第1話 ニジ横界隈編 死神との出会い
冬のネオンが滲む頃、街は少しだけ色を変える。
新宿・虹河ビルの横手に広がるその路地は、今日も“消えたい”誰かを引き寄せていた。
居場所をなくした少年少女たちが集う
この場所は、
通称──ニジ横。
「ねぇ、クロエ。今日、多くない?」
金髪ピンクの毛先が目立つ女子高生が、ストローで缶コーヒーを啜りながら周囲を見回す。
猫耳パーカーを羽織ったその子は、ちょっとギャルっぽいのに、声の調子だけは妙に落ち着いていた。
「ん?ああ…まあ、冬休み前ってのはこんなもんだろ。どーせ、学校も家も地獄なんだよ」
答えたのは、ウルフカットの髪に、パンクファッションに身を包んだ少女。
ライターをシュッと鳴らして、煙草を口に咥えるその横顔には、どこか“諦め”の匂いがあった。
彼女の名は──クロエ。
この場所の空気に、妙に馴染んでいる。
周囲には、金髪の少年がスマホを睨みながらケンカ相手を探していたり、カラフルなギャルメイクの中学生がコンビニ袋を抱えて座り込んでいたりした。
「この前、あの子……リスカ、すごかった」
「うん、前より傷が増えてたな」
「出血、シャレにならないんじゃ……」
「切るけど、あー見えて、止血は冷静なんだよ」
「え……?」
クロエは小さく息を吐き、空を仰ぐ。
「あれは、死にたいんじゃない。
“助けて”ってサインなんだよ。
誰も気づいてくれなかっただけ。ずっと、な」
この界隈では、それが“普通”だった。
同じような痛みを抱えた子どもたちが自然と集まる。
それは傷の舐め合いじゃなく、「生きてるフリでもしないと壊れそうな夜」を、誰かと過ごすための集まりだった。
“しぶとく生き続けてる同類”がそばにいるというだけで、少しだけマシになった。
ほんの少しだけ。
そんな空気の中、ふと──
「……やっぱ、消えたいだけ、なんだよ……。
こんなとこ来たって、意味なんてないし……」
どこか頼りない声が、闇の奥から響いた。
クロエは振り返る。
街灯に照らされながら、路地の奥から出てきたのは、
白く痩せた手足に、赤いリストバンドの跡を残すツーサイドアップの髪をした少女だった。
顔色は悪く、体を覆うカーディガンの袖口が震えていた。
「アンタ、見ない顔だね。新入り?」
「……うん。志乃乃しののっていうの。タバコ、もらっていい?」
「クロエ。最後の一本だけど……ま、いいや、吸いな」
クロエは迷わず火を貸す。
ライターの火花が弾けた瞬間──
クロエの目に、志乃乃と名乗った少女の首筋に浮かぶ淡い数字が映った。
──《寿命:5年》
(短すぎる……この娘)
しかし、そのことには触れず、クロエはただ煙を吐く。
彼女は、見えた“未来”に言及しない。
それが死神のあたしらとしての“作法”だった。
「ねえ、ここって……生き延びたい子が来る場所なんでしょ?」
志乃乃の問いに、クロエはわずかに笑った。
「まあ、そんなとこ」
「でも、死にたいって言ってる子ばっかじゃん」
「……ほんとはさ、みんな“消えたい”だけなんだよ」
クロエの声は、妙に穏やかだった。
「親の声も、学校での嘲笑も、SNSの陰口も。
全部うるさくて、しんどくて、逃げたいだけ。
だけどどこにも行けなくて……
それで“死にたい”って言葉に変えてんだ」
「…………」
志乃乃は黙って煙を吐いた。
その姿が、まるで“影”みたいだった。
輪郭はあるのに、存在の気配が薄い。
クロエは、その影に少しだけ目を細めた。
「……あなたも、ここで消えようとしてるの?」
志乃乃の問いかけに、
「あはっ、違うね」
クロエは肩をすくめた。
「用事があって来ただけ。
ちょっとだけ、片付けたい“ゴミ”があってさ」
それが何を意味するのかは、志乃乃にはわからなかった。
でも、クロエの目は真っ直ぐだった。
誰かに見られるのを恐れていない、妙な覚悟のある目。
その時、ガードレールに座っていた少年が手を振った。
「クロエー、炊き出し来てるよ!支援の人!」
「……ふーん。アンタも行ってみなよ。意外とメシうまいし、支援の人も話、聞いてくれるから」
「……うん」
志乃乃の頬に、少しだけ柔らかさが戻る。
たとえ一晩だけでも。
ほんの少しだけでも。
消えたい夜に、“誰か”と会話を交わせたのなら。
その夜は、ほんの少しだけ、生きてる気がした。
死神でもイイですか?
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