41.魔導士
彼らの背中を見送ると、アズミは呼気に合わせて瞳を閉じた。後のことはジンレイ達に任せて、ただ目の前の敵に集中するためだ。
「さてと」
肝の据わった眼差しで門前の兵士達を振り返る。
同時にチロルとケトルが彼女の両脇を固めた。ケトルは減速のために一度城を旋回しており、チロルは突入の際、既に数十名の兵士を倒してきている。
敵勢力の約五割を閉じ込めたリンファの土魔法のおかげで、現状は彼らのほとんどが檻の破壊に労力を費やしている。そのため即座に襲いかかって来た兵士は十人だった。
しかしその勇敢な兵士達も、二体の式魔を目前にして接近を躊躇った。猛獣の力をあれほど見せつけられれば当然の反応だろう。不用意に踏み込めば、たちまちその牙と爪の餌食となる。
「くそ……、小娘がっ!」
一人の短気な兵士がこの頓着状態を僅か三十秒で破り、チロルの攻撃圏内に飛び込んだ。他の兵士もフォローのため後に続く。だがチロルは彼らの攻撃を軽やかに回避、さらにその強靭的な牙で剣を噛み砕いて反撃した。アズミの忠実な中級式魔は、兵士十人を相手にしても圧倒的な強さを見せる。途中でひ弱な契約主を倒せばいいと気付いた兵士が矛先を変えるが、その機転も背中から襲いかかってきたケトルによって阻止された。
「………………」
ひとまず目前の障害を無効化して、再度現状を確認するアズミ。
土の檻もだいぶ薄くなってきている。もう五分と持つまい。むしろ強化魔法も施さず、ただの土くれでここまで時間を稼げたのだ。術者がリンファでなければこうはいかない。
敵兵の中には確かに軍師がいた。現状の混乱具合からみて、その軍師も檻の中と思われる。その者がよほどの愚か者でない限り、まず態勢を立て直してから一斉攻撃を仕掛けて来ることだろう。百人以上が束になってくるとすれば、さすがのチロルでも危うい。
アズミも策士だ。故に、この状況を打破する方法は一つしかないと導き出している。
これは負けられない戦いだ。万全を期して挑む必要がある。ならば――。
「……やっぱり、喚ぶしかなさそうですね」
アズミはチロル、ケトルを魔界に還し、母より授かった由緒ある杖を身体の正中線に構える。杖の先にある宝石が紫紺に煌めいた。
「闇の理を守護せし 知性を司る悪魔王よ 我が問いかけに応えたまえ」
幾何学的な文字の刻まれた魔法陣がアズミの足元に構成される。直径二十メートルにも及ぶ、並の魔導士でも後退るような巨大魔法陣だ。それは明らかに魔術とは系統が異なる模様が刻まれている。
「今こそ魔界の門を開き 境界を越え 理を越え 我の前に姿を示せ」
膨大な魔法力を魔法陣に注ぎながら、複雑な詠唱を流暢に唱えていく。詠唱が終盤に差し掛かると、魔法陣は脈動を始めた。
そして、アズミが高々と杖を掲げて呼号する。
「我 アズマリア・ロログリスの名において命じる!
――出でよ! 式魔王第質門番 マグダラ!」
契約主の喚びかけに応じて、魔法陣から霞みがかった黒い物体が現れる。そこから這い上がってきたのは馬獣の容貌を持ち、人間のような肢体を備えた、悪魔の長が一人。
魔界には魔神に通じると言われている九つの扉が存在する。その扉を守護する門番こそ魔界を統べる王――すなわち悪魔王である。アズミが召喚したマグダラもまたその一人だ。
悪魔王とは人間と対等、あるいはそれ以上の知性を携えた高尚なる悪魔のことを指す。その体長は巨大禽獣のケトルをも遥かに凌ぐ。アズミとの契約によって式魔となった彼は直立しているだけで、凄まじい威圧感を放っていた。
「し……式魔王っ……!? なぜこんな小娘がっ!?」
相手は小娘一人だと高を括っていた兵士達が青ざめていく。
魔導士。――それは悪魔を使役する者である。




