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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
七章 空の歌が見える時
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81.帰ろう

 この惑星(ほし)に生きる誰もが待ち望んだ、新しい太陽が悠然と昇ってゆく。

 百年の闇に脅えた人々の心を、そっと溶かすように。

 不変と信じて疑わなかった一週間前のそれと変わらぬ姿で。

「――――――」

 この瞬間に辿り着くまで、本当に長い道程だった気がする。全てはたった一日の出来事だったのが信じられない。

 七年ぶりにリンファと再会してから、キルヤ、アズミも加わり、四人でユリエナを追って王都を離れ。途中通りすがった廃街(ゴーストタウン)で中級悪魔と遭遇し。既に戦場と化していた太陽神殿でワモルと合流して。黄昏塔でユリエナが神子に選ばれたと知り。荒野の一辺で背中を押してくれた友たちの激励も、闇の訪れと共に起こした一世一代の奪還劇でさえも。

 こうして朝日を眺めながら振り返れば、全てはこの時のためにあったかのように思えた。

 どんな苦境に立たされようと、望みを捨てずに立ち向かえば明日はやってくる。

 それが、今のジンレイにはよく解った。

「――太陽って、こんなに眩しかったんですね」

 その瞳いっぱいに朝日を映してアズミが言う。かざす手の下で目を細めているのは、単に眩しいからではないのだろう。その瞳は潤い、雫をこぼしそうになっている。

「オイラ、よく夜通し機械いじりとかしてて、朝日見ることとかそんな珍しくないんスけど……。これは、――今まで見た朝日の中で、一番キレイっス」

「なに言ってんの。これから嫌ってほど見ることになるのよ。それこそもう、死ぬまでずっとね」

 すっと立ち上がり伸びをするリンファ。身体が凝ってしまったような気がするのはジンレイも同じだ。実際の時間はそう経っていないはずだが、幻想的な光景を仰視して一時的に我を忘れていたからか、長い時間が経過したように感じられる。

「まったく……。神子が生命を捧げなくても太陽は昇るのね。バカみたい」

 リンファは太陽を見つめながら、お得意の悪態をつく。けれどその『バカ』は、いつにもなく嬉しそうで。

「でも、俺達は光神の膝下に土足で踏み込んだ重罪人だぞ?」

 大団円を喜んでいるのはワモルも一緒だ。しかしその一方で、忘れてはいけないこともある。事の顛末はさておき、神聖なる儀式の最中に乱入したことはまず許されることではない。見方によっては、ジンレイ達五人はコーエンスランドの人間と同じ、儀式を妨害しようとした大罪人だ。

「そのことなんですが、……確かなことはわかりませんけど、イリシス様もこうなることを望んでいたんじゃないでしょうか」

 彼女の言葉がなければ、アズミも光の壁の正体を見破ることは出来なかった。

 イリシスも本当は、神子に生きてほしいと思っているのではないか。彼女は三千年にも亘る歴史の中で、多くの神子達の死を見届けてきた。生きとし生けるもの全てを愛する神である彼女が、我が子同然である少女達の死に平然と立ち会ってきたはずはないだろう。

「……そうかもしれないな」

 もしかしたら、光の中で微笑んでいたのはイリシスなのかもしれない。いや、そうなのだろうと、ジンレイは思う。

「ん……、あ……」

 朝日に当てられてか、気を失っていたユリエナが呻く。みんなが見守る中、少し間を置いて彼女はその目を開いた。

「みんな……?」

 虚ろな眼が五人の間を泳ぐ。

「私……、なんで……?」

 ユリエナはみんなの顔と自分の手を交互に見つめた。自分がここにいながら太陽が地平線のむこうで輝いているこの状況を、どう受け止めればいいのか迷っているようだ。

 ジンレイ達とて詳しいことはわからない。だが一つだけ、確かに言えることは――。

「ユリエナが死ななくても、太陽は昇るんだ」

 それは結果という名の、事実でしかないけれど。

 でも。

「……そう、なんだね。ありがとう。本当にありがとう、みんな」

 それだけで充分だ。

 俺達は六人一緒にいられたら、それでいいんだから。

 ジンレイの言わんとすることを理解して、ユリエナは幸せそうに微笑んだ。繋いでいる手をぎゅっと握り締めながら。

「さて。ユリエナも目が覚めたことだし?」

 弾んだ声でリンファが言い、にぃっと笑う。

 まだ肌寒い朝の空気と、生まれたての太陽の光と、その匂いを運ぶ荒野の風と。

 この世界を彩る全てのものが、今日という日の始まりを告げる。昨日とは違う、新しい一日の始まりを。

 そして、この一日を他の誰でもない自分の色で描き上げるために、ジンレイ達がやるべきことは一つ。

「ああ。――帰ろう。俺達の街に」

 王都(あそこ)にはジンレイの、ユリエナの、キルヤの、リンファの、アズミの、ワモルの、それぞれの日常が待っている。そこで一人ひとりが積み重ねてきた日々を、今日もまた新しく積み重ねよう。――これからはみんなと重ね合わせながら。

 過去も現在も、そして未来も詰まっているその場所に向けて、六人はゆっくりと歩き出した。


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