ってるね」


 そう発した郁朗の言葉に、あの新型EOと相対した全員が頷き納得する。

 彼等もその事は想定していたので、そう驚く事でも無かったのだろう。

 間も無く実行される予定の機構本部と陸軍本営への襲撃作戦についても、既にその事は織り込み済みで立案されているからだ。


 誰もが天王山とも言える作戦に向けての準備に余念が無い。

 今の郁朗達を取り巻く状況はそういうものであった。




 片山の新型ボディへの搭載施術は技術的には大きな問題も無く成功した。

 環の祖母である志津乃の力と技術は大きかった様で、今回の施術の成功は、郁朗達への新型装甲への換装の大きな足がかりとなると見られている。


 新型ボディと被験者の神経回路の接続を阻害していた原因は、装甲自体の自我とも呼べる神経網に問題があったのだそうだ。

 片山の脳から送られてくる神経信号と、装甲自体が受け入れるとされる信号の差異が大き過ぎ、動作の齟齬が散見した事からそれは立証された。


「受け入れないなら騙してやりゃあいいんだよ」


 不具合を極端に恐れる唐沢には出来ない発想を簡単にしてのける辺り、やはり雪村志津乃という女性は非凡である、そう言わざるを得ないのだろう。

 志津乃はこの問題を解消する為に、装甲各所に信号を変換する小さな脳と呼べるCPUを設置。

 更に自身が密かに改良を進めていた神経伝達物質を用い、装甲が受け入れるべき信号を誤認させる事に成功する。


 施術成功から三十六時間を越えた。

 だが片山は未だに目覚めてはいない。

 これについては新型装甲への接続が問題では無いそうだ。

 先の戦闘におけるダメージ、そして無理矢理頭部を引き抜かれ、神経の接続を切断された際のショックの影響が大きい、そう技術者陣の見解が一致している。



 同時進行で行われていた、重体となった鹿嶋の施術は概ね成功と言って良いのだろう。


 アジトに到着した時点で彼女の身体は施術の開始を迎える事無く、既に限界を迎えていた。

 処置開始までの時間経過が長すぎた事により、人体としての機能を復元出来るか出来無いかというラインを越えてしまっていたのだ。


「現在の肉体を破棄します。脳の維持を最優先に。準備を」


 対した千豊の判断は早かった。

 鹿嶋の身体自体の治療を断念し、彼女の脳と脊椎を含む神経群を摘出。

 EOの頭部パッケージに封入し、組織内で確立されつつあるクローニング技術による再生に希望を託したのだ。

 人体で最も複雑な構造をしている脳のクローニングに成功していた、という状況は幸いと言っていいだろう。


 人体そのもののクローンの生成に関しては、倫理的な問題も抱えてはいる。

 だが被験者のメンタルケアは必要であるものの、技術的な問題など無いものと同然であるという事が、千豊がこの決断をする後押しをした大きな要因に違い無い。

 彼女は早々に意識を取り戻すと音声回路が接続され、精神面に関しては元の肉体の時と変わらないレベルにまで回復している。


 意識を取り戻した直後、当然ではあるが彼女は錯乱一歩手前の精神状態となった。

 動かす身体が無いにも関わらず、彼女は脚部や腹部の痛みを訴えた。

 恐らくは七号に身体を破壊された際のトラウマ、そして元の身体と切り離された事を脳が認識しきれていない事による幻肢痛によるものだろう。

 あのまま放置していれば、間違い無く彼女の精神は崩壊していたに違い無い。

 施術成功直後から晃一は一日に三回は彼女の元に押しかけ、ひたすらに言葉をかけ続けた。


「鹿嶋のお姉ちゃん……遺伝子をいじった僕だって元の身体に戻れるんだって千豊先生、言ってたよ。お姉ちゃんが元に戻れない訳無いよ。一緒に元の身体に戻ろうね」


 訓練(・・)の合間を見て現れる彼の存在によって、晃一だけでも救いたかったという彼女の想いは果たされた事を知る。

 彼の献身的な呼びかけによって、鹿嶋の心に徐々に平穏が訪れ始める。


 それ以上に彼女の精神を人のままに留めた最大の要因は、やはり間崎の存在だろう。

 彼も毎日の訓練や会議を終えた後などに、彼女の元へと頻繁に足を運んでいた。

 そこであったやり取りがどの様なものかは公にはされていない。

 だがその状況をモニタリングしていたオペレート班の人間によると、


「小さいおっさんが鹿嶋さんの脳波をモニタリングしているオペレーターの口を使って、何も無い所から砂糖を大量に錬成した」


 であるとか


「戦闘班副班長がオペレート班班長を相手取り、白昼堂々の子作り宣言」


 など、とにかく他者の入り込めない空気を作り出し彼もまた、彼女をひたすらに元気づけた。

 要はイチャコラしていただけとも言える。


 その甲斐はあったのだろう。

 鹿嶋はどうにか自身の精神を以前のままに維持し、肉体がクローニングされるのを待つ日々となったのである。




 時間の経過により皆の受けた襲撃の傷が癒やされていく中、犬塚はあからさまな仏頂面で新アジトに姿を見せた。

 片山が動けなくなった事で狂った予定を埋める……ただそれだけの為にこの場に呼ばれたのである。


 一個中隊と共に到着すると同時に郁朗達を拘束。

 本来なら片山主導で行われるはずであった降下訓練を即座に開始した。

 その結果として輸送ヘリを相手に立体機動戦闘をやってのけたアキラ以外、高さに慣れていない面々はぐったりと地面に伏す事となる。


「景も勝もみっともないのォ。そんなヘタレに育てた憶えは無い……いや思い当たる節しか無いから悲しゅうなってきたわ……」


「「酷いわ!」」


 ガバっと顔を起こした双子のカメラアイに収まった人物は、彼等のよく知る人物だった。


「「爺ちゃん先生……」」


「久しぶりやな……景、勝。元気にしとったか?」


 彼等の育ての親である、(つじ)謙太(けんた)であった。




「ほんでどないしたん? こんな所に急に来て」


「そやで、爺ちゃん。こんな危ないとこに簡単にホイホイ来たらあかんよ。怪我すんで?」


「あんなぁ……家族が家族に会いに来て何が悪いんや? お前らの方がよっぽど危ない事しとるやないか」


「「…………」」


 降下予定地点からアジトに戻る車中、気を使われたのだろう。

 移動用の車両一台の荷台がまるまる彼等の為に空けられた。

 三人だけにして貰えた事で双子と辻は家族の会話を始める事となる。


「なぁ……お前ら自分のルーツを探しとるらしいなぁ? 知りたいか?」


「そらその為にこの仕事しとる様なもんやし……」


「あ、でもせやから言うて、別に()に不満がある訳や無いんやで? あそこがボクらの家っちゅうのは揺るぎない事やから。な、景?」


「そやな。爺ちゃんとあの家の子らがボクらの家族なんは、動かし様の無い事やもん。そんでもな、爺ちゃん。ボクらが一体何者なんか……それはやっぱり知りたいんや」


 双子は力む様子も無く、あっさりとそれだけを言ってのけた。

 辻は双子のその言葉を彼等から直接聞きたかったのだろう。


 "ボクらを探しに行ってくるわ"


 そんな書き置きだけを残して消えた二人にとって、自分達は必要の無いものなのではないかと感じていたからである。


「……爺ちゃんにもその話、早うにして欲しかったなぁ。話してやれる事も幾つかあるんやからな?」


「それは……なぁ?」


「うん……ちょっとキツイわ」


「なんでや?」


「「爺ちゃん……昔の話する時、いつも泣きそうやったもん」」


 ああ、やはりそうなのかと辻は思う。

 自分の顔の傷、心の傷、過去の傷。

 それらを彼等はよく見ていたのだろう。


 自分の様な風貌の者が、出来るだけ人目につかないように養護施設で生活しているのだ。

 一番長く共に暮らしているこの二人が、その事に気付かない訳が無い。


「何や……お前らには気ィ使わせてばっかりやなぁ……爺ちゃん、自分が情けなくなってきたわ」


「何言うてんの。爺ちゃんはあの家でアホな事だけやっとったらええねん」


「ほんまや。あの家の子らが笑うてられるの、爺ちゃんのお陰なんやで? 年寄りらしくふんぞり返っとったらええやん」


「お前らえらい言い様やな……まぁ、そんだけ言えるんやったら爺ちゃんの話聞いても大丈夫そうやな」


 辻は二人のカメラアイを見つめると、自分が彼等を預かった日の事を話始めた。


「爺ちゃんはな、機構の人間やってん。[陽光の家]ちゅう所で働いとったんや。お前らもそこの話は聞いてるやろ?」


 双子は頷くだけで言葉は発しない。

 郁朗に叱られながら聞いていた座学の内容に、機構の抱える組織の一つとしてその名が上がっていた事を記憶している。

 機構の理念を盲信する狂信者を生み出す施設として。


「爺ちゃんな、あそこで働くのに疲れてしもてな。逃げ出そうとした時に、とんでもない人に見つかってしもてなぁ」


「「ほんまどんくさいなぁ」」


「やかましわ。ほんで……そん時にな。お前ら二人を預かったんや。『この子達を任せます』、て言われてな」


「ほんで、そのとんでもない人て誰なん?」


「……機構統制長補佐官、早村社や」


「それって……」


「機構のナンバーツーとちゃうのん?」


 とんでもない名前が出てきたものだと双子は少しばかり慌てたが、辻の話を最後まで聞かねばならないと思ったのだろう。

 問いかけは早村がどういう存在かを確認するに留めた。


「……そうやな。あの人が何でお前らを爺ちゃんに預けたんかは……今となってはもう判らん事や。爺ちゃんには知る事も出来ひん」


「「…………」」


「お前らがそれを知りたいんやったら……直接あの人に会うしか無いんやろな。戦争やってるお前らには、無茶な事言うてもたかも知れんけど……」


 双子はずっと俯いたままでいた。

 辻が心配になり彼等の顔を覗き込むと……。


「「爺ちゃん!」」


「わぁっ! なんやっ!」


 彼等が急に身体を起こし大きな声を上げた為、辻は危うく荷台の簡易シートからずり落ちる所であった。


「よう話してくれた! ありがとうな、爺ちゃん!」


「正直ルーツを探す言うても行き詰まってたんよ。これでボクらが次にどこに行ったらええかが決まったわ」


「行くて……まさかお前ら……」


「「今からちょっと機構の本部に行ってくるわ!」」


 朗らかにそう言ってのけた二人の様子に、辻は大きく頭を抱えた。


「お前ら……アホやろ? 行ってくるて、コンビニに牛乳買いに行くんとちゃうんやぞ? ……お前ら昔からそうやな。どっかに遊びに行くて決めたら無計画に出かけて行って、迷子になって(うち)の先生とか他所様に迷惑掛けて……」


「「う……」」


「……爺ちゃんにはお前らのやってる戦争の事はよう判らんけどな、作戦とかそんなんあるんとちゃうんか? お前らがさっき空から降ってきてたんも、その練習やったて聞いてるで?」


「「それや!」」


(ああ、やっぱり何も考えて無かったんやな……)


 辻は二人の我が子の何時もの考え無さに、ただ呆れるばかりであった。

 その後、アジトに到着するまでの間に三人は様々な話をした。

 養護施設の庭の秋果のイチジクがなり始めた事や、子供達が景太と勝太を探して夜泣きをした話。

 双子の五つ年下の少年が『景兄や勝兄の代わりはボクがやるんや』と、毎日頑張っている事など、その話題が尽きる事は無かった。




 アジトに到着し車両が停止するなり、双子は辻を置き去りにして荷台から飛び出した。


「「アキラ君! 一生のお願いがあるんやけど!」」


「……?」


 何事なのか理解出来無いアキラを置いてきぼりにして、彼等は最早持ち芸の一つとなりつつある土下座をしながら彼に願いを告げる。

 そこに環と晃一も加わりギャースカと言い合いを始める中、辻はゆっくりと車両から降りると、落ち着いた空気を持つ郁朗と大葉の元へと向かった。


「あの……」


「どうしました?」


「ボクに似てアホな子に育ってしもて……皆さんに迷惑かけてると思うんですが……どうかあの子らを……景太と勝太を……宜しくお願いします」


 辻は郁朗のカメラアイを一度だけ見つめた後に大きく頭を下げると、ただそれだけを郁朗達に告げた。


「……頭を上げてくれませんか? そのままじゃ話も出来ませんから。……えーと、辻さんでしたっけ? 爺ちゃん先生の?」


 郁朗の穏やかな声に、辻はその頭を上げ驚きの表情を見せる。


「あの子ら……ボクの話なんかもしてるんですか?」


「そりゃあもう。爺ちゃん先生がーなんて事をよく聞きますよ、ねぇイクロー君」


「ですね。愛されてるなと思いますよ、本当に。同じ教師である身としては……妬けるくらいに。会ってみてなるほどな、と思いました」


「それは……」


「辻さんは僕達のこの姿を見て怯えませんでしたよね? 普通、初見だったらまともに目なんて合わせられませんから」


「……我が子と同じ姿をしてる人を、なんでそんな目で見んといかんのですか。あの子らもあなた達も間違い無く人ですやん」


「そう言い切れる辻さんだからこそ、あの二人をああ育てる事が出来たんでしょうねぇ。もう彼等はこのチームに欠かせない存在ですよ」


 大葉は騒ぎを続ける双子達に視線を向けると、柔らかくそう言った。

 そんな風に双子達を見つめる保護者勢の空気が暖かく弛緩し始めた頃。


「辻兄弟ー! 居るかー!」


 ドスの効いた怒声がその場に響き渡る。

 降下時の双子の醜態に痺れを切らした犬塚"教導官"であった。


「「鬼が来た!」」


 そう言うと双子はアキラと環の後ろに素早く隠れ、こっそりと隙間から様子を窺っている。


「鬼で結構だとも。すんなり降下しなかったのはテメェらだけだ。こんなんじゃ合格をくれてやる訳にはいかんからな」


「「どゆこと?」」


「再訓練」


「「死ぬわー!!」」


 あっさりと再度の降下を命じた犬塚に、双子はヘタレらしく小さく反発。

 その場から逃げ出そうとした。


「藤代、中条。手伝え。片山の尻拭きを俺にやらせるんだ。そんくらいはしてもバチは当たらんだろう」


「了解です」


「ウッス」


「「裏切り者ッ!!」」


 双子の罵声をものともせずに、郁朗とアキラは逃走直前の二人を担ぎ上げ、そのままヘリへと走って向かった。


「何か……面倒掛けてホンマにスンマセン……」


「まぁまぁ……」


 再び頭を下げた辻に、大葉は憐憫とも慰めとも取れる声を掛ける事しか出来無かった。


 双子はこの後三回空と地面を往復する事で、ようやく犬塚に合格を貰う事が出来たそうだ。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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