79.黎明 & 80.心を吹き抜ける風
黎明を告げる光は大地と空の境界より現れる。
五百年前に終焉を迎えた廃街にも。
空と最も近い黄昏塔にも。
人知れぬ荒野の一辺にさえも。
グリームランドに生きる全ての者の許へ。その時を知らせようと。
そしてそれは、古城の闇すら浄化し、光を届けた。
「いいのか? まだ戦えたんだろ?」
テイトは石壁に身体を預けながら、その正面で空を仰ぐ者の背中に問いかけた。
彼――ガリルフはテイトの声に振り返る。
「失敗した時は軍師返上でも結構って言い出すから、俺はてっきり決死の覚悟なんだと思ってたぜ?」
そこに責めの意はない。なんとなく今なら彼の本音が聞ける気がしたのだ。この静穏に包まれている間なら。
「ふ……。私にも解らんな。なぜ彼女がそばに来た時、剣を上げなかったのか。たった一振りだったというのに」
珍しく彼は自嘲の笑みをこぼした。しかし、それもどこか柔らかい。
「……だが、私もこの光景を見たかったのかもしれんな」
その時、テイトは口を噤んだ。空を仰ぐ彼が、本当に笑ったのだ。
何にも染まっていない心の綻びを、テイトは垣間見た。
「おかしくなったと思うか」
無言でいるテイトへ、彼は今までになく穏やかな様子で問いかけた。テイトも微笑みを返す。
「いいや。納得してるならいいんだ。俺も死ぬ前に一度見れて良かったよ。連れて来てくれたこと、感謝すんぜ。軍師殿」
「ふ……」
ガリルフは曾祖父が残した言葉の意味をようやく理解し、心のしこりがすっと消えていくのを感じた。
そして、その隙間を吹き抜けていく風もまた感じながら、ガリルフは囁いた。
――これがグリームランドか、と。




