凱旋
短めです
結局、兄が呼びに来るまで、殿下に抱きしめられて泣いていた。
殿下の服が涙でぐしょぐしょで、出立が遅れてしまったのは、本当に申し訳なかった。
みんなの前に出る前に、少しだけ時間をもらって、泣きすぎで腫れた目を冷やす。討伐の時のひどい状態を見られているのだから、今更という気はしなくはないのだけれど。
「マリアさんは本当にいいのですか?」
様子を見に来てくれた、マリアに殿下に告白されたことを話した。
「良いも悪いも、私は別に殿下のこと、好きでも何でもないですし」
マリアはからからと笑う。
「何度も言いますけれど、私は絵本のお姫さまになりたかっただけなのです。あえて言うなら、エリザベスさまになりたいと思ってました。神官長は、私が皇太子妃になりたいのだと信じ込んでましたけれど」
マリア自身がそう願っていたのは、最初の数か月だけだったらしい。
「殿下は、絵本の王子さまと全然違うんですよね。王子さまは、あんなに目が怖くないし、嫉妬深くて独占欲が強いのと、余裕がないのもマイナスポイントというか」
「殿下は……優しいと思うけれど」
「エリザベスさまだけにはですよ。一応、婚約者候補としてご配慮はしていただいておりましたけれど」
私には、マリアは殿下と一緒の時、とても楽しそうに見えていたのだけれど。
「だって。エリザベスさまになれたような気がしていたんですもの。エリザベスさまには申し訳ないとは思いますけれど。ドレスなんかも、殿下から贈っていただくときは、二人同じようなデザインだったりして、それだけでテンションあがりました」
婚約者候補の二人で差異を作らないようにと、殿下は苦慮なさっていたのだろう。
「参考までに、絵本の王子さまは、一体どんな人なの?」
「金髪碧眼なのです! そして白馬に乗ります」
ぴしっと、マリアは指を立てる。
「それは……確かに違うかな?」
アラン殿下は、黒髪黒眼。愛馬は、栗毛だ。
「殿下が王子さまと一緒なのは、身分と、とてもお強いってことくらいでしょうか」
マリアは首を傾げる。
「お姫さまのことがすごく好きなところはそうかもしれませんが、もっと、大人で余裕があります。エリザベスさまは気づいておられないかもしれませんが、私をエスコートしながらも、殿下はエリザベスさまに近寄ろうとする男性を牽制してましたから」
「そんなことはないと思うのだけれど」
そもそも、私に近寄ろうとする男性なんていたのだろうか。それがどうにも信じられないのだけれど。
「イシュタルさまがおっしゃってましたよ。エリザベスさまから離れるなって殿下に厳命されていたって」
「……兄上とたくさんお話をなさっているの?」
私がマリアと友達になりたいって言っていた話も、兄は彼女に話したって言っていた。
「ええと。感謝の気持ちは直接伝えたほうがいいって、エリザベスさまがおっしゃったので」
マリアはなぜか顔を赤らめる。
「イシュタルさまは……その、気さくで話しやすくて。いろいろ気遣っていただいておりますし」
そういえば、食堂でも兄がエスコートをしていた。兄はまだ婚約者がいないし、マリアは兄の命の恩人なのだから当然と言えば当然なのだけれど。
「ひょっとして、兄上のことが好きなのですか?」
「え?」
マリアは驚いたように目を見開く。
「あの……エリザベスさまって、他人のことはどうしてそんなにお分かりになるのですか?」
「はい?」
「だって、ほら。あんなにも殿下から愛されているのに、まったく気づかれていないですよね?」
どうやらマリアは私が自分の気持ちを言い当てたことに驚いている。
「私、てっきり、エリザベスさまは他人の感情の機微に気付きにくいのかと」
「確かに鈍いとはよく言われますが」
特に師匠には超鈍いとか、自分のことが見えないとか言われた。
「ああ、でもそんなことはないですよね。周りのことが誰よりも見えていらっしゃいますもの」
不思議ですねと、マリアは首を傾げる。
「私はたぶん、自分に自信がなかったのだと思うわ」
夢を見ることを否定されて、感情を揺らさないようにと努力した結果、自分の心が自分の中で一番遠い所へ行ってしまったのかもしれない。
「でもきっとようやく変われる気がするの。自分の好きが、夢を諦めなくていいとわかったから」
魔術師であること、殿下を好きでいること。
自分の気持ちにふたをすることは、自分に嘘をつき続けているようだったから、それが辛かった。
「そもそも、私が皇太子妃になるなんて噂をしていた人たちって、全然何も見ていない方ばかりですよ。だから、エリザベスさまは安心なさっていいのです」
マリアは微笑む。
「どうせ、エリザベスさまのご活躍をお聞きになったら、手のひらなんてすぐ返す連中です。もっとも、そんな奴らの賛辞など、ゴミクズ同然ですけれどね」
「マリアさんは意外と辛辣というか、毒舌なのですね」
「社交界ではそれくらいのほうが、みんな安心するみたいです」
だから何も悪口とか言わないエリザベスさまは貴重なんですよと、マリアはふふふと、笑った。
帝都に入る城門が開くと、市民たちが歓声を上げた。
殿下が大きく手を挙げ、私たちはそれに続く。
先頭の馬は、デルファス侯爵。私と兄がその後ろに馬を並べ、その次に殿下、そして、聖女の馬車が続く。
「女神さま!」
私が通り過ぎるときに、誰かが声を上げた。
すでに、帝都に入る前に、討伐についての詳細が書かれた新聞が発行されたと聞いている。
『女神』の呼称については、さすがにやめて欲しいとおもったのだけれども、取材に応じたルキウスやデルファス侯爵が嬉々として話してしまっていた。
もちろん、私に武勲があれば、殿下との婚約がスムーズになるのはわかっているのだけれども。
ちなみに、帝都に入る前に、両親には会った。父は娘の短い髪をみて卒倒しかけ、母は、頭を抱えていたけれど──怒られることはなかった。二人は私と兄の無事を喜び、屋敷に戻ってくるようにと言ってくれた。
「救国の英雄じゃなくて、まさか神さまになってしまうなんて」
母は、少し呆れており、「下手に誰かに寄り掛かられたりしないうちに、さっさと殿下に守ってもらうべきね」と言い出した。
祖父は、困っている人を放っておけないところに付け込まれたりすることが多かったらしい。
もっともその意見については、父としては複雑な顔をしていたけれど。
「アラン殿下万歳!」
歓声を聞きながら私たちは、宮廷へと向かった。
残り一話です




