15.変わったかもしれないことと変わらないかもしれないこと
ゾンビとは一体なんだろう。人間が変化したもの、人間が死んで出来上がるもの、人間の腐った姿。今この世界に存在しているゾンビは、ゾンビウイルスが原因だと言われている。じゃあそのゾンビウイルスは、どこからやってきたのだろう。
ゾンビが事実として確認されるまでは、オカルトの話、空想上の話、現実ではない話だと言われ、誰も聞き入れなかった。
人間は薄情だ。実際に自分が体験してみないと理解できない、想像力のない生き物だ。それだけに飽き足りず、僕みたいなことを考えている人間には、ありもしないことに怖がる臆病者呼ばわりするか、頭のおかしいやつとしてレッテルを貼りに来る。確認ができない存在は誰も認めようとしない。
僕は昔から、映画の世界が好きだった。小説の世界も好きだった。その世界ではどんな生き物にでもなれたし、どんな職業の人間にだってなれた。違う性別やまだ生きたことのない年齢になったりもしていた。そうして、笑ったり、怒ったり、泣いたり、怖がったり、嬉しがったり、色んな感情を追体験して生きて来た。
僕の人生は平凡だ。普通の家に生まれて、普通に育てられて、普通に反抗期をやり過ごし、普通に二十歳を迎えて大人になった。
でも。
僕の想いに共感してくれる人は少なかった。そうなったら楽しいのに、と思うことを伝えても、馬鹿にされるか、無視されるか。世間は冷たい。
それでも、僕はずっと準備し続けてきた。僕が死ぬまでに、その日が訪れないかもしれないし、その方がいいことだけれど。初めてゾンビが確認されて、国が公表した時に、僕は勝ち誇った。ほら、言ったことか、と。でも、大きな混乱は起きなかった。
こんなに日常的に、自分の命が危険に晒されているにも関わらず、誰も真実を知ろうともしないし、今までの日常を変えるつもりも一切ないようだ。すぐ隣に、得体の知れない脅威が潜んでいるのに、誰も行動を起こそうとしない。せいぜいZガンという護身グッズが、日常に入り込んだくらいだ。
だから、歪んでいるのかもしれない。
それは、いつまでも滞りなく日常を淡々と流していく社会や世界や人間かもしれないし、こんな風に一人部屋で頭を抱える僕の方かもしれない。
久しぶりに部屋を掃除したら、当時の日記が出てきた。だいぶ、こじらせている。もう少し置いておけば、完璧に黒歴史として消し去りたくなる話だ。今でも本質的なことは変わっていないが、もうこんなに他者を憎んでもいない。他人を変えたければ、己がまず変わるべきだと、そう思ったからだ。どんなに惨めでも、情けない姿でも、僕は僕のことを信じて、準備をし続ける。
この日記も、誰にも吐き出せない気持ちを書き殴っただけのものだけど、過去の僕からのメッセージなのかもしれない。
ひとまずは、全く片付いていないこの部屋を、まるでゾンビが暴れ回ったかのような有様のこの部屋を綺麗にしよう。考えるのはそれからだ。




