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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
終章 光ある大地
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84.時が過ぎても変わらないもの

『もし太陽がなくなったら、この身を捧げることになるかもしれないの』。

 その一言が、俺達の始まりだった。

 リンファは魔術士になるべく街を飛び出し、ワモルは腹を決めて武稽古に励み始めた。アズミは年端も行かぬうちに母の下に弟子入りし、キルヤも父から本格的な技士の技術を学び始めた。

 ジンレイは言わずもがな騎士を目指して鍛練に明け暮れた。天から授かった剣技の才能を、彼女を守るために使いたいと願った故に。

 無垢な幻想の世界を追い出されたジンレイ達は、それぞれのやり方で現実に立ち向かうだけの力を得ようとしたのだ。

 そして、その努力は元々秘めていた能力と相俟って、常人では辿り着けないほどに強大な実を結んだ。それは世界を相手にしても、自らの力で燦然と輝いていける程に。

 事実、リンファは国王に対してタメ口を許されるような、世界に名を馳せる高名魔術士となって戻ってきたし、ワモルは国家最強の新鋭部隊――第一小隊に所属した経歴を持つ、豪傑の親衛隊士となった。アズミは国家魔導士でありながら同時に最年少で一中隊を率いる軍師となり、キルヤは技士の技術を十二分に引き継ぎ、さらなる可能性を求めて罠士にもなった。ジンレイはと言えば、目に見える成果は得ていないが、剣技をとっても器量をとっても騎士団長を務めたご先祖様に勝るとも劣らない驚異的なものに成長していた。

 ジンレイは彼らの努力を喜ばしく、また励みに思ってきた。しかしユリエナを敵軍から、さらに神子の運命からも救い出すことができた今、彼らが培ってきたものだけでなく、自分の培ってきたものにもまた誇りを感じるようになっていた。彼らも口には出さないけれど、同じように自分自身を振り返り、受け止めていることだろう。

 あれから早二ヶ月。

 リンファはなんでも国王から直々に頼まれたとかで臨時の国家魔術士となり、今回の儀式及び戦闘の事後処理に追われて街と街の間を忙しなく行き交っている。ワモルは今回の一件を高く評価されたそうで、転属して日は浅いが親衛隊副隊長に抜擢された。アズミは一層軍事に勤める傍ら、百年後、二百年後の〝太陽の儀式〟では神子の生還が確実なものになるよう本格的な研究を始め。キルヤも罠士として納めた初勝利の経験を活かし、さらに実践向きの、さらに強力なトラップを創作しようと熱が入っていた。

 それに比べてジンレイは今回の一件で一番成長したにも関わらず、以前と変わらない、実家の料亭で給仕に追われる生活を送っていた。

 しかし何の変化もなかったわけではない。彼に対する世間の目は大きく変わった。ジンレイもみんなと同様に今回の功績を高く買われ、なんと願ってもないことに騎士団長から直々に入団を勧められたのだ。

 ……結局、断ったけれど。

 そんな具合に、みんな何かしらの変化が訪れていた。

 中でも一番変わったのは、ユリエナだ。

「いらっしゃいませー!」

 彼女は何を思ったのか、無事王都に帰還した数日後、突然ジンレイの家にやってきて『ここで働かせてほしい』と言い出したのだ。『頑張ってお仕事覚えますから』と懇願する彼女に、母と姉は初め仰天するものの、次の反応は戸惑いとか謙遜とか、そういう庶民が王族に対して取る常識的なものを全部素っ飛ばして、即決の大歓迎。結果、ジンレイが口を挟む間もなく、ユリエナの住み込み雇用が決定した。そうして彼女は拙いながらも日に日に仕事を覚え、今では一人で給仕をこなせるようになった。おまけに早くも看板娘扱いである。

「………………」

「ユリエナちゃんがあんな頑張って働いてるってのに、何偉そうに座ってんのよこのボンクラ。減給されたいの?」

「……みんな、順応力高すぎだと思う」

 俺が変なのではなく、この環境変化についていける母と姉がおかしいのだ。

 王宮で健やかに育てられたお姫様が、こんな城下街の一角に佇むしがない料亭でせっせと働いているなんて、この目で見ても未だ受け止められない。

「いらっしゃいませー。あっ、キルヤ!」

 それからもう一つ。太陽創生の前後で大きく変わったことがある。

「ういっス! もうみんな来てるっスか?」

「うん! キルヤが最後だよ」

 それは、四人がちょくちょくこの料亭に顔を出すようになったことだ。みんな忙しいだろうに、仕事の合間を縫って遊びに来てくれる。太陽が昇ってからの数週間は、さすがに仕事が殺到していたようで音沙汰はなかったが、その仕事が一段落着いた今では全員が揃う日も珍しくない。

「お先にいただいてます」

「遅かったな」

 アズミとワモルが声を掛ける。二人とも群青色の軍服に身を包んでいた。一日休暇を取ることはなかなか難しいが、昼食休憩がてら三時間程度なら街に出てくることは出来るそうだ。

「親父の知り合いが来てたんスよ」

「嬉しそうだな、キルヤ」

 彼の綻んだ顔を見て、ジンレイ。

「へへ。隣街にでかい工場があるんスけど、そこで働いてみないかって誘われたっス」

「あら、いい話じゃない。で、なんて答えたの?」

 リンファも朗報を聞いて、話に加わる。

「もちろん、こっちからもお願いしたっスよ」

「良かったね、キルヤ」

「ういっス!」

 チームに属すると、依頼はチーム全体で請け負うことになる。そちらで個人的な仕事は期待できないが、その代わり大型機器に触れる貴重な機会が得られるそうだ。彼の実力なら何処へ行っても活躍できるだろう。父親の助手も続けるらしく、こちらで個人的な依頼をのんびり待つらしい。と言っても、最近彼を目当てにした客足は増えてきている。春が来るのを辛抱強く待ち続けた彼が芽吹く日も、そう遠い話ではなくなってきた。

 どうやら彼にも追い風が吹き始めているようだ。

「じゃあ今日はキルヤが主役だな」

「奢ってくれるんスかー?」

 ワモルの隣にキルヤが座って四人用テーブルが埋まると、話も一気に盛り上がった。

 そんな彼らの様子を、御盆を持ったユリエナが一歩後ろから見つめる。

「ふふ」

「おまえも上機嫌だな」

「うん! だってキルヤ、すごく嬉しそうなんだもん」

 ユリエナの場合、自分の朗報でもここまで喜ばない。そこがまた彼女らしいが。

「それに、キルヤが一番嬉しいのはみんなに報告できることだと思うな」

「ん? なんか言ったか?」

「ううん。……私ね、最近やっと解ったの」

 もう一言何か言った気がしたが、彼女は笑顔のまま軽く首を横に振る。

 そして、彼らの和気藹々とした様子を優しい目で見守りながら噛み締めるように呟いた。

「今には今の、良さがあるんだよね」

 どこか吹っ切れた笑顔だった。彼女もまた、自分の内にあった葛藤に答えを見つけたのだろう。

「あ、お客さんのところ行ってくる」

 オーダーを求める客の声に、彼女はぱたぱたとそちらへ駆けていった。

 彼らが集まるようになった一番の要因は、やはりユリエナがこの家に住み込んだことだろう。元より王家に生まれた女性は王位継承権がない為、王家に残って跡取りを産むか、あるいは出家するか、二つに一つ選ばなければならない。因みにそれは代々国王の意向により、成人すれば本人の意思で自由に決めていい事になっているという。ただユリエナの場合は同時に〝太陽の神子〟候補者でもあったため〝太陽の儀式〟が終わるまでは王宮に住むよう命じられていたとか。

 つまり全てが決着した今、彼女が王宮を出ようが、その上ジンレイの実家で働こうが、一向に構わないわけだ。だがそれでも、家を出た娘がどんな暮らしをしているのか心配になるのが親の常というもので。多忙な国王に代わって、アズミやリンファが彼女の様子を見に来ては密かに報告しているらしい。

 まあその目的がなかったとしても、きっと会う回数は増えたんだろうなと思う。

 なんだかんだ言って、みんなこの関係を大事にしている。そのことが、実際に集まってみてよく解った。そして大切だからこそ、傷を舐め合うような落ちた関係にはしたくないと思っていた事も。だから幼かった自分達は一日でも早く一人前になろうと、修行や勉学に没入した。

 そうしているうちに何ヶ月も、はたまた何年も連絡を途絶えてしまい、だんだんと自分から連絡を取るのが難しくなってしまった――というのがみんなの本音だ。

 今回の一件を経て、疎遠気味と思っていた距離感が嘘のようになくなったのだから、こうして誰かが呼びかけなくても自然と集まって昔みたいにわいわいやるのは何ら不思議なことではない。これは〝我等が太陽〟きっての願いでもあるのだし。

「ちょっとそこの店員さん。ぼさっと突っ立ってないで暇ならオーダーとってくれない?」

 普通に声をかけてくれればいいものの、息をするように毒を吐くリンファ。さながら姉貴二号といった風情だ。ジンレイが姉にこき使われている現状を知り、面白そうだから便乗しようとこうして時々給仕中のジンレイに対して尊大な態度に出る。

「客のくせして」

「あぁん?」

「あ、いえ。ご注文をどうぞ」

 ジンレイは慌てて咳払いする。

 ジンレイ達が太陽創生で強制的に消費した多量の魔法力もこの二ヶ月で全快した。ユリエナだけは常に消費と貯蔵を並行しているが、それでも微々たる速度で着実に回復へ向かっていると医学療法士は言っているそうだ。

 そんなわけで、リンファの魔法も恐ろしいくらい快調だ。楯突いたら無傷では済まされない。姉もそうだが周りにいる気の強い女性達には敵う気がしなかった。

「ったく情けないわねぇ。ユリエナ、もっとこいつしごかなくちゃダメよ?」

 ジンレイを指差してリンファが言う。すると配膳途中だったユリエナはちょうど通りかかったところで足を止め、ふるふると首を横に振って満面の笑みを浮かべた。

「大丈夫だよ。みんなすっごく頼りになるけど、一番頼もしいのはジンレイだもん」

 さらりと返し、彼女は何事もなく配膳の手を再開した。御待ちどおさまと客の前に出来たての料理を運ぶユリエナを眺めながら、二人はしばしの間無言。

「だって」

「聞こえてる」

 そういうことを本人の前で平然と言うとは……。姉やリンファはともかく、ユリエナには一生敵いそうにないと、ジンレイは今更ながらに思い知った。

 本来なら赤面するのは彼女のはずだろうに何故か代わりに赤くなるジンレイ。リンファに見られたくないので顔を背けるが、耳まで赤くなっているのを彼女は見逃さないだろう。

 ユリエナの天然ぶりとジンレイの初心な反応に、リンファは耐え切れなくなって笑い声を立てた。それはもう〝最強の魔術士〟のイメージとは程遠い、少女のような朗らかな笑い声を。

 ふと、彼女がこんな風に誰の目も憚らず腹を抱えて笑う姿を見せるのは、世界各地を巡ってもここだけだろうと思った。魔術士として彼女が行動する時、世間の目であれ名声であれ、付き纏うものは多い。

 リンファはひとしきり抱腹すると、ジンレイの背中をばしっと叩いた。女の平手なのに、これが結構痛い。

「幸せにしてやんなさいよ」

 あれだけ大笑いした後の言葉だ。冗談にも取れなくない。けれど、その言葉の裏に彼女の願いが籠められている気がした。

「わかってる。それだけは、言われなくても」

 夢にまで見た騎士団入りを断った理由は他でもない。今騎士になっても、ユリエナはもう王宮(そこ)にいないからだ。守るべき者がいない場所に赴いても意味はあるまい。騎士は心に誓った守るべき人のために戦ってこそ、その存在を得るのだから。

 それに、ジンレイは国家騎士になることを断っただけで、既に立派な騎士だ。勿論、その証となる資格(キャパシティ)も、王家主催の着任式もないが。

 それでもジンレイは騎士なのだ。ユリエナにのみ仕える、ユリエナだけの――。

 ずっとそばで守ると誓った瞬間から。その誓いが胸にある限り。


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