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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
四章 それでも僕等は夢を見る
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37.太陽の終焉

 一行を乗せた軽トラは再び荒野を走行していた。今回はキルヤとリンファも後ろで休息を取り、代わりにワモルが運転している。リンファの魔法で随時敵兵の位置を確認しながらアズミがルートを微調整し、着実に古城へと接近していた。

 頭上の様子など気にもならなかったが、八時を過ぎた空は未だかつて目にしたことのない有様を見せていた。弱まった陽光の影響なのか、天球を二分して太陽がある側は明るく、反対側は完全に真っ暗で星が輝いている。人によってはこの光景を幻想的とも表現するだろう。しかし昼と夜が混在した無秩序極まりないこの天穹は、人々の時間感覚を著しく鈍化させ不快感をもたらした。

 最優先事項はユリエナの奪還であるが、中断されてしまった〝太陽の儀式〟も頭に置いておかなければならない重要な事項だ。とは言えジンレイが心配せずとも、既にリンファやアズミが思索してくれているのだろうが。

「ところで、その古城っていつ頃のもんなんスか?」

「あ、古城とは言ってもそこまで古い建物ではなくて、ここ百年に建てられた割と新しい城なんです。だから現在でも正常に機能するものが多く残っていると聞いています。それに、元々は要塞として造られたとか」

「要塞……」

 これから向かう場所が要塞であるなら戦況は厳しくなるのではないか、と二人の会話を横で聞いていたジンレイは思った。

 アズミの推測によると、敵は三千から五千人程度だという。これに対して、こちらは小隊にも満たない人数と装甲すらしていない自動車一つ。一方的な歓迎を受けることになってもおかしくない。

 普通なら引き返そうと思うところだが、そこまで危機感は覚えていなかった。

 なにせこいつらと一緒なのだ。

 みんなその分野の熟練者(エキスパート)で、実力は折り紙付きだ。このチームは構成人数と平均年齢こそ心許ないが、その代わり各々の特性を十二分に活かすことであらゆる方面の問題にも迅速かつ的確に対処できる。こいつらはそんじょそこらの傭兵集団よりも遥かに強いと、ジンレイは確信している。

 心配しているのは別のことだ。

「なあ、それってかなり広い建物だってことだよな?」

「はい。王宮並みの規模ですよ」

「それでユリエナを捜せるのか? 絶対監禁とかされてるだろうし、んな広い城を端から見てくわけにもいかないだろ?」

「あ、それなら大丈夫です」

 一抹の懸念を抱くジンレイとは裏腹に、人の約三倍は思慮深いアズミがけろっと微笑む。

「大丈夫?」

「はい」

「不幸中の幸いってやつかしらね」

 魔法の合間を縫って、リンファも話に加わる。

「太陽が消滅すれば〝太陽の儀式〟は最終段階に入るわ。そうすれば神子であるユリエナの魔法力も最高潮に達する。城外からだって簡単に見つけられるわ」

「魔法力が増えると、ユリエナの居場所が分かるんスか?」

「要はね、ユリエナの魔法力はとにかく膨大なのよ。逆に膨大な魔法力を辿れば、ユリエナを見つけられるってこと」

 太陽が消滅すれば世界全体の魔法力が一時的に増幅する。それは当然、〝太陽の神子〟であるユリエナも同じ。アズミによると、その時ユリエナの魔法力は優に一兆を超えるらしい。完全な闇の訪れと共に増幅する魔法力もまた常人の比ではない。魔法系統に聡い者ならば、それを辿り容易にユリエナの魔法力を感知することが出来るということだ。

「わたしとリンファなら魔法力を判別できますから、ユリエナを見つけるまでにそう時間は掛からないと思いますよ」

 説得力のある返答を聞いて、ジンレイは肩の力が抜けた。

 一般の成人が貯蔵する魔法力は約五百から千程度であり、魔術士や魔導士など魔法を生業とする者は千から数万と言われ、上限はない。ちなみにリンファは六万、アズミは七万とのこと。魔法力は鍛え上げることでより洗練され、貯蔵を増やすことが出来る。

 一方、ユリエナは太陽を創生する者とは言え、魔法に縁のなかった一般人だ。一兆の魔法力を保持することの身体的負担は計り知れない。稀に幼い子供が自分の高い魔法力に順応出来ず、脱力感に襲われることがある。ひどい場合は憔悴してしまい、医学療法士の処置を受けなければ生命の危険にさらされることもある。現在ユリエナもこの手の症状にかかっている可能性が高いという。その上まだ魔法力が増幅するのだから、どういう事態になるのか全く予想がつかないと先程リンファが心配そうに話していた。

「でももしそれをコーエンスランド軍が気付いているとしたら、対策されているでしょうけど……」

「でも、コーエンスランドの人間って魔法力を感知できないって言うっスよね」

「ええ。しかし〝太陽の儀式〟の妨害なんて大罪を犯したんです。魔法面でも万全を期すのが定石でしょう」

 コーエンスランドの魔法は、グリームランドの魔法の前では稚拙の一言に尽きる。

 例えば、コーエンスランド最高の魔術士が最強の魔法を撃ったとする。だがそれは空しいことに、グリームランドでいう国家魔術士が撃つ初級魔法に相当する。到底戦力にはならない。

 とは言っても、それにすら及ばないジンレイであったが。

「太陽神殿では話さなかったけど」

 リンファが一度ジンレイと目を合わせた。元候補者達が近くにいたため、あの場ではそれ以上の話を避けたが、敵地に乗り込む今となっては耳に入れておきたい。

「コーエンスランドの人間が転送魔法を使えるはずがない。それにあれだけ手際良く攻め入って退いたとなると、太陽神殿や黄昏塔の構造を予め把握していたと見るべきでしょうね」

「同意見です」

 アズミも首肯する。

「ってことは?」

「後者だけならグリームランド侵略に携わった歴代の軍師から情報を集積した線もあるが、前者の可能性は一つだ」

 運転席にいるワモルも背を向けたまま言う。

 ここから導き出せる結論を、リンファがまとめた。

「コーエンスランドに寝返ったやつがいる」

 ずんと響いた。同じグリームランドで生まれ育った誰かが母惑星(ぼせい)を危機に追い込んでいる奴等の一味なんて。コーエンスランド軍には母惑星(ぼせい)の利益という目的がある。しかしその人物の目的や理由は、一体どんなものなのか。グリームランドに生きる人間の多くはこの惑星を一つの大きな家のように思い、共に生きる人々を大きな家族のように思っているというに。

 だからこそ反逆的行動を取る人がいたことに少なからず驚いたし、憤りたいような悲しいような、複雑な気持ちを抱いてしまう。

「ユリエナを無事奪還したとしても安全な場所に連れて行くまで油断は出来ないな」

「せめて太陽創生魔法の魔法陣が展開されれば、誰にも邪魔されることはないんですけど」

 太陽創生魔法は一度術式を起動すれば光の壁が現れて神子を守るのだという。魔法陣の中には何人たりとも入ることは不可能だ。術式が起動さえすれば〝太陽の儀式〟は再開できる。そのためにも一時的であれ魔法力と喧騒からユリエナを遠ざけ、光神イリシスに再降臨してもらう必要がある。やるべきことは多そうだ。

「まあ裏切り者がいたとしてもさ、こっちにはリンファがいるんだし。そこはあんま心配いらないんじゃないか?」

「なによ。あんた、人を最終兵器みたいに」

 言いかけて、突然リンファが黙った。何かと思って彼女を見ると、空を見上げていた。アズミも一緒になって無言で空を仰いでいる。

「………………」

 切迫した表情で天穹を仰ぎ続ける二人。何がなんだか分からぬままに、ジンレイとキルヤも押し黙った。

「――ワモル! 車停めて!」

 アズミよりも先に我に返ったリンファが声を張り上げてワモルに促す。彼は戸惑いつつも、その尋常じゃない彼女の声色を察してすぐさま軽トラを停止させた。

「なんスか?」

「これは……」

 アズミはどう言葉にすればいいか迷っているようだった。しかし魔法関係に聡い彼女達が揃って上空を見上げているのだ。ジンレイ達はすぐに察しがついた。

 そもそも空に関して剣呑な事態など後にも先にも一つしかない。

「太陽……」

 そうジンレイが言葉をこぼした、刹那――。

 予兆もなく、太陽が急激に光を絞った。途端に周囲は暗闇に覆われ、気温も下がったように感じられた。自分の手足は辛うじて見えるが、地面や軽トラはおろか隣にいるみんなの顔すら捉えられない。予め軽トラを停めておかなかったら転倒していたかもしれない。

 目が暗順応してきたところで、落ち着いて太陽を注視した。ちょうど一番星ぐらいの大きさだろうか。辺りの星よりはまだ大きな光輝を放っている。だが――。

「いよいよね」

 いつの日も燦々と輝いていた太陽が、嘘のように小さくなってしまった。ジンレイ達の誕生を、成長を、空から見守っていた偉大なる存在が今、終焉を迎えようとしている。

 きっとリンファとアズミには、ジンレイ達が肉眼で捉える以上に、様々な変化が感じ取れているのだろう。リンファが呟いて五秒と経たずに、太陽はさらに収縮してバチッと線香花火のような光の欠片を散らし、闇に溶けていった。

 その光の許に命を繋いできた者達の複雑な心境を他所に、不変と信じて疑わなかった太陽は残酷なほど無機質的に消滅した。

 完全な闇が世界を覆いつくす。

 街では先日のようなパニックが起きているかもしれない。終始を静かに見届けたジンレイ達も、事前に察知した二人とて、動揺は隠せない。けれどジンレイ達一行に嘆き悲しむ時間も感傷に浸っている時間もない。

 消えてしまった太陽はもう戻らない。

 現時刻から十二時間以内にユリエナを助け出し新しい太陽を創生しなければ、グリームランドに明日はない。


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