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EO -解放せし機械、その心は人のままに-  作者: 臣樹 卯問
第一幕 逃れられない檻の中から
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プロローグ 始まりの狼煙

 私にとって、意識を持っているように見える対象が、

 本当は意識をもつ存在ではなく単なるダミーや機械であると判断する根拠は、

 意識の有無を判定するための経験的なテストのどれかに失格した、

 ということしかない。


 ――――1936年 哲学者 アルフレッド・エイヤー――――


 -西暦2079年3月7日02時00分-


 地下都市極東、Wブロック西部Bクラス物資集積区の一角にある兵装集積所の夜は今日も静かであった。

 早春の虫の音が鳴るものの、それがかえってこの地区の夜間の静けさを強調している。

 つまり高い塀に囲まれた箱庭は、今日もいつもと変わらぬ平穏な夜を迎えたという事である。


 警備員詰所に詰めている当番は本日も六人。

 二時間スパンで三人が起き三人が休む。

 そんなサイクルで交代してたまにモニターを監視、警備用の自律型機体・オートン(Autom)に異常が無いかの確認している。

 現在詰めている三人の当番兵も既に弛緩しきっており、先程交代したばかりだというのに一人は携帯端末でゲームに夢中となっていた。

 一人は親しい相手との通話に勤しみ、最後の一人は仕事を放棄して夢の中へと意識を飛ばしている。


 極東軍保安局の中でも閑職であるこの部署は、楽をしてそこそこに稼ぎたい軍人にとっては天国とも呼べる理想的な環境であった。


 日中でもそうそう人や車両の出入が無い。

 更に言えば地下都市への移住開始から現在に至るまで、有事のほぼ起きていない極東の現状という背景がある。

 それを考えれば、軍の現用兵器を綺麗に並べただけの寂れた展示場ではないか、と揶揄されても反論のしようが無い勤務地なのだ。

 それ故に退屈さえ凌ぐ方法があれば、望む人間にとっては本当に天国なのだろう。


 この日の昼間はカドクラ重工業からの新規兵装の納入日という事もあり、入れ替わりで入ってくるトラックの走行音と人の声で珍しく賑わう事となった。

 だがせいぜい半年か一年に一回の事である上、夜間までも作業を押し込む事も無く作業は終了した。


 そのトラックの運んできた荷物の中に、とんでもない物資が含まれている事を気づいた者は、勿論この場には居ない。

 昼間に納入され、倉庫に綺麗に並べられている幾つかの軍用規格のコンテナの中に、これからの事態の動向を窺う者達が存在していた。


 生体反応を遮断するコンテナ一つにつき十五人。

 それが三つ。

 オートンに感知されるので無線は使えない。

 これすら予定通りのものとして、既に作戦行動の準備を終えている人員が四十五人も存在したのだ。

 彼等は息を潜めて、ただ待つ。


 そんな異物に気づく事もなく、体高一メートル五十センチ程の大きさである警備用オートンは己の業務に邁進していた。

 彼等は定められた警戒順路を小さなモーター音を周囲に響かせながら、三機一組で巡回している。

 ほとんど照明の無い敷地に浮かび上がる、機体の中央の大きく赤く光るカメラが……ほんの少しだけその不気味さを助長していた。


 ここの様な"僻地"と呼ばれる勤務地に潤沢な警備予算が与えられる訳が無い。

 故にこの手の場所の警備に使われるオートンは、決まってこのトライクルタイプである。

 蔑称で"三輪車"と言われる程にコストが安く、作りも単純であるこの手の機種が配備されるのが定石であった。

 人型のオートンは性能が高く緻密な動作も可能であったが、コストが高くメンテナンス性も悪いのだ。


 かといってこの"三輪車"の性能が低いかと言えば、それは間違いである。

 地下都市への移住から六十年。

 この地下都市の建造時に大活躍した建築用オートンのAIから、改良を重ねる事十二世代。

 現在多方面で運用されている今の世代のAIは、人の判断力と比べれば遥かに落ちるものの、機械としての自律性は恐ろしく高い。

 この集積地で採用されているトライクルタイプも、見た目は貧相でおもちゃの様な風体ではある。

 だが駆動モーターは最新型から一つ型落ちしただけの物で、相当な馬力を持っているのだ。

 内蔵されている対人対物スタンガンは、忍び込んだ賊が五人程度であれば一機で安定して無力化が可能。

 車両などが相手でも複数の機体による連携で、電装品を狙って機能停止させる事が出来る程の攻撃精度とスペックを誇っている。


 このトライクルタイプのオートンが百二十機。

 広さから考えると過剰とも取れる配備数ではあるのだが、ここがいくら"僻地"と呼ばれていても、軍需物資の置かれている場所なのである。

 それ故に当番兵達の緊張感は皆無であり、先程の様な状況を生み出してもいるのだろう。




 オートンの巡回ルートから少し外れた物資集積区の排水設備用メンテナンスハッチ。

 ハッチの中の薄暗い一角で、こちらもまた、作戦行動の準備をほぼ終えた一団が存在した。

 チカチカと時折明滅する室内灯が、その場にいる者を照らす。


『猫耳たぬ吉メイド、こちら零番機だ。作戦開始から敵増援の来援までの推測時間と作戦内容をもう一度確認したい』


 こちらの一団は排水設備に通っている通信用のケーブルに直接接続干渉し、有線での通信を試みていた。

 試みは成功した様であり、モニターが並列する薄暗い部屋に、低めのマシンボイスがほぼノイズ無しで着信して響く。


 作戦本部に該当するその部屋には人員が六名。

 作戦開始前なので通信設定がオープンになっていたのが災いした。

 E小隊担当の彼女以外のオペレーター達は、一昨日の作戦に向けた壮行会の有り様を思い出し、笑いを堪える息が漏れない様にするので必死である。

 作戦統括官である女性はただただ頭を抱え、呆れるばかりで何も言葉を発しなかった。

 E小隊担当のオペレーターの小柄な女性は顔を真っ赤にしながらも返答する。


『零番機、こちら本部。殺しますよ? ……0210の戦闘開始と同時にオペレート班が映像回線に介入、監視カメラの映像を欺瞞映像に差し替えます。ただし警備用オートンに接触した時点で施設内に警報が流されますので留意を。そこから最短四十分で近隣の駐屯部隊が来援します。0220までにオートンを無力化、三番機がゲートを確保、零番機と七番機は倉庫へ向かい、コンテナの人員を詰所と車両へ迅速に送り届けて下さい。撤収予定時刻は0240です。零番機はその場に残留、自爆して有機肥料にでもなりやがって下さい』


「撤収合流地点の変更は無いな?」


 軍用の無線としては会話の内容が些か気安過ぎるが、彼らは軍隊では無かった。

 ささやかな抵抗を完全に黙殺して通信は継続される。


『……最終確認の時点から変更はありません。開始後の状況判断はお任せしますが稼働効率の落ちる夜間の作戦行動です。三番機と七番機は十分に注意して下さい。それでは開始三分前です。もう帰ってくんなクソオヤジ!』


 周囲の笑い声と共に、オペレーター側から通信が切られた。


「だそうだ。お前ら、初めての実戦だからって固くなんじゃねぇぞ? 今の通信でちったぁリラックスできただろ? オートンの無力化訓練をあんだけやったんだ。あんまり時間かけてんじゃねぇぞ」


 零番機は統括官の女性と同様に、彼に対して呆れて言葉が出なくなっている残りの二人に軽口を叩いた。

 それはとてもこれから軍事行動を起こす様な雰囲気ではなく、近所の子供達に飴玉でも配りだしそうな手慣れた雰囲気だ。


「だからって今のはわざとにしたってあんまりだと思うよ? 一昨日のアレだって若気の至りってやつだとなんだしさ。団長なんだから部下には優しく接してやんなきゃ」


 三番機はやんわりと零番機を窘める。

 こちらもまた余裕とはまた違うものの、戦場には似合わないであろう柔らかすぎる雰囲気のまま開始時刻を待っている。


「……団長さんよ、人の心配してる暇があんなら自分の循環機構のチェックでもしてろって。あんなちんたら転がってる知育玩具なんか俺一人でも十分だってんだ」


 七番機が排水施設の出口であるハッチをじっと見つめたままそう答えた。

 排水の為に動いている設備の小さな機械音が、今の彼の耳には触るのだろう。

 緊張からか剣呑な空気を纏っており、一人だけ険しい緊張感という刺々しさを保っている。


「スペック頼りの戦い方ばっかりしてっから心配してやってんだろうが。俺が優しいうちに改善した方がいいぜ? また模擬戦でモーターの一つや二つ焼いてやろうか?」


 団長と呼ばれた零番機が七番機の肩をゴツゴツと叩きながら、からかう様にそう言った。


「うっせ。狙撃訓練になったら覚えてろ。また模擬(ペイント)弾で外装甲を極彩色に染めてやるよ」


 あわや掴み合いになろうかとした所で三番機が割って入り、双方の襟首を掴んで持ち上げる力技で仲裁する。


「二人共そのくらいにしときなって。僕達にはそれぞれにちゃんと目的があって、その為にここに居るって事を忘れないでね? こんな初手で躓いてるわけにはいかないんだからさ。もうじき三十秒前だ、スタンバイするよ」


 三番機は二人の襟首を掴んだまま、人間ならあり得ない腕力でズルズルと引きずっていった。


 ハッチの前に並ぶと零番機が最後に一言かける。

 既に先程の緩んだ雰囲気はそこには無く、戦うモノとしてのスイッチに切り替わっている様だ。

 全員がカメラアイの暗視機能をオンにセット、暗中での戦闘に備える。


「ハッチから出て三十秒しないうちに会敵だ。ゲート方面は数がバカみたいに多いからな、そっちは頼むぞイクロー。タマキ、背中は任せる」


「了解、団長とタマキも気をつけて」


 イクローと呼ばれた三番機の男は二人の肩を叩く。


「まかせろっての」


 タマキと呼ばれた七番機の男の緊張は、すっかりどこかへ吹き飛んだ様だ。


 インカムに通信ノイズが入り作戦統括官から作戦開始のカウントダウンが送られてきた。


 30……

 15……

 10……

 5……


「オペレーションスタート」


 E小隊の面々はハッチを力任せに蹴破り、長く険しい戦いの始まりとなる……最初の会敵予想地点へと全速で飛び込んでいった。



 三番機の男、藤代(ふじしろ)郁朗(ふみお)

 ここで時系列は一度、彼が事態に巻き込まれる直前にまで遡る。

 ただ当たり前に人として生きていた男が、如何にしてこの戦火の中に巻き込まれたのか。

 それを紐解く事からこの物語は始まる事となる。

お読み頂きありがとうございました。

引き続きご愛顧頂けると嬉しく思います。

それではまた次回お会いしましょう。


2016.04.29 改稿版に差し替え

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