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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
六章 時が過ぎても変わらないもの
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72.力を合わせて

 形勢が整うのに大した時間は要さなかった。それもコーエンスランド軍が全面的に指揮に従ってくれるおかげだ。共闘など、こんな事態にでもならなければ死んでも起こり得なかったことだろうが、腹をくくった彼らの協力は戦況を一気に好転させた。

「コーエンスランドの人間はもっと暗い印象があったんだが……」

 悪魔を薙ぎ払いながら、ワモルは背を預ける隊長に向かって呟いた。

「類は友を呼ぶって言うだろ? 俺の周りには俺みたいな奴が群がるわけ」

「なるほど」

 ワモルがどこかの隊にここまで快く受け入れられるなど、フォルセス国軍でも経験したことがない。敵惑星とはいえ、コーエンスランドにも様々な人間がいることを実感していた。

 この悪魔退治の主戦力はテイトとワモルのペア。そしてジンレイとリンファのペアだ。

「手加減なしなんて何ヶ月ぶりかしらね」

 どこか余裕そうに聞こえるリンファの台詞も、この場においては頼もしい限りだ。

「怪我したくなかったら、悪魔達から離れなさい!」

 彼女の周囲に展開されている、ありったけの魔法陣が一斉に光を放った。一つ一つの魔法が確実に一体以上の悪魔を仕留めていく。だが彼女の本領はここからだ。解除と同時に新しい魔法陣を展開。中級魔法や広範囲魔法が混合しても魔法自体が途切れることはない。

 圧倒的強さによって、目に見える速さで悪魔が減っていく。

「すげぇ……」

「リハイド級じゃね……?」

 兵士達の間から感嘆の声が漏れる。十二中隊の隊士達も、彼女の魔法を前にして開いた口が塞がらないようだ。

 リハイド並みではなく、彼女こそリハイド本人なのだが、それを知るのはこの場においてジンレイ達だけらしい。

「はっ。どっちが援護か分かんねぇな、これじゃ」

「あら、あんたの周りから片付けてるわよ」

「お気遣いどーも!」

 桁違いの攻撃力を持つ悪魔に対して、防御はあまり意味を成さない。その点、剣一つで戦うジンレイが常に先手を斬り込めるこの状況は極めて好都合だった。この状況を作り出せるリンファにジンレイですら驚きを隠せないが、その反面、旧友としては誇らしいばかりだ。

「心配っスか?」

 キルヤとユリエナも含めて三十人程度を囲い込み発動したトラップの中で、キルヤは外の様子をじっと見守るユリエナに話しかけた。すると彼女は不安を振り払うように首を横に振った。

「……大丈夫。みんな、強いもん」

 無論、心配していないわけではない。でもそれだけではないから。

 ユリエナは両手を胸の前に組んで祈った。

「頑張って……。みんなっ……」

 皆の無事と、そして勝利を。心から強く願う。

「そろそろいけるかしら」

 戦況を確認するリンファ。

「アズミ! ちょっとジンレイにチロル貸して。一発かますから」

「了解です。チロル!」

 アズミが全体に指示を飛ばすのに足となってくれたチロルは、主がその背から降りるとすぐさまジンレイの許へ駆けて行く。

「ブランテ! ライゼン! 詠唱の間リンファの補佐を頼みます」

「承知しました」

「はいはい。頼まれました~」

 悪魔達のことは彼らに任せ、リンファは魔法陣を展開して詠唱に入る。二つの魔法を同時発動(ユニゾン)。片や中級魔法。片や捕縛用魔法。それでどう一発かますのかアズミは予想できなかったが、詠唱が中盤に入った瞬間、二重になっていた魔法陣が融合した。知識量こそ武器とするアズミも、これにはさすがに目を見開く。

「――灼熱の鎖よ(ヴァンホルン・リィマ) 彼の者を貫き捕らえろエトランサ・ソルクワイス・エルバイア

 帯状になった魔法陣が彼女を中心にして円を描く。発動の一声で赤く発光し、そこから数千という数の赤い閃光が放射。悪魔達に突き刺さった。それは一見『矢』のような攻撃だが、その魔法は軌跡が全て炎で結ばれている。悪魔を捉えた炎の鎖は全てリンファの許にある帯状の魔法陣に集束されていた。

焼き払え(リコル・エスト)

 静かに言い放たれた二段階目の発動語句(スペル)と同時に、帯状の魔法陣から劫火が吹き出し凄烈な攻撃を見せた。悪魔達が瞬く間に飲み込まれていく。

「リンファ。炎の矢(フレイムアロー)(バルド)の魔法術式、合成しましたね?」

「あら、なんのことかしら?」

 魔術の合成は危険性が未知数のため禁止されている。しかしそれも一般人に対する表向きの措置で、その危険性を充分に理解した上で魔術の新たなる可能性を見出すため、魔法研究者が集う魔法連盟都市にて秘密裏に術式合成が試みられている。

 リンファの小慣れた様子を見るに、この場で初めて試みたわけでもないだろう。一〇八つの公式魔法を習得するだけに留まらず術式合成の仕方まで会得していたとは、まさかと言うべきか、さすがと言うべきか。

「一〇八の公式魔法術式の中には、こんな魔法存在しないですよね」

「他分野まで勉強しちゃって。相変わらず勤勉なのね」

 最後の言葉に切れがないと思って彼女の方を向くと、呼吸の乱れが見て取れた。体勢を崩すようなことはないが、疲労が溜まってきているのだろう。魔法力が増幅されているとは言え、リンファの魔法力も無尽蔵にあふれているわけではない。ここで一万は撃っただろうか。あれだけの魔法を連発すればマグダラ召喚並みに魔法力を消費しているはずだ。

「勝てる! このままいけば勝てるぞ!」

 リンファの大規模魔法のおかげで、無限にいるように思われた悪魔の全体数が一目して把握できるまでに減らせた。人間側に勝利の光が見え始め、兵士達の士気が上がる。

 しかし、それは変わらずリンファ一人に相当の負担を強いれば、という話だ。

 消耗戦はここまでだ。アズミはそう判断する。

「リンファ、すみません。あと一回付き合ってくれますか」

「何するの?」

 アズミは白衣の中から廃街(ゴーストタウン)で使用したものと同一の石板を六枚取り出した。それには魔導の刻印が刻まれていて、その石板自体が微弱な魔法力を放出している。

「非公認ですが、母が作った祓魔具です。これで残りを全部送還します」

「……出来るの?」

「わたしの技量次第ですが、ここまで数を減らしてもらったんです。それに自分で撒いた種ですから。必ず送り還してみせます」

「分かったわ。何をすればいい?」

「光系の魔法を空に撃って下さい。とびきり大きいのを」

「おっけ。任せなさい!」

 リンファの足元に特大の魔法陣が展開された。その大きさから一同は大規模魔法であることを察する。指示はないが誰もが、ジンレイもまた彼女を悪魔から庇う位置についた。大規模魔法はそれ相応の長い詠唱を必要とするため、時間稼ぎは必須だ。

「――女神より恵与されしレイト・メルヘス・バレン・光の花よ(ラタトスクル・ブロア) 咲き誇り彼の地をブロッサム・エルライア・照らせ(リコル・エスト)

 リンファが腕を真上に掲げる。その一寸先に浮かぶ光球は詠唱が進むにつれ徐々に大きさを増していき、最終的に中型戦車並みの体積にまで膨張した。そして発動と共にその姿が遥か上空に飛んでいく。術式名〝小太陽(サンフレア)〟の名に相応しく眩いばかりの光が古城一帯に降り注いだ。

 続いてアズミも送還の詠唱に入る。

「闇の国より参られし訪来者よ 汝の標をここに示そう」

 多量の光を浴びて石板が紫色に発光する。

「我等は秩序を守る者 想を等しくする悪魔王の許へ道を開こう」

 石板が一斉に砕け散り、中に刻まれていた魔法陣が露わになる。アズミはそれに勢いよく杖を振り下ろして、送還魔法を発動した。

「魔界の門を今一度通り あるべき場所へと還れ!」

 その刹那。アズミの前に悪魔王も通れるであろう大扉が出現した。扉が開き、ジンレイ達はその闇のむこうに魔界を垣間見た。凄まじい光景に全員度肝を抜かれていると、大扉は紫色の光を帯びて、周囲の悪魔を引っ張り始めた。

「くっ……!」 

 悪魔が次々と送還されていく。その間アズミはずっと魔法を起動させていなければならない。

「頑張れ、アズミ!」

 思わずジンレイが叫ぶ。彼女の耳に届いたのか、厳しい表情の中で僅かに破顔した。

 最後の十体が引っ張られていく。限界に達したのか、アズミがよろめいた。魔法力供給を損なえば送還は完了しない。一同が騒然となった瞬間、杖に細い手が添えられた。

「あと少しよ。頑張りましょ」

 リンファだ。

 アズミは歯を食いしばり杖を再び強く握りしめる。最後の悪魔が扉の向こうへ送り還されていった。

 大扉が閉じ、消滅する。その後、しばらく沈黙が続いた。

「終わった、のか……?」

 誰の言葉だっただろうか。それからまたしばしの沈黙を挟み、見計らったようにわっと歓声が沸いた。

「よかった……」

「やったわね」

「……はい! ありがとうございます、リンファ」

 リンファがアズミの頭に手を乗せ、アズミは満面の笑みを浮かべた。

 ユリエナがジンレイの許へ駆け寄る。

「やったね! みんなすごいよ!」

「って言っても、ほとんどあいつ等のおかげだけどな」

「ううん。そんなことないよ。ジンレイがあの時みんなを制してくれたから無事倒せたんだよ」

「そうかぁー?」

「そうだよ! ジンレイはやっぱり魔法使いだね」

 そのうちトラップを解除したキルヤがこちらに歩いてきた。ジンレイは片手を挙げる。

「キルヤも、お疲れ」

「やー。こんなに魔法力使った日はないっスね」

「しんどいか?」

「どってことないっスよ。それより筋肉痛が心配っス」

 気丈に振る舞っているのは見抜いているが、勝利の疲れはそれほど悪いものでもないことをジンレイも知っている。それ以上は言及せず、ただハイタッチを交わした。

 そして、ワモルと隊長も武器を仕舞った。

「悪いな。助かったわ」

「いや。こっちこそ協力感謝する」

 ワモルがすっと右手を差し出す。意外だったのか、隊長は「お」と声を漏らし、だがすぐにまた白い歯を見せてその手を握り返した。

 全員が勝利を喜び合う。そこにはコーエンスランド軍やフォルセス国軍といった隔てはなかった。どこかで心通い合った部分があり、その後コーエンスランド軍がこちらに敵意を抜けて来ることはなかった。

 むしろ、隊長は「行けよ」とジンレイ達に言った。

 太陽消滅から既に九時間が経過しようとしている。アズミは五人がそばに集まると、チロルを引っ込めて、代わりにケトルを召喚した。巨大禽獣が皆の前に姿を現す。

「時間がありません。乗って下さい」

 アズミに促され、ジンレイ達はケトルの背に乗った。見送ってくれるコーエンスランド軍を気にかけながら、最後にアズミが乗り込む。

「あの、もうすぐここにフォルセス国軍の応援が来るはずです。撤退するなら早い方がいいかと思います」

「いいのか? そんなこと言って」

 その発言は色々とまずいんじゃないか、と言いたげな隊長。アズミは小さな声で答えた。

「言うだけはタダ、だと思います……ので」

 良いところのお嬢さんらしき少女がまさかそんなことを言うとは、と隊長は噴き出して、しかし片手を挙げて礼を返した。

「忠告痛み入るぜ。そうさせてもらうわ」

 アズミも淡く微笑む。そして、十二中隊の隊士達の方を見た。こちらの視線に気が付いたブランテが姿勢を改める。

「すみません。あと、お願いします」

「はい。任せて下さい。うまくやります。隊長も、皆さんも、お気を付けて」

 この後待っている出来事を、この場に居合わせる誰もが察している。だが今は、歓喜の余韻と共に別れたかった。

「ワモルだっけか。ちゃんと名乗ってけよ」

 見送ってくれることを決めた隊長の言葉を拒む理由はない。ワモルは今度こそ応えた。

「ワモリザース・ナルタット。フォルセス王国軍親衛隊に所属している」

「なるほど、それでワモルか。俺はテイトだ。テイト・ジェンオルカ。壱番隊で毎日あいつ等しごくのが仕事よ」

 親指を立てて、隊士達を指す。隊士達は嬉しそうに苦笑していた。

「まさか護り手とはな。道理で人間相手の時の攻めが優しいわけだ」

「そんなつもりはないが」

「無意識なんだろ。それがお前の真髄ってことだ。いい仕事してんじゃねえか、ワモル」

「……ありがとう、テイト」

 やがて、六人を乗せたケトルは力強く翼を広げ、漆黒の空へと羽ばたいた。

 コーエンスランド軍と十二中隊の隊士がそれを見送る。

「ワモリザース・ナルタットか」

 ワモルに一本取られたコーエンスランド連合軍壱番隊隊長は誰にともなく呟いて、独り笑いを浮かべた。

「にしても面白いやつらだったな、覚えとくぜ」

 そして彼らの姿が闇に消えて見えなくなると彼も身を翻し、軍師の様子を窺いに城へ引き返していった。


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