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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
五章 闇夜に光あれ
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40.闇夜に光あれ

 百年の闇夜を思わせる夜の帳が広がっている。

 その夜陰に乗じて、猫のように目を光らせた緑色の小鳥――ケトルが古城の上空を滑空していた。気流に乗って飛行し羽音一つ立てることはない。地上の敵兵に感付かれることなく古城を二周旋回すると、ケトルは大きく方向転換し、城から一キロ程離れた先にある丘陵に向かってゆっくりと降下した。

 そして、その裏で待っていた一人の少女の細腕に留まる。

「ご苦労さま、ケトル」

 ケトルの金眼は機械的にアズミを捉え離さない。その眼球の表面には、うっすらと魔法陣が浮かんでいた。

「リンファ。お願いします」

「はいはい」

 リンファがケトルの前に手のひらを広げ、掛けていた魔法陣を浮かび上がらせる。これは偵察用魔法の一種で、被術者が網膜に映した映像を術者の脳内に再現するものだ。

 ここまで来るのに大いに役立った探査用魔法といい、それらは本来、国家魔術士が使用する軍用魔法である。リンファも魔術士なので軍用の補助系魔法を習得していてもなんら不思議ではないのだが、一般的な話として一介の魔術士がこうも簡単に国家魔術士の代役など務まるものではない。これはリンファだからこそ為せる業と言うべきか。

「東塔ね。そこにユリエナがいるわ」

 彼女は偵察用魔法の解析を終わらせ、僅か数秒で解除。普通国家魔術士でも最低十分はかかるところだ。

「それから古城全体に魔法壁が張られてるわね」

「じゃあ、やっぱ……」

「ええ。いるわね、反逆者が」

 コーエンスランドに魔法力を物質化し障壁にするような技術はない。ジンレイが呟いたように、あの古城の中にグリームランドの魔術士がいることは明白だ。

 この人数で五千いる敵陣に乗り込もうというのがそもそも無謀だが、唯一の強みだった魔法も拮抗する可能性が生じてきた。

 各々が思考することによって生じた沈黙。破ったのはアズミの小さな笑い声だった。

「なんだかわたし達、昔話していたヒーローみたいですね」

「ああ、世界を救うとかってやつっスね。懐かしいっス」

 たった五人で惑星の未来を左右する戦いに挑む。あの頃は本気でそんなことを望んでいたが、子供の殻を破ってからはそんな状況は死ぬまでやってこないだろうと悟っていた。仮にあったとしても五人でどうにかなる問題ではない、と。

 現実は冷たく厳しいことを思い知ってきた。というのに、ガキの頃思い描いていた以上の王道物語ような舞台が目の前に広がっているなんて、現実というものの基準が分からなくなりそうだ。

「そっか。そうだな……」

 それも驚きだが、みんながそんな昔にした話を覚えていることもまたジンレイには驚きだった。あれはジンレイが初めて家族以外に語った夢の話でもある。だからジンレイはよく覚えていた。しかしみんなにとっては一度きり、ほんのちょっとだけ盛り上がった子供の頃の調子のいい空想話だと思っていたのに。少し意外だった。

「本当にこんな日が来るなんて、あの頃は夢にも思わなかったのにな」

「ならいっそ派手にやってやりましょ。夢を夢で終わらせないってね」

 アズミ、キルヤ、ワモル、リンファの視線がジンレイに集う。

 ジンレイはみんなの視線を受け止め、深く頷いた。

「行こう」

 今度はみんなが頷く。

 そして一切迷いのない素早い動作で軽トラに乗り込んだ。運転席には誰も座らない。全員が荷台の方に乗り込んでいた。

 というのも、今回運転するのはキルヤでもワモルでもないからだ。

「汝等が真の姿を解放せよ ――チロルネイ ケトルレイ!」

 アズミの詠唱で杖が発光する。それに呼応して子猫と小鳥が本来の虎狼と巨大禽獣の姿を曝け出した。

 要塞の防御を突破するには、一般軽量自動車はおろか装甲戦車でも難しい。

 そこで巨大禽獣に戻ったケトルにこの軽トラごと特攻してもらい、道を開く。普段は伝達、斥候の役に徹するケトルだが、本来はその移動力こそが何にも勝る攻撃力となる悪魔だ。その特攻力があれば軽トラでも門前まで辿り着くことが可能だろう。

 ケトルの足が軽トラを掴んだ。それだけで外装の一部がひしゃげた音を立てる。この足で生身の人間が捕らえられたらどうなるか想像してしまうと恐ろしい。

「チロル!」

 アズミの一声。それに応えるように力強い咆哮が轟いた。

 巨大なケトルの姿とチロルの咆哮で、コーエンスランド軍の兵士達が闖入者の存在に気付いた。城の方で喧騒が沸き起こる。

 励声一番と共に駆け出したチロル。それに続いてジンレイ達を抱えたケトルも飛び出した。

 ケトルの飛行速度は驚異的で古城までの距離を一気に詰めていく。

「迎撃しろ! 魔術士、魔法を!」

 紫色の法衣で身を包んだ魔術士達が魔法詠唱を始めた。彼らは前方一八〇度、至る所に散らばっている。このまま一斉に魔法を撃たれると、直撃ないしは負傷の隙をつかれてたちまち一網打尽にされかねない。

 だがそこで、この面子きっての遠距離戦術者が果敢に腕を伸ばした。

女神の加護よりレイト・エリル・アルマイア・齎されし(フェロアーズ・)光元素よ(ラタトスクル) ここに集え(リコル・エスト)!」

 リンファの手先に出現した白い魔法陣が一閃を放つ。

 その光線の先にはさらに高密度の光元素が収縮している。超高温体粒子の集合体であるそれを人体がくらえば、斬られるのと同時に焼かれる痛みを味わうことになる。さらに加速すればする程に、その脅威は何乗にも増していく。

 光線は接近する敵の魔法と激しく衝突。肌を焦がすような爆風が生じた。

 続いて二撃目、三撃目と軽トラ目掛けて飛んでくる。

 魔法に魔法をぶつけることで敵の攻撃を打ち消す手段は頻繁に用いられる。攻撃は最大の防御と言われるように、機を見て攻撃に転換可能な一面を持ち、また防御魔法を展開するよりも容易に発動できるからだ。だがこの方法には大きな欠点がある。複数の敵に襲われた場合、一人では対処しきれなくなってしまうのだ。

 おそらくここに居合わせたコーエンスランド軍の誰もが『もらった』と思っただろう。

 しかし、彼女は反対にしたり顔を浮かべた。

 それもそのはずで彼女は次の瞬間、コーエンスランドの人間には不可能かつ反則的な言葉を口にしたのだ。

「――復元(リピート)!」

 その一言で、光の魔法陣が再現された。加えて今度は一つではない。複数の魔法陣が輪を描いてそこに展開される。

 敵兵の間に驚愕の声が上がった。

「再起動に、重複だとっ……!?」

「甘っちょろいのよ! ――ここに集え(リコル・エスト)!」

 リンファの放つ閃光が次々と敵の魔法に衝突。攻撃を打ち消していく数十個あった敵の魔法は一つとて軽トラに届くことはなかった。

「やった!」

 第一波を見事に撃退して、後ろに控えていたジンレイ達が歓声を上げる。

 魔法の衝突による烈風で、周囲一帯に硝煙が立ち込めた。古城の位置こそ把握できているが、敵兵の様子はまったく見えない。状況はむこうも同じだろうが。

「喜んでる暇はないわよ!」

「敵の中に突っ込むぞ! 振り落とされるな!」

 すかさずリンファが風の魔法を展開。硝煙や土埃が軽トラを避けるように後方へ流れていく。その硝煙を抜けた直後、大勢の兵士達が目前に飛び込んできた。

「うわっ――っと!」

 兵士達の頭上僅か数センチといったところを軽トラが駆け抜けていく。これでは敵の剣先が諸に届いてしまう距離だが、ケトルの飛行速度が幸いして、大半の兵士が剣を振り上げる時にはもうその頭上を通り抜けていた。うまいことタイミングを読んで軽トラにしがみ付いてきた兵士もいたが、一人残らずジンレイとワモルで振り落としていく。微力ながらキルヤとアズミもその援護に回った。

 古城を覆うドーム型の魔法壁が目前に迫る。

「無駄だ。一介の魔術士に破壊できるものか」

 魔法壁は防御用魔法の一種だ。最も頻繁に用いられる防壁に比べて生成難易度は上がり、多量の魔法力を必要とする。その代わり、前方からの魔法攻撃を一度防ぐと消えてしまう半球形の防壁とは違って、魔法壁は全方位に壁をつくり、その大きさも術者の実力次第で自由自在に変えられる。肝心の防御力も術者次第だが、防御魔法は同レベルの攻撃を受けた程度で敗れるものではない。打ち破るためにはその三倍以上の攻撃力を持った魔法でないと打ち破るのは不可能だと言われている。

 つまり古城全体を覆う規模の魔法壁を展開できる人物を軽く上回る実力がなければ突破することは出来ない。

「どうかしらね」

 魔法壁を一瞥すると、リンファは詠唱に入った。陣が展開するのは手元ではなく足元。それも通常の陣より一回り大きい。初級魔法より一ランク上の中級魔法だ。長い詠唱の後、リンファはその魔法壁を見据えて言い放った。

「――闇の国より来たりしゼルバ・ゲテム・アインズ・レノバージュ・聖槍よ(グングニル) 其を貫け(リコル・エスト)!」

 雷を帯びた巨大な槍が彼女の手中に創造される。正確に言えば彼女の手には触れていない。握り拳が入る程度の隙間を空けて宙に存在している。彼女はそれを身体の横に構え、不可視の弓を引いた。魔法壁に狙いを定め、真っ直ぐに射る。

 その瞬間、槍の先に魔法陣が展開された。それが聖槍に込められた防御魔法を破壊する魔法術式である。リンファの手を離れた後は軌跡を追うこともかなわない速さで飛んでいき、魔法壁に突き刺さった。

「ば、馬鹿なっ!?」

 槍の突き破った場所に亀裂が走る。徐々に全体に広がり、間もなく魔法壁は天蓋から崩れ落ちていった。

「ま、こんなもんよね」

 気怠そうに一言。でも僅かに満足気なのは親しい人間にしか判らないだろう。

「リンファかっけぇ!」

「おだてても何も出ないわよ」

 痛快な攻撃を目の当たりにして子供のように興奮するジンレイ。ケトルが魔法壁を突破する。

 城門の手前に兵士達が集まりつつあった。こちらの目的を見越しているコーエンスランド軍はなんとしても門前で自分達を食い止めたいだろう。しかし、こちらとてこんなところで止まるつもりは毛頭ない。

「――どれくらい手加減すればいいのかしらね」

 死なれたら後味悪いし……、とリンファ。面倒臭いとでも言わんばかりの口調だが、その瞳は決して笑っていない。じっと前を見据え、策略を練っている。

 現在も継続中の風魔法と並列して隣に別の魔法陣を構成する。

闇の国より齎されしテルバ・アテム・マイズ・シノーバ・土元素よ(ヨトゥンヘイム) ここに集え(リコル・エスト)

 門前にいる兵士達の足元に、巨大化した同一の魔法陣が出現。兵士達がざわめく一瞬の間に、陣から隆起した土が彼らを囲い込んだ。どっしりとした土の檻が形成される。ざっと二千人は捕らえられただろう。

 運良く束縛を免れた兵士達が逃げるように門前から散る。そこに城門への道が開かれた。

「ケトルっ!」

 ピィイイイイイイイイイ……

 これを機にケトルが加速。一気に門前へ到着し、ジンレイ達はケトルが減速した一瞬を見計らって軽トラを飛び降りる。着地して互いの無事を確認すると、すぐさま城門へ走った。

 ワモルが先に門を開け、ジンレイ、キルヤ、リンファが城に踏み込む。

 ところが、アズミは門の直前でその足を止めた。

「行って下さい。ここはわたしが引き受けます」

「なっ――!?」

「アズミ……?」

 まさかメンバーを欠いて進むことなんて考えてもみなかったジンレイ。キルヤ、リンファ、ワモルも不意の申し出に戸惑ってしまう。

 動揺する四人に向けて、アズミはいつもと同じ笑顔を浮かべた。

「この数の雑兵を短時間で鎮圧させられるのは、わたしだけですから」

 最初に頷いたのはワモルだった。何にせよ、こんなところで立ち往生している時間はない。

「いいのね?」

「はい」

 次いで、リンファが念を押して彼女の意思を確かめる。

「行きましょ」

 リンファに促されジンレイとキルヤも、ワモルに続いて走り出す。

 無論、敵が存在するのは門前だけではなく、城内にわんさかいることだろう。もし城内で敵に追い詰められ、門前の敵まで押し寄せてきたら、完全に包囲されてしまう可能性がある。敵戦力は出来るだけ削っておくべきだ。アズミはその役を自ら買って出てくれた。

「言われるまま来ちまったけど、本当にアズミ一人残して大丈夫なのか?」

「アズミなら問題ないわ」

 後ろ髪を引かれる思いのジンレイ、キルヤとは違い、これといって心配していない様子のリンファとワモル。

 だがそれも、ジンレイ達の知らぬところに根拠となる事実があったからに過ぎない。

「あの子はもう立派な上級魔導士よ」


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