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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
四章 それでも僕等は夢を見る
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33.それでも僕等は夢を見る

「しっかりするっス! ユリエナの騎士がそんなことじゃ締まらないっスよ!」

 いつの間にか運転席から荷台に移動していたキルヤも話に加わった。

「……騎士って、誰が?」

 言葉の意味が理解できなくて、ぱちくりと目を瞬くジンレイ。キルヤ、ワモル、アズミと順に顔を見回すが、三人とも理解できないジンレイが理解できないという顔で見つめ返してくる。

「…………俺がぁ!?」

 ジンレイが素っ頓狂な声を上げると、アズミがくすりと笑った。

「ひょっとして知らなかったんですか? ユリエナが側近も護衛も付けなかった理由」

 街中で一人歩いているユリエナを見かけることはそう珍しくない。彼女が王族であり、〝太陽の神子〟候補者でありながら、側近も護衛も付けずに生活していたことは周知の事実である。しかしその理由となると知る人間は少ないのか。問われてみればジンレイも、ユリエナからはっきり聞かされたことはなく、確かなことは分からなかった。

「いや、知ってるような、知らないような……。ってかこれといって理由なんてあるのか?」

 そんなジンレイを他所に、三人は顔を見合わせた。

「ほんとはこれ、内緒なんスけど。一年目の試験の発表日、ユリエナも来てたんスよ」

「はあ? なんっ……?」

「知らなくて当然だ。おまえ、会場にいなかったもんな。会場にユリエナも紛れ込んでたんだよ」

「もちろんお忍びで、ですけどね」

 三人が口を揃えて話す『入団試験』とは、まさしくジンレイが受けた騎士団の入団試験のことだ。ジンレイは幼い頃から騎士になることを夢見ていた。当時の詳細を思い出しながら、彼らの会話と照合していく。確かに入団試験の発表日、ジンレイは不合格を自らの目で確かめることもないと思って行くことを止めた。だからユリエナがそこに来ていたことなど、知る由もない。

「ジンレイが二次の魔法検定でとちったって言ったら、そりゃあ怒ってたっス。『そんなのおかしい! 魔法以外はどれも傑出しているのだから、不合格にするのは安直な審査が過ぎる』って。試験官に抗議し出して」

「あれは肝が冷えた。相手がユリエナでなかったら完璧に不敬罪もんだ」

 その場景が、その場に居合わせなかったジンレイにもありありと想像できた。試験官も、仕えるべき王女に逆上されたのではたまったものではないだろう。名も知らぬ騎士の当惑顔が目に浮かぶ。

「それで『ジンレイの不合格を再検討しないなら、私にも考えがありますから』って。『彼が騎士になるまで、私も付き人は一切付けません』って公衆の場で断言したんです」

「まさかあいつ、それで護衛つけないのか!?」

「それでっスよ」

「なんだよそれ。まるで俺が……」

「ええ。すごいですよね。ユリエナ、自分の専属騎士はジンレイ以外に認めない、って言い切ったんですよ」

 胸の奥から熱いものが込み上げてくる。やるせなさや失望感、それに僅かな怒りや衝動。……でも確かに感じるのは、泣きたくなるような嬉しさ。

 二年前、十四歳のジンレイは最年少枠で騎士団の入団試験に挑んだ。同い年の子も数人見かけたが、ジンレイは一次試験を断トツで通過。その時歴代首席とまで囁かれた。しかし、いやだからこそ、二次試験の失態はジンレイを追い詰めた。

 ――魔法が使えない。それがジンレイの最大の弱点だ。二次で魔法の巧拙云々を評価する試験において、発動すら出来ないのでは話にならない。よって審査対象外の酷評をもらい、周囲の関心は一気に冷めていった。

 それでも最初は諦めなかった。来年こそは、と魔法の練習を始めた。魔法陣構成、詠唱、魔法力錬成まではいける。しかし発動と同時に制御を失い、結果魔法として成立しないままに消滅してしまうのだ。才能という程ではないにしろ、魔法はどうしても天性の感覚が有無を言わせる。これはグリームランドの人間には体力と同等に馴染みあるスキルだ。剣技の才能こそ持ち合わせたジンレイだが、魔法の才能は微塵もなかったのだ。

「……俺っ、いつまで経っても魔法が使えなくて」

 剣技で満点を叩き出し、知識教養をそこそこ身につけていれば魔法で零点をもらっても総合で及第点になる。そう思って挑んだ試験だった。しかし試験官は騎士を志す者に全てにおいて六割の成果を要求していたことを、後で知った。魔法が使えなければ騎士団試験を通過することは最初から不可能だったのだ。

 そうして二年という時間が過ぎていった。十六歳になった今でも、習得の兆しは一向に見えないままだ。

「魔法力はあっても魔法が使えないってのはざらにある話だ。俺もあんまり言えた側じゃないしな」

 ワモル自身魔法力がこれといって高いわけではないので、魔法を好んで使用することはない。尤も魔法の利便性や有効性に魅力を感じてしまえば武人など目指せるはずもないが。それでも必要な時差し支えなく使用できる程度には訓練も積んでいる。彼はそう言ってくれるが『使わない』のと『使えない』のでは決定的な差があった。

「でも、ガキが学修院に通う前から使えるような簡易魔法一つ制御出来ないんだぞ。役立たずもいいところだ」

「そうでしょうか」

 抑揚のない、真剣そのものの声。アズミの顔に笑みはなかった。ジンレイの目を真っ直ぐに捉え、ふっと目を細めて穏やかな口調に戻る。

「ジンレイが自分をどう思おうと、ユリエナはずっと待っていました。きっと今も――」

 両手で耳を塞いでも聞こえてくるような、切ないほどにら透き通る声。ジンレイは目の奥に熱いものを感じた。

「魔法が使えなくてもいいじゃないっスか。オイラ達みんな、ジンレイの長所を信頼してるっスよ!」

 アズミに続いて、キルヤが言明した。

 ワモルのように武力に長けているわけでも、アズミのように博識というわけでもないが、キルヤはいつもジンレイの一番近くで応援してくれていた。魔法が使えず躍起になっていた時も、そばで報われない努力をそっと褒めてくれた。あの時、剣さえ置こうとしたジンレイが思い留まれたのは、間違いなく彼がそばにいてくれたからだ。

「キルヤの言う通りよ」

 展開していた魔法を解除して、リンファがこちらにやってくる。彼女は腰に手を当てた姿勢で、怒ったような、励ますような口調で堂々と断言した。

「不得手一つあったくらいで落ちこぼれなんて言ってたら、人間みんな落ちこぼれじゃない。あたし達だって出来ないことはあるわ。あんたが魔法を使えないようにね」

 ジンレイの懐まで歩み寄ると、彼女はジンレイの腰に佩いている剣を引き抜いた。ジンレイはその意図を読めなかったが特に拒まず、彼女の言葉に耳を傾け続ける。

「何のためにあたし達がいると思ってるの。ジンレイはジンレイに出来ることを、ただ全力でやればいいのよ」

「リンファ……」

 彼女が刃元に添えた手のひらを、刃先へ滑らせていく。彼女の手と刃の僅かな間に浮かんだ魔法陣は光の粒子と化し、刃に吸収されていった。

 淡く発光する剣を差し出して、リンファが問う。

「やるべきことは、わかってるわね?」

 答えなんて決まっていた。だから彼女はジンレイの口答を待っていない。みんなが見守る中ジンレイはゆっくりと右手を伸ばし、剣を受け取った。


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