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愛称

「──は?」

「ちょっと待て、エリザベス」

 てっきり、陛下もそのつもりで私を呼んだのだろうと思ったのに、陛下とアラン殿下は、かなり驚いたようだった。

 目を瞬かせながら、私を見ている。

 軍務総長は、あんぐりと口を開けたままだ。

 何かやらかしたのかと教え長を見れば、軽く笑みを浮かべており、クリッシュ公爵は無表情。二人にとっては予想通りだったのだろう。

「……何か間違っておりましたでしょうか?」

「そなたには、帝都防衛の魔法陣を守ってもらおうと思っていたのだ。が、確かにジャックスの言った通りの受け答えだったな」

 陛下はにやりと口の端を上げて笑う。

「防衛の魔法陣をですか?」

 帝都には、帝都全体を覆う魔法陣があり、その要が魔術師の塔にある。

 防衛のためには、陣に常に一定量の魔力を流し、活性化させておかなければならない。

 総出で出動すると言っても、帝都の防衛を放棄するわけにはいかないから、私に白羽を立てたということなのだろう。

 防衛の陣を維持するなら、危険は少ない。だが、それなりに強力な魔力が必要だ。

 塔の防衛の陣の守護ならば、私を魔術師にしたくない両親も了承せざる得ない。なんといっても、非常時なのだから。

 ここにいる二人の魔術師のどちらかか、それとも両方の推薦だろうか。

 それほどまでに今は緊急時で、人手が足りないということなのだろう。

「恐れながら、魔術師の称号も実績もない私が、いくら非常時とはいえ、塔の魔法陣を守るのは、荷が重すぎます」

「実力は十分にあると、ジャックスもギスカールも言っておる。魔術師の称号など、ただの飾りだろう?」

 首を振る私に、陛下は不思議そうな顔をした。

「まず、民が不安を覚えましょう。また、いくら総出とはいえ、残る職員もおります。部外者が立ち入ることを嫌うのではないでしょうか」

 いくら非常時だとしても、突然、魔術師になったような人間が防衛の魔法陣を守ることになったとなれば、誰だって不安になる。民には秘密にすればなんとかなるが、関係者はそういうわけにはいかない。

「魔法陣を最低限の人数で維持し、民に安心感を与え、残った職員を束ねる人物がよろしいかと」

 少なくとも私に、突然そんな重責を与えられても困ってしまう。

「ここは、やはり、教え長であるジャックス・ヴァルド伯爵が適任と存じます」

「ほう。ジャックスに残れと?」

 陛下は肘置きに肘をつき、あごに手を当てる。私の提案が意外なものだったようだ。

「はい。いくら矍鑠(かくしゃく)となさっていても、長は、御年八十歳にございます。もちろん、長が討伐隊に参加なさる安心感は何ものにも勝るものではございませんが、単純に馬術だけ比べるなら、私の方が行軍についていけます。何より民は長が帝都にいると思うだけで安心できましょう。討伐隊の魔術師については、長が不在でも、主席魔術師であるクリッシュ公爵が陣頭に立たれるのであれば、誰も文句はないでしょうから」

「エリザベス……討伐は遊びじゃない。戦いなんだぞ? 実戦経験なんてないだろう?」

 困惑気味にアラン殿下が口を開いた。

 私が何もわかっていないのではないかと、心配しているようだ。

「ご懸念はごもっともですが殿下。ですが、聖女であるエラヌ伯爵令嬢も討伐隊に入られるのでしょう? 彼女だって実戦経験は皆無のはずです」

「どうしてそれを?」

 殿下は驚いたようだった。

 どうやら私の推測は正しかったらしい。

「以前、五十年前に土の迷宮から魔物が溢れた時、聖女が討伐隊に同行したという記録を見ました。それに遺跡は物理的に直すのが不可能ならば、聖女の力が必要だと魔術書で読んだことがございます」

 聖女の力が何を意味するものかは、はっきりは知らないけれど、聖女の力は『国の守り』とされている。

 世間一般では、聖女が持つ『癒しの力』が注目されているが、その力は、死人が生き返るほどの奇跡がおこせるわけではない。怪我の治療ができるといっても、一日に数人程度が限界と聞いている。もちろん素晴らしい力には違いないけれど。

 ただ、その力の為に、行軍のスピードが遅くなったり、戦力を割り当てたりすれば、戦闘には不利で、ケガ人がかえって増えることにもなりかねない。

 戦闘力の低い聖女を危険を承知で討伐隊に参加させる理由は、癒しの力のためではないはずだ。

「ラクセーヌ嬢は、説明する手間がなくてよい」

 陛下は満足げに口ひげを揺らす。

「聖女に説明して承知させるのにかかった十分の一で話が済む」

「しかし、父上」

 殿下はどうも納得がいっていないらしい。

 それはそうだろう。

 実戦経験のない人間を参加させるということは、リスクだって大きい。

「殿下。()()は、私の生徒です。実戦経験こそございませんが、実力は私が保証します。責任をもって私の管理下に置きますので、ご心配なく」

 今までずっと黙っていた、クリッシュ公爵が口を開く。

 公爵──ギスカール師匠(せんせい)は私より五つ年上の二十三歳。十五歳で、主席宮廷魔術師になった天才だ。

 そんな人が私の師匠なのは、長が『ワシ以外にギスカールくらいしか、ラクセーヌ嬢には教えられん』と強く推薦したからだと聞く。実際には能力というより、家格という意味も大きいだろうけれど。

 師匠は、見目麗しく優秀だが、仕事が忙しすぎることもあって、まだ婚約者がいない。対して、私は一応、皇太子の婚約者候補だったから、今まで、(おおやけ)の場では決して、私を愛称で呼ぶことはなかった。周囲に誤解されてはお互いのためにならないという気遣いだろう。

 今、この場であえて愛称で呼んだのは、私の力をよく知っているというアピールに違いない。

()()()は公爵令嬢だぞ?」

 殿下はムッとしたように、師匠を睨む。

 久しぶりの愛称呼びに、少しどきりとした。

 婚約者候補になってから呼ばれていなくて、あまりにも久しぶりだ。幼少期には確かにそう呼ばれていたけれど。

 私をベティと呼ぶのは、殿下だけ。そういう約束だった。もうとっくに忘れていると思っていた。

()()は、類まれなる実力者です。体力に問題があるといえばありますが、ベス以外の多くの魔術師とて、もともと騎士ほど体力はございません」

 師匠は肩をすくめた。

 もともと軍属の魔術師はともかく、そうでない魔術師はあまり体を鍛えていない。それどころか、研究室にこもりっきりの生活をしている者だっている。

「どのみち、討伐隊には聖女どのが同行するのです。令嬢がもう一人増えたところで問題はないはず。むしろ、聖女どのにとって、ベスは良き刺激になるかと存じます。なんといっても、ベスは真面目ですから」

「そうじゃな。聖女さまはライバルがいたほうが、対抗意識でやる気になりそうだ。何しろ、殿下が総大将でいらっしゃるのだし」

 長が頷く。

 基本的に魔獣討伐は皇族が指揮をすることになっている。皇帝陛下が自ら動くのでなければ、皇太子である殿下が総大将になるのは当然のことだ。

 アラン殿下は魔物の討伐経験も豊富で、魔術だけでなく剣技にも長けている。

「ライバル?」

 なるほど。確かに同じ婚約者候補だから、私が聖女のライバルに当たることは間違いない。

 とはいえ、この討伐に関していえば、私と彼女の立場はまるで違う。

 聖女の力はなくてはならないものである。逆に言えば、私の力は他の誰かと代替えのきく代物だ。同列に扱えるものではないだろう。

 聞いている感じからみれば、この討伐隊に加わるのに、聖女はあまり積極的ではないのだろう。

 誰だって、本当は魔物と戦うような現場に行きたくはない。まして、彼女の力は、戦闘とは無縁の力なのだ。当然の反応だと思う。

 だけど、彼女はいかなければいけない。

 それが使命だと言われて。

「殿下。軍はほぼ男所帯とお聞きします。そんな中、いくら使命とはいえ、討伐隊に参加なさるのは、エラヌ嬢も心細いのではないでしょうか。彼女より高位貴族である私が参加するなら、彼女の不安や不満も少しは和らぐのでは?」

「しかし、だな」

 殿下は渋い顔をする。

「私に関しては、足手まといになるようなら、打ち捨てていただいて構いません。もし、私がエラヌ嬢になにか害を与えるのではないかとご心配なのであれば、絶対に近づきませんので、そこはご安心いただければと」

 自分の外見が流行の恋愛小説の悪役令嬢のようであるのは、自覚している。

 表情筋が動かないため、普通の言葉でも険があるように思われてしまうことも多々あるから。キツくて、意地悪な女と思われていても不思議ではない──さすがに、殿下にそう思われていたとすれば悲しすぎるけれど。

「そんなことは全然心配していない。俺はベティに安全なところにいてほしいだけだ。それに……今回の討伐は立場上、聖女を優先的に守らざるを得ない──そんな俺を、賢いベティが理解して納得してしまうと思うと、嫌でたまらないんだ」

 殿下は私を恨めしそうに見ると、大きくため息をついた。

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