7.光の代償
何処までも澄み渡る青空と、悠々と流れる白雲。
瞼の裏に描く空はいつもそう。
城から数歩離れたところで少女は足を止めた。
高台に位置するここからは、城下街は勿論、囲壁の向こうに広がる荒野もまた遠くまで見渡すことができる。
街と荒野と、それから空。
このグリームランドを構成する三大要素が一挙になって視界に飛び込む。その光景を前にして、人は時に思想領域を超越し幽玄の世界をも見出してきた。
しかし太陽の光輝が弱まってしまった今となっては、景色は鮮明さを失い、見る人に憂鬱な気分を募らせるばかりだ。
やはり城から眺望する景色は蒼天の下にこそ似合う。
逆風が彼女の金髪を煽った。自分の肩を横切り遥か彼方へと向かう風にそっと手を伸ばし、旋律に乗せて言葉を紡ぐ。
la la la 歌おう 空を見上げて
la la la 遠くの風 心に感じて
白黒の荒れ野 黎明を告げる一筋の輝きが
世界の色を教えてくれた
それがボクという存在の 始まりの時――
『希望の歌』。グリームランドで古くから歌い継がれてきた歌謡だ。この歌の歌詞が連想させるのは決意の朝。しかし、そういった一個人の視点は表面的に過ぎず、この歌にはもっと深遠な意味が籠められていると言われている。
「〝闇夜の終わりを告げる時、空は希望を歌う〟……」
歌と共に人から人へ言い伝えられてきた太陽創生についての口承を、一句一句咀嚼しながら舌に転がしていく。
しかし、彼女は釈然としない表情を浮かべた。その口承が意味するものは一体なんなのか理解できていないからだ。いや、それは彼女だけではない。今の時代を生きる人々は皆、その言葉の本当の意味を理解してはいないだろう。
それでも知りたいと思う彼女はもう何年も前からあの手この手で解明しようとしているのだが、未だにそれらしい答えには至っていない。
あるいはその時が来れば、おのずと解るのか。
「……姫様」
少女の後ろに立っている一人の老爺が遺憾の意を含んだ声をこぼした。
彼女は風に煽られる金髪を軽く手で制しながら静かに振り返る。そして、少女とは思えない婉然たる笑みを浮かべて伝えた。
「今までありがとう、爺や」
華奢な身体に大きな外套を羽織り、最低限の荷物をまとめたリュックを背負う少女は、見送りに来てくれた老爺に謝意を述べた。するとその言葉が別離を強調させたのか、老爺は堪え切れず涙を浮かべた。
「ああ、このように思う爺やはなんと罰当たりなんでしょう。されど姫様、どうか無事にお帰り下さいますよう」
「ううん、ありがとう。そう言ってもらえてとっても嬉しいよ」
少女の名をユーリエレナ・イルム・フォルセス。
フォルセス王国第一王女として、十六年前この世に生を受けた。
しかし彼女はその最も高貴な立場をも遥かに凌駕する重責を双肩に担っていた。それは即ち、朽ちる太陽に替わり新しい太陽を創生する者〝太陽の神子〟の候補者の資格である。
太陽創生には膨大な魔法力を必要とする。それは人間が通常蓄積する魔法力の、実に数万倍。故に、事を為せるのは選ばれた人間だけだ。
つまり光の女神の加護を受けた、世界でたった一人の〝太陽の神子〟だけがこのグリームランドを救うことが出来る。
少女の金髪はその〝太陽の神子〟の候補者である最たる証だ。彼女が生まれた当時は、グリームランドを束ねる王国の血族にこの惑星の運命を背負うやもしれぬ娘が現れたとして、大々的に祝儀を挙げたそうだ。
しかし、〝太陽の神子〟は単なる希望の象徴ではない。
太陽は創生者の魔法力を全て注ぎ込むことで創造される。魔法力は魔術や魔導の発動源としてだけではなく、呼吸や体温調節など生命活動を維持するためにも機能している。そのため、要するに太陽創生は〝太陽の神子〟の生命そのものと引き換えに成立するのだ。ともなれば身内の心境は複雑だ。
現時点において少女はあくまでその候補者の一人に過ぎない。候補者は世界中で十数名確認されており、今頃は〝太陽の儀式〟に集うべく各自太陽神殿に向かっているはずだ。
そして、少女もまた。
「行って来るね」
百年の役目を全うし、終わりを迎えようとしている太陽の下。
人々を照らす光を再び生み出すために王宮を出発した。