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花魁の戯言  作者: 蒼獅
3/3

華やかな宴と運命の歯車

――「名前なんて、ここでは何の役にも立たないのよ。」


華やかな遊郭の裏側に隠された、冷たくも厳しい現実。

幼くして禿かむろとして売られた少女・綾乃は、名前さえも無意味とされる世界で、ひたすら働き続ける日々を送っていた。


眩いばかりの花魁たちの姿は、憧れであり、遠い夢。

それでも綾乃は、その美しい背中に追いつき、超えることを心に誓う。


――これは、一人の少女が厳しい宿命に抗い、誇り高き花魁を目指して歩み出す物語。

美しさと残酷さが交錯する遊郭の世界で、綾乃の運命が静かに動き始める――。


(あれが、花魁——)


綾乃は思わず息をのんだ。


朱塗りの廊下を、音もなく進む艶やかな背中。

緋色の着物に牡丹と藤が咲き乱れ、金糸銀糸が光を集めてきらめく。

まるで夜に舞い降りた幻のような美しさだった。


花魁が歩くたび、裾がふわりと波打つ。

結い上げた黒髪に挿された(かんざし)が、かすかに鈴の音を響かせる。

香の香りが風に乗り、通り過ぎる者の鼻先をくすぐった。


(同じ人間とは思えない)


その背中には、幼い禿(かむろ)として働く自分とはまるで別の“生き物”のような気高さがあった。


「……綾乃、立ち止まるな」


背中から鋭い声が飛ぶ。新造の女だ。

慌てて頭を下げ、綾乃は再び足を動かした。


(けれど、目が離せない)


彼女の中で何かが熱を帯びる。

怯えていたはずの心の奥で、小さな炎がじわりと燃え始めていた。


(あの背中に、追いつきたい)


そんな感情は、初めてだった。


禿の仕事は相変わらず過酷だった。

掃除、洗濯、衣装の用意、化粧道具の手入れ。

気を抜けばすぐ叱責される。足を滑らせれば、容赦ない罰が下る。


けれど、綾乃はその中でも一つだけ、心を込めてこなしている作業があった。


それは、花魁の簪や髪飾りを整えること。


小さな手で、丁寧に、(ほこり)一つないように並べる。

歪みのない位置に、規則正しく揃える。


(この一本の簪が、花魁の顔になる)


そう思うと、指先が自然と真剣になる。


自分にはまだ何もない。

名前も、価値も、誇れるものも、ひとつも。


それでも——


(せめて、この手だけは、嘘をつかないように)


そんな想いが、綾乃を支えていた。


夕刻になると、宴の準備が始まった。

今夜は、武家の高官が訪れる特別な夜だという。


女たちは化粧を重ね、衣装を着飾り、笑顔の仮面を整えていく。

その中で綾乃は、簪をひとつひとつ並べ終えると、そっと廊下に出た。


ふと、遠くから笑い声と三味線の音が聞こえてきた。

宴の始まりを告げるように、提灯が風に揺れている。


綾乃はそっと目を細めた。


(ここにいるかぎり、笑顔は飾り)


けれど——


(あの背中だけは、本物だった)


華やかで、美しく、そして、なによりも“強かった”。


その夜、綾乃はひとつの決意を胸に眠りについた。


(いつか、あの花魁のように)


憧れだけじゃない。

美しさに宿る力を、自分のものにするために。


その思いが、綾乃の運命の歯車を、音もなく動かし始めていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

綾乃が見つめた花魁の背中は、ただ華やかで美しいだけではなく、計り知れない強さと覚悟が秘められたものでした。


幼い彼女が抱いた小さな願いは、やがて彼女自身の運命を大きく揺るがし、さらには廓の未来までも巻き込んでいくことになります。


どれほど遠く、険しい道であっても、綾乃はその背中に追いつき、超えることができるのか。

そして、彼女を待ち受ける運命の出会いとは――。


今後の展開にも、ぜひご期待ください。


感想やご意見をいただけたら、これからの執筆の励みになります。

どうぞよろしくお願いいたします!

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