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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
五章 闇夜に光あれ
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42.一騎討ち

 外観の堅苦しさを裏切らない広壮たる城内を、ジンレイ達四人は駆け回っていた。

 この城内が無駄に広いおかげで追手に包囲されることなく走り回っていられるのだが、一方でその広さが裏目に出て未だに上へ続く階段を見つけられず、一階を徘徊する羽目になっていた。

 しかしこの追い駆けっこもいつまで続けられるか分からない。一度でも行き止まりに差し当たったり挟み打ちにあったりすれば、即座に戦闘となり時間と体力を浪費することになってしまう。

 その点から考えると、アズミが城門で別れたのは正解だったかもしれない。走る速度も体力も劣るアズミがこの逃走劇に加わっていたら、早い段階で追いつかれて戦闘になっていた。聡明な彼女のことだから、そこまで考慮しての選択だったのだろう。

「だんだん集まってきたっスよ!?」

「確かにそろそろやばいわね」

 ちらっと振り返った後方は兵士で敷き詰められ、通路は飽和状態。まるで壁が押し寄せてくるような錯覚を覚える。その頭の数だけ刃物を向けられているかと思うと、疲労感など気にしていられない。

「なあ! ここさっきも通ったよな!?」

「そうねぇ。いっそこいつ等ぶちのめして案内させる?」

 この状況に苛立ってきたのか、リンファが情け容赦を軽視し始めた。彼女の悪態は本気で実行するから洒落にならない。だが真面目な話、それも一つの手だろう。

 四人が覚悟を決めて臨戦態勢に入ろうとした、その時――。

「あった! 階段っスよ!」

 T字路を直線に突っ切ろうとしていた最中、脇の通路の向こうに階段を発見した。幸い、むこうに敵の姿は見当たらない。挟み打ちにされることなく上の階へ行けそうだ。

 四人は急遽方向転換。しかしその僅かな減速が兵士を最後尾に届かせてしまった。

「キルヤっ!!」

 先頭を行くジンレイが振り返る。一番後ろにいたキルヤの背に、敵の剣が降りかかった。

 ギンッ――

 剣を寸でのところで止めたのは、ワモルの槍。

「……キルヤ、まだ走れるな?」

「う、ういっス!」

 キルヤは目を白黒させながらとにかく走り出す。彼が行ったのを見計らって、ワモルは一振りで敵を薙ぎ倒した。

「行けっ!」

 背を向けたままジンレイ達に叫ぶ。

「ワモル!」

 敵に追いつかれてしまった以上、階段なんて狭い所でやり過ごせるはずがない。誰かが足止めをするしかない状況で、その役を成り行きとはいえワモルが潔く買って出てくれた。

「今はユリエナのことだけ考えろ」

 ワモルは通路の真ん中に立ち塞がり、敵の行く手を阻む。槍を小手先で回転させ、凛として構え直した。その洗練された動きと勇ましい気迫に、兵士達は一瞬尻込む。

「――っ、また背中任せて悪い! 頼んだ!」

 ジンレイ達の足音が遠ざかっていく。それと同時に兵士達が襲いかかってきた。

 殺伐とした喧騒の渦中で、ワモルはふと口元を綻ばせる。

 ――悪い、か。むしろ嬉しいくらいだよ。

 力強く床を蹴った。先程の一振りとは比べものにならない鋭い斬撃が迸る。最前列の兵士達は容易く弾き飛ばされ、後ろにいた者達とぶつかり合ってあっけなく転倒した。しかし攻撃が分散したせいで確実なダメージは与えられていない。戦闘不能とまではいかないだろう。

 たった一人の人間を相手に怯む兵士はおらず、彼らは数に物を言わせようと覆いかぶさる勢いで斬りかかってくる。

 しかし、いくら束になったところで差して意味はない。

 ――他でもない、おまえらの背中を守れるんだからな!

 反撃を許さぬ速さで薙ぎ払い、骨まで砕きそうな蹴りを入れて横転させては敵の攻撃を回避して同士討ちを図る。誰ひとりとてワモルに一太刀すら浴びせることもかなわない。

 大半の兵士が負傷したところで、彼らはひとまず距離を取った。ようやくワモルが相当の実力者であることを悟ったようだ。

 しかしこのまま雑魚兵と睨み合って時間を潰すのは御免だ。今度はこちらから行くと決めて槍を構え直す。

「ったく、だらしねぇーな、お前等」

 気だるそうな声と共に、一人の男が兵士達の中から現れた。

「隊長!」

 兵士達の表情が一気に綻ぶ。隊長と呼ばれたその男はあくびをしながら彼らを見回した。黒を基調とした軍服にその体躯を包んでいるが、防具の類いは一つも身に付けておらず軽装だ。見たところ兵士達より四、五歳若そうだが、実力は判断しかねる。

「若造一人相手に、大の大人が寄って集ってこのザマか。見るに堪えないわー」

「隊長そんなこと言わないで!」

「隊長、私達の仇をっ!」

「やだよ。んなのたりぃじゃん」

 ってか誰も死んでねぇし、と突っ込む。軍隊の指揮者というよりクラスのリーダーに近い印象の人物だ。それも推薦されて仕方なくなったような。

 隊長、隊長と兵士達が引っ切りなしに連呼する。それも緊迫感とは程遠い。祭りの盛り上げ役にご指名されているかのような軽いムードだ。

「隊長は隊士思いだって信じてますよ!」

「あーもー分かった。分かったからうっせぇよ」

 かと言って上下関係が逆転しているわけでもないらしい。

「ってことだ。まあ相手してくれや」

 男は一歩引いて長柄戦斧(ハルヴァード)を構える。抜けた口調の割に戦闘態勢を取ると凄みがあった。

 ワモルもぐっと槍を握り直す。無言を肯定と受け取ったのか、男は次の瞬間、驚異的脚力で飛躍した。

 その俊敏さに、ワモルは初めて防御を取る。ワモルの槍と男の斧が激しくぶつかり合った。男は押し負かそうと体重をかけ、お互いの刃が迫り合って音を立てる。

「お。軍の支給品にしちゃあ硬ぇな!」

 この一撃だけで、男が相当の手練であることが窺えた。ワモルも長身で体格の大きい方だが、この男はそれより一回り大きい。さらに今の速さと来た。

 ――さっさと片付けて追いつくつもりだったんだが、そう簡単にはいかないか。

 ワモルは踏み込んで一気に押し返し、槍を大きく振り払った。

オーダーメイド(俺の)だよ!」

 第一小隊の隊士は高位技士によって制作された自分専用の武器を所持しており、一時とは言えそこに所属していたワモルは餞別としてこの槍を頂戴していた。だがそこまでこの男に教えてやる義理はない。

 男は後ろへ飛び退き槍を避けると、すかさずまた踏み込んで来た。

 双方まったく隙のない攻防戦が繰り広げられる。くらえば致命的なダメージを負う一撃一撃が交差する。際どい一撃に相手が体勢を崩したかと思うと、間一髪でそれを防ぎ今度は鋭い反撃を斬り込む。

 その繰り返しが続く中、外野の兵士達は半ば唖然と二人の戦いを眺めていた。これほどの激戦を見せられては、とても参戦する気にはなれないだろう。

「ひゅう。強ぇな」

 男が口笛を軽く鳴らす。お互いまだ息は上がっていない。

「ここまでやる奴は初めてだぜ。てめえ、名は?」

「…………」

「そう睨むなって。おたく、それなりのいい階級についてんだろ。名乗ってけよ」

 男は他愛もなく話を振ってくる。それに対してワモルは裏を返したような寡黙さで返した。これではたいして会話も弾まない。見事に対照的な二人だった。しかし、そんな二人が唯一共通して持ち合わせているのが、その強靭的な戦闘力。

「名乗る程の者じゃない。それに、友人を取り返しにきただけだ。すぐに出ていく」

「へぇ。……やってみな!」

 この激戦の決着がいつ着くとも知れず、二人は再び地を蹴った。


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