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発端

 幼い頃に絵本で読んだ救国の魔術師。それが亡くなった自分の母方の祖父ダン・スルバス侯爵をモデルにしていたと知った時、私はとても誇らしかった。

 いつの日か自分も、祖父のように誰かを救える人になりたい──そう願っていた。

 私、エリザベス・ラクセーヌは、十歳で受けた一般魔力テストで、計測限界値を出した。本来なら、正確な数値を計測するために詳細検査をするのだが、両親はそれを拒絶。

「あなたは、魔術師になんかにならなくていいの」

 有無を言わさぬ口調で断定する母は、とても怖かった。

「どうして、魔術師になってはいけないの?」

 幼い私は、どうしてもその疑問を口にすることはできないまま、一人、大好きだった絵本を抱きしめて泣くしかなかった。

 あとから知ったのだけれど、測定日に私が母に身に着けるように言われたブレスレットは、魔力吸収の魔道具で、魔力量の測定値を偽るものだったらしい。

 通常検査での測定上限を越えたあとの詳細検査記録は、宮廷に報告され、魔術師の塔に強制的に籍を置くことになる。

 塔に籍を置くとなれば、当然、有事になれば招集されるし、移動、婚姻にも制限がでてくるため、母が嫌う意味は分からなくもないが、平民なら叙爵(じょしゃく)、下級貴族なら、陞爵(しょうしゃく)の対象ともなり、基本、栄誉なことだとされている。

 そもそも通常検査の測定上限を越えること自体が稀で、この二十年間に限界値を越えたのは、皇太子であるアラン殿下と、現在の主席宮廷魔術師であるギスカール・クリッシュ公爵の二人だけらしい。

 検査そのものを強制する法はないため、魔術師の塔としても公爵家であるラクセーヌに強くは出られないのだ。

 母は、救国の魔術師の娘ということで、かなり苦労したらしい。

 祖父は、そのふたつ名のとおり、数多く武勲をたてた。

 魔術師としてだけでなく、剣士としても秀でていて、魔物討伐から国境紛争まで勇猛果敢に活躍し、英雄の名にふさわしい人だったそうだ。

 ただ、祖母はそのため一人で家庭を守り、寂しく不安な思いを抱くことも多かったのではないかと思う。

 二十五年前、祖父が国境に出たドラゴン討伐に参加中に、祖母が流行り病で亡くなり、それを知った祖父はショックを受け、追うように亡くなった。

『魔術師なんて、なるものじゃない』

 母の口癖だ。

 その年の流行り病で亡くなった人はとても多かったらしい。祖母はもともと体が弱く、病気に勝てなかった。そして祖父は祖母を溺愛していて、その死を受け止めきれず、憔悴しきって泥酔。そして階段から転落死してしまった。英雄としてはかなりしまらない、悲しい最期だ。

 ドラゴン討伐は、命じられたわけではなく、志願した出兵だったため、祖父としてはそのせいで祖母の死に目に会えなかったことを、後悔してもしきれなかったのだろう。 

 結果、母の弟、ミック・スルバスは十三歳で侯爵位を継ぐことになった。が、叔父には祖父ほど魔力がないことで、随分と周囲に叩かれたらしい。もっとも、叔父は外交能力に優れており、話術で文字通り世間を黙らせたと聞いている。

 そんなこともあって母は、魔術師というものが嫌いだ。

 父は、英雄の娘である母に頭が上がらないため、母の意見は絶対である。

 話によれば、一つ上の兄のイシュタルも魔力吸収の魔道具をつけて検査を受けており、上限値ギリギリで詳細検査を受けずに済んだらしい。

 塔の教え長であるジャックス・ヴァルド伯爵は、根気よく、熱心に両親を説得しようとした。けれど、今の今まで検査は受けていない。

 ただ、あくまで教養の一環として、塔から派遣された魔術師から魔術の勉強を学ぶことは許された。それはこのままでは魔力暴走の恐れがあると、長に諭されたからだろう。

 両親、特に母は、私が『普通の令嬢』として『幸せ』になることを望んでいる。

 母親の考える『普通の令嬢の幸せ』とは、労働などせず美しく着飾り、誰かに愛されて子を産むこと──極端にいえば、だけれど。

 生活の心配をしなくてかまわないかごの鳥が、不幸か幸福かは考え方次第だし、日々の暮らしに困る庶民から見れば、ぜいたく極まりないことだ。

 結局のところ。

 両親は両親なりに私を愛してはくれている。そこにわたしの意志は働いてはいないけれど。

 とはいえ、それに逆らって生きる勇気を持てなかったのも事実だ。


 そして。

 私は十五歳でこの国の皇太子、アラン殿下の婚約者()()になった。

 殿下は兄と同い年だったこと、うちが公爵家だったこともあり、私と兄はよく宮廷に遊び相手として呼ばれていた。いわば私たちは『幼馴染』である。その流れでの話だ。

 とはいえ、あくまでも候補にあがっただけで、決定ではない。

 実際には三年たって十八歳になった今も、候補のままだ。

 おそらく皇室は迷っている。

 私が婚約者候補になって間もない時期に、マリア・エラヌ伯爵令嬢が聖女の力を発現したからだ。

 この国にとって、癒しの力を持つ聖女は大切なものである。

 その存在そのものが『国の守り』と伝えられ、今まで聖女が現れると、皇族に嫁すことが多かった。

 家格の高い私か、慣例をとって聖女を選ぶのか、どちらが国の安定につながるのかの判断は難しい。

 社交界では、皇太子妃は聖女が本命だろうと噂されている。

 皇室も公爵家である我が家に遠慮して解消すると言いづらいだけなのかもしれない。

 実際、候補になってからのほうが、殿下との距離は遠くなった。

 会うことに対して、幼馴染である『特権』を私が駆使しないように規約を設けられ、殿下は私を愛称で呼ばなくなった。

 それも仕方がないことだろう。

 マリア・エラヌ伯爵令嬢は、愛され要素満載の令嬢だ。

 聖女の力はもちろんだが、彼女はふわふわの金髪をもち、大きく愛くるしい瞳をしていて多くの人を魅了する容姿をしている。目まぐるしく変わる表情は小動物のようで、庇護欲を誘う。社交性も高く、友人も多いと聞く。

 あまり話したことはないけれど、朗らかで、私から見ても可愛らしい人だと思う。

 対して、私は美しいとは言われてはいるけれど、かなり目つきが鋭いせいで、キツイ印象な顔つきだ。無駄に高い身分と学ぶことの多すぎる忙しさのせいで交友関係はひどく狭い。また厳しいマナー教育のたまものか、表情筋がピクリとも動かなくなってしまって、銀色の髪色であることもあいまって氷の令嬢と呼ばれている。

 冷静にどちらを将来の国母にしたいかと考えれば、私なら私を選ばない。

 候補に選ばれてから、むしろ遠くなった距離感。それが答えなのだと思うと、胸が苦しい。

 殿下のことは、好きか嫌いかと言われれば、好きだ。だけど、それは私の気持ちであって、殿下の気持ちとは違う。

 長身で鍛え上げた身体と整いすぎた顔は、少々威圧感があるけれど、本当はとても優しく、少しばかり不器用で。

 許されるなら、殿下の大きくて切れ長の黒い瞳に映るのは私であってほしいけれど。

 残念ながら、私と殿下との関係はただの幼馴染だ。

 どう考えても私が皇太子妃に選ばれることはない。

 いつ、私は候補から外れるのだろう。外れたら、私はどうなるのか。

 自分の夢に向かって頑張ることはとうの昔に諦めている。心に思う人のことも諦めたら、私に何が残るのだろう。

 いっそ、巷で人気の恋愛小説の悪役令嬢のように、公爵家から追放でもされたら、自由に生きられるのではないかと最近は考えてしまうようになっていた。

 

 そんなある日の朝──。

 私はひそかに陛下から呼び出しを受け、宮廷を訪れた。

 父や兄を伴っての謁見はあっても、私一人が呼び出されることは初めてだ。どこかピリピリとした空気感があるような気がしながら案内されると、そこは軍の会議室だった。

 意味が分からない。

 不安を抱きつつも、重々しい警備の中、部屋に入ると錚々たる顔ぶれが並んでいた。

 中央、奥に腰かけているのは漆黒の髪をもつ偉丈夫である皇帝と皇太子だ。右わきには赤髪の軍務総長のデルファス侯爵。左わきには、私の師でもある若き天才、主席宮廷魔術師のギスカール・クリッシュ公爵。それだけでなく、白髪の塔の教え長ジャックス・ヴァルド伯爵もいる。

 長テーブルの上には、いくつもの積み上げられた書類。そして一同の顔は険しく、空気はピンと張り詰めている。何か重大な出来事があることが容易に想像された。

 ならばなおのこと、公爵である父や、殿下の直属の臣下である兄ならともかく、ただの公爵令嬢である私にいったい何の用事だろうか。

「エリザベス・ラクセーヌ、参上いたしました」

 本式な社交の挨拶を省き、私は淑女の礼をした。

「うむ。相変わらず、そなたは聡くて助かる」

 皇帝ゲオルグは軽く頷く。黒い瞳は相変わらず鋭い光をたたえている。そろそろ五十歳になるという皇帝だが、鍛え上げた身体はたくましい。豪華な椅子も陛下が座れば、小さく見える。いまなおその勇名は大陸全土に鳴り響いているほどだ。

「困ったことが起きた」

 私の非礼を窘めるようすはない。つまり、思った通り、時間が惜しいということなのだろう。

「実は、デスラート山脈方面で、魔物が増え続けている」

「デスラート……火の迷宮遺跡に異変か何か?」

 この国には、四つの迷宮遺跡がある。

 この迷宮遺跡は、帝国にとって最大の脅威でありながらも、豊富な資源の源になっていて、国で厳重に管理されているのだ。風水地火なるその迷宮には、魔界と人界の入り口があり、遺跡はそれを封じている。

 デスラート山脈には、火の魔物が巣くう迷宮遺跡があったはずだ。

「左様。どうも、遺跡の一部が崩れて穴が開いてしまったらしい。現地の守備隊が対応しているが何しろ数が多い。遺跡の補修まで手が回らぬ」

 ゲオルグ陛下は苦々しい表情で、息をついた。

 遺跡に開いた穴は、通常の防魔結界では防げない。聖女の力か、それとも物理的な工事でしか埋まらないと魔術書に書いてあった。魔物が次々に沸いてくる状態で、物理的な工事はかなり無理があるだろう。

「それで討伐隊を出すことになった。騎士はもちろん、魔術師は総出となる。そうなると、帝都の防衛がおろそかになってしまう」

 迷宮から湧き出る魔物は、尽きることがない。時間がたてばたつほど、状況は厳しくなる。湧き出る魔物が尽きることもあるのかもしれないが、それを期待して待っているうちに国が滅びてしまっては愚の骨頂だ。

 まして火の迷宮の魔物は、炎をまとっているものが多く、魔術を使えない騎士だけでは接近戦が難しい。また、辺りを燃やし尽くしながら行動するため、魔物を倒すだけでなく、消火作業も必要だ。魔術師総出というのは、当然だろう。出し惜しみしている暇はない。事態は一刻を争うのだ。

「ジャックスの話では、そなたの魔力は、測定こそしておらぬが、ギスカール並みだと聞いた」

 陛下はちらりと長の方を見る。

 長は、気まずそうに私に手を合わせた。

 私は塔の籍に入っていないから、本来は招集に応える必要はない。

 『籍に入っていない人間を駆りだすなんて』と、母なら言いそうだ。

 ああ。でも。

 長が私の名を挙げざるを得なかったというのは、かなり深刻な事態なのだろう。討伐に失敗すれば、帝都も無事ではいられない。

 私も偉大な魔術師だった祖父のようになりたいといつも願っていた。でも願っているだけでは叶わない。これまでずっと、何もせずに諦めてきた。

 できるかどうかはわからないけれど何もしなければ、たとえこの国が無事だったとしても、私はもっと空っぽになる。

「承知いたしました。私も討伐隊に参加いたします」

 微力でも、私もできることをしたい。

 両親の顔色を気にしている場合ではないだろう。

 私は丁寧に頭を下げた。

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