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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
一章 光の代償
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8.お別れの挨拶回り

「兄ちゃん、ごちそうさまー!」

「おう、お粗末様で。気をつけて帰れよ」

 おやつも兼ねて遅めの昼食をとりに来た子供達は、食事が済むと食休みもそこそこに店を出て行った。どうやらまた遊びに行くようだ。

 彼らが去ると、店内に残ったのはジンレイと姉の二人。静まり返った店内には喧騒の余韻が色濃く漂う。

 今日の仕事も無事終了とばかりに緩慢な動きでテーブルを拭いていく。

「ジンレイ! 手が空いてるなら、酒瓶表に出しといて」

 こちらも見ずに姉が厨房から言う。

「今テーブル拭いてんだけど」

「じゃあそれ終わったらお願いね。あ、そうだ。ついでに店先掃いといてくれない?」

「えー」

 本日二度目の『ついで』が来た。しかも三秒前に出した『手が空いているなら』という条件は華麗に撤廃。一日一回でも七日続けば多いと感じるのに、一日に二回も、しかもあんな重労働をさせられた後ではさすがに断りたくもなる。

 ふてくされた声色に気が付いた姉は、やはりこちらを見ずに付け足した。

「中の片付けはやっとくから。外のこと頼むわ。ほら、分担分担」

 後二時間もすれば夕方の仕込みを始めるため、姉としては埃の立つことは避けたいのだ。

「へいへい」

 それならそれで仕方ない。ジンレイは適当に返事をして、テーブルを拭き終える。袖を捲り厨房の脇に置かれている空の酒瓶を店先に運んだ。

 姉は横暴だが理不尽ではない。店のこと、引いては家のことを思いながら働いている姉に逆らったところでジンレイが得することなどないのだ。

 小さい頃から忙しい時間帯だけはジンレイも手伝っていた。四六時中給仕をするようになったのは二年前、姉が店を継いだ時からだ。その時、ジンレイはある試験で二度目の失格をくらい、かなり落ち込んでいた。だが姉はなんとそこで「やることがないなら働け」と叱咤したのだ。反論するにも、他にやることが思い付かったジンレイは言われるままに働き、そうして二年が経ち、今に至る。

 けれど、本当は今だって――。

「よいしょっと」

 戸口の脇に酒瓶を置いて竹箒を持ち出し、とりあえず人目に触れる辺りから掃き始める。

 まだ太陽は高い位置にあるが、夕暮れ前には街に陽光が届かなくなる。先程店に来た子供達も後二、三時間で家に帰らなければならないだろう。

 ちょうど一週間前、久々に大雨が降った。そしてその雨は三日間連続し、ようやく晴れた四日目のこと。人々は思いもよらぬ事態に直面することになった。

 そう、太陽の終わりが始まったのだ。

 街では混乱状態(パニック)が起こった。一度どこかで起こってしまうと、それは流行病のように瞬く間に街全体に広がる。八百万人が住む惑星最大の都市では、その騒動も相当の規模だ。きっかけが深刻なものだけに収拾をつけにくく、累乗の勢いで悪化していった。太陽の消滅より先に街が崩壊するのではないかと恐怖すら覚えた。

 国王率いるフォルセス王国軍の敏速な対処によってなんとか事無きを得たが、それもつい先日の話だ。現在は活動時間が短くなったことを除けば普段と変わらない生活を送っているが、皆内心は今も激しく動揺していることだろう。

「太陽……か」

 昔、ジンレイ達は一人の少女に現実というものを突きつけられた。その少女はお人好しを絵に描いたような性格で、おそらく彼女は教えられたことをただ俺達にも教えてあげようとしたのだろう。だが、それは夢物語の儚さを悟るには充分過ぎる真実だった。

「…………」

 ――あいつはこの空を見上げて、来る時が来たと思っているのだろうか。

 やりきれない気持ちが込み上げてくる。ふと行き着く先のない思考を巡らせている自分に気が付き、改めて掃除に集中しようとした。が――。

「…………ん?」

 視界の端にそれがちらっと入り込んだ気がして、無意識に顔を戻す。

「ジンレイっ」

 思った通り、そこにいたのは彼女だった。群衆の中で一際目立つ金色の髪を揺らしながらこちらに向かって来る。この街で『金色の髪』と言ったら彼女しかいない。たとえ視界の端であっても見間違うことはなかった。

「ユリエナ!」

 髪色の次に目に留まったのは彼女の服装だった。すっぽりと身を覆う外套の丈に小荷物というごく標準的な旅装。一見しただけで察しがついた。

「もう、太陽神殿に向かうのか?」

 太陽が弱まったのを合図に〝太陽の神子〟候補者達は太陽神殿に集う。そこで光の女神によって選定された本物の〝太陽の神子〟が太陽創生の儀を執り行うのだ。

 その〝太陽の儀式〟がついに始まろうとしていた。

「うん。太陽が消えちゃう前に」

 ユリエナは微苦笑を浮かべて頷く。

 少し元気がないように見えた。と言っても普段ジンレイは店の手伝い、彼女は孤児院の奉仕活動があり、頻繁に会っているわけではない。そのため単なる気のせいかもしれないが。よく見るあの屈託ない笑顔に比べると心なしか陰りがあるように感じられた。

 もし彼女が本物の〝太陽の神子〟に選ばれたら、新しい太陽を創生するために命を捧げることになる。それは〝あの日〟の言葉通りに。そうなれば当然、二度とこの街に戻って来ることはない。ユリエナは万が一のことを考慮して挨拶に来てくれたのだろう。

「……ね、ジンレイ」

「なんだ?」

「ジンレイは……その、今年も試験、受ける?」

 どくん、と。

 自分の中で冷たい何かが跳ねた。しかし、それを彼女には知られたくない。ジンレイは平然を装って答える。

「どうだろ。まだ、決めてない」

「……そっか。そだよね。まだ五ヶ月も先のことだもんね」

 ジンレイがどんな反応をするか大体予想がついていたのだろう。それ以上追及してくることはなかった。

 五ヶ月も先のこと? いいや違う。あと五ヶ月しかないんだ。もう何をするにも遅すぎる。それを彼女も知らないはずはない。

「ユリエナこそ、帰ってきたらどうするか決めてるのか?」

「私? んー、どうしようね。奉仕活動も退会しちゃったから」

「辞めたのか? んな、休会にしといてもらえばよかっただろ」

「あはは。会長にもそう勧められたんだけど、やっぱりきちんとしておきたかったんだ」

 ……それは。

 出立前にわざわざ会いに来たことといい彼女にとって生き甲斐と言っても過言ではない大好きな奉仕活動を辞めてしまったことといい、少し大げさ過ぎやしないか。

「……まさかお前、みんなに挨拶して回ってるのか? そんなに身の回り片付けちまって、帰ってくる気あるのか?」

「帰りたいよ」

 即答だった。

「でも、もしも私が〝太陽の神子〟になっちゃったら、もう帰って来られない。何かを残していなくなっちゃったら、誰かを悲しませるかもしれない。後悔させちゃうかもしれない。そんなの嫌だもん。私、みんなには笑っててほしいから」

 笑って答える彼女の声は、僅かに震えていた。

「だからちゃんとお別れしておきたいの。それでね、帰ってきた時はうんと笑って。大げさなこと言っといて結局なんなんだって」

 死ぬかもしれない。不安じゃないわけないんだ。帰って来ることを願っていてほしい。待っていてほしいだろう。しかしそれでは帰れなかった時、待っていた人はどうなるのか。

 ――相変わらず他人のことばっか考えてるんだな。

「怒るよ」

「え?」

「帰ってきた時は、うんと怒ってやる」

 言葉を失って目をぱちくりさせるユリエナ。

「そりゃもう勢大に。泣かすくらい怒ってやる。そんで俺の気が済んだら、姉貴に頼んでうまいもんいっぱい食わしてやるよ」

「……ジンレイ」

 ジンレイの言わんとすることを理解したユリエナは先程までの作り笑いではなく、柔らかい笑みを浮かべた。

「ジンレイの手作りがいいな」

「俺そんなレパートリーねぇよ」

「いいの。ジンレイの作ってくれるものなら何でもいい」

「わかったよ。……ったく、怒られに来るのに楽しそうだな」

「うん! あ、じゃあ帰りに『ごめんなさい』の練習しとかないといけないね」

 すぐに機嫌を直してもらえるような言葉ってなんだろ、と楽しそうに呟くユリエナ。傍から見ると、悩んでいるのか喜んでいるのか判りづらい。

「それよりその外套、ちょっとデカくないか? 肩のとこ合ってないし裾引きずりそうだし。もうちょっと小さいサイズ用意してもらえなかったのか?」

「えへへ。女性用の外套ちょうど切らしちゃってたみたいで、私がこれでいいって言ったの」

 ユリエナなら外套くらいオーダーメイドで設えてもらえそうなものだが、急に決まった出立日のため準備が行き届かなかったのだろうか。

「俺の持ってくか?」

「ううん、ありがと。慣れない荒野で汚しちゃったら悪いから、大丈夫だよ」

「そんなん気にしなくていいって」

「ありがと。でもせっかく兵士さん方が用意してくれたし、これで行って来るよ」

 そこまで言われてしまえば外套を貸すのも却って悪い気がして、ジンレイは大人しく引き下がった。

「そっか。気を付けてな」

「うん」

 少しの間があって、ユリエナは自分の足元を見た。別れは惜しいがいつまでもこうして立ち話はしていられない。

 ジンレイも、何か他に話すことはないか無意識に探していた。しかし彼女が顔を上げる方が早かった。

「じゃあ、そろそろ行くね」

「おう。またな」

 夕暮れ時遊び尽くして家に帰ったあの幼き日のように、彼女は大きく手を振った。

()()()()!」

 そして街角の向こうへと消えていく。ジンレイはこの不安が杞憂に終わればいいと、しばらく彼女の去って行った先を見つめていた。



 角を曲がったところで、足を止めて振り返る。そこに彼はいない。しかし、言わずにはいられなかった。

「ごめんね。ジンレイ」


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