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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第五幕 血海に踊る隷獣
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5-19 その指先は命を繋ぐ

 -西暦2079年7月19日17時35分-


 水名神がドッグに入港してからおよそ半時間。

 片山の頭部を乗せた生命維持ストレッチャーと共に、郁朗達は新しいアジトへと到着していた。

 片山は迅速に処置室へ運ばれていったのだが、整備班の話によると既存(・・)のEOのボディパーツで組み上がっている物は無く、彼の身体の復旧をどの様に行うのかは未定なのだそうだ。


「……身体がねぇってどういう事だよ? 団長さんはこのまま放置すんのか?」


「落ち着けタマキ……整備班のみんなの顔を見たか?」


 即座に開始されない片山の移植施術に対し苛つきを隠さない環だが、アキラの制止する声の意味を考えると黙ってしまう。

 彼等もまた、同じ班の仲間を失ったという現実に潰されそうになりながら……自分に課せられている作業を全うしようとしているのだから。


「助けたく無い訳が無いんだよ、タマキ君。でも無い物ねだりをしたってしょうがないじゃないか」


「そうやで。ハンチョーかておるんやしなんとかしてくれるて、な?」


「ほんまや。山中さんもこっちに来てるんやろ? 大丈夫やって」


 確かに彼等の言う通りなのだとその意味の理解は出来た。

 だが環の中に蠢く感情はそれを良しとせず、側にあったコンテナへとその怒りをぶつける事となる。


「八つ当たりしたいのは僕だって同じだけどね……これはちょっと、らしくないんじゃないかな? あのハンチョーと山中さんがだよ? こんな事案がある事を想定してなかったとは、とても思えない。」


 郁朗の疑問はもっともである。

 これまで常に備えに対して備えてきた様な倉橋と山中なのだ。

 郁朗達の身体が戦闘で大破する可能性が零では無い事は判り切っている。

 むしろ高いと言っていい。

 予備のボディを全員分用意するくらいの慎重さが見えない事に、小さく無い違和感を感じるのも仕方がないのだろう。


「それについては私が説明しましょうか」


「新見さん……」


 支援機や車両が置かれている駐機スペースに姿を見せたのは新見であった。

 千豊は鹿嶋のオペ、唐沢は倉橋と共に片山のボディの件を検討している為、手の空いている彼がEOの面々の出迎えに来たそうだ。

 そして彼の後ろには一人の小さな年配の女性がいる。

 彼女は郁朗達を無遠慮に睨みつけると、さらに拍車を掛けた無遠慮さで辛辣な声を浴びせた。


「ゴチャゴチャと五月蝿いガキ共だね。そんな図体しておいてなんだい? 言ってる事は随分とせせこましいじゃないか」


「ゲッ!」


 郁朗達が彼女のあまりの口振りに放心する中、その声を聞いた環は最後列にいるのをいい事に、そのままその場から消え去ろうとしていた。


「タマキッ! 逃げるんじゃないよッ!」


「ッ! 祖母ちゃんッ! 勘弁してくれッ!」


「「「「「「祖母ちゃん!?」」」」」」





「……とまぁそんな状況もありまして、雪村先生にこちらにご足労願ったという訳なんですよ。別に雪村君に対して他意はありませんから」


「ホントかよ……それ以前に祖母ちゃんがそんなスゲェ学者だなんて知らねぇぞ……」


 環は珍しく郁朗の後ろに隠れ、恐る恐る志津乃の機嫌を窺いながらそう言った。


「言ってないからね」


「そりゃあ別にいいんだけどよ……祖母ちゃん、怒ってねぇの?」


「何がだい?」


「ただの出稼ぎだって嘘ついたしよ……こんな身体になっちまったし……」


「……身体の事も嘘の事も怒っちゃいないさ。アンタがやりたくてやってる事だろう? それを止める権利はアタシには無いよ。そりゃあ、心配はするけどね」


「…………」


「けどね、さっきのはダメだ。本当にやりたくてやってんなら、ふんぞり返って堂々としてりゃあいいんだよ。でもアンタは逃げようとしたね?」


「……そりゃあ……悪い事したなとは思ってるからよ……」


「後ろめたい事をしてたって事かい?」


 平坦な感情を灯していた志津乃の目つきが、とたんに険しいものに変わった。


「ッ! 後ろめたくなんてねぇよ! 最初は祖母ちゃんに楽して貰いたかったからってだけだったけどよ……今はちょっと違う…………と思う」


 どこか自信無さ気に言う環であったが、志津乃は続きを促す。


「ほう」


「俺に殺されたEOが……人がいるんだ。手に掛けなきゃしょうがねぇとは言えよ、真っ当に生きてたらあんな死に方しないで済んだ人を……殺しちまったんだ。俺ァ、それが許せたもんじゃないって思ってる」


「…………」


「だからこの身体でい続ける事も戦争やってる事も、後ろめたさなんて感じてねぇッ! ただよ……祖母ちゃんに嘘ついた事は悪いと思ってる……」


「そういう時はどうするんだい……?」


「祖母ちゃんゴメン……嘘ついて悪かった……」


「……次は無いよ? いいね?」


「おう……」


「はー……これは……」


 郁朗の口からは嘆息の声が漏れる。

 あのプチ傍若無人、雪村環が一方的に言いくるめられたのだ。

 普段からこのくらい聞き分けが良ければ楽なのにと思わずにはいられなかった。

 そう思ったのは彼だけでは無かった様だ。


 バッ!


 何かの飛び上がる音が聞こえると同時に、地面に硬質の物が当たる音も聞こえてきた。

 音のした方へと皆が視線を送ると、音を立てた二人のEOが地面に這いつくばっているではないか。


「「お祖母ちゃん! いや師匠! ボク達にも……どうかタマキ君との戦い方を教えて下さいッ!」」


 双子であった。

 普段から環にいい様にコントロールされ、所謂芋を引いているのは彼等なのだ。

 それがどうだろう。

 これだけ見事に目の前で環を言い負かす存在が現れたのだ。

 土下座してでも師事したくなる程に、彼等の実情は切実なのだろう。

 主に給料の面で。


「タマキ……こりゃあもうちょっとアンタと話し合う必要がありそうだね?」


「景……勝……テメェら覚えてろよ……」




 環と志津乃のやりとりは駐機場の隅で継続されていた。

 勿論、環は正座。

 双子は志津乃の両脇で阿と吽の像の様に揃って立ち、そのやり取りを一つも逃すかとばかりに見学している。


「新見さん……あれは放置してていいんですかね?」


「大丈夫じゃないですか? 片山さんの身体の件について結論が出るのには……もう少し時間がかかるでしょうし」


「それなんですけど……何で予備のボディが無いんです?」


「…………皆さんの分はあるんですよ。晃一君を含めてね」


 郁朗達はその言葉の意味を掴みかねる。

 片山のボディは試作機とは言え、それ程特殊な物では無いはずだ。

 これまでの状況に合わせて数度の換装が為されてはいるが、彼の身体に何か特殊で厄介なギミックが用意されているとは聞かされていない。


「団長のボディに不具合があるとは思えないんですけどね……っていうかあれで不具合があるならむしろ教えてくれって感じなんですけど……」


 郁朗のその言葉に大葉とアキラは大いに頷いた。

 その勝率は大きく離されてはいないものの、格闘訓練で部隊の頂点に立つのはやはり片山なのだ。

 大きな欠陥を抱えながら、郁朗やアキラ達をあれ程やり込められるとは到底思えない。


「……片山さんが何故零番なのか、という事に関係があります。偶々転化に成功してしまった、というは本当なんですがね……片山さんの身体の神経回路は藤代君達の物とは違うんですよ」


「どういう事です?」


「片山さんの神経回路があくまで試作されたものという事です。彼の駆動データを基にして、藤代君以降のメンバーの神経回路は大幅にモデルチェンジされています」


「な……」


「装甲板やアクチュエーターの換装は皆と同じ構成で行われていますが、駆動中枢とも言える神経回路の換装というのは……そう簡単に出来るものでは無い、という事です」


 郁朗達は言葉を失うしか無かった。

 それはそうだろう。

 自分達よりも性能の劣る神経回路、つまり鈍い反応で自分達をここまで押さえ込む……片山という男の底の知れなさを想像したのだ。

 畏怖を通り越して呆れてしまったというのが本音だろう。

 

「それをリカバーする為に唐沢さんを中心にして、片山さんの為の新型ボディの開発が進められていたんですが――」


「そうそう上手くいく訳が無いって事でな」


「ハンチョー……」


 新見の言葉を遮り、倉橋が普段よりも厳しい顔つきでその場に姿を見せる。

 彼の後ろには普段の飄々とした雰囲気など微塵も感じさせない、どこか萎れた唐沢も居た。


「……新しい生体装甲の神経システムはとても厄介な物なんですよ……ですが完成させる事が出来れば、片山君の神経伝達効率は今の五割増しは確実なんです」


「五割増しって……」


「それでタマキ君のお祖母さん……って訳ですか」


 アキラは絶句し、大葉はこの状況にようやく納得出来たという声を上げた。


「そうなんです……先生の技術があれば、最大の難点である新型装甲への神経接続が上手くいくんです。これは断言してもいい」


「その新型装甲っていうのは……今の生体装甲とそんなに違う物なんですか?」


「別物と言っていい。お前達の生体装甲がただタンパク質の膜であるのなら、新型のそれは人の皮膚そのものだ。それ程までに反応の違いがある」


 開発に関わっていたのだろうか、倉橋はそう断言する。


「……完成すれば、の話ですよね?」


「今回のこの件は俺達の見通しの甘さが原因なんだがな……旧式のボディを組み上げるとなると……時間がかかり過ぎる。最後の作戦も近いんだ。このままってのは片山も納得せんだろ?」


「それは……そうですね」


 郁朗達がどうすべきかを決められずにいる中、一人だけ動きを見せた者が居たのだ。

 彼はテクテクと志津乃の元へ歩いて行くと、環の横に彼と並んで正座した。


「タマキ兄ちゃんのお祖母ちゃん……団長さんを助けて下さい……」


 晃一はそう言うと額を地面に擦り付ける様に土下座した。


「コウッ! 何やってんだッ! 何でお前がそんな事しなきゃなんねぇんだよッ!」


 環は弟分の突然の行動に狼狽し、思わず声を荒らげてしまった。


「……団長さんがあんな風になったのだって……僕達を逃がす為に頑張ってくれたからだって判ってるもの。タマキ兄ちゃんだってそうだよ。二人が死にそうな目に遭ってまで頑張ってくれたのに、僕に出来た事はほんの少しの事だけだったから……」


「だったらお前だってそうじゃねぇかッ! 危うく死ぬとこだったんだぞッ! 自分だけが何もしてないみたいに言うんじゃねぇよッ!」


「…………」


 志津乃は少年の声を黙って聞いている。


「お祖母ちゃんだったら団長さんを助けられるんでしょう? 僕に出来る事はこうする事だけだけど……どうかお願いしますッ!」


「……そうやって頭を下げてりゃアタシが動くと思ってるのかい?」


 晃一は頭を擦り付けたまま迷いなくこう言った。


「だってタマキ兄ちゃんのお祖母ちゃんだから。優しい人なんだっていうのは、僕にだって判るもの」


 その言葉を離れた所から聞いていた郁朗と大葉は目を合わせると、ああまたかと通じ合い肩を揺らす。

 その顔に表情があったのならば、さぞかし見事な苦笑いを浮かべていただろう。


「……アタシが手を貸す事で、誰かに迷惑が掛かるって事を考えてはみなかったのかい?」


「う……」


 その一言で晃一は黙り込む。

 だがすかさず環が彼に助け舟を出した。


「なぁ、祖母ちゃん。祖母ちゃんが昔にどんな酷い目に遭ったか俺は知らねぇ。話してくんなかったのも俺の為なんだろ? 父ちゃんや母ちゃんの事なんかも憶えてねぇからさ、きっとそれも関係ある事なんだと勝手に思ってるよ」


「…………」


「祖母ちゃん、さっき俺に言ったよな? 逃げんなって。祖母ちゃんだって昔の辛い事から逃げてねぇか?」


「それはアンタが――」


「判ってるって。祖母ちゃんがこれまで逃げ隠れしたのって、俺が居たからなんだよな? だったら……もう逃げる必要も隠れる必要もねぇよ。今度は俺が祖母ちゃんを守ってやっからさ。俺一人でダメだったら誰かの手を借りてでも。祖母ちゃんは祖母ちゃんのやりたい様に生きたい様にやってくれよ」


「……随分と大きい口を叩く様になったもんだね。その片山って男はアンタらがそこまでする男なのかい?」


 志津乃はジッと環のカメラアイを見つめそう問いかける。


「……きっと父ちゃんが居たら……こんな人だったんじゃねぇかなって思うぜ。団長さんにそんな事言ったら、そんな歳じゃねぇって激怒するだろうけどよ」


 紛うこと無き環の本音であった。

 彼は憎まれ口を叩き合う片山との関係をそう捉えていた。

 きっと廃棄地区の片隅で求めていた父性を、彼の中に見つけたのかも知れない。


 志津乃は環のその言葉に目を見張った。

 自分と二人、世間から隔絶した生活を送っていた環が、他人のとの関係性に価値を見出だせていなかったこの子が。

 他人と共に生きる意味と喜びを知ったのだと思うと、思わず目頭が熱くなるのを彼女は自覚する事となる。


 著しい成長を見せる孫にしてやれる事があるのならばと、彼女は重い腰を上げる決意を固めた。


「……フンッ! アンタの父さんはそりゃあいい男だったさ。アタシの息子だものね。そんないい男がそこら中に居る訳が無いさ」


「祖母ちゃん……」


「まぁ……アンタがそこまで言うんだったらアタシが叩き起こして確かめてやるよ、どれだけいい男なのかをね。案内しなッ! 唐沢ッ!」


「ヒッ! はいいいいいいいいッ!」


 志津乃は双子を押しのけると、ビクビクと先導する唐沢の後にズカズカと続いてその場から姿を消した。


「んー」


「どういう事なん?」


「……手を貸してくれるって事だろう」


 双子はアキラの言葉にポンと手を打つ。


「あれか」


「あれやな」


「?」


「「ツンデレっちゅうやつやね」」


 志津乃の行方を見守りつつ、頷きながらそう言った双子の背後。

 ユラリと一つの影が浮かび上がると、ガチャリと何かを装填する音が鳴った。


「人の祖母ちゃん捕まえて変な事言ってんじゃねぇぞ? どうもテメェらは耳の聞こえがよろしく無いみてぇだからよ……聞こえやすい様に穴の一つや二つ、新しくこさえてやってもいいんだからな?」


 景太は後頭部に68式改の銃口をゴチゴチぶつけられ、勝太は襟首を捕まえられている。


「「ホンマの事言うただけやん!!」」


 双子はそう叫ぶと環を振り切り、その場からの逃走を開始した。


「あんまり仕事を増やすんじゃねぇぞー」


「うぇーい」


 倉橋の一言に軽く答えた環は、双子達への狙撃を開始した。

 オロオロしながら環を止めようとする晃一を見ながら、郁朗と大葉は少しだけ溜息をつく。


「コーちゃんの人誑しはどこまでいくんだろうね、イクロー君」


「さぁ……ただ将来がちょっと。このままいったら総理大臣にでもなっちゃうんじゃないですか?」


「……本当になっちゃいそうだから怖いよね」


 二人は肩を竦めつつも、環に追従しようと慌てふためく晃一の姿を楽しそうに見つめていた。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.07.06 改稿版に差し替え

第六幕以降は改稿が済み次第、幕単位で投稿します。

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