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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
四章 それでも僕等は夢を見る
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32.遠い日の憧憬

「アズミももう忘れろ。アズミの努力はちゃんと評価されてる。隊士達がおまえの下でまとまってるのが紛れもない証拠だろ」

 あれからずっと項垂れているアズミがぴくっと身を震わせた。

「……そう、ですね。……その通りです。嫌なこと言われるの、わたしも慣れてるはずなんですけど、いつも落ち込んでしまって……。ダメですね、わたし」

「アズミも、大変なんだな……」

 ジンレイが振り向くと彼女は「お恥ずかしい話ですが」と前置きした。

「国家魔導士になって、策士の資格(キャパシティ)も取って隊長に昇格した今も、あまり良い目で見られたことはないですね」

 えへへ、と弱々しく笑う。

 魔法関係にてんで疎いジンレイでも、資格(キャパシティ)の中で取得が最難関なのは魔導士であることは重々理解している。魔導士の資格(キャパシティ)取得と同時にフォルセス国軍に入り、最年少国家魔導士となったアズミは数年後、策士の資格(キャパシティ)も取得し隊を指揮する権限をも得た。勿論才能もあっただろう。しかし、その才能を充分に活かすために並々ならぬ努力を重ねてきたのだ。実際に見たわけではないが断言できる。ジンレイも居たたまれない思いが募った。

 そうすると、アズミがくすりと笑い出した。

「みんなといると、なんだか昔に戻ったような気がします。軍に入ったばかりの頃は、毎日ユリエナが会いに来てくれて、楽しい話をいっぱいしてくれました。おかげでつらいことがあっても、また頑張ろうって思えたんです」

 泣き笑いの表情を浮かべ、言葉を紡ぐ。

「ユリエナはいつも笑っていました。つらい時も、悲しい時も、決して笑顔を絶やすことはなくて……。ずっとその笑顔に、優しさに、励まされてきたんだと思います」

 アズミの言う『いつも』が本当にその言葉通りであることを、ジンレイ達は既に知っている。思い出すユリエナの顔はどれも笑っていた。

 しばらくして、アズミが「よしっ」と吹っ切れた顔を見せた。

「だから、今度はわたし達がユリエナに笑いかける番ですよね」

 この中で最年少の少女が、その小さな胸に大きな決意を抱く。

 その時、北の空から何かが舞い降りてきた。

「あ、ケトル!」

 細腕を水平に上げて偵察に行っていた小鳥を留める。すると彼女の忠実な式魔はキュキュキュとゴムが滑るような高い声で鳴いた。それを聴き、アズミの表情が引き締まる。

「正解のようです。北の古城でコーエンスランド軍の姿が確認できました。ユリエナもきっとそこに」

 腕力はなくとも、その知恵で幾度となく打開策を講じてくれたアズミ。彼女なくしてユリエナの追跡は不可能だっただろう。ましてやこんな短時間には。

「じゃあちょっと車停めなさい、キルヤ」

「何するんスか?」

 行路が決定されて、前に座るリンファが口を開いた。キルヤは言われるまま車を停止させる。

「念には念を、ね」

 リンファは軽トラから降りて数歩離れた。

「すみません、リンファ」

 荷台からアズミが声をかけると、彼女は微笑んで一瞥し、すぐに目を瞑った。

 古城に接近するにあたって敵との遭遇を回避するために、彼女は探査用魔法を展開しようとしていた。アズミによれば、この地点から古城までの距離は約十キロ。安全なルートを絞り込むらしく、それにはやや時間を要するとのことだ。本来広範囲探索用魔法は十人前後の魔術士が集まって発動するものだが、リンファという女性は難なく一人でその役をこなしてしまう。

 『すごい』とは思うが驚きはない。彼女は学修院時代から何でも出来るやつだった。何かに躓いた時は自力で原因を追究し、努力をもってその壁を越えてきた。そのことを旧友の一人であるジンレイはよく知っている。だからこそ今回のような手も足も出ない事態は、彼女にとって相当の負荷となっているに違いない。きっと死に物狂いで〝太陽の神子〟が生還できる方法を模索してきたことだろう。それが歴史上の理を乱そうとする無謀な試みであることも承知しながら。ユリエナを助けたい、その一心で。

 その決心が彼女を優秀な魔術士に育てたとしても、目的が果たされるまで彼女は決してその足を止めないはずだ。自分自身に鞭を打ち倒れるまで走り続ける。

 強さと知識を求める旅は過酷だ。根を上げたくなったことは、本当にないのだろうか……。

「俺、勘違いしてた」

 込み上げる思い。一瞬自分でも誰か分からない程に、その声は震えていた。

「みんな、俺と違ってちゃんと夢を叶えて、それを評価されて、充実した生活をしてるんだと思ってた」

 今思えば、キルヤがそうだった。彼は平均取得年齢が二十代後半の技士に僅か十代前半でなり、高名技士である父親の技術の八割を既に習得している。それなのに、依頼がないばかりにその成果を発揮できていない。笑顔で減らず口を叩くことはあっても、字を覚えるより前からドライバーを握り機械いじりをしていた彼が、本気で自分の持つ工学技術を思う存分振るってみたいと思わないはずがない。悔しいと思わないはずがないのだ。

「でもみんな、全てがうまくいってるわけじゃないんだよな。苦労も苦痛も、隣合わせでやってきたんだよな」

 自分が恥ずかしかった。

 学修院時代はみんな『子供』という括りの中で対等だった。しかし卒業して様々な資格(キャパシティ)や地位を取得した今では、みんなその手の熟練者(エキスパート)だ。けれど友の功績を嬉しく思う一方で、心境は複雑だった。そんな彼らと肩を並べれば、そこに画然とついた差を否応なしに突きつけられる。それが怖かった。彼らに嫉妬という汚い感情を向けることは、絶対嫌だった。合わせる顔がなくて、二年近く彼らに会うことを避けてきたのだ。

 それでも陰で自分なりの努力を続けているならまだいい。とある試験に二度落ちてからすっかり覇気を失くし、淡々とその二年を過ごしてしまったジンレイは、己の心の弱さを顧みずにはいられなかった。

 ……俺は、勝手に自分が負け組だと思い込んで、みんながどんな思いで頑張ってきたのか知らなかった。知ろうともしていなかった。

「一つだけ、合ってますよ」

 アズミがそっと囁く。その声は天使の羽音のように優しい。

「充実は、してますよ。あの頃はどんなに頑張ったって無理だったことが、一つ二つと出来るようになっていく……。無力の悔しさを知っているから、成長したと感じる時、すごく嬉しく思うんです。心が弾んで、次は何に挑戦しようって力が湧いてくるんです」

 微笑んでいるのに切なそうに目を潤ませて、彼女は一度息を吸った。この先はきっと、彼女がずっとジンレイに伝えたかった思いなのだろう。

「わたし達は目標としていた資格(キャパシティ)を得ることが出来ました。でもわたし達がここで頑張れるのは、……頑張り続けられるのは、地位や名誉が望みではないからです」

 真っ直ぐにジンレイの瞳を見て、アズミは続けた。

「ジンレイも、そんなものに縛られないで下さい。……ジンレイの本当の願いを、叶えて下さい」

 泣きたくなったのはジンレイの方だった。

 自分はなんて小さかったんだろう。こんなにも仲間に恵まれているのに、心配をかけて。

「時間の流れって不思議だよな。始めた頃はちゃんと解ってたのに、いつの間にか目先のことばかりに気が向いて。気が付いたら大事なことを忘れてる」

「ワモル……」

「でも思い出したならそれでいい。再スタートはいつでも切れる。何度でもな。そうだろ?」

 優しい口調。ジンレイの中で蠢く負の感情を溶かしていくようだ。

 ワモルの外見はまさに近寄りがたい堅物のそれだが、内面はこうも温厚で寛大だ。彼の励声に、何度ジンレイは安堵し、背中を押されてきたことか。


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