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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
四章 それでも僕等は夢を見る
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39.理想郷

 グリームランドの夜はいつも満天の星空が照らしてくれる。人はその光を見上げて時の流れや世界を感じていた。

 しかし所詮は星光だ。天穹には他に頼れる明かりもない。いくつ集まろうと星々では夜道を照らすこともままならない。太陽の光とは絶対的な差がある。人々が求めるのはいつの時代もそういった絶対的な存在感のある光源なのだろう。

 だが、もうこの空に太陽が昇ることはない。昇らせない。

「よっ」

 石畳に甲冑の足音を響かせてガリルフが部屋を出た。その入口で壁に背を預けて待っていた男は、彼を引き止めるように声を掛ける。

「お姫さんは?」

 人好きのする顔で笑うと二十代後半のその男もまだ青年のように見える。彼の倍近く生きているガリルフからすれば若造に変わりはないが。

「気を途絶えた」

「マジか。その強面で脅されたら無理もないけど」

 二人の間に師弟関係はない。だが双方稽古の相手がつとまる人間は限られている。故に必然的にやり合える者同士の付き合いというものが生まれてくる。打ち合いで知り合って以来、今では任務に関係のない話もする間柄になっていた。

「違う。見てみろ」

 男は言われた通りガリルフの出てきた部屋の向こうを覗く。

「あらら。苦しそうに」

 広い部屋の隅で少女がうずくまり、悶え苦しんでいる様子が見て取れた。血の気の引けた肌色や荒い息遣いが部屋の外からでも確認できる。演技にはとても見えない。

「何しに来た、テイト。用が無いなら持ち場に戻れ」

 テイトと呼ばれたその男は、放っておくと延々とくだらない話を続ける。生来の話好きなのは自他共に認めているところだが、この古城はコーエンスランド軍が完全に占拠し敵襲に備えて陣営も組んでいるとは言え、グリームランドという敵地に赴いている今、然したる意味もない話に付き合っている暇はない。ガリルフはそう言外に告げた。

「本っ当つれねぇな軍師殿は。太陽が消滅したってんで知らせに来てやったのに」

 それが彼らの付き合いなのか、彼は平然とした調子で返す。

「……そうか。ならあの昏睡もその影響か」

「こっからが勝負だな」

 背中に純白の翼を生やしたフォルセスの姫君を前に、国軍最高軍師と壱番隊隊長は僅かな沈黙を挟んだ。ややあってガリルフが厳めしい目付きでテイトの方を見遣る。

「そう思うなら軽率な行動は取るな。あらゆる事態に備えて気を引き締めろ」

「きついなぁそれ。十二時間だぜ?」

「たった十二時間だ。たった十二時間で惑星の命運が決まるのだからな」

「……はあ。はいよ。そんじゃあ戻りますかな。なんせコーエンスランドの未来がかかった大事な任務だからな」

「己の昇進がかかった、だろう」

「お、言ってくれるね。まあそれも間違っちゃいないけどさ」

 テイトは気を害すでもなく、ただ感傷に浸るように空を仰いだ。

「生まれ故郷っつっても、いつまでもあんな鉄の中で暮らしたくはねぇよ。こんな惑星知っちまえば尚更な。本物の空ってやつを他の連中に見せてやりてぇと思うのは俺のエゴかね」

 コーエンスランドの惑星環境は深刻だ。恐らく近隣の惑星間で最も劣悪だろう。高度な機械化により目まぐるしい繁栄を遂げ、魔法という物理法則への干渉技術までも手に入れた。しかしその代償として大気は汚染され、大地は腐敗し、そこに生物が存在することは不可能となった。コーエンスランドに浮遊する飛行艦を『街』として、人々はその中で暮らしている。住居区においては昼と夜が設定されており、昼の間は擬似的太陽が天井に出現し、空調機によって風も作り出されている。

 飛行艦の中で生まれ、死んでゆくならそれは一つの立派な世界だろう。

 だが、人々は知っている。際限無き青空が広がり、どこかで生まれた風が自分の頬を撫でどこかへと吹いていく世界。その全てが生命の鼓動で満たされた世界があることを。

 最も自然を愛し、共存を果たしている惑星。それこそがグリームランドだ。コーエンスランドがグリームランドを欲する理由は全てここにあると言ってもいい。魔法を得るために太陽という代償を払いこそしたが、グリームランドには有限であれ太陽が昇っている。結果的には何も失ってはいない。まさに神に愛された、理想郷のような惑星なのだ。

 この惑星を手に入れれば、コーエンスランドの未来が大きく拓けることは間違いない。

「……さあな」

 長い沈黙の後にしては、冷めた一言。

「無駄話させて悪かったな。ほいじゃ敵さんに備えて戻りますかな」

 それも気にした様子はなく、テイトは組んだ両手に後頭部を乗せ、ふらふらと通路を歩いていった。

「……ふん。エゴ、か」

 その場で佇むガリルフは彼の足音が遠のいてしばらくした後、誰にともなく呟いた。

 この惑星へ赴いた理由は、彼もまた一つではない。そのうち一つは軍とは一切関係がなく、全くもって彼の私情だった。


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