一般通過令嬢から見た横恋慕令嬢に関するあれこれ
この国の第一王子であり王太子である殿下に恋人ができたという話は広く知られている。
もちろん、殿下には婚約者がおり、そのお方は次代の王妃となるべく、幼い頃から王太子妃教育を受けている、誰もが認めるご令嬢だ。
その反面、正義感が強く、言葉と態度、何よりお顔立ちが厳しめのため彼女を嫌う人間からは悪役令嬢と呼ばれている。
対して横恋慕令嬢は、男爵家に認知されて引き取られた庶子でありながらも勉学に励んでおり、表向きは心優しく儚げで誰からも愛される少女。
もちろんその行動はよくある恋愛小説にあるような愛され系主人公の典型であり、婚約者のいる男性に近づいては気を持たせる、まさしく横恋慕令嬢。
……私? 私のことはただの一般通過令嬢とでも呼んでくださいませ。
今日も私の目の前で悪役令嬢と呼ばれた彼女と横恋慕令嬢と殿下の口論が行われている。
なぜ巻き込まれているのか? その原因は殿下の近くに私の婚約者であり、侯爵子息のマイダーリンがいるからである。
「ですから、婚約者がいる男性にのみ関わりを持とうとするのははしたないと何度も申し上げているのです」
悪役令嬢の視線は絶対零度の冷たさだ。
横恋慕令嬢は独身の男子生徒からの誘いは断る一方で、婚約者を持つ高位貴族の令息には、なぜか一人ずつ悩みを相談して回っている。
「言いがかりはよせ! 彼女は女子生徒とも仲良くしようと努力している! それを無下に扱ったのは君達だろう!」
対する殿下の視線には失望の色を宿しつつも自分が正しいという正義の炎が燃え盛っている。
「もうおやめください! 私のために、『真実の愛』のために争わないで!」
そういう横恋慕令嬢の目には涙が浮かんでいる。
一見健気で平和主義的に見えるが、その瞳の奥には恍惚とした色がみとめられる。
やだ、この子、楽しんでいるわ。
「まあまあ、このような人目がある場所でする話でもないでしょう? とりあえず、殿下にはこの件を持ち帰っていただくということで!」
「侯爵子息! 貴様はどちらの味方だ!?」
「持ち帰る必要などないだろう。殿下の交友関係は殿下自身がお決めになったことだ」
そうがなったのは、確か伯爵家のご子息、だったはず。
そして、それに追従したのは宰相の一人息子である公爵子息。
彼らも婚約者がいながらも横恋慕令嬢に侍っている。
「あなた方、他人事だとお思いなの? あなた方の婚約者からも不満の声が上がっておりますのよ? ……ああ、侯爵子息はそのままお勤めくださいませ」
「なぜ侯爵子息だけ例外のような扱いをするのだ!?」
殿下は声を荒げて反論する。
これにはダーリンも苦笑い。
そして彼らと彼らの婚約者たちの視線がすべて私に吸われる。
すかさずダーリンが注目を集めるように前に出る。
「王太子殿下、殿下は婚約者とともに下校しておりましたか?」
「……何の話だ?」
「暇を作っては訪ねていきましたか? 夜会用のドレスを贈りましたか? 最後に贈り物をしたのはいつですか? 週末にはデートに出かけましたか? エスコートは人任せにせず相手が帰宅するまで見送りましたか? 夜のおやすみのキスは?」
「な! そんな、破廉恥な!」
「ああ、まあ、おやすみのキスは私がしたいからしているだけですが、それぐらい愛を伝え、誠意を見せましたか? それだけしてもなお、合意がなければ婚約者以外の女性を公然と侍らせる権利など生じないでしょう? 少なくとも、婚約者本人と両家の了承を得るのが先でしょう?」
「……っ!」
「側室を持つにしても正妻をたてるのは当たり前のことでは? そのことも踏まえてのさきの発言と受け取ってよろしいですよね? まさか、王太子殿下ともあろうお方がそのような"配慮"もできていないわけないですよね?」
「貴様! 無礼な物言いはよせ!」
横槍を入れたのは伯爵家のご子息である。
「あなたも、婚約者に不満を持たれるような付き合い方をしている自覚はおありですか? 仮に家同士の契約として、愛がないとしても、何故その契約があるのか、どのような振る舞いが求められているのかは少し考えればわかるでしょう? 必要最低限の義務を果たしていないからこその御令嬢方の不満ですよ?」
私も彼に追従する。
「そもそもが政略結婚だからと言いましても、愛がない原因は愛を示さないことに起因するのでは? 自分を愛する気がない相手に愛想を振りまくほど無駄なことはないかと」
「そうですね~。世間でいう『真実の愛』とか、ちゃんと話し合いをして、けじめつけてからやれって話ですし~」
宰相の一人息子は苦虫を嚙み潰したような顔をする。
「……そもそも、我々の婚約は王命だ。愛がなくとも、逆らうことはできない」
「それこそ王命に逆らってまで浮気しているっていう宣言では? 家門同士の同盟と相続秩序を守り、正統な後継者を確保するための王命でしょう? それを無視している時点で、十分に王命へ背いているのでは?」
「なっ!? 逆らってなどいない! 従っているからこそ、彼女と一緒にいたいという思いを抱えながらも婚約を破棄していないのだ!」
私はそれを聞いて思わず呟いた。
「それって、正妻にも愛人にも失礼ですよね?」
「なんだと!?」
切りかからんばかりの伯爵家のご子息を制したのは意外にも横恋慕令嬢だった。
「……続けてくださいませ」
「はい、彼らが申し上げていることは、要するに、『あなたのことを愛していますが婚約解消は検討していません』……つまり、『正妻にする気はない』ということです。おそらくですが、王命といえども、野に下ることを条件とすれば殿下であっても、赦しをいただける可能性があります。しかし、婚約は継続しているということは高貴な血を持つ自覚はある。その状態であるにも関わらず、正妻を貶めて愛人……失礼、愛する人をたてる、というのは、ありていに言って世間的に印象が非常に悪いと思います。貴族としても、人としても」
「そ、そのような風評からは私が守って見せる!」
「守る、と申されましても、普通に考えて蔑ろにされた婚約者とその関係者からの心象が最悪な時点で貴族の家同士の関係への対応が必要になります。その上で浮気を正当化したとあっては世論も割れるでしょう。要するに、敵が多すぎます」
「……」
「確実に確執は産まれます。その上で、なおも一緒にいたいとお思いなら彼にはあなたが必要であると、正妻にはない何かを持っていると、示し続けなければなりません。政敵に利用され、場合によっては身の安全まで脅かされるでしょう。王族としての振る舞いも一から学び、正妻よりも結果がよかったとして、それでもなお、一定数の人間には忌み嫌われる……正直、現状メリットよりデメリットの方が圧倒的に多いです。その責任も危険も、結局はあなたばかりが背負わされる形になっていますから」
「そんな……私は……」
「これで、殿下方が婚約者の御令嬢方を大切に扱っていれば立場も違ったかもしれませんが、お可哀想に」
「「「……」」」
そう言うとその場の誰もが口を噤んだ。
私の愛しのマイダーリンだけが、心の底から可笑しなものを見た時のように腹を抱えて笑っていた。
―――
その後、婚約者を蔑ろにしていた彼らについては、各家から正式な婚約解消の申し立てが行われた。
王家による調査と両家の協議を経て、王命による婚約はすべて解除され、御令嬢方は新しい婚約者探しを楽しんでいる。
王太子殿下に関しても廃太子こそ免れたものの、婚約は解消され、王太子としての権限を大幅に制限された。
「あなた方のような、自分をさらけ出せる関係が理想だわ」
そう言って笑った悪役令嬢の顔に見惚れていた人は多かった。
おそらくしばらくしたら多くの殿方に求婚される姿が見られるだろう。
「私、官僚登用試験を受けて、いつか宰相を目指します! 婚活も始めました。今度は一方的に守ってもらうんじゃなくて、互いの後ろ盾になれる相手を探すんです!」
そう言ったのはお騒がせな横恋慕令嬢。
侍らせていた男たちとは縁を切って勉学に励む姿は以前よりも誇り高く感じる。
もちろん男女ともに生徒たちやその親御さんからの目は冷たいが、一部の人には認められ始めて、新しい人生を歩み始めている。
件の男たちは、婚約者のことも、元横恋慕令嬢のことも引きずって愚痴を言い合っているらしい。
まあそれもはじめのうちだけで、今では仕事に打ち込んでいて女の影も形もないのだとか。
果たしてまともな結婚ができるのかしら?
―――
「……っは~、王命とはいえ、卒業まであの第一王子についていかなきゃいけないの、苦痛すぎる~」
帰りの馬車の中、私の膝に倒れ込むように身を預けて彼は言った。
「お疲れ様です。でも、思いの外楽しんでおいででしょう?」
「楽しくはある。なんせ事実は小説よりも奇なり、だ。でも報告書作って陳情しないといけないし、何より愛しのマイダーリンとの時間を奪われるのは、不愉快だよね!」
ぷくーっと頬を膨らませる可愛らしい婚約者に思わず笑みがこぼれる。
私のマイダーリン、愛する人。
「あなたが望むのなら、愛人を持ってもいいのですよ? あなたなら、平等に愛してくださると確信しておりますし」
「そんな面倒くさいことしないよ~」
『真実の愛』を"面倒くさい"で片付ける彼に苦笑いしてしまう。
「そもそもさぁ、相手を知ろうとも、大切にしようともせずに愛されたいなんて、それで寄ってくる相手は、本人じゃなくて肩書か顔を見ているだけでしょ。それかお金」
「今回の件に関しては肩書でしょうね。横恋慕令嬢さん、向上心のある勤勉な人物と言われていましたから」
「うん、多分頭はいい方だよ。だから、夢見ちゃったんだろうね。王の隣に並び立つ自分の姿を」
「殿下たちは、残念ね」
「しょうがないしょうがない。自業自得とはいえ人間不信気味になっているし、公務に差し支える。俺的には第三王子辺りが推しかな~」
私たちはこれからの王国を空想しながら笑いあう。
人生は長いのだから、婚約者との関係なんて、こんなものでいいのだ。




