授業が始まります
空いている席にカバンををかけ腰を下ろす。
本当にここに座っていいものかと考えたが、空いている席は他にない。
また誰も何も言わないので、そのままで居ることにした。
筆箱とノートを取り出しながら、どうしたものかと悩む。
教科書がないから隣の生徒に見せてもらうしかない。
しかし、隣にいるのは男子生徒1人のみである。
この教室は横7列、縦6列の42席並んでいる。
席順は男女交互になっているので、42席目に座っている光の隣には必然的に男子生徒しかいない。
加えてその男子生徒はやや目付きの悪い人相だった。
話しかけずらいことこの上なく、言葉を発することを躊躇してしまう。
そんなことを考えているうちに、教科担当の先生がやって来て授業が始まってしまった。
(どうしよう。)
そんなことを考えても答え決まっている。
転校生である光にこれと言って親しい人がクラスにいるはずもない。
隣の男子生徒に見せてもらうしかないのだ。
光は意を決して話しかけた。
「あ、あのー。」
光の言葉に男子生徒はチラリと目を向ける。
その表情が睨んでいるようで、どうしても怯んでしまう。
「教科見せて欲しいのですが…。」
相手はただジーっと光を見つめてくる。
(何に?なんだっていうのよ…。)
「あんた…。」
「……はい。」
「誰?」
「はい?」
「クラス間違えてんじゃねーの?」
間違えたのかなと一瞬考えたがそんなことあるわけがない。
おおよそこの男子生徒は先程の話を聞いていなかったのだろう。
「違いますよ。さっき自己紹介した転校生の真山光です。」
「あ~転校生。」
閃いたように声をだすが…。
「聞いてなかった、わりぃ!」
ニカッと笑って詫びるように手を上げた。
そして机をくっ付けて真ん中に教科書を開いた。
「見せてくれるの?」
「見つめてくるのって、その為に俺に話しかけたんだろーが。」
そう言われるとそうなのだが、見た目と話した後との印象が違い戸惑ってしまう。
何となく気恥ずかしくて教科書に目を移した。
「え…。」
教科書を見て頭の中は真っ白になる。
(全くわからない!)
教科書を数ページめくり、以前の学校に比べ10ページほど進んでいることが分かった。
たった10ページであっても、授業の内容についていけない。
現在の授業は苦手な数学Aなので尚更であった。
黒板に書かれていく問題がさっぱりわからない。
隣の男子生徒に聞こうした。
(そう言えば…。)
「ねぇ、あなたの名前は?」
「あ?あ~言ってなかったな。俺の名前、三宅圭吾な。」
「圭吾君?」
「んな堅苦しくなくていーよ。回りのヤツらはケイって呼んでるから。」
「ケイ、ね。分かった。」
「あんたは?」
「ん?」
「名前だよ、名前。」
「ちょ、さっき言ったじゃん。真山光よ、ヒ・カ・ル!」
「わりぃ、わりぃ、光ね。」
そう言ってケラケラ笑いながら光の頭をワシャワシャ撫でる。
「ちょっと、頭くしゃくしゃになる~!!」
やめてよ、そう口にする前に前から声が飛んできた。
「こら、私語を慎んで問題を解きなさい!」
(怒られた。)
ショボンとすると、ケイは笑いを噛み殺して言った。
「俺たちだけじゃねーよ。クラスのヤツ全員に言ったんだよ。日常茶飯事だから、んなショボくれるな。」
そんなケイの姿に光は、お兄ちゃんみたいとときめいてしまった。
結局光は、授業中こそこそとしゃべっていて分からないところを教えてもらうどころか授業すら聞いていなかった。




