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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
六章 時が過ぎても変わらないもの
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58.一番の魔法

 ――やれる。

 ほんの一瞬でも油断すれば殺されるというこの状況で、一国の軍師を相手にジンレイは確かな手応えを感じていた。勿論、決して優勢ではない。だが劣勢でもないのだ。ジンレイはガリルフと互角に渡り合えていた。

 それは恐らくジンレイが魔法に拒まれたが故に手に入れた、唯一無二の天賦の才があってこそ。

 あれは八歳の時、まだ剣を取って間もない時期のこと。当時はご先祖様の形見である剣を父から譲りうけて毎日振り回していた。ある日、通りすがりの一剣士が『俺と勝負してみるか?』と冗談半分に試合を持ちかけたのが全ての始まりになった。

 無論ジンレイが負ければ他愛のないお遊びで済むはずだった。しかし、ジンレイは勝った。年端もいかない少年が本職者の大人に勝ってしまったのだ。言うまでもなく剣士は油断していただろう。けれど途中から剣士の表情から余裕が消えたのを、当時まだ生きていた父は見逃さなかった。ジンレイを路地裏のチャンバラ坊主だとばかり思っていた両親は、そこでようやく彼の才能に気付いた。そして、それが果たしてどの程度のものなのか正確に測るため、ジンレイを剣士の資格試験に行かせた。

 結果、ジンレイは僅か九歳にして剣士の資格(キャパシティ)を取得し、剣士と名乗ることを許された。ジンレイは騎士団長であったご先祖様の血を色濃く継いでいることが証明されたのだ。

 しかし、ジンレイはその資格(キャパシティ)を返上した。自信にはなったが、ジンレイが欲しいのは剣士の資格(キャパシティ)ではない。

 欲しいのは昔も今もただ一つ――ユリエナを守る、騎士の資格(キャパシティ)だから。

「貴様、名は?」

 不躾な問い掛けに、ジンレイも素っ気なく答える。

「ジンレイク・カヴァリウェル」

「カヴァリウェル? ……なるほど。貴様、英雄騎士ラクサスの子孫か」

 ジンレイは顔をしかめた。まさかご先祖様のことを知っているとは。

 ジンレイの家系を一言で表すなら『没落貴族』というのが相応しい。それも落ちたのはジンレイの父の代。汚名を被ったのはほんの十数年前のこと。とは言え、生まれた時からあの手狭な料亭を家としてきたジンレイにとってはどうでもいい話だ。

 一方で最盛期は当然ご先祖様の代である。ジンレイの曾祖父の祖父にあたるラクサスは、フォルセス王国の騎士団長を務め、前〝太陽の儀式〟で偉大な成果を収めた。だがそれから一世紀も経たないうちに家が没落したとあってはさすがに英雄の名も廃るだろうと、ラクサスの姓は世間一般には公開されなくなった。歳月を重ねた今となっては、王家や一部の専門家以外で知る者はいない。

「――奇縁だな」

「何がだよ」

「私の曾祖父は先の〝太陽の儀式〟で貴様の先祖と剣を交えた」

ラクサス(じいさん)が、お前の曾祖父(じいさん)と……?」

 ガリルフの言葉が真実なら、これは世代を越えた再戦ということになる。それならグリームランドの人間にはもう知られていないラクサスの姓を、コーエンスランドのガリルフが知っていても不思議ではない。

 その刹那、不意にガリルフがカウンターを繰り出した。

「くっ……!」

 咄嗟に回避するものの、一瞬後退が遅れたジンレイは左肩にその軌跡を斬り込まれた。

「おしゃべりに気を取られたか?」

「はっ!」

 追撃を躱し、距離を取った。

 左肩から鮮血が溢れ出す。幸い傷口はそれほど深くない。

 左を庇ってこの男と張り合えば確実に負ける。かと言って傷に構わず動けば出血は増すばかり。出血多量になる前に決着をつけなければ勝ち目はないだろう。

「貴様が剣を振るうのは、家の復興が狙いか?」

 ガリルフがジンレイを見て再び嘲笑った。

 つまりは名誉のためか、と言外に問いかける。〝太陽の神子〟を助けるのは権力を取り戻すために功績が欲しいからなのだろう、と。

 他者にはそう見えるのかと少し驚く。……違う、逆か。大人にはそう見えて当然なんだろう。

 ――バカやってるのは、俺等の方だよな。

「――勝手に決めつけんな」

 剣を握る右手を見つめながら、ジンレイはその手にぐっと力を込めた。

「名誉とか功績とか、そういうもんのためじゃない。俺がユリエナを助けたいと思うのは、理屈じゃないんだ」

 彼女がいなくなってずっと心に穴が空いていた。

 それは日溜まりが陰ってしまったような肌寒さであって。景色が冴えない灰色で塗り潰されたような物寂しさでもあって。

 彼女が別れを告げて遠くへ行ってしまってから、自分にとって彼女の存在がどれほど大きなものであったか気付かされた。

 ――いや、本当は解っていたのかもしれない。

 ただ、弱いままでは彼女の隣にいる資格などないと思って否定してきただけなのかも。

 騎士団の入団試験に二度も落ちて自己嫌悪に陥っていた時も、そうだった。

『ジンレイはいいなぁ』

『あ? こんな使い物にならないやつのどこがいいんだよ』

『どこが? えっとね、優しいところでしょ、頑張ってるところでしょ、あとねあとね――』

『あ、あのなっ! おまえ、魔法一つ使えないガキなんか気にかけてていいのかよ。……そろそろ専属騎士、つけんだろ?』

『断わったよ』

『はあっ!?』

『でも王都にいる間は好きにしていいって。お父様が』

『マジか。…………国王陛下がそう言うならいいんだろうけど……。でもな、いざって時守ってくれんだぞ? 必要だろ?』

『じゃあその時はジンレイが守って』

『そりゃ、そばにいりゃ守るよ。でもずっと一緒にはいられないだろ。……騎士じゃないんだから』

 自分で言っておいて、それに反する思いが胸を締め付けた。

 魔法が使えない俺は騎士にはなれない。

『私ね、ジンレイは魔法使いだと思ってるよ』

『なに突然、意味わかんないことを……』

『嘘じゃないよ。私は本当に、ジンレイはすごい魔法使いだって思ってる』

『……あのな、こんな落ちこぼれの肩持ったって……』

『気付いてた?』

 彼女はもう覚えていないかもしれない。けれど日溜まりのような笑顔と、この言葉を、ジンレイはずっと覚えている。生涯忘れないと思う。

『ジンレイはどんな時もみんなに〝元気〟をくれる。それってきっと、どんな魔法よりもすごいことだよ』

 思えばこの時だった。――この想いの、確かな萌芽は。

「俺は――」


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