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空の歌(スカイ・ソング)  作者: 碧桜 詞帆
一章 光の代償
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13.幼馴染みの大集合

 外の掃除を済ませて店内に戻ってみると姉の姿はなく、おまけに先程掃除を中断した時のまま食器や香辛料が放置されていた。

 時計の針は三時少し前を指している。この時間だと商店街の特売にでも行ったのだろう。

「まあ、姉貴が掃除なんてやっといてくれるわけないか」

 溜息一つ。しかし悲しきかな、これも日常茶飯事ということで諦めている自分がいる。

「そういや、キルヤが来るんだっけ」

 大きな仕事が入ったらしく、せっせと木箱を運んでいた彼の姿を思い出す。

 助手とはいえ彼も忙しそうにしていたし、やはりこちらから依頼品を取りに行った方がいいかもしれない。と思ってジンレイは手早く店内の掃除を済ませることにした。

 普段から小まめに掃除しているため、香辛料を棚に戻し食器を流し台に運べばひとまず綺麗に見える。後はテーブルを拭いたら終了。何だかんだ言って、店に一番貢献しているのは自分なんじゃないかという気がしてきた。

 不意に、店の引き戸が音を立てた。

 一瞬キルヤかと思ったがすぐに違うと悟る。彼なら第一声と共に中へ入って来るだろう。だが声も足音も聞こえない。つまり、引き戸を開けた人物は無言で戸口の前に突っ立ったままということだ。こんな時間ではあるが客の可能性が高い。

「すいませんが、今準備中で――」

 とりあえず決まり文句を言って顔を上げると。

 そこに立っていたのは十七、八歳くらいの女性だった。

 一見しただけでは誰だか分からず、対応に戸惑うジンレイ。

 しかし、あの瑠璃色(ラピスラズリ)の髪。対照的な臙脂色(ガーネット)の瞳孔。気の強そうな物腰。

 それから、左耳についている涙滴(しずく)型のカフス。

「リンファ……?」

 一つ年上の彼女は学修院を卒業した後、間もなく魔術学園都市に旅立った。以来一度も再会していないので、目の前の彼女が本当に当人ならば会うのは実に七年ぶりだ。

 一瞬では見当もつかない程に見違えたが、よくよく見ればあの頃の面影が結構残っている。彼女もまた学修院時代の幼馴染みの一人だ。

「ユリエナはここに来たの?」

 店内をざっと見回し、彼女は開口一番にそう問う。

「え?」

「ユリエナが会いに来たのかどうか聞いてるのよ」

 視線がかち合う。その気品を秘めた低い女声に、ジンレイはやはり彼女がリンファであることを確信した。

「来たよ。さっき」

「話はした?」

「した」

「それで? あの子はなんて?」

「〝太陽の儀式〟のために太陽神殿に行くって」

 臙脂色(ガーネット)の瞳が鋭くなる。

「……で、あんたこんなとこで何してんのよ」

「何って……?」

「ユリエナが今どういう状況か分かってんの?」

 決して穏やかではない目付きと声色で、ジンレイに詰め寄る。

「……? だから〝太陽の神子〟として――」

 次の瞬間、彼女が尋常でない憤怒の形相をしたかと思うと、腹に噎せ返す痛みが走った。

「ぐっ!」

 鳩尾に彼女の拳が入ったのだ。至近距離でもろにくらい、膝をつく。

「何すん……」

「あきれたわ」

「なっ……!」

 突然現れたリンファに、問われるまま答えたらいきなり殴られ、あまつさえ辛辣な言葉を吐き捨てられた。何がなんだか分からないうちに軽蔑され、ジンレイは絶句する。

「昔のあんただったら絶対そうはしなかった」

 ジンレイを殴った拳が固く握りしめられる。

「あの頃のあんただったら、絶対、ユリエナを黙って見送ったりはしなかった」

「――――」

 彼女の声が震えているのは、単に憤慨しているからというわけではないようだ。

「あの子が今どんな気持ちか分かる? それだけじゃないわ。あの子が〝太陽の神子〟候補者として、今日までどんな気持ちで生きてきたか考えたことある?」

「…………」

「あんた、昔あんなに言ってたじゃない。あれはもう過去のことなの?」

「……いや、俺は……」

 否定はしたものの、その先の言葉に詰まる。俺は……、何なのか。

 項垂れて沈黙するジンレイを見兼ねて、リンファが追い打ちをかける。

「ワモルは護衛としてユリエナと一緒に行ったわよ」

「! ワモルが……?」

 ワモルという人物もまた幼馴染みの一人だ。リンファと共に十七歳で、彼はフォルセス王国軍に勤めている。一昨年からずっと会っていないが、ジンレイにとって兄のような存在であり、良き好敵手でもある。

 恐らく任務の一環として〝太陽の神子〟の護衛を任されたのだろう。彼がついて行ってくれるのであればこちらも安心できる。

「それで、あんたはこのままでいいの?」

「……さっきから何が言いたいんだよ、リンファ」

 ワモルが一緒ならユリエナが一人で寂しい思いをすることもない。万が一危険が迫ったとしても、彼ならきっとユリエナを守り通してくれるだろう。

 何も心配することはないはずだ。なのに、彼女の眼差しはこの上なく冷たい。

「それをあたしに言わせるなら本気で幻滅するわよ」

 睨み合う二人。しばらく糸の張り詰めたような沈黙が続いた。

「リ、リンファ。何もそこまで言わなくても……」

 リンファの背後から、おずおずと顔を覗かせたのはキルヤだった。

「キルヤ、……いたのか」

 思ったより低い声が出た。彼が肩をすくめて申し訳なさそうに笑う。

 彼のことだからタイミングを損なって出るに出られなかったのは容易に想像がつく。仲裁に入らねばと頑張って割り込んだのだろうが、リンファはこれ以上どうこうする気はないらしく、店内はしんと静まり返った。

 彼女を横目で窺いながら、キルヤはジンレイに話を振る。

「んでジンレイ。リンファはこれからユリエナを追いかけようって誘いに来たんスよ」

「追いかける?」

 思いがけない提案に、顔を上げてリンファを見た。

「そっス。幼馴染み揃ってユリエナに会いに行くんスよ。そのためにリンファ、わざわざフォルセス領の端っこから帰って来たんスよね」

 話の矛先を向けられ、冷やかな目をしていた彼女はばつが悪そうに目を逸らした。

「ふん。当然でしょ」

「リンファ、おまえ……」

「ユリエナに何十人も護衛がついて行くけど、そいつらに任せておける? あんなやつら、どうぜ身辺護衛くらいしか出来ないわよ。あの子を本気で安心させてあげられるのは、あたし達しかいないじゃない」

 それはユリエナを想うが故の、少し過剰な自尊心。

 幼馴染みの自分達にしか出来ないことがある。リンファはそう告げていた。

 リンファの言葉で思い出した。ユリエナはそういうやつだ。無理なら無理、嫌なら嫌と言えばいいのに一人で全部抱え込もうとする。つらい時につらいと言わないのは、きっと彼女なりの優しさなのだろう。

 こういう時だからこそ彼女の気持ちがどうあれ、俺達がそばにいてやるべきなのだ。

 まだ遅くない。見送ってしまったけれど、今から後を追えばまだ間に合う。

「しっかりしなさいよ。――騎士は、何のためにいるの?」

「!」

 その問いかけで、さっきから彼女が何を言いたかったのか全て理解した。それらは単なるユリエナを想っての八当たりなどではなかった。

 ――彼女は願ってくれているのだ。俺自身が諦めかけていたものを、まだ。

「あ~! いたいた! みんなお久しぶりです!」

 その時、鈴の鳴るような声と共に小柄な女の子が駆け込んで来た。膝丈まである真っ直ぐな藤色の髪がふわりと弧を描く。

 小柄で童顔という彼女は今年で十五歳のはずだがとてもそうには見えない。十二歳と言われても何の疑いもなく信じてしまいそうだ。学修院時代は毎日牛乳を欠かさず飲んで背が伸びることを期待していたらしいが、その成果は微々たるものだったようだ。

「アズミ! 久しぶりっスね」

 ジンレイ、ユリエナ、キルヤ、リンファ、ワモル、そしてアズミ。この六人が、学修院時代からの幼馴染みメンバーである。

「支度は済んだ?」

「はい。お待たせしてすみません」

 群青色の軍帽を被り軍服に身を包んで一回り大きめの白衣を羽織っている彼女は、ワモル同様フォルセス国軍に勤めている。

「あれ? どうしたんです?」

 床に座り込んでいるジンレイに、その正面で仁王立ちしているリンファ。経緯の分からないアズミは首を傾げた。

「リンファが一発きついのを」

「あらぁ……」

 肩をすくめて応えるキルヤ。ジンレイが受けた殴打の痛みを想像してか、アズミは苦い声を漏らした。

「ジンレイ、立てるっスか?」

「そんなことでへばる身体じゃないでしょ?」

「ああ。大丈夫だ、これくらい」

 仮にリンファが本気で殴ったとしても、女の力ではジンレイにとってそれほどダメージにならないことくらい、彼女はとっくに分かっていただろう。もうすっかり痛みはなくなっていた。

「あ、それからですね」

 リンファではなくジンレイの方を見て、アズミ。

「ワモルからの伝言です。『先に行ってる』だそうです」

 先に――。それはつまり、ワモルは自分達が追いかけて来ることを決定事項としているということだ。

 ……ワモルのやつ。

「じゃあオイラも」

 キルヤも何か思い出したようにポンと手を叩き、背中に手を回した。背中の細長い麻布の袋を開き、その中に仕舞っていた物を取り出す。そこから出てきたのはジンレイのよくよく見慣れた物だった。

「お届け物っス。ジンレイ」

 それは五日ぶりに見る、ジンレイの愛剣。ご先祖様の形見でもある。もうすっかりくすんでしまったが、柄の端には翼に包まれた十字架(クロス)の紋章が刻まれている。うちの家紋だ。

 刃こぼれが目立ち、柄も緩くなってきたのでキルヤに修理を頼んでいたのだ。渡された剣は反射する光をなめらかに滑らせ、柄も固く締め直されている。手に馴染む感覚はそのままに、見た目はすっかり生まれ変わったようだ。

「こんな感じで良かったっスか」

「ああ。言うことないよ、ありがとな」

「お安いご用っス」

 今このタイミングに剣を返却したキルヤの意図が分からない程、ジンレイは鈍くない。

 ……再会の感動もへったくれもなく殴りかかってきたリンファといい、応えずにはいられないような言葉を残していったワモルといい、それを意味深長な眼差しで伝えるアズミといい。

 それにキルヤまで。

「ったくさ、みんなして俺に何させたいんだよ」

「それは自分の胸に訊きなさいよ」

「はっ!」

 長いこと曇天みたいな日が続いて、一緒に気持ちも鈍っていたのかもしれない。みんなとの再会によって、あの頃の高揚感が蘇ってきた。

 お膳立ては済んだ。後は役者が舞台に上がるのみだ。

「行こうぜ。さっさと追いついて、ユリエナを驚かせてやろう!」

「待った」

 間髪入れず、場違いな至って冷めた声が外から聞こえた。

「あ、姉貴……?」

 一同の視線が戸口に集中する。そこには、一体いつからいたのか姉貴の姿があった。

「シェンレイさん」

「久しぶりね、リンファちゃん、アズミちゃん。二人ともすっかり綺麗になっちゃって」

「ご無沙汰してしまってすみませんでした」

 姉はジンレイの幼馴染み全員と顔見知りである。と言うのも学修院時代、よくこの料亭に集まって母に料理を振る舞ってもらっていたのだ。その頃姉はよく自分達に勉強や魔法のコツを教えてくれていた。そんなわけで姉はリンファが唯一敬語を使う相手なのだが、そんなことはさておき。

 先程姉が話の腰を折ったことをスルーするわけにはいかない。

「姉貴。俺、これから――」

「ちょっとこっち来なさい、ジンレイ」

 下げていた荷物を適当なテーブルの上に置き、姉はすたすたと店の奥へ入って行く。店と自宅は連結しているため、一枚戸をくぐればすぐに家の廊下に出る。姉は階段を上り、主に生活を送っている二階を通り過ぎ、三階の物置部屋へと向かった。

 その間一切無言。おまけに物置を漁っている間も会話はなく。

「あのさ、俺、今から――」

「ほら」

 姉の意図が全く読めず、とにかく伝えるべきことだけでも伝えようとしたジンレイに、彼女は探し出したある物をタイミング良く突き出した。

「え?」

「持って行きなさい」

 姉は埃の被った黒布を剥ぎ、中身をジンレイに突き出した。

 それはご先祖様が現役時代常に相棒を委ねていた、剣と共にその生き様を象るもの……。

 刀室――鞘だ。

「これ、……じいさんの」

 ご先祖様――ジンレイの曾祖父の祖父にあたるラクサス・カヴァリウェルは、フォルセス王国軍騎士団の一人にして騎士団長を務めていた偉大な人物だ。武力、器量ともに底知れず国王から厚い信頼を受けていたと聞く。彼は前〝太陽の儀式〟に護衛として参加し、他惑星の襲撃から無事〝太陽の神子〟を護り通した。その功績を讃え、人はラクサスを英雄騎士と呼び、生きながらにしてその名が歴史に刻まれた唯一の人である。

 とは言え、カヴァリウェルという姓は訳あって公にされておらず、ジンレイ達がラクサスの親縁であることは親しい人間しか知らない。

 何にせよ、当時彼が佩いていた剣は庶民の所有物にしては少々過ぎたものだ。我が家の家宝と言っても過言ではない。剣自体は、父がまだ生きていた頃に諸々の事情を慮ってもなお、幼いジンレイに与えてくれたためにジンレイの所有物として持ち出すことを家族一同許可している。ただ鞘は別である。剣は柄を握ってしまえば古いこともあって、遠目からは一般の兵士が持っているそれとそう変わらない。それと比べて鞘は、惑星最大国家の騎士団長の所持品にふさわしく、全体に意匠が凝らされ芸術作品の域に達している。その上、実用性も高く、斬り付けられたくらいでは傷一つ付かないし、衣服のように軽いため邪魔になるということもない。

 だが、何の資格も持たない一般庶民のジンレイがこれから向かう先にこれを持って行くということは、世間的に見てあまり喜ばれることではないだろう。

 受け取ることを躊躇う様子に、姉が言葉を続ける。

「勘違いしないでよ。別にあんたに何かを背負えって言ってるんじゃないの」

 叱るような、励ますような、姉独特の物言いがジンレイの中に響く。

「ただ思い出せばいいの。だからこれ、持って行きなさい」

 弟の考えていることなんて姉には全てお見通しのようだ。ジンレイは黙って、両手でしっかりと鞘を受け取る。

 決して重くはない。しかし、その質量を両手で噛み締めた。

 表へ出ると、キルヤ愛用の自動車がアイドリング状態で停まっていた。既に三人とも乗り込んでいる。

「いつでも行けるっスよ!」

 こちらに気付いたキルヤが運転席から顔を出して白い歯を見せた。後ろにいるリンファとアズミも準備万端でジンレイを待っている。

「ちゃんと六人揃って帰って来るように」

 外までついて来てくれた姉が、やはりどこか投げやりな口調で言う。

 六人――。そこには、今ここにいないユリエナとワモルも入っている。

 つまりは〝太陽の儀式〟や二年前のことなど、わだかまりを挙げれば切りがないが、姉もジンレイ達が学修院時代のように集うことを願っていてくれているということだ。

 だから、ジンレイはそれに力いっぱい応えた。

「行って来る!」



 四人を乗せた自動車が遠くなっていく。それを、物憂げとも無表情ともつかない微妙な面持ちで見つめるシェンレイ。

「ジンレイは行ったのかい?」

 この家のもう一人の住人が戸からひょっこり顔を出した。

「母さん。悪いけど店手伝ってくれる?」

「そりゃあ構わないけど。あの子、大丈夫かね」

 息子を心配する母に、シェンレイは肯定も否定もしない。……でも。

「これであのバカも解るでしょ。持つべきものは何なのか。今の自分には何が足りないのか」

 それは、無関心でも無責任でもなく。

 おおよそ〝信頼〟という言葉がふさわしい。



 ――騎士とは何か。今もなお、その答えを探し続けている。


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