83.ただいま
王都へ帰って最初に迎えてくれたのはジンレイの姉――シェンレイだった。彼女は王都の門で仏頂面を浮かべて立っていた。「あ、怒られる」とジンレイは反射的に思ったが、こちらに気付いた彼女は至って上機嫌そうに手を挙げた。
「よし。ちゃんと全員帰ってきたわね」
一体いつからここで待っていたのだろう。聞きたい気もするが、それは野暮というものだ。ジンレイは珍しく思い留まった。
彼女は他五人とも軽く言葉を交わすと、「うちに寄って行きなさい」と言った。
「母さんが朝食作って待ってるわ。久しぶりにみんなに振る舞いたいって」
みんなの顔に一瞬で笑顔が咲いた。その喜びようは子供の頃とまるで変わらない。本当に、七年前の続きのようだった。
途中、多くの街人に会ったが、その度に引き留められた。ユリエナは出会う人全員に「ただいま」と告げていた。彼らはユリエナの姿を見て心から驚嘆していたが、中には光神へ感謝の祈りを涙混じりに捧げる者もいた。
大通りに出ると、やはり多くの人に出迎えられた。だがそこにいたのは街人だけではなく、太陽神殿でフォルセス国軍に引き渡した元〝太陽の神子〟候補者の少女達の姿もあった。
黄昏塔でコーエンスランド軍が襲撃してきた時ユリエナに外套を被せ、庇おうとしてくれた少女がユリエナを見つけるなり抱きついた。
「嘘みたい。こんな奇跡ってあるんだね!」
涙を浮かべる少女に、ユリエナは最高の笑顔で感謝を伝えた。
やがて広場に着く。そこで待っていた二人の男性に気付いて、ユリエナはすっと姿勢を正した。あと十歩という距離でジンレイ達は立ち止まる。彼女だけがさらに歩を進め、彼らの許へ歩いていった。示し合わせるように一人が前へ出る。ユリエナは彼の正面に立ち、しばらく無言で向かい合った。そして彼女は、父親でありフォルセスの王である彼に告げた。
「ただいま帰りました」
「うむ。――よく戻った」
それからディーフィットは娘を抱きしめることなくジンレイ達に軽く頭を下げると、早々に側近の騎士と共に王宮へ戻っていった。ついて行かなくて良いのかとユリエナに問うと、彼女は「いいの」と笑った。お互い親子であると同時に立場がある。これが二人なりの〝おかえり〟なのだろう。
門から優に三時間をかけて、ジンレイ達はようやく朝食の待つ料亭に辿り着いた。厨房に立つ母に促されて、皆足早に席に着く。
母の料理はいつも食べているはずなのに、何故か懐かしい味がした。




