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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
六章 時が過ぎても変わらないもの
49/79

52.二人の間で過ごした時間

 欣然を帯びた甲高い声がこだまする。

 いや、さして広くもないこの空間で実際に音が反響しているわけではない。そこかしこから笑い声がするので、そう錯覚してしまっただけだ。

「おほほほほほほほほほほ!」

 彼――あるいは彼女か、道化士は俊敏に天井を動き回る。まぐれ当たりとは言え、癇癪玉に発光弾と二度もキルヤに邪魔されたのだ。さすがに三度と愚を犯すことはあるまい。道化士は常に移動を絶やさず、遠近混合で四方八方から攻撃を仕掛けてくる。

 どこかの部屋ならばまだ抵抗のしようがあった。しかし、ここは階段。死角になる部分が多過ぎる。ジンレイやワモルのように気配が読めるわけでも、至近距離攻撃を咄嗟に躱すだけの反射神経があるわけでもないキルヤは、一方的に攻撃を受けるばかりだった。

 キルヤを不利に追い込むもう一つの理由は、罠士の戦闘スタイルそのものにあった。罠士と呼ばれるだけあって主に用いるのはトラップなわけだが、それは本来事前に仕掛けておくものである。初めて乗り込んだ古城で、その上たった今対峙している相手を捕獲するのは不可能に等しい。しかも道化士は急ごしらえのトラップには引っかからず、引っかかったとしても巧みに脱出してしまう。打つ手が減っていき、じりじりと追い詰められていった。

「何でもアリじゃないっスか」

 泣きか強がりか自分でも分からないが呟いて、キルヤはベルトに付属しているワイヤーを引き伸ばした。先端にフックが付いているそれを身近な手すりに引っ掛け、一気に階段を降下する。防御すらまともに出来ないのだからひとまず逃げるしかない。

「みんなの大変さが身に沁みてわかるっスね」

 キルヤは一番下の階に着地すると素早くワイヤーを巻き戻した。

 道化士はこの空間を虫の如く縦横無尽に移動できる。端に行って少しでも死角を減らさなければ、道化士の存在を視認することすらまともに出来ない。

「勝てぬと分かったら悪足掻きか? 仲間が助けに来てくれることを期待して時間稼ぎに出るか?」

「……っ!」

 キルヤは感情に任せて開口するも、言葉を詰まらせる。否定は出来なかった。これだけ一方的にやられていてはそう思われて当然だ。リンファやワモルが到着するのを待ってひたすら逃げるのも一つの手だと、キルヤとて考えなかったわけではない。

「……それでも、おまえの相手はオイラっスよ」

「吠える姿だけは勇ましいことよの」

 嘲笑う声は一音一音が違う場所から届く。というのに不快な程はっきりと聞き取れた。

 キルヤは胸に熱のようなものを感じながら沈黙を守る。それをどう受け取ったのか、道化士は軽い笑い声と共にキルヤの頭上にやってきた。

「まあよい。望み通りそちと遊んでくれよう。小童を一人見逃してしもうたが、あやつの魔法力はほんに粗末なものよの。あまり使えぬ小童のようだし、まあ追う意味もあるまい」

 その瞬間。

 理性で抑えていた思考がすっと停止した。それは沈黙というより鎮静に近い。

「――馬鹿言うんじゃねぇっスよ」

 胸の内に潜む熱が炎に変わっていく。

「ジンレイを庇うために、オイラ達はこの場を引き受けたんじゃない」

 道化士はたった今、キルヤの不可侵部――決して入ってはいけない大切な場所に土足で踏み込んだのだ。キルヤは堰を切って言い放った。

「ジンレイなら必ずユリエナを助け出してくるって信じてるから、後のこと任せたんス」

 脳裏によぎったのは、王都でユリエナに頼まれた時のことだった。

『みんなには、ずっと仲良しでいてほしいから』

 ユリエナは一つの光石を五つのネックレスにしてほしいと言った。

 それはきっと昔のように、今も、そしてこれからも、みんなと繋がっていたいからじゃないのか。

『キルヤに、お願いがあるの』

 どんなに身の周りを片付けたって、これだけは片付けられないというものが、あったからじゃないのか。

『もし、私がいなくなっても……キルヤはジンレイのこと、信じててあげてね』

 黄昏塔でユリエナが神子に選ばれたと知った時、その言葉は自分の運命を悟った上での遺言だったことを確信した。

 間違ってると思った。あんなにも人を想い遣れる人が、こんなにも人に想われている人が、いなくならなければいけないなんて。

 ユリエナもジンレイも、どれだけ優しくて温かい人かを知っている。

 だから、侮辱は許さない。

 ――ユリエナは知ってるんスよ。騎士団試験に落ちた日、ジンレイが一人で泣いてたこと……。

 ユリエナとジンレイの間で過ごした時間は誰よりも長い。彼女と彼を繋ぐのが、今も昔も変わらぬ自分の役目。

「………………」

 怒りのおかげで僅かに残っていた逡巡も恐怖も綺麗さっぱり吹っ飛んだ。ただやってやるという意思だけがキルヤを支配する。もう手段は選ばない。

 ツールポケットから取り出したのは、煙幕玉。それも改良に改良を重ね、通常の五倍は煙が立ち込めるようにしたものだ。

「またつまらん玩具を出しおって」

 キルヤは煙幕玉に火を付けて床に放った。ぷしゅーと音を立てて煙が充満していく。数秒で小天井まで達し、勢いはおさまらずさらに上へ上へと立ち込めていった。

「目暗ましのつもりか?」

「……そう思うっスか?」

 キルヤは視界が完全に奪われてしまう前に最上階の手すりにフックを投げ掛け、にぃっと笑った。

 道化士の顔が引き攣ると同時に、キルヤはワイヤーを引いて階段を急上昇。その足元には着火済みの発火弾が残されていた。

 発火した一瞬で煙に引火。たちまち大爆発を引き起こした。


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