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9 意外すぎるものが届けられる

 入学記念パーティーから三週間がたった。



 あの日以来、なぜかブランドが私に接触しようと何度も突撃してくるようになった。そのたびにカティアやエリアス、ヴェイセル様までもが結託して、ブランドの接近を阻止しまくっている。そのおかげでブランドと顔を合わせることも話を聞く機会もなく、突然態度が豹変した理由が何なのかはまったくわからないままだった。



 それからしばらくして、ギルウィング伯爵家から我が家に手紙が届く。スヴェンの入学によって、中等部でのブランドの身勝手な言動がとうとう露見したらしい。その醜態を詫び、償いの意味も込めてギルウィング家の有責でこの婚約を解消することも考えていること、その場合は跡継ぎをブランドからスヴェンに変更するつもりでいること、ブランドが最後の悪あがきでもう一度だけ私と話し合いたいと言っているけど、応じるか応じないかは私に任せること、などが書かれてあった。



 手紙を読んで、正直がっかりしたことは否定できない。だって要するに、ブランドは廃嫡を免れたくて私と話し合おうとしているわけでしょう? 事情を話して、許してもらえれば婚約は継続されて跡継ぎの座を奪われることもない。しつこいくらい繰り返し突撃してくるのは、そういう意図があるからに違いない。結局は自分本位、自分勝手。ブランドの魂胆がわかって、私自身も会う気にはなれなくなった。



 そうこうしている間にも、エリアスは常に私のそばにいて、一番に優先してくれる。「可愛いね」とか「好きだよ」とかしょっちゅう言われるし、ちょっとでも考え事をしていると「何かあった?」とか心配してくれるし、こういう人と一緒にいられたらきっと幸せなんだろうなと思うこともたびたびある。




 そんな中。




「ルディ、あなたに手紙が届いてるみたいよ」



 学園から帰宅すると、たまたま廊下で会った姉のティルダに呼び止められた。



「手紙? 誰から?」

「ブランドみたいだけど」

「え?」

「あと花束も一緒に贈られてきたって」

「花束?」

「ブランドしては、小癪なことするわね」



 姉は面白いものでも見るかのような目でほくそ笑んでいる。



 ギルウィング伯爵家からの手紙を読んで、うちの両親は衝撃を受け、失望し、それから激怒した。先方の言う通りすぐにでも婚約は解消してもらおうなんて話にもなったけど、姉のティルダだけは「ブランドにも何か事情があったんじゃないの?」と擁護した。



「あの子が理由もなしにルディを蔑ろにするとは思えないのよね。許すかどうかは、ブランドの言い分を聞いてからでもいいんじゃないかと思うんだけど」



 そんなふうに言われて、私も考えてしまった。でも学園では相変わらず、カティアたちの強力タッグによってブランドの接近は妨害され、食い止められている。しかもブランドの豹変ぶりに反感を覚えた多くの生徒がカティアたちに協力するようにもなり、私はますますブランドを見かけることがなくなった。



 このままでいいのか、果たしてどうするべきなのか。悶々としていた矢先の、思いもよらないこの状況。





 受け取った手紙は、確かにブランドからのものだった。



 花束は、白いチューリップ。しかも15本。その意味は『ごめんなさい』だ。ブランドが花束を、それも本数や花言葉の意味をきっちりわかったうえで贈ってくるなんてちょっと考えられない。誰の入れ知恵かは知らないけれど、姉様の言う通り、小癪なことをとちょっと笑ってしまう。まさかこんな、意外すぎるものが届けられるなんて。



 でも手紙の中身は想定外にあっさりしていた。もっとあれこれ、自分の事情や言い訳をこれでもかと書き連ねているかと思ったけれど、『嫌な思いをさせてごめん』『傷つけて悪かった』とただひたすら三年間の言動を謝罪する言葉が並んでいた。そして最後に、できれば直接会って謝りたい、と書かれていた。



 直接会ったらここぞとばかりに言い訳されて、事情を説明されて、許してくれと土下座でもされるかもしれない。跡継ぎの座を奪われかねないのだから、それくらいのことをしても不思議じゃない。自分の立場を守るために、勝手な言い分を重ねて婚約の継続を頼み込んでくるようなら、もう本当に見切りをつけよう。ブランドの言葉や想いを直に聞いて、見極めたうえでこれからのことを考えよう、と決めた。






◇◆◇◆◇






 手紙を受け取ってから四日後。



 私はギルウイング伯爵邸を訪れていた。はじめはブランドのほうがうちに来ると言ったのだけど、両親(特にお父様)が「あんなやつに会う必要などない!」なんて大反対するもんだから私のほうが出向くことになったのだ。



 伯爵邸に到着すると、すでにブランドが玄関で待ってくれていた。



「来てもらって悪いな」

「……全然」



 それが、ほぼ三年ぶりの会話だった。



 間近に立つブランドは見上げるほどに背が伸びていて、声色もあの頃に比べると低く大人びていた。ああ、本当に、ずっとしゃべってなかったんだなと気づく。遠くから姿を眺めることはあっても、その映像に声は乗っていなかったのだから。



 馬車を降りて顔を上げると、なぜか鋭い目つきのブランドに怖いくらいに凝視されている。



「どうかした?」

「いや……」



 慌てて視線を逸らして、「お、応接室に……」と口ごもるブランド。なんとなく気まずい。三年間のブランクを自覚してしまったせいで、お互い妙にぎくしゃくしてしまう。



 応接室に通され、ティーセットを運んできた侍女が退出すると、途端に居心地の悪い沈黙が蓄積していく。降り積もる重苦しさに耐えきれず、口を開きかけたところで低く抑えた声が「ルディス」と呼んだ。



「……ずっと、ごめん」

「え……」

「三年間、ずっと、無視して冷たくあしらって、蔑ろにしてごめん。ほんとに悪かった」

「……あ、うん」

「ほんとに、ずっと傷つけて、すまなかった。嫌な思いをさせ続けてごめん」



 強張った表情のまま、ひと言ひと言、噛み締めるようにブランドが言葉を続ける。その夜のように深い青墨色の瞳は、真っすぐに私を捉えて離してはくれない。



「謝って済む問題じゃないことは、わかってる。今更何を、と思ってるだろうし。ルディスの気の済むまで罵ってくれていい。なんなら殴ってくれてもいいし」

「え? なぐ、殴るの?」

「うん。それで気が済むなら」



 ……実力行使に走ったところで、気が済むわけじゃないんだけど? 発想が武闘派すぎない? さすがは騎士科、と変に納得しそうになる。



「あの、ブランド」



 久しぶりに名前を呼んだら、なんだか胸の奥にほのかな灯りがともった気がした。



「私のことが嫌いになったんじゃないの……?」



 顔色を窺うように小声で尋ねると、ブランドの目に一瞬鈍い光が走る。



「……なんで?」

「なんでって、理由はわからないけど嫌いになったから無視するようになったんだと……」

「違うよ。別に嫌いになったわけじゃない」

「でもほら、学園に入学して、ほかにも可愛い子がいっぱいいるってわかったから私のことが嫌になったのかな、なんて……」

「だから違うって」



 少しだけ声を荒げたブランドは、「いや、ごめん」と言いながら真剣な顔になって眉根を寄せる。



「……そう思わせてしまうくらいの態度だったってことだよな」



 つぶやいて、それから黙って俯いてしまう。



 またしばらく、重い沈黙が続く。



 でも、不思議ともう気まずさは感じなかった。



「じゃあ、どうして?」

「え?」

「どうしてあんな態度をとってたの? 理由があるんでしょ」

「ああ、まあ」

「教えて」



 そう言ってじっと見返すと、少し怯んだようにも見えたブランドが小さくため息をつく。



「……冷やかされたんだよ。中等部に入学してすぐの頃。お前と一緒にいると、クラスのやつらにいろいろ言われて」

「いろいろ?」

「いちゃいちゃすんなとか奥さんが来たぞとかそういう……」



 バツの悪そうなブランドの顔を見ながら、あの頃のことを思い出す。確かに、なんだかごちゃごちゃ言ってる男子がいたかも。でも低俗な輩がしょうもないこと言ってるな、くらいにしか思ってなかった。あと「奥さん」と言われたのはちょっとうれしかったから、放置してたのもある。



「冷やかされたり茶化されたりするのがほんとに嫌で……。言い返しても収まるどころか、ひどくなる一方で……。それでだんだん、ルディスを避けるようになった」

「それだけ?」

「それだけだけど?」

「それだけで三年間ずっと無視してたの?」

「だってもうあれこれ言われたくなかったし、クラスも離れてたし、今更どう話しかけていいのかもわかんなかったし……」



 だんだんしどろもどろになるブランド。今度は私がため息をつく番だった。ちょっともう。なんだそれ。



「そんなの、言ってくれればよかったのに」

「恥ずかしかったんだよ。ほかにもいろいろ言われてたし、恥ずかしくて言いたくなかった」



 むすりと顔を赤らめて、ブランドはそっぽを向いてしまう。ほんとに嫌で、恥ずかしかったんだろう。中等部の一年生の頃なら、面白半分に茶化したり揶揄ったりする男子は多かっただろうし。ブランドって、確かにそういうのすごく嫌がりそうだし。



「でもだからって、あからさまに避けたり無視したり、ひどいこと言ったりしていいわけじゃない。ほんとに自分のことばかり考えて、勝手だった。悪かった」

「ブランド……」

「……だから婚約のことは、ルディスが決めていい」

「え?」



 思い詰めたような表情のまま、ブランドは微動だにしない。



「ここまで蔑ろにして、ずっと傷つけてきたんだ。もう俺との婚約は解消したいって言うなら、そうしてくれて構わない」

「そしたら、跡継ぎはスヴェンになっちゃうんでしょ? それでもいいの?」

「……ああ」



 ブランドは吹っ切れたような、諦めたような、なんとも言えない複雑な表情をする。そして息を凝らすように、私を見つめている。



「ほんとはさ、それで焦ってルディスに会いに行ったんだ。話せばわかってくれると思って、それで許してもらおうなんて甘いことを考えてた」

「ブランド……」

「最低だよな。自分でもほんとに救いようがないなと思ってる。だからもう、いいんだ」

「え……」

「俺はルディスに、許してくれなんて言える立場じゃないからさ。婚約のことは任せる。……あ、でも」

「でも?」

「償いっていうか罪滅ぼしっていうか、ルディスのために何かさせてほしいとは思ってる」



 驚いた。そんなこと言われるとは、思わなかった。



 一切言い訳をせず、許しを請おうともしない。ただただ一心に、自分の非を認めて謝るブランド。跡継ぎの座を失うことをも厭わず、婚約継続の意志決定すら私に委ねようとしている。その無謀すぎるほどの潔さと私の抱えた痛みに向き合おうとする誠実さに、心が揺れる。



「……じゃあさ、こうしない?」



 私はわざと明るい調子で、からりと言った。



「婚約のことは、一旦保留にする」

「え? 保留?」

「ブランドの事情はわかった。でもこれからのことをどうすべきか、正直考える時間がほしいの。ブランドが罪滅ぼししたいって言うなら、何をしてくれるのか見てから、決めたい」

「……いいのか?」



 ブランドの中低音の声は、少し掠れていた。



「いいよ。ていうか、私がそうしたいの」



 ブランドはなぜか、泣きそうな顔をして、笑った。














 



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