↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獅子と私  作者: sin
時系列を無視した短編集
PR
28/31

魔女と恋人探し②



「私と結婚したければ、金が実る樹木を持ってきてくださいませ」



美しい女の朗々とした声が響く。今回も、魔女のあわれな犠牲者が、絶望に顔を歪めて放浪の旅を決意するかと思われた。

だがしかし、今回の挑戦者は、ひと味もふた味も違ったのである。



「はい、持って参りました」



男は、にっこり笑って答えた。ひょろ長い体躯に、下がった眉と垂れた目尻も相まって、その笑顔は情けなささえ漂うのに、受け答えは馬鹿丁寧な上、妙に自信満々である。


ハンナは、ぴくりとも表情を変えずに男を見つめた。



「あらそう?それにしては、身一つでここにいらっしゃったんですわね」



彼は何も持っていなかった。その細長い身体の後ろに誰かがいる訳でもなく、持ち物と言ったらただ腰にさした剣だけである。この国の騎士団の制服は何かを隠し持てるようにできていないので、彼はまさしく剣だけ持って求婚しに来たのだった。



男はにっこり笑ったまま、腰元の剣を鞘ごと引き抜いた。

そして、やはり表情を変えないハンナに跪き、剣を両手で捧げ持つと、深く頭を垂れた。



「我が愛しの姫君に、"金が実る樹木"を献上いたします」



鞘には、繊細な彫り物で、立派な樹木が描き出されていたのだった。



















部屋でくつろいでいた王妃にシェリが持ってきたのは、お茶を飲みながらで構わないという伝言がひっついた面会要請だった。


王妃が何の気なしに許可すると、見覚えのある一人の男が入ってきた。王妃になって一度挨拶をしたことがある、騎士団の制服を着用した、大人しくて大きな細身の犬を思わせる男だった。

王妃は、警備強化の話かと気を引き締めた。最近になってようやく自分たちが魔術に弱いと自覚し始めた騎士団が、我が騎士団の威信をかけてと銘打って、配置人員を増やしたりと警備強化を要請してくるのは珍しい話ではなかったからだ。



しかしながら、非常に残念なことに、物事は王妃の予想の斜め上を更に飛び越えていった。なんと男は部屋に入るなり、最上位の礼のまま、直下型の爆弾発言をかましてきたのである。



「王妃様直属メイド、ハンナを我が花嫁に頂きたく、参上いたしました。ハンナの了承も得ております」




王妃が飲みかけのお茶を思いきりよく吹き出したことを誰も責められまい。







王妃は、目の前で最上位の礼をとっている男をひとまず椅子に座らせた。穏やかな昼下がりのティータイムに起こった突然の珍事への対処としては上出来の部類に違いなかった。自分で自分を褒めてやっていいとも思った。


素直に腰掛けた男を前にして、とりあえず深呼吸をし、何度かお茶を無意味に飲み、大きく咳払いしてから、この国の最高権威の妻たる王妃シンディは、意を決したように口を開いた。



「あの――あの、国立騎士団第一参謀殿は、金が実る樹木をお持ちだったんですか?」



第一参謀とは、武力行使の際、騎士団長と共に騎士団の作戦をすべて担う役職である。この男は、そのひょろ長い体躯からは予想もつかない奇抜な作戦で国の危機を何度も救ってきた英雄なのである。戦場を自在に操るその姿から、ついたあだ名は“破壊神”。あくまで外見は穏やかで、口調も馬鹿丁寧な情けない風貌だが、しかしその口から出るのは聞くにも堪えないえげつない作戦だという。外見はひょろ長いもやしっ子で中身はドSという詐欺のような男なのである。



国家武力のほぼ頂点辺りに君臨する男は、自分の剣を机に置いた。



「私が献上した金が実る樹木はこちらでございます」

「…立派な樹木の彫り物ですが…」

「私がこれを持ち参謀を務める戦争は、必ずこの国に利をもたらしてまいりました。金を財と解釈いたしまして、献上した次第にございます」



ほぼこじつけのとんちである。が、確かに理にかなっていて、上品かつ己のアピールも忘れていない。彼の頭のキレが窺える。

これまでの、木に成った実をただ金で塗りたくったお粗末な創作物を持参した芸術家や、未確認生物を捕ってきて「これは“キンガミノルジュモク”という名前だ!」と言い張る馬鹿がいる挑戦者の中では上等の部類だった。


王妃は、もう一度口の中をお茶で湿らせた。驚きのあまり口の中の水分が吹っ飛んだのである。



「いったいいつ…」

「つい先ほど。早い方がよろしいかと思いまして、不躾ながらご報告に参りました」

「そ、それで、あの、ハンナは何と――?」

「私の口上を聞いた後、お受けいたします、とだけ」



なにかとんでもなく苦いものをうっかり奥歯で噛んでしまったときのような顔をした王妃は、しかし、やっとのことで事態を把握した。

どうやらさきほどから、我が国の騎士団参謀、通称“破壊神”と、王妃付きメイドであるハンナ、通称“魔女”が、結婚を前提としたお付き合いを開始したようである。



王妃は思わず遠い目をした。この国は魔界か何かに変貌を遂げようとでもしているのだろうか。



「第一参謀殿…」

「どうぞニコルとお呼びください」

「二、ニコル。あの、参考までに、お聞かせ願いたいんですけど、あの魔女――じゃない、ハンナの、どこがよろしかったんです?」



王妃の言葉に、参謀のその垂れた瞳が急に熱を帯び、何かを崇拝するようにうっとりと蕩けていった。劇的な変化だった。可哀そうに、不用意な発言をしてしまった王妃は、“破壊神”が“魔女”を崇拝するという、そのある意味恐怖の過程を視線を外すことも許されずじっくり見ていなければならなかった。




「あの美しさはもちろんのことですが、私は、それに隠された弱さが愛しいのです。ああして人を試すようなことを言うのは、本当は臆病で、人を信じられず傷つきやすい証拠なのです。本音を伝えられず、ただ、ああすることでしか自分を曝け出すことができないのです。私はそれをわかって差し上げることができると、支え慈しむことができると、そう確信したのです」




―――その時の王妃と子犬の表情ときたら、国王が見たら間違いなくすぐさま薬師を呼ぶよう叫んだだろうと容易に想像できるくらいひどいものだった。ハンナにはどう頑張っても当てはまらない単語が山のように聞こえたような気がした王妃は、助けを求めるようにシェリに顔を向ける。彼女のかわいい子犬は、青ざめた顔のまま首をふった。その表情に吹き出しをつけるとしたら、「無理ですこれはもう手遅れです」が正解である。



参謀の独壇場はそれから延々20分続いた。ハンナへの賛美の限りを尽くし、ようやく満足した参謀が出ていった部屋で、強烈な精神攻撃を耐え抜いた王妃と子犬が互いを懸命に励まし合ったのは余談である。“破壊神”の名前は伊達ではなかった。もしここが戦場であれば、彼女たちは喜んで白旗を振って降伏するに違いなかった。






それからすぐ部屋に帰ってきたハンナに、満身創痍の最後の力を振り絞って、王妃が問いかけた。



「ねぇハンナ、なんでニコルの求婚を受けたの?」

「何を仰いますお嬢様。金が実る樹木を持ってきた男と愛を育み結婚すると前から申し上げていたはずですわ」

「あいをはぐ…?い、いやまぁ、あの返し方は評価されるべきだとは思うけども…。じゃあ、ニコルが自分のことをどう思ってるか、把握してるの?」

「ええ、剣を捧げ持ったままたっぷり20分、熱弁していただきましたから」

「……あの、ニコルっていい人だし、地位もあるし、確かにハンナと互角に渡り合えそ――気が合いそうなところもあるけど、だけど、でもちょっとあの、結婚するには盲目的すぎない?そういう勘違い、嫌じゃないの?」

「あらお嬢様、御心配なさらずとも大丈夫ですわ」



輝かんばかりの笑顔で、魔女が言い切った。



「――私、賢い大型犬を従順に躾けるのって、嫌いじゃありませんもの」



王妃に出来ることと言えば、その言葉が照れ隠しである可能性を信じることと、恋の盲目を患った参謀がいずれ目を覚まし、自棄になって“破壊神”の本領を無駄に発揮しないことを願うことだけであった。











しかし、外野の予想に反して、盛大に祝福された花嫁と花婿は、順当に結婚生活を謳歌することとなる。

結婚式当日の号外新聞には仲睦まじい様子の2人とそのインタビューが掲載されており、街の娘たちは、誇り高き騎士団参謀に見染められたメイドの夢物語に心を躍らせた。かつて“破壊神”“ドSの申し子”“この世の終わり”とまで呼ばれ畏怖された参謀が見る影もなく従順に振る舞っていても、彼女たちの頭の中ではそれは「愛のなせる技」と変換されるのである。王妃が聞いたら失神しそうな噂話だった。ある意味真実ではあるけれども。




どうやっても“魔女”に飼われている犬のようにしか見えない幸せそうな“破壊神”という悪夢のような光景を前に、「とりあえず最強と最強がタッグを組んで魔界を創るという事態にならなかっただけでもよかったんだ」と王妃が自分に言い聞かせていたのは、それを寝物語に聞いた国王陛下だけが知っている。






恋は盲目と言えど、盲目であり続けたら幸せなのよという話でした。いや違うかもしれないけれども。

いずれ参謀のお話も掘り下げたいです。


たぶんこの辺りから私だけが楽しくなっていきます。ごめんなさい。ご了承ください。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。