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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
一章 光の代償
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10.光石のネックレス

「お待ち下され、フォルセス嬢」

 その声が自分を呼んでいることに、すぐには気付けなかった。既に郊外まで歩いて来ていたことも、すぐそばに大勢の人が集まっていたことも、今この瞬間になって知る。

「ベルギンスさん。皆さんも」

 声をかけてきた中老の男性はユリエナが奔走していた奉仕活動の会長である。確か住まいはこの地区だったはずだ。集まる人達の大半はここの近辺に住んでいる知人だが、中には奉仕活動のメンバーも見受けられる。

「いよいよ始まるのかい? ……その、〝太陽の儀式〟が」

 三十代前後の女性が前に出てきた。彼女は奉仕活動の先輩で、歳の離れた友人でもある。いつも優しく微笑んでいた彼女が、今は不安を隠しきれず顔を曇らせている。

 それは彼女だけではない。集まった人達は皆、複雑な表情でユリエナを見つめていた。

 彼女達の心境を察して、ユリエナはぐっと背筋を伸ばした。

「はい。でも皆さん、心配しないで下さい。光神に誓って私達が必ず新しい太陽を創生してみせます」

 〝太陽の神子〟の候補者として。フォルセスの王女として。

 ユリエナはこの惑星(ほし)を守らなければならない。

 守らなければならないと思うのと同時に、守りたいとも思う。奉仕活動で知り合ったメンバーも、通りすがれば気さくに声をかけてくれる街の人達も、父上、母上、今年十歳になる弟も、みんな好きだから。

 そして、幼い頃を共にした彼らと彼らの未来を守りたいから。

 すると突然その女性が両腕を広げてユリエナを抱きしめた。

「おばかだね、あんたは。こんな時まで他人を気遣わなくていいんだよ」

「エルシーさん……」

 〝太陽の神子〟になれば帰って来ることはない。ユリエナの身を心配してくれているのが痛いほど伝わってくる。

「気を付けて行っておいで」

「……はい」

 集まった人達も沈黙を破り、次々と声をかけてきた。

「荒野の風は街に入って来る風よりもずっと砂を含んでる。向かい風の中で息を吸っちゃだめだよ」

「はい。ありがとうございます」

 その人なりの思いやりある言葉。励ましであれ蘊蓄であれ、その中に籠められている気持ちが温かくて心地良い。

「ユリエナお姉ちゃん」

 背後にかかったか細い声。振り返ると、そこには見知った少女が二人並んでいた。

 奉仕活動でよく手伝いに訪れる孤児院の子供達だ。

「スイン、ニーナ」

「お姉ちゃん、これ」

 小さな握りこぶしを突き出し、ユリエナは応えて手のひらを出した。

 渡されたのは、手作りのスレッド。

「この前、シスターが教えてくれたの。お願い事しながら作ってね、ずっと付けてるとそのお願い事が叶うんだって。お姉ちゃんにあげる」

 網目が不均等で、本来なら四本のところを三本で作ってあるが、それでも細かい作業に慣れていない彼女達が一生懸命作ってくれたのが分かる。

 これは元々恋のおまじないで、自分の好きな色と好意を寄せる相手の好きな色の糸を二本ずつ用意し、恋が実るように願いながらその四本を編み込む。完成したら手首に巻き付けておき、それが自然に切れた時念願の恋が成就する、というものだ。

 母達の時代に流行したおまじないで、ユリエナも幼少の頃に作った記憶がある。最近ではどうやら願い事全般に流用されているようだ。

「ありがとう。二人はこのスレッドにどんなお願い事をしたの?」

「ユリエナお姉ちゃんがちゃんと帰ってきますようにって」

 予想外の言葉に喉の奥が熱くなった。お礼を言いたいのにつっかえて出てこない。

 すると、そばにいた青年が皆の心を代弁するように告げた。

「ユリエナ、みんな君の帰りを待ってる。新しい太陽が昇ることを望みながら、君の生還もまた願ってしまうのはとても欲深いけれど、出来ることならまた元気な顔を見せてほしいよ」 

「そうそう。あんたはこの街の花なんだから」

 目元を擦りながら、どこか言い誇るエルシー。

 皆解っているのだ。新しい太陽を望むこととユリエナの帰りを望むことは矛盾していると。だから声を大にしては言えない。しかしどうしても伝えておきたいと、そう思ってくれているのだ。

「皆さん、本当にありがとう」

 こんなありきたりな言葉では伝えきれない。しかしそれ以上の言葉を探しても見つからず、もどかしさが募る。

「私は……幸せ者です」

 帰って来られなかった時、好きな人達を悲しませたくない。そう思って奉仕活動も辞めたのに、こうして街の皆に見送られると自分はやはり帰りを待っていてほしかったのだと気付かされる。

 ――この街に生まれて、十六年を過ごせて本当に良かった。

「行ってらっしゃい」

 不安げだった彼らの顔も、見送る時だけは笑顔で。ユリエナもありったけの笑顔で「行ってきます」と応えた。

 それからの足取りは力強く、まっすぐに(ゲート)へ向かう。

「ユリエナぁー!」

 (ゲート)まであと少しという所。潜った橋の上から呼ぶ声がした。声変わりをしてもなお太くなりきれていないその男声は、とても聞き覚えがあった。

「キルヤ!」

「今そっち行くっス!」

 彼は駆け足で橋を渡り切り、階段を降りてそばにやってくる。

「ふぃー。良かった。もう街を出たのかと思ったっス」

 肩で息をし、首筋には汗が滲んでいた。

「捜してくれたんだね。でも、どうして」

 実はジンレイに会った後、キルヤの家にも向かったのだ。しかし家には彼の父親しかおらず、聞けば依頼品を届けに出掛けたとのことだった。待とうか考えたが、仕事ならばどこへ行っていつ戻るのか予想がつかない。そのため仕方なく諦めたのだが。

「届けようと思って」

「なにを?」

 腰に下げているツールポケットから取り出して見せた物。最初に目に入って来たのは、十数本あるだろう亜麻色の紐だった。しかしその下、彼の手から零れた先には正八面体の天然石が通されていた。

「なんとか間に合ったんス。忘れてたっスか?」

 それは加工された天然石を手頃な紐に通しただけの、至って簡素なネックレスだった。

「光石の加工……。そんな、依頼したのたった三日前だよ。急がなくていいよって言ったのに」

 確かにユリエナは先日直径三十センチくらい大きな天然石をキルヤの許に持って行って、これでネックレスを五つ作ってほしいと依頼した。しかし、父親の助手を一人で勤める彼が自分の依頼に割ける時間は個人的(プライベート)な時間のみ。故にユリエナは期限を指定せず、その代わり出来上がったら自分が指名した人達へ送り届けてほしいともお願いしていたのだ。

「ジンレイ以外からの依頼なんて久しぶり過ぎて、ちょっと張り切ってみただけっス」

 それを僅か三日でこなしてしまうキルヤ。口で言うほど軽い作業ではない。丁寧に作ってくれたのはこの仕上がり具合を見れば一目瞭然だ。

「ついでに」

 ネックレスの束から一つ取って投げてきた。ユリエナは慌てながらもなんとかキャッチする。

「も一つおまけっスよ」

 依頼したのは五つ。そして今彼の手の中に残っているネックレスの数もまた五つ。

「え……?」

 五つだって三日で完成させるのは容易なことではない。

 それなのに自分の分も作ってくれたなんて。

「それで、これをみんなに渡せばいいんスよね」

「う、うん、お願い。ほんとは私が直接渡すべきなんだけど」

「いいっスよ。オイラ暇人っスから」

 にぃっと白い歯を見せて笑う。

「でもなんでまた光石のネックレスなんスか?」

「光石って同じ欠片どうし共鳴するじゃない? だからすれ違ったら必ず分かる。例え離れてても、何年も会えてないとしても、繋がってる気がするでしょ?」

「……オイラ達のために、あんな上等の光石を買ってくれたんスか」

 天然石と言っても、アクセサリーとして加工できる大きさを保ったものは荒野にそう転がっていない。人跡未踏の地を散策するか、それが無理なら商人から高価を支払って購入するしかない。街を出たことがないユリエナは後者に他ならない。

「みんなには、ずっと仲良しでいてほしいから」

 はにかみながら、少しだけ切なそうに笑う。

「もうジンレイには会ったんスか?」

「うん」

「他のみんなには?」

「アズミには今朝会えたし、ワモルは一緒に行ってくれるからこの後合流するよ。ただリンファとは連絡も取れなくて」

「リンファ、あちこち旅してるんスよね。他のみんなは居場所が分かるからいいっスけど、リンファにこれ渡す機会あるかどうか」

「あ、でも近々王都に戻ってくるって言ってたよ」

「マジっスか」

 眼を輝かせるキルヤとは裏腹に、ユリエナは首を傾げる。

「今までにも何回か王都に戻ってきたことあったんだけど、会ってない?」

「ええ、そうなんスか!? リンファとワモルが学修院を卒業した時以来、会ってないっスよ。かれこれ七年っスかね」

 顎に手を添えて古い記憶を想起させている彼の様子は至ってマイペースで楽しそうな印象だが、ユリエナは七年という言葉にふと影を落とした。

「……ねぇ、ジンレイ、もうずっとアズミとワモルに会ってないでしょ?」

「そっスね。あの試験のことがあってからっスから、二年は経ってるっス」

「もうみんなのこと、どうでもよくなっちゃったのかな……?」

「それはないっスよ」

 ユリエナが躊躇いがちに問うと、キルヤは確信を持って首を横に振った。

「みんなの話をする時は相変わらず楽しそうっスよ。ワモルが新鋭部隊に入った時はそりゃあもう喜んでたっスもん。多分、会いづらいんスよ。ワモルもアズミも優しいっスからね。それが逆に、今はつらいんじゃないっスか」

 顎に添える手とは反対の手を肘に持って行き、いかにも『頭を働かせています』というポーズを取るキルヤ。彼の仕草には小動物のような愛らしさがあるのだが、それはさておきユリエナはくすりと笑った。

「キルヤはやっぱりすごいなぁ」

「な、何がっスか?」

「よく見てるなぁって」

 唐突に意味不明なことで誉められて戸惑うキルヤ。それを他所にユリエナは普段とは少し違う、大人びた笑みを浮かべた。

「昔からそうだったよね。キルヤって天然なとこあるからそう見えないけど、本当は一番人の気持ちに聡い。いつも知らないところで助けてくれる」

「そんなことないっスよ。オイラ自分の心のままに生きてるっス」

「私ね、キルヤはみんなを繋ぐ人になれると思うの」

 気恥かしさに冗談を言ってみるものの、ユリエナの真剣な表情にキルヤは観念して後頭部を掻いた。

「オイラに仕事くれるのはジンレイくらいなもんスけど、オイラのことそう言ってくれるのはユリエナだけっス」

 満足そうに目を細めたユリエナはどこか子どもっぽく、いつもの笑みに戻っていた。キルヤもいつもの調子で話題を切り替える。

「みんなオイラのこと、変なところで人と違うって言うんスよね」

「あ、それ私も」

 何気ない共感。ささいな言葉で二人はまた微笑み合う。

「似た者同士なのかもしれないね、私達」

 のんびりしたキルヤとおっとりしたユリエナ。二人が持ち合わせる共通点は多そうだ。むしろ数え出したらキリがないかもしれない。

 しばらくすると、ユリエナは笑みをふっと消した。そして、真っ直ぐにキルヤを見つめる。訴え掛けるような眼差しはそれだけで重みを感じさせた。

「だからねキルヤ。……キルヤに、お願いがあるの」


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