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創作落語 「学」のない男

掲載日:2025/07/04

これは学のない男の話にございます。


わたしは昔から学がない学がないと言われて生きてきましたが、実際その通りでしてね。

うたかた町のたわけと言ったら、真っ先にあがるのがわたしの名前でございました。学がない上に情に弱く「金を貸しておくれ」と言われりゃ「貰ったと思って取ってってくれい」と格好つけるばかりでした。

そんな格好をつけて生きていてもやっぱりどうしても学がない阿呆には世間様も厳しくろくな仕事にはなかなか就けず、ふらふら、ふらふらと人様の手をお借りして日銭を稼いでは呑み食いし残ったわずかな金も半ば騙されながら貸すばかりで苦しい生活は抜け出せませんでした。

ですが、そんな厳しい世間様にも救いがありましょう。向かいに住む源さん、こいつは頭の切れる男で商いを成功させ、銭、仕事、人脈は掃いて捨てるほど持っておりました。そんな男の人情と言いますか、先ほどお話しした通り、わたしもなんとか食う分には困らない生活はさせてもらっておりました。これは源さんのおかげと言っても間違いないでしょう。源さんの紹介で知り合いのお手伝いさせてもらえば日銭をもらい、その晩にはそのまま呑み歩き、その伝でまた仕事やら人を紹介してもらいとなんとか、なんとか人様との繋がりでそれなりに楽しく暮らさせてもらっておりました。


 掃除、荷運び、大工と色々な仕事をさせてもらい力仕事ならそれはそれなりに人の役にも立ちましょう。でも、やはりどうして学がないもので金勘定やからくり、芸術といった分野はからっきしでどうもうまく行きはしません。


蕎麦屋の手伝いで勘定した時には、「(ひい)、ニ(ふう)、(みい)(よう)(いつ)(むう)(なな)(やあ)」と銭を数える客が「何時でい!」と刻を尋ねるものだから「へい、(ここのつ)でい!」と答え、「(とお)、十一、十二、十三、十四、十五、御馳走様!」と客は何食わぬ顔で続け済ませる。わたしは銭を誤魔化されてることになんて気付かず客を帰しちまったものだから、遠くにいた大将から「馬鹿野郎、時そばなんてくだらねぇ洒落に騙されやがって!ちくしょう!」とどやされちまいました。それだけならまだしも自分が銭を支払う時に数えてたら店主から「何時でい!」と刻を尋ねられ、もと数えてた数字から減って刻の数字から気付かず数えなおしちまってまんまと多めに払わされちまってこれにはもう目も当てられねぇ。


こりゃどうも頭を使った仕事は性に合わねぇと感じてわたしは力仕事ばかりやるようになりました。


ある日のことです。いつも通り源さんに荷運びの仕事を頼まれ、隣町へと氷やら着物やらとたくさん荷物を背負って炎天下のなか走っておりました。


「お兄さん、お兄さん」


隣町へといく道中、声をかけられました。


「わしは旅の者にございます。絵描いては歩き、絵描いては歩きでこの辺りまで来ました。十分な蓄えを用意して出たはずですが、途中で盗みに遭ってしまいましてもう持ってるものは絵とわずかな飲み水しかありません。どうか食べ物を分けちゃくれませんか」


その絵描きの言っていることはどうやら本当のようでその絵描きの身なりを見りゃ一目でそれがわかりました。どうもくたびれた爺なのです。


「絵描きさん、申し訳ねぇ。わたしは、いま荷運びの仕事をしてまして運ぶ食べ物はあっても食べられる食べ物は一つも持ってねぇ。悪いね。町に戻って大したものはないが飯でも振舞ってやりてぇとこだけど、なんせ荷物にゃ氷があってね。あいにく時間もねぇんだ。本当にすまないねぇ」

「お兄さん、あんた良い人だね。足止めさせてしまって悪かったね、ありがとう。荷運びの仕事頑張っておくれ」


そういうと、くたびれた絵描きは再び歩き出した。


「ちょいと待ちな、絵描きさん」

「おや、どうしたんだい?」

「これ落ちてたぜい、この銭袋あんたのだろ?」


ちょうどわたしには前払いでもらった荷運びの銭があった。


「お兄さん、こりゃいけないよ。さすがにこりゃいただけないよ」

「絵描きさん、何言ってんだ。いただくも何もこの銭袋はお前さんが歩いてきた道に落ちてたんだ。お前さんのだろう。えぇい、お前さんのに違いねぇ。氷背負ってんだい、もう行くよ」

「お兄さん、あんたって人は…。すまないねぇ」

「この道を言った先に、わたしの住む町がある。そこの蕎麦屋が美味えのなんの良かったら寄って行きなよ」


わたしは絵描きに別れを告げると、隣町へと歩き出す。


「ちょいと待ちな」


今度は、絵描きに止められた。


「絵描きさん、なんだい?忘れ物かい?」

「あぁ、忘れ物さ。お兄さんのがね。お礼と言っちゃなんだけどこの旅で描いた絵なんだ。受け取っちゃ貰えねぇかな」

「お礼?わたしは礼をされることをした覚えなんてないよ。それに芸術なんてからっきしでわたしには絵なんてよくわかりゃしないし、これを飾れるほど立派な家に住んでもないよ。それにこれは絵描きさんの大切なものだろう?」

「いや、だからお兄さんに渡したいんだ。それになんだい?これはあんたの忘れ物って言っただろう?早く持って行きな」

「そうだった、そうだった。これはわたしの忘れ物だった。旦那、教えてくれてありがとよ」


絵描きさんなりの心意気を無碍にしちゃ男が廃る。絵描きさんの大切な絵を素直に受け取るのが筋ってもんだ。


「っていけねぇ、氷が溶けちまう」


わたしは荷物と絵を抱え、隣町へと走り出した。


荷運びの仕事を終え、源さんに報告しにいく。


「お前さん、ありがとな。助かるよ」

「源さん、よしてくれよ。仕事もらって助かってるのはわたしの方だから。というか、源さんどうしたんだい?そんな落ち着きのない様子で」

「いやいや、気にしなさんな」

「源さん、水くせぇじゃねぇか。わたしに力になれることがあれば何だってするよい。ほら、話してみな?」

「んー、まあいいさ。うちの1番の上客がいるんだ。まあ、少し厄介なお客さんでね。うちが何でも扱ってると思っていつも無理難題を言うんだよ。用意出来なきゃ博徒を使って嫌がらせするぞって脅してねぇ。いつもは何とか仕入れているのだけれど、今回ばかりはどうにもならねぇ。あぁ、困ったことになった」

「なぁ、源さん。今回は何を仕入れろって言われたんだい?」

「お前さんに言ってもねぇ。お前さん、芸術はからっきしだろう?あの歌川北斎の絵を仕入れろって言われたんだよ」

「馬鹿野郎!源さん、さすがに、さすがに舐めてもらっちゃあ困るよ。歌川北斎なんて知らないやつはこの国にはいないだろう」

「おや、これは意外だね。お前さんも知ってるなんてさすがは天下の絵描きだね。でも、この話は知ってるかい?歌川北斎は絵を売らないことでも有名なんだい。あいつは描いては見せて周り一通り満足したらそのまま燃やしちまうのさ。一枚見せ物にするだけで一生食うには困らないと言われる代物をだ。なんで歌川北斎はそんな馬鹿なことをするかだって?昔から盛者必衰の理をあらわすって言うだろ?そいつに抗うのが嫌なんだとよ」

「なんてこった!そりゃ仕入れろなんて無理な話じゃあないかい!なんだい?じゃあ、そのお客さんは源さんを潰してやろうって腹かい?」

「ありがたいことに私の商いは上手くいっているからね。まぁ、面白くないんだろうよ」

「なんてやつだ!源さんは、真っ当な商いしてんじゃないかい!なんでそんなことされないいけないだい!」

「ありがとよ、お前さん。まあ、私も盛者必衰の理をあらわすには逆らえないってわけだね。私はもう首を括るしかないねぇ…」

「おい、源さん!馬鹿なこと言っちゃいけねぇ!人間、諦めたらそこでおしめぇーよ!あんた、わたしの目見てまだそんなこと言えるのかい!」

「すまねぇ。つい弱気になっちまった。括るのは首じゃなくて腹だった。まあ、人様に迷惑かけるかもしれねぇが、仕方ねぇ。また小さな商いから細々やるさ。その時は、また頼むよお前さん」

「そりゃ構わねぇけどよ。なあ、源さん。本当にどうにもならないのかい?」

「こればっかりはねぇ…どうにもならねぇなぁ…」

「そうだ!源さん!代わりと言っちゃあ何だけどこいつはどうだい?さっき荷運びの仕事の途中で旅の絵描きから貰ったんだ」

「お前さん、馬鹿言っちゃいけねぇよ。歌川北斎の代わりなんて…おい!!お前さん、これ一体どこで!?」

「なんだいなんだい、源さん。急に目の色を変えて」

「馬鹿野郎!この絵だい!この波のかぎの部分、この色彩、名も入っている、はっきりとは言えねぇが、こりゃ歌川北斎のだよ!もちろん、贋作かもしれねぇが、ここまでの物はまずお目にかかれねぇ。歌川北斎と言やぁ、真似することさえ無理だと言われてんだい!ちくしょう!一体これどこで手に入れたんだい!?」

「源さん、これはそんな代物なのかい!?言っただろう、さっき旅の絵描きから貰ったんだって」

「お前さん、後生の頼みだ。これを私に売ってくれよ!言い値で良いからよぉ!」

「源さん、馬鹿言っちゃいけねぇよ。こりゃあ、絵描きさんの心意気でもらったんだい。いくら積まれようがこりゃあ、売れねぇよ」

「そりゃそうだ。心意気だもんなぁ。私はつい馬鹿なこと言っちまったよ。すまねぇ」

「源さん、良い加減わたしも怒るよ。舐めてもらっちゃあ困る。源さんにはいつも世話になってんだい。あんたなら金なんかいらないよ。取ってってくれい」

「おいおい、お前さんこそ何言ってんだい。受け取れねぇよこんなの。こりゃ、絵描きさんの心意気だろう?お前さんこそ馬鹿言っちゃいけねぇよ」

「源さん、良いんだよ。それに、贋作かもしれないんだろう?金なんて取れねぇ。それに絵描きさんだってわかってくれるさ。器の大きい男だよありゃー。わたしの心意気、受け取ってくれやい」

「…わかった。ありがとう。ありがとう…!!いや、言葉じゃ表せねぇやい。本当にありがとう…!!お前さん…お前さんには礼を言っても言っても言い尽くせねぇ…もう足向けて寝れねぇやい…」

「馬鹿野郎、源さん泣くんじゃねぇやい。男だろうがって。そんな顔されたら…こっちまで…こっちまで泣けてきちまうだろうが、このやろう…それにわたしも源さんには礼を言っても言っても言い尽くせねぇよ…わたしが今日まで生きてこれたのは源さんのおかげだい、お互い様だ、ちくしょうめ…」


わずかな可能性に賭けるしかないと腹を括った男二人の熱い抱擁には涙なんて許されるはずはなかった。


次の日


「やあやあ、例の物は仕入れられたのかい?」

「これはこれは旦那様、いつもありがとうございます。もちろんですとも、この私に仕入れられないものはございません」

「源さん、あの歌川北斎の絵が手に入ったって言うのかい?」

「はい、もちろんでございます。ただ大変貴重なものでございまして、お客様の中でもさらに選ばれたお客様にしかお見せすることさえいたしません。つきましては、旦那様のみでお付きのものにはご遠慮いただきたいのです」

「なんだい?源、この俺がそばに置いている、目にかけているやつが相応しくないっていうのかい?」

「いえいえ、滅相もございません。むしろ逆にございます。それだけ旦那様が特別だということにございます」

「ふん、相変わらず口の上手いやつだねぇ」

「お褒めの言葉、誠に光栄でございます。旦那様、口は商いの基本にございますから」


上客の連れは見るからにごろつきばかりで、源さんに難癖をつけてそのまま博徒に暴れさせるつもりだったのだろう。源さんは、上手く店からごろつきどもを遠ざける口実を作った。


「まあ、いいとしよう。ただし、絵を売らないことで有名な歌川北斎、本物かどうか疑わしいねぇ。鑑定士は連れてきても良いか?」

「ええ、構いません」


絵を残さないことで有名な絵描きの絵が市場に出回るってだけで嘘みたいな話だ、鑑定士をつけたいと言うのは当然の意見だ。


「じゃあ、遠慮なく。おう、来いや」


頬に大きな縫い傷のある図体の大きな男が出てきました。とても鑑定士には見えません。おそらくは博徒の中でも上の人間、難癖をつけたら一声で若い衆を呼べるような立場の者でしょう。


「これはこれは旦那様、お手柔らかにお願いします」

「じゃあ、まず入手経路を聞こうか。まさかあの歌川北斎が売りに出すとは思えないからねぇ」

「いえいえ、それはさすがに旦那様相手とは言え、秘密にございます。私が今までの商いを通して得た人脈などあらゆる手を尽くしたとしか言えません」

「ほう、そうだよなぁ。確かに、なかなか言えるものじゃない。理解しよう。ただこちらも考えがある。あの歌川北斎の絵は見せ物にするだけで一生暮らすに困らない銭が入ってくる。そんな打ち出の小槌は、何をしてでも手に入れたいものだろう。俺の全財産、1000両ある。今、一筆書こう。今の時点で、全てお前にくれてやる。贋作ならもちろん無効にするが、ここまで本気なんだ、顔を立ててくれるね?」

「そうきましたか。やはり旦那様には敵いませぬ。おう、お前さん、来ておくれ」

「なんだい、こいつは。汚らしい男だねぇ」

「こいつです。こいつぁ、学はねぇが情に熱い男の中の男にございます。私の一番の友人とも言えましょう」

「ほう、こいつがどうしたんだい?」

「ええ、こいつはとことん金には縁がありませんが、人との縁は誰にも負けない天下一品を持っております。なにせ私とも腐れ縁にございます。困っている人を助けずにいられない、手を差し伸べることができる、そんな男に金の縁が全くない。人に手を差し伸べることのできる人間にお天道様が手を差し伸べてくれない。こんなことが許されるのでしょうか。いやいや、お天道様はきっと見てくださっているはず、まだ雲に隠れて見えていないだけでお天道様は男をずっと探しているはずです。そんな男に、ついに、ついにその日が訪れたのです。その日も男は荷運びの仕事をしておりました。忙しなく働く男にくたびれた爺が声をかけてきました。その爺は絵を描きながら旅をしていたところ、盗みに遭い食うものに困っておりました。しかし、男も決して裕福ではございません。それにもかかわらず、男はその日の賃金を全て渡してしまうのです。そんな男の心意気に惚れた絵描きは、お礼に絵を渡すのです。旅の絵など絵描きにとってどれほど価値がありましょうか。絵描きの心意気に応えるように男は受け取るのでした。しかし、学のない男には絵自体の価値がわかりません。それでも男には絵描きと交わした心意気があります。それに値段をつけられるものでしょうか。男は腐れ縁の友人である私にその絵を見せてくれるのでした。私の目利きに狂いはないです。旦那様もそれはご存知でしょう。しかし、私は私の目を疑ったのです。なんとその絵こそが歌川北斎の絵だったのです」

「ほう、お前その話は本当か?」

「はい、間違いありません。私には価値がわからないもので、いつも世話になってる源さんにお譲りしたのです」

「金も受け取らずにか?」

「はい、私には芸術もわからなければ目利きが出来る目もございませんので、源さんが困っていてこの絵で恩を返せるのならと」

「ほう、その目は真実を語っているな。この男の目を見れば俺にもそれはわかる。入手経路はわかった。信じよう。ただ本当の問題はその絵が本当に歌川北斎のものであるかだ。どれ、見せてみろ」

「いまお持ちいたします」


源さんは厳重に保管した絵を運んでくる。


「こちらでございます。お手の触れぬようにお願いいたします。ぜひともごゆっくりご覧くださいませ」

「どれ。ほう、これは確かに立派な品物だ。この波のかぎの形、色彩、確かにあの歌川北斎の絵に見える。名前も刻まれている。だが、これがなぜ本物と言えるのか。限りなく本物に近いと言えよう。しかし、本物とまでは断言できますまい。保証があると言うのか。のう、鑑定士よ」

「おっしゃる通りでございます、旦那様。あの歌川北斎は作品を残さぬゆえ伝聞でしか特徴を知り得ぬ。拙者は実物を一度見たことがありまする。しかし、あの時のものと少し違和感を感じます」

「な、なんと!鑑定士よ!これは贋作の可能性があると!聞いたか!みな!源の商いは本物とは言い切れぬ胡散臭いものを1000両で売ろうとしているぞ!」


上客は大衆に聞こえるように騒ぎ始める。こちらが本物と完全に証明できないのと同じようにあちらも贋作とは証明できないが、こうも騒ぎ立てられては信用で成り立つ商いをするこちら側が分が悪い。


「これは一度こちらで持ち帰ってよく鑑定せねばなりませぬな」


大衆の視線を味方につけた上客は混乱に乗じて絵をくすねようとする。


「いやいや、旦那様少しお待ちを!この源、お天道様に誓って贋作を売りつけようとなどはしてはおりませぬ。この源の目利き、信頼に足るものではございませぬか?さあ、皆様いかがでしょうか?」


疑惑の視線を持ちつつあった大衆に源さんが問いかける。


「わしは源を信じるぞー!」

「源さん、日本一!」


長年この町で商いをしてきただけあり、町民からの信頼はそう簡単に揺らぐものではありませぬ。


「この詐欺師ー!」

「金返せ泥棒が!」


上客も負けてはおりませぬ。仕込みがいるに違いありません。聞き馴染みのない声が野次を飛ばし、大衆を煽る。


「おやおや、何の騒ぎかと思って来てみればこの間のお兄さんじゃありませんか」

「あれ、絵描きさん」

「お兄さん、この間はどうも。ところで一体これは一体何の騒ぎだい?」


男は絵描きに親友が陥れられそうになっていること、仕方なく絵描きの絵を託したこと、ことの一切を伝える。


「これこれ、鑑定士さん、あんたの目ぇは節穴かい?こりゃどう見たって歌川北斎の絵じゃないか。お兄さんの親友の源さんとやら、あんたの目は素晴らしいねぇ。これは間違いなく本物じゃよ」

「爺さん、何を根拠にそんなことが言える。俺の顔に泥を塗ろうってんだ。納得できなきゃ落とし前はつけてもらうよ」


絵描きの爺に上客は食ってかかる。どちらも引くに引けない状況にございます。


「お前さん、源さんの上客なんだろ?案外、小物なんだねぇ。根拠かい?簡単じゃよ、だってこれはわしが描いたものなんじゃから。この歌川北斎が描いたものに他ならぬ。この老いぼれの顔見ても気付かぬとは。それを贋作呼ばわりとは随分と節穴だねぇ。それに比べて源さんの目利きは天下一品じゃな。わしの顔見て気付いておったようだったしのう」


源さんに大衆から盛大な拍手が送られる。


「さてさて、源さんの上客さんとやら。わしの絵を散々見せ物にして穢してくれたのう。これはもうこの歌川北斎、一番の駄作じゃ。気に食わぬ、燃やしてしまおう。お前さんもお兄さんも構わぬか?」

「わたしは絵描きさんが言うのなら構いませぬ」

「いや、待て。俺が買ったんだ。これはもう俺のものだ」

「ほう、お前さんはこの歌川北斎の顔に泥を塗り続けるつもりなのかい?それにお前さんがわしに求めた落とし前とやら、お前さんはつけないのかい?」

「ええい、好きにしやがれ」


絵描きは盛大に絵に火をつける。1000両もの絵は儚く散っていた。


「源、お前覚えておけよ」

「おやおや、お前さん何言ってんだい。あんたが勝手に騒いでただけじゃろ。それに、あんたもう無一文じゃろ。みんな手貸すのかい?お前さんにそんな人望があるようには思えぬけどな」

「何言ってんだい爺が、絵はあんたが燃やしちまっただろ。惜しいことになったが、使わなかった金が1000両もある」

「いやいや、お前さん言ったじゃろ。俺が買ったんだって。わしはお前さんの許可のもと、お前さんの絵を燃やさせてもらいやした。つまり、その1000両は源さんのものでしょう。えぇ、なんだい?あんた、燃えちまったからやっぱなしってかい?そんな都合のいい話通りませんでしょうや。男に二言はありゃしませんでしょうが。あんたのお友達さんの任侠の世界でも"筋"が通らんでしょう。なぁ、どうだい?お友達さん」

「おっしゃる通りでございやす。任侠の世界にも通すべき筋はありましょう。ここで言えば金になりましょうか。旦那とは、金の切れ目が縁の切れ目、金の約束を守らねぇやつとは次もありゃしません。もののついでにございやす、このまま攫っちまいやしょうか」

「えぇ、堪忍してくださいな。素直に身ぐるみ剥がされましょう。堪忍してください」


こうして、絵描きの尊厳は守られ、1000両の商いも成功いたしました。


「なあ、お前さん」

「なんだい、源さん」

「お前さん、この1000両どうしやしょうか」

「源さん、また商いにでも使ったらよろしいやないの」

「お前さん、こりゃ元はあんたの金だよぉ。取っちまいなよ」

「いらねぇいやい、こんな金。金にも綺麗汚いがありましょうよ。源さん、これは上手にあんたが綺麗に使っちまいなよ」

「馬鹿野郎!だったら私だってこんな金いらねぇいやい」

「そうだ!源さん源さん、わたし良い使い道をちょいと思いついたよ。夜はお天道様も見えやしないだろう。この金からちょいと拝借して今夜は絵描きさんと呑み明かそうか。うちのボロ屋でしっぽりとねぇ。そんで、残った金で絵描きさんに源さんのお店の看板に絵描いてもらいましょうよ。お〜い、絵描きさん」

「聞いてましたよ、お兄さん。わしは構わないよ。あんた達なら」

「おいおい、お前さん。せっかくならあんたが描いてもらいなよ」

「わたしはいいよぉ〜」


「なんせわたしには似合う額(学)がないもんで」


学のない男の話でございました。

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