64.大群 & 65.共闘
グルルルルル……
荒野の風に掻き消される程小さかった唸り声とざわざわと蠢く摩擦音が、幾万にも重なって不気味な躍動を起こしていた。異常な数の紅い双眸が古城を見つめている。
そして古城の上部――東塔の最上階に灯った眩い光を見て、どこからか咆哮が上がった。
グルル…………グルッガァアアアアアアア!
何かが弾けたかように岩陰から勢いよく飛び出した中級悪魔の大群が一直線に古城へと向かう。
一階の通路にて繰り広げられている激闘も、そろそろ終局が近付いていた。
対峙する二人の動きに粗が混ざり始めたのだ。一歩の後退が二歩と、なり、二振りが一振りとなってしまう。とは言え、この凄まじい攻防戦が既に二時間以上続き、俊敏な身のこなしは未だ陰っていないだけで、彼らの超人さを語るには充分だったが。
恐らく、当人達は決着の頃合いを察していたのだろう。
しかしそれを観戦する外野の兵士達にとっては、この戦いの決着がついたのは一瞬だった。
隊長が回避行動を取ろうとした時、その後退距離を見誤って余計な動作をとった。ワモルがその好機を見逃さず追撃。身を屈めた隊長の喉元に矛先を突きつけて終局した。
「………………」
隊長は舌打ちして押し黙る。ワモルに王手を掛けられたことよりも、自分のミスに腹を立てているようだった。
「勝負あったな」
呼吸を整えながらぽつりと告げるワモル。一方隊長も完全に負けを認めてか、床に腰を下ろして乱れた呼吸をひたすら繰り返した。切迫した空気から解放され、兵士達も肩の力が抜けて吐息を漏らす。
外野が喧騒を取り戻した途端、小刻みな揺れが古城の床を伝った。
「……なんだ?」
地震のように思われたが、治まる様子はない。それどころか強くなっている――?
「――――何か来る! 全員伏せろっ!!」
隊長が今までにない張り詰めた声で叫んだ。次の瞬間、通路の壁が崩壊した。いや、突き破られたという方が正しい。侵入して来たのは黒いケモノの集団。それも物凄い数だ。
ワモルが一つの対象に焦点を絞って追視する。視界に捉えられたのは僅か一秒だが、狼や鹿などに酷似する生物の姿が確認出来た。
「これは……中級悪魔か!?」
「悪魔だぁ!?」
他の壁も次々破壊されていく。それらは荒波のように押し寄せ、勢いは壁に衝突しても尚止まらない。このままでは一階フロアが陥落する危険もある。
「中にいたら危険だ! 早く外に出ろ!」
「う、うわぁあああ!」
避難する途中で悪魔とぶつかった一人の兵士が転倒。それを攻撃行動と取ったのか、衝突した猪の悪魔が牙を剥く。
「――っ!」
すかさず隊長が走った。間に入り込むことはかなわなかったが、兵士の頭に牙が刺さる寸前で彼は自分の左腕を滑り込ませた。悪魔の犬歯が深く突き刺さる。
「つっ!」
下手に腕を引くともぎ取られかねない。彼はうすら笑いを浮かべ、悪魔に蹴りをかまして引き剥がした。
「隊長、後ろです!」
無事遠くに避難した隊士が叫ぶ。
「くそがっ……!」
攻撃も防御も完全に間に合わない。隊長は振り向いて身を強張らせた。――が、その刹那。
覆いかぶさるように襲ってきた数体の悪魔を槍舞が一掃した。
まさかワモルに助けられると思っていなかった隊長は目を見開く。
「自分から噛まれに行くなんてな」
「だから何だよ。損得の問題じゃねぇだろ」
鮮血を滴らせる腕に布を巻き付けながら隊長が言う。
「隊長ぉ……」
「おお、この借りは高いぞ。生きてきっちり返せな」
悪魔達の大暴走がひとまず静まり、兵士が全員外に出たことを確認すると、隊長は声を張り上げて撃退命令を飛ばした。兵士達がそれに力強く応える。
「疲れただろ? 後ろで休んでてもいいぜ?」
「怪我人に言われたくないな」
「なんだ。結構付き合いイイじゃん」
嬉しそうに白い歯を見せる隊長。無愛想なワモルも僅かに口角が上がる。
「そういう考え方、嫌いじゃないからな」
自分が傷付くことを厭わない。そんな強さを、ワモルも彼女から教えてもらった。
二人はどちらからともなく背中を合わせ、再び武器を取った。




