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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
三章 破滅と誕生の象徴たる塔
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28.追いかけよう

 再び走り出してから七分後、ようやく最上階に辿り着いた。疲労感は相当のものだが、先に上がったリンファ達を待たせることなく追いつけたようだ。

「ジンレイ! ワモル!」

「キルヤ!」

 入口に立っていたキルヤが迎えに来てくれる。

 実に四十分ぶりの再会。この螺旋階段を思えば長かった気もするが、軽トラを飛び出した時の焦燥感が蘇ってくると、その時間さえほんの一時だったように感じられる。

「ユリエナは!?」

「それが、……」

 口を濁して目を逸らすキルヤ。その反応で、状況は芳しくない、少なくともジンレイが安堵できるような状況ではないことが察しられた。

 不安が確固たるものとなってジンレイに押し寄せる。今の今まで全力疾走で階段を駆け上がってきたことも忘れて、聖堂の中へ駆け込んだ。

 項垂れ、すすり泣く少女の傍らで背中をさすっていたアズミがこちらに気付いた。しかし彼女は立ち上がるが表情を曇らせ俯き、魔導に用いる上等な杖を震えるほど強い力で握り締めた。

「コーエンスランド軍に連れて行かれたそうです。それも……自分から名乗り出て」

 ユリエナは、普段だと気品なんてほとんど感じさせないが、本当は気高い少女だ。そしてそれ以上に、とてつもなく優しい。彼女が名乗り出て場をおさめなければ少女達が血を流す、そんな切迫した状況だったのかもしれない。

 連れて行かれてからまだそう時間は経っていないという。あと少しというところで入れ違いになってしまったようだ。ただ敵は転移魔法を使用して姿を消したため、痕跡を追うことは出来ないらしい。

 地上よりも軽いはずの重力を、ジンレイは息苦しいほど重く感じた。

「なんで? ユリエナが王女だから……?」

 ユリエナはフォルセス王家の御息女だ。女性ゆえに王位継承権こそ持っていないが、それでも第一王女にして次期国王の姉である彼女は、フォルセス国家へ宣戦布告するのにまたとない人材かもしれない。

「違うわ」

 けれど、その予想はリンファによって否定された。押し殺したような低い声が響く。

「〝太陽の神子〟だからよ」

「……え?」

「あの子が――ユリエナが〝太陽の神子〟だから連れて行かれたのよ」

 ユリエナが〝太陽の神子〟……?

 悪い冗談に聞こえた。彼女がコーエンスランド軍に連れて行かれたことさえ困惑しているのに、……その上、彼女が〝太陽の神子〟だなんて。

 〝太陽の神子〟は太陽創生のために身を捧げる存在。それはつまり、ユリエナが――。

「やっぱり、そうなんだな」

 ジンレイの後に続いて入ってきたワモルが静かに呟く。

「ええ。やはりあれが生えてきた時点で決まっていたんです」

「何が『選定』よ。バカにして……」

「ワモル? アズミ、リンファ……?」

 三人の表情は沈み、尋常ではない痛恨を抱いているように見える。

 しかし、だからこそジンレイとキルヤにはひっかかるものがあった。その事実をこの場で知ったのなら、『やっぱり』などという言葉は出てこないはずなのだ。

「……もしかして、知ってたんスね? ユリエナのこと」

 キルヤが問いかける。三人は肯定も否定もせず、沈黙を守った。

 けれど考えてみれば簡単なことだ。フォルセス国軍に勤めているワモルとアズミなら〝太陽の神子〟関連の情報を入手していても不思議ではないし、王宮住まいのユリエナと会うことも多いだろう。リンファもジンレイとキルヤとの再会は七年ぶりだが、国王に謁見することは度々あったと聞く。その際に本人やアズミ、ワモルとそういった話をする機会があったのかもしれない。

「――知っていたわ」

 リンファが代表して沈黙を破った。

「………………」

 対してキルヤは顔を伏せる。何か考え込んでいるようだったが、ジンレイは堪え切れず声を荒立てた。

「ならっ、ならどうして俺等に言わなかったんだよ!」

「……言っても、仕方なかったから」

「――っ!」

 ユリエナに対する気持ちはみんな一緒だと思っていた。昔みたいに六人で騒ぎたいという懐旧も、ユリエナに無事帰ってきてほしいという願望も、もしユリエナが神子になってしまったらどうしようという不安さえも。

 ……なのに、なのに違った。本当は壁があった。決定的なことを、彼女達は打ち明けてくれていなかったのだ。

「ユリエナはだいぶ前から感付いてたわ。あんたに話す機会くらいあったはずよ。けど言わなかった。それは、あんたを……」

「悲しませたくなかったってのか!? ユリエナならともかく、おまえ等まで黙ってる必要があんのかよ!!」

「っ、じゃあ最初に言っておけばよかったの!? ユリエナが〝太陽の神子〟だって! あんたがそれを知って追いかけるのを躊躇している間に〝太陽の儀式〟は着々と進んでいくのよ!?」

「このっ――!」

 言い返せる言葉がなく激情に任せて、ジンレイの拳が上がった。周囲が水を打ったように静まり返る。一方のリンファも、一歩も退かずジンレイを睨みつけた。

 すると、今にも泣きそうなアズミが間に割り込んで叫んだ。

「待って下さい! リンファはずっと探してたんです! 〝太陽の神子〟が生還できる方法を! 八年前のあの日、ユリエナに神子の運命を教えられた日から、ずっと!」

 あの日――。

 それは、無邪気な子供時代に終わりが来た日。自分達の夢など所詮絵空事だと思い知り、ユリエナが背負った資格と宿命こそ、本物の大義だと知った日のこと。

 『もし太陽がなくなったら、この身を捧げることになるかもしれないの』そう告げられた夜、ジンレイはもう二度と無責任な夢は語らないと誓った。いつまでも憧れだけで満足していてはいけない。自分の刻んできた軌跡こそが何にも勝る真実であるとご先祖様はいつも言っていたらしい。己の背中で全てを語る勇敢な騎士であったご先祖様のように生きてみたいと、あの日を境に本気で思うようになった。

 みんなも同様に、あの日を境にして四者四様の変化を見せた。アズミは僅か七歳にして中級式魔との契約を試みたし、キルヤも単に趣味だった機械いじりを(もの)にしようと父親に教えを乞い、ワモルも本格的に武術の修業に打ち込むようになった。

 リンファも同じだ。彼女は最高学年になると、城下街で学べる魔術の全てを学習し習得し尽くしていた。そして学修院を卒業した翌日、彼女は一言も告げず城下街を出ていった。もっと多くの魔術と知識を得るために魔法の最先端である魔術学園都市に旅立ったということは後日届いた手紙で知った。特に理由を訊いたことはないが、アズミの言葉によればやはり彼女もまたあの日をきっかけにして魔術士になることを決めたのだろう。

「ユリエナの背中、見ましたか?」

「背中……?」

「ユリエナの背中には羽根が生えています」

 ジンレイの反応を待たず、アズミは言葉を続ける。

「三ヶ月前、ユリエナが『誰にも内緒で相談したいことがある』と部屋に来ました。その時は背骨が枝分かれしたような、突起に近いものでした。けれど一ヶ月もすると小さな翼の形となり、羽毛まで生えてきて……。魔法力が急激に上昇し始めたのもちょうどその頃です。それからは日を追う毎にどんどん大きくなって、街人の目を誤魔化すにはもう大きめの外套を被るしかなく……」

「あっ――」

 ジンレイははっとする。彼女が料亭に現れた時に羽織っていた、あの外套。肩が合っていなければ、裾も引き摺りそうだった。ユリエナ本人はサイズの合うものが用意できなかったと言っていたが、落ち着いて考えてみると、見るからに身動きが取りづらそうな大きいサイズの外套を兵士がユリエナに渡すはずがない。仮に本当に用意できなかったとしても、同じ背丈の兵士が自分の外套を脱いで渡すくらいするはずだ。

 それが背に生えている羽根を隠すためにわざと長くしてあるものだとしたら……。

「あれはユリエナの魔法力の結晶……、もしくは太陽創生魔法の化身。いずれにしても、それを確認した日からリンファは寝る間も惜しんで〝太陽の儀式〟について調べ回ってたんです。自由に王都を離れられないわたしの分まで、あちこち飛び回ってくれたんですっ……! 今日という日が来る、本当にぎりぎりまで!」

「でも結局、何も掴めなかった。口先だけならなんとでも言えるわ。知っていたのに黙っていたのも事実。殴りたいなら殴りなさい」

 無念を噛みしめ、必死で訴えるアズミ。それに対して、リンファは自らの事を冷厳に評価していた。成果に繋がらなかった行為を弁解の道具にするつもりはないとばかりに。

 戸惑うジンレイに、躊躇いながらもキルヤが声を掛けた。

「ジンレイ。オイラ……オイラも、出立前のユリエナに会ったんス」

 話し始めてからも言うべきか悩んでいるようだった。陽気さとマイペースが取り柄の彼が真剣な面持ちで言葉を選びながら語ろうとしていることは、きっと重要なことなのだろう。

 一同はキルヤが周章する間も無言を守った。

「別れた時、違和感があったんス。ユリエナ、ジンレイと別れる時なんて言ったっスか?」

 まだ彼の言いたいことを理解できないジンレイは、問われるままに別れ際掛けられた彼女の言葉を再現した。

「『そろそろ行くね。バイバイ』って。……あっ――」

 反射的に手で口元を覆う。自分の口で再現して初めてその違和感に気付いた。

 ――俺、今なんて言った?

「オイラと別れる時もそう言ったっス」

「……違う。あいつは、別れる時いつも……」

 キルヤは苦い表情で頷く。

「ユリエナはいつも最後に『またね』って言うっス」

 そう。ユリエナは決して完全な別れを口にしない。また会う時の喜びと願いを込めて『またね』と付け足すのだ。過去に一度だってその言葉を聞かずに別れた日はない。

 つまりユリエナは、意図してその言葉を言わなかったのだ。

「じゃあ、あいつは分かってて……」

 もう二度と会えないことを分かっていて笑っていたのか。

 リンファ達が事を伏せていたから、自分が知らないのは不可抗力だと思っていた。しかし、どうだろう。ジンレイはユリエナからこんなにも手掛りを、その暗示を与えられていたではないか。彼女が手を振って別れを言った時、微かな違和感はあったのに。大して考えもせずいい加減な解釈で受け流してしまった。ジンレイ自身にも落ち度はあったのだ。

「………………」

「……ジンレイ」

 アズミが心配そうに顔を覗いてくる。

「わ」

 ジンレイはそっと、藤色に彩るアズミの小さな頭に手を置いた。

「俺に、リンファを殴る権利なんて……ないよ。ごめん、リンファ。アズミも、ごめんな」

 リンファもアズミも口には出さないが、きっと重い焦燥感と闘いながらこの二、三ヶ月を過ごしたはずだ。それはきっと、ユリエナがくれたヒントにも気付けなかった愚鈍な奴には到底想像もつかない、辛苦の日々を。尽力の果てに無念を抱いて今日この場に居合わせる彼女達を、責められる人間なんてどこにもいない。いるはずがない。

「あたし達は無力よ。……本当に。友達一人救うことも出来ない」

 ――だからせめて、最期の時くらいそばにいてやりたい。ユリエナが今でも大切に想っている親友達の顔を揃えて……。

 リンファはどこともつかない一点を見つめながら、なぜ七年ぶりに幼馴染みを集めたのか、悄然と告白してくれた。



 みんなが冷静な思考を取り戻すのに充分な時間が経過して、最初に状況確認を求めたのはワモルだった。

「ユリエナの連れて行かれた場所はわかるのか?」

「それなら、北の古城かと思われます。あの付近はコーエンスランド軍との闘争報告が多発していますから。一応ケトルを飛ばして確認を取りますが、コーエンスランド軍がそこを拠点にしている可能性は高いです」

 アズミが思考を巡らせながら応える。

「どのくらいかかるっスか?」

「そうですね。軍の小型戦車で三、四時間ですから、軽トラだと……五時間弱でしょうか」

「にしても、まずいわね」

 行き先も見当がついているし、距離も許容範囲。なのにリンファは思案顔のままだ。どうやらアズミも同意見らしい。

「どういうことっスか?」

 何か別の問題でも発生したかと首を傾げるキルヤ。

 それは〝太陽の儀式〟に関わる専門的な事情のようで、アズミが説明してくれる。

「光神イリシスは魔法力の濃い場所や争いのある場所には姿を現わせないんです。仮にユリエナの無事を確認できたとしても、コーエンスランド軍から引き離さない限り〝太陽の儀式〟は進められない……」

「万が一、太陽創生の刻限までに黄昏塔へ戻って来れなかったら……」

 二人はその先を紡ごうとしたが、押し黙った。今更口に出すまでもない。儀式が成功しなかった後の未来像は嫌という程目に焼き付いている。

「あ、あのっ……!」

 それは五人のうちの誰の声でもなかった。今まで五人の対話を聞いていた元候補者の一人が、申し訳なさそうに口を挟み入れる。

「何も出来なかった私達が言う資格なんてないけど……、お願い、あの子を助けてあげて」

「……皆さん」

 アズミは振り返って少女達に向き直る。

「私達だって、もしかしたら自分が、って思いながら生きてきました。死に怯えたことも一度や二度じゃなくて。だから全く解らないわけじゃないんです、あの子の気持ち」

 それは同じ〝太陽の神子〟候補者だから解ること。五人は何も言えなかった。

「どんな不安や恐怖心にも増して、今はきっと寂しさでいっぱいだと思います」

「間に合うのでしたら会いに行ってあげて下さい。お願いします」

 元候補者達が次々に頭を下げる。たった数時間前に会った少女のために、全員が真剣な表情で五人に懇願した。

 そう頼まれる五人の中で、ジンレイが動き出した。彼は無言で少女達の許へ歩いていくと、間に落ちている外套を拾い上げた。ユリエナが数十分前まで着ていたものだ。

「大丈夫だ。あいつのことは俺達に任せてくれ」

 特別力を込めた口調でもなく、雰囲気もさっきまでとそう変わらない。しかし……。

「……。――はい」

 少女達を一言で信じさせる何かが確かにあった。

 僅かな沈黙の後、彼は四人を振り返る。そこには前を見据えた揺るがぬ双眸があった。

「あれこれ事情はいい。ユリエナがさらわれたんだ。――助け出す」

 そこに他意はない。それ以上でも以下でもなく、言葉通りの意味しかない。

 だからこそ考え倦ねる者達の心にも、それは真っ直ぐに届く。

「――そうね。行きましょう」

 顔を見合わせ、みんなが深く頷いた。

 今度こそ、瞳に同じ光を宿して。


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