66.戦士の誇り
全く状況は把握できないが、只事ではない事態が起こっているということだけはジンレイにも分かる。一刻も早くここを出た方がいい。
「ユリエナっ!」
ジンレイは奥の部屋に駆け込んでユリエナの姿を捜した。最初に目に飛び込んできたのは、真っ白な羽毛。その柔らかそうな翼の間に彼女はいた。部屋の中央に座り込んでいる。
「ジンレイ!」
彼女もジンレイの存在に気付いて顔を上げる。
鎖に繋がれて身動きが取れなくなっているものの、とりあえず無事のようだ。
羽根の存在に一瞬目を見張ったが、羽根も〝太陽の儀式〟も今はどうでもいい。ジンレイはユリエナのそばに膝をついて、ただ真っ直ぐに伝える。
「ユリエナの歌聞こえて、意地でも負けたくないって思った。ありがとう、ユリエナ」
「ジンレイ……。ううん、私こそ、助けに来てくれてありがとう」
時間が許されていれば見つめ合う二人に次の言葉があったのかもしれない。だが今は異常な揺れが古城を絶え間なく襲っている。
「ジンレイ、この地震は……?」
「分からない。ひとまず逃げるぞ。手出して」
彼女がジンレイの言葉に従って腕を上げる。剣で手枷と足枷を両断し、束縛を解いた。
「走れるか?」
ユリエナは即座に頷く。しかし足をふら付かせて立ち上がる様子に、ジンレイはすっと彼女の手を取った。
「無理すんなよ。出来るだけでいいから」
「っ! ……う、うん」
触れた瞬間、ユリエナはびくっと大袈裟に戸惑った様子だったが、すぐにその手を握り返した。ジンレイはユリエナを手助けするために、ユリエナはジンレイにちゃんとついて行くために、繋いだ手は固く握られる。
二人は急いで部屋の外へ。
その途中、ジンレイは床に倒れているガリルフの前で足を止めた。ジンレイの考えていることを察して、ユリエナはあろうことか彼のそばへ行き、手を差し伸べた。
「貴方も来るのです」
ガリルフも声を掛けられて驚いているのか、彼女の手を見返した。ややあって彼は身体を起こして壁にもたれかかった。
「母惑星の敵に対して……どこまで甘いのやら」
「今はただの怪我人ではありませんか」
言い返す言葉もなく、ガリルフは嘲笑を浮かべた。しかし、その笑みはどうやら別の意味も込められていたらしく、決して敵意ではない澄んだ視線が二人に向けられた。
「それがグリームランドの人間の生き方、ということか」
「……何を」
「行け」
ガリルフの呟きにユリエナは首を傾げたが、彼は言及を認めない強い口調で続けた。
「お前達の手は借りん。ジンレイク・カヴァリウェル。端くれとは言え貴様も戦士なら、この意味、解るな?」
不意に名を呼ばれたジンレイは彼と視線をかち合わせた。沈黙の中で視線だけが語る。
「行こう。ユリエナ」
ジンレイは再びユリエナの手を取った。ユリエナはまだ納得出来ていないようだったが、それでも素直に歩き出した。
二人は今度こそ部屋を後にする。
戦士にとって真に守るべきそれは、時に己の生命よりも重い。それは信条、信頼、そして――誇りだ。




