71.グリームランドの光
着地寸前にリンファが風魔法を発動。減速して地面に下りる。
城外は案の定、膨大な数の中級悪魔が雲集していた。そこかしこで兵士と戦闘になり、そこにはコーエンスランド軍もフォルセス国軍の姿も見られた。
「あらあら、もう敵も味方もないわね」
しかし共闘しても尚、厳しい戦況を強いられているようだ。
「あ、ワモル! アズミ!」
こちらにやってくる二つの人影。それに気付いたユリエナが嬉々とした声を上げた。二人も嬉しそうな表情を浮かべている。
「ユリエナ! よく無事で……。良かったぁ……」
「心配かけてごめんね。アズミ」
目を潤ませるアズミの小さな頭を、ユリエナはそっと撫でた。
「やったんだな」
「ああ。なんとかな」
ジンレイの傷を見て、ワモルも全て察したように微笑む。
今、念願の再会を果たした。七年の時を経て、ようやく六人が一つの場所に集ったのだ。
しかしその感動もつかの間、兵士の悲鳴が一同の間にあった感慨を吹き飛ばした。
「うわぁあああああああああ!」
悪魔に腕を噛み千切られ、兵士が悶絶する。それを目の当たりにした周囲の兵士達に動揺が生じた。見慣れない化け物を前にして平常を保とうと必死に耐えていたのに、そこに響いた悲鳴が引き金となって彼らは恐慌を来した。
「このままじゃみんな殺される!」
「逃げ場もねぇよ、ちくしょう!」
「なんなんだ、この惑星は!?」
混乱状態が膨れ上がっていく。既に指揮を執る者の声すら彼らには届いていない。十二中隊の隊士達が必死に呼びかけるが、それも遠く。
このままではそれこそ全滅だ。皆の脳裏にその言葉がよぎった瞬間――。
「諦めるなっ!!!」
辺りが一瞬にして水を打ったように静まり返る。たった一声が中級悪魔の喧騒すら静止させた。
その声を力強く轟かせたのは軍兵の誰もがその名を知らぬ、英雄騎士の血を引く若き騎士――ジンレイだ。
「負傷者は一か所に集まれ。動けないやつには手を貸してやってくれ。――キルヤ!」
「う、ういっス!」
突然名を呼ばれて、舌足らずながらも返事をする。
「さっき敵を捕まえてたトラップで負傷者を守ってくれ。それから、ユリエナを頼む」
「……っ、了解っス!」
しかしすぐにジンレイの意図を理解して深く頷く。ジンレイもキルヤに微笑んで頷き返し、ユリエナに向き直った。
「悪いな。下がっててくれ」
「ううん。私は平気だから、みんなを守ってあげて」
「ああ」
騎士たる者が守るべき主君のそばを離れるのは最も避けねばならない行為だが、彼女は彼を信頼しているが故にそれを快く許容し、見守ることを決めた。
「アズミ」
「はい!」
「指揮頼む。俺よりアズミが適任だ」
「分かりました。任せて下さい」
コーエンスランド軍及びフォルセス国軍の戦力や中級悪魔の特性を含め、現状を細部まで把握した上で戦略を立てられるのはこの少女だけだ。
「リンファ」
「ここにいるわよ」
すぐ後ろに控えていた彼女が言う。
「援護、頼むな」
「最高の援護をしてあげるわ。光栄に思いなさいよね」
最高位魔術士による魔法の援護。背中を預けるのにこれほど心強いサポートはない。
「ワモル!」
「解ってる。俺達は〝一番前で戦う〟だろ?」
それはいつか夢見たヒーローの物語。たった五人で世界の危機からみんなを救う、馬鹿げた空想。――でも今、遠い日の憧憬を越えて、ジンレイ達五人はその一端を担う。
「へへっ――。じゃあ、行くぞ!!」
昔父がよく聞かせてくれた。こういう時、ご先祖様は決まって口にする言葉があったという。
グリームランドの人々はどんな絶望的な状況に立たされようと、決して希望を失ったりはしない、と。
――その言葉を、嘘にはしない。俺達が守ってみせる。例え幾万の悪魔に襲われようと。
「グリームランドの光を奪わせはしない!」




