11.バイバイ
「…………」
「じゃあ私、そろそろ行かないと」
ユリエナが明るい声で言って、手を振った。
「ういっス」
キルヤもそれに応えて、手を振る。
「バイバイ、キルヤ」
「ワモルによろしくっス」
「うん!」
小走りで駆けて行く背中を見送る。しかしその表情は彼に似合わず複雑そうで。
「…………」
そんな彼の背後に人影が迫った。が、思考中の彼はそれに気付く様子もなく。その人影はピタッとくっつきそうな距離まで接近すると、いきなり彼の背中をばしっと叩いた。
「――っ!?」
痛いとか以前に一体何が起こったのかとびっくりして声にならない声を上げるキルヤ。
「相変わらず隙だらけね」
勢い余って危うく転ぶところだった。目を白黒させて振り向くとそこには――。
「そんなんじゃ背中どつかれるわよ」
見目麗しい女性が立っていた。
容姿艶麗という言葉がこれほど似合う人は見たことがない。身長の割に細身の体躯は豊かな曲線を描き、顔立ちも彼女の内面を示唆するように美しく澄まされている。道ですれ違えば振り返らない男性はいないだろう。
そんな印象と一緒に視界に飛び込んできたのは、彼女の瑠璃色の長髪と臙脂色の双眸。キルヤはその対象的な色合いからある人物を閃く。
「リ、リンファ!?」
「そうよ」
目が飛び出しそうなキルヤとは正反対に、彼女は至って平静な態度で返答する。この冷ややかな態度は記憶の中の彼女とまるで変わらない。
まさか、ついさっきまで話題にのぼっていた人物が七年越しに現れるとは。
「気付くのちょっと遅いんじゃない? すっかり忘れられてたってことかしら?」
「いやだって、リンファ見違えたっス」
元々整った顔立ちをしていたが、昔は髪が短く、その上内面はやたらと強情で、男顔負けだった印象がある。それと比べると今はどこからどうみても女性だし、誰が見ても間違いなく綺麗だと評価するだろう美人となっていた。
「まあいいわ。今の、ユリエナよね?」
くいっと親指を立てて、もうだいぶ小さくなったユリエナの背中を指す。そういう男らしい仕草は懐かしい。
「リンファは声かけなくていいんスか?」
まだ走って声をかければ気付いてくれるだろう。しかし、彼女はユリエナの背中から目線を反らした。
「引き止める必要もないでしょ。どうせ後で会うんだから」
「?」
「そんなことより。あいつはどうしたの?」
「あいつ、スか?」
誰のことを指しているのか分からず、キルヤは首を傾げる。
「ジンレイよ。一緒じゃないの?」
「ああ、ジンレイなら家だと思うっス」
ぽんと手を鳴らして答えるキルヤ。一方、リンファは顔をしかめて嘆息を漏らした。
「……何やってるんだか」
「リンファ?」
またも首を傾げて彼女の表情を窺う。その仕草がどうも子犬っぽい。
リンファは構わずユリエナとは反対方向へと歩き出した。
「行くわよ」
「う、ういっス」
返事はしたが、反応が鈍いキルヤ。
「どうしたの?」
ユリエナの背中を凝視しながら、彼は珍しく低い声で言った。
「ユリエナって、別れる時いつも『またね』って言うっスよね」
リンファが一瞬眉をひそめる。が、ユリエナの方を向いているキルヤはその反応に気付いていない。
「あの子昔から決まってそう言うわね。それがどうかしたの?」
「いんや。何でもないっス」
単なる気まぐれであることを願いながら、キルヤは今度こそユリエナに背を向けた。




