転生先に求める条件は何ですか?
次の相談者の情報が、手元のタブレットに届く。
「......88歳、女性。現世で良さげなとこを探しておくか」
俺は今、黄泉の地で転生アドバイザーという仕事をしている。黄泉というのは、"この世"と"あの世"の狭間のこと。
"あの世"は天国や地獄のような"終点"ではなく、死後の魂が生まれ変わる"来世"を指す。黄泉の地を彷徨う魂が"来世"に行き着く手助けをするのが、転生アドバイザーである俺の仕事だ。
「あら、ここはどこかしら?」
そして、目の前の椅子に座る形でポツンと現れた女性が今回のお客様。
「初めまして、緋川昭子さん。私は転生アドバイザーと申します」
突然見知らぬ場所に飛ばされて目を丸くしていた緋川さんは、俺の挨拶を聞くと直ぐに穏やかな表情へと変わった、
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。私の魂が来世へと行く為のお手伝いをして頂けるとの事で、どうぞよろしくお願いします」
転生者は事前に"天の声"によって転生についてのおおまなかな説明を受けている。
これにより、事前説明を省いて直接本題へと入ることができるのだ。
「早速ですが、緋川さん。転生するにあたって、これだけは譲れないという点はございますか?」
「魔法が使える世界が良いわ」
即答。
88歳という情報だけで異世界転生ものには詳しくないだろうと思っていたが、早計だったようだ。
「なるほど......。では、"魔法が使える世界"でおすすめの転生先をいくつかご紹介させていただきます」
用意していた転生先リストを削除し、空白となったページの検索欄に『魔法』という単語を打ち込む。
......やっぱり、これでは該当する世界が多すぎるな。
「他に転生先として抑えておきたい条件はありますか? 魔力量が多い方が良いとか、この属性の魔法が使いたいだとか」
「そうねえ。......優秀な魔法使いの幼馴染がいる、とかでも良いのかしら?」
ふむ?
「......魔力の高い人間に転生したいのではなく、魔力の高い人間の幼馴染に転生したいという事ですか?」
俺の問いに緋川さんは深く頷いた。
「ええ。それで間違いないわ」
「なるほど......」
『魔法』という単語を消し、再び現れた空白に『魔力の高い幼馴染』というワードを打ち込む。
『検索の結果、条件に該当するものは308件見つかりました』
思ったより該当数が多い。
更に条件を絞るべく、質問を続ける。
「転生先の性別にこだわりはありますか?」
「転生先は、女の子がいいわね」
「では、幼馴染の性別の方はどうですか?」
「男の子でお願いしたいわ」
「転生先は裕福な方が良いですか?」
「裕福かどうかは重要じゃないわ。我が子を心の底から愛してくれる、そんな親の元に産まれたいわね」
『女』、『幼馴染の男の子』、『子煩悩な親』。
これらのワードを追加で検索欄に打ち込む。
『検索の結果、条件に該当するものは2件見つかりました』
緋川さんのニーズに応えられそうな転生先は二つ。
しかし、詳細に目を通すと意外な事実に気付く。
「あのね、アドバイザーさん。絶対にこれじゃないと嫌って訳じゃないから、見つからなくても気になさらないでね」
俺が困った表情を浮かべた事で条件に合うものが見つからなかったと思ったのか、緋川さんはそんな気遣いの言葉をかけてくれる。
「......いえ、見つからなかったわけじゃないんです。緋川さんの要望にお応えできる転生先は、二件見つかりました」
「まあ、本当に? 流石ねえ、アドバイザーさんは」
「ただし」
「......ただし?」
「その二件は双子の姉妹なんです」
「あら、双子だと困っちゃう事があるのかしら? 私は素敵な転生先だと思うのだけれど」
「......緋川さんは、異世界ものについてどのくらいご存知ですか?」
「そうねぇ。夫が死んだ後、遺品として残ったラノベを読み漁ってたくらいかしら?」
「でしたら、異世界における双子の扱いというものをご存知のはずです。特に、貴族の両親の間に生まれた双子の扱いを」
「貴族の間に生まれた双子の扱い、ねえ......。あ、忌み子の事かしら?」
「ええ、その通りです」
大昔の日本では、双子は忌み嫌われる風習があった。それは後継争いに混乱を招くからという理由もあったが、双子は不吉の証だという迷信が信じられていたからでもある。
迷信が現実に存在する異世界において、それはより信じられやすい物だ。
「つまり、その双子ちゃん達も不当な扱いを受けるということね?」
「そう思ってもらった方が良いかと。なので私としましては、氷川さんの要望に沿った他の転生先を探すことをおすすめ」
「ここにするわ」
......は?
「ちょっ、ちょっと待ってください。たしかに緋川さんの要望の全てに答えられる転生先は他にありませんが、少し譲歩すればより良い転生先はいくつでも」
「ここにするわ」
死人とは思えぬ強い意志のこもった眼差しが、俺に向けられる。
「......本気ですか?」
「ええ、本気よ」
「......分かりました。転生者本人がそう決めたのなら、アドバイザーが口を挟む隙などありません」
手に持っていたタブレットの電源を切り、画面を下にして机へと置く。
「ねえ、アドバイザーさん」
「なんでしょう?」
「あなたはどうして転生アドバイザーをやっているの?」
「......理由なんてありませんよ。ほんの些細な偶然で、私はこの仕事をしています」
「些細な偶然って?」
「......」
それは大した話でもないし、胸を張って誰かに言えるものでもない。
「......私は、来世でもあの人に出会いたいの。だから、あの人が選びそうな世界に生まれてあの人が選びそうな転生先の近くで生まれたい」
あの人というのは、おそらく緋川さんよりも先に亡くなってしまった旦那さんのことだろう。
緋川さんの要望は、どれも特定の誰かが近くにいる事を想定したものだった。
「この想いはきっと、生まれ変わってもなくなることはないわ」