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4 唐突に追い込まれる◆

「どういうことか説明しろ! ブランド!」



 目の前に、鬼のような形相の両親と小鬼のように真っ赤な顔をした弟が座っている。



 入学記念パーティーの翌日。



 騎士科の生徒の役割であるパーティーの巡回を終えて夜遅く帰宅した俺は、朝っぱらから派手に叩き起こされて父親の執務室に引きずり出された。



 訳もわからぬままソファに座らされ、見るからに怒り心頭の家族全員から非難の視線を向けられている。



「説明って何を……」

「ルディちゃんのことに決まってるだろ!」



 有無を言わさぬ様子で、父親がすごむ。



 ……ルディ? ルディスのことか? ルディスがなんだ? 寝起きの頭ではまったく何も思い浮かばない。黙って眉根を寄せることしかできない俺にしびれを切らした父親が、忌々しげな目つきをする。



「お前、中等部での三年間、ルディちゃんに何をしてきた?」

「は? 何って……」

「説明できないのか? ならば言ってやろう。お前は三年間、ルディちゃんをひたすら無視し、遠ざけ、蔑ろにして冷遇してきたそうだな!?」

「え」



 思わず目を泳がせる。父親だけでなく、母親も、弟までもがもはや殺気立っている。



「スヴェンからすべて聞いたぞ。お前がこの三年間何をしでかして、逆に何をしてこなかったかをな」



 言われて弟に視線を移すと、スヴェンは小鬼のように目を吊り上げて一気にまくし立てる。



「兄上。僕、学園に入学してから兄上とルディ姉様の話をいろいろ聞いたよ。兄上は中等部での三年間、ルディ姉様とろくに話もせず、それどころか『話しかけるな』とか『あっちに行け』とかひどいことを言って姉様を追いやってたんだってね? それから無視したり冷たくあしらったり、二年生になる頃には一切交流を持たなくなってまるで赤の他人のようだったって聞いたんだけど」

「あ……」

「三年生になってももちろんそのままで、先輩たちはみんな、兄上と姉様の婚約はとっくに解消になったと思ってるんだって。当然、兄上が姉様を捨てたんだってみんな思ってるよ」



 ……何も、言い返せない。



 婚約が解消になったとか俺がルディスを捨てたとか、そんな噂があるのはもちろん知っていた。でもそれは事実ではないし捨てたつもりもなかったから、特に気にすることなく放置していたのだ。



「ちょ、ちょっと待てよ。俺はルディスを捨てたつもりは……」

「お前にそのつもりがなくても、まわりにはそう見えているんだ」

「そうよ。だいたいどういうことなのよ? あなたもルディも何も言わないから、てっきり学園では二人で仲良く過ごしているものだとばっかり……」



 母親が責めるような口調で俺を睨みつける。父親も母親も、幼い頃からリンドール家の二人の姉妹をまるで我が子のように可愛がっていたから、俺に向ける敵意が半端ない。いや、俺のほうが実の息子のはずなんだが。






 幼馴染のルディスとは、お互いが十歳のときに婚約が決まった。



 昔から気が合ってよく遊んでいたルディスと婚約すること自体に、さほど不満はなかった。問題は、学園の中等部に入学してからだった。



 中等部の時点で婚約している生徒なんてほとんどいない。だから俺がルディスと二人でランチルームにいたり廊下で会って話したりしていると、同じクラスの口さがないやつらに冷やかされたり揶揄われたりするようになった。



 ルディスが俺の教室に顔を出すと「奥さんが来たぞー」と言われ、二人でランチルームに向かっていると後ろから「いちゃいちゃすんなよなー」などと茶化され、ルディスのいない教室では「お前たちやることやってんだろー? やらしいなー」とか「うわ、エッチ!」なんて露骨な言葉で囃し立てられる。



 次第にエスカレートするそうした嘲りや冷やかしに、俺はだんだん我慢できなくなっていった。言い返したり黙ってガンを飛ばしたり、すればするほど嘲笑や愚弄はひどくなる。何をやっても外野の野次は収まらず、イラついた俺は八つ当たりするかのようにルディスを遠ざけ、避けるようになった。それでも近寄ってくるルディスに冷たい言葉を吐き、鋭く睨み返し、まるでその存在をまるごと否定するかのように完全に無視するようになった。そんな毎日が続いて、いつしかルディスは俺の前に現れなくなった。



 ルディスとの絡みがなくなったせいかそれともまわりが飽きたのか、気がついたら誰も何も言わなくなっていた。それからの俺の学園生活は、信じられないほど静かになった。安泰だった。そうして、中等部の三年間が平穏に過ぎた。



 ……と思っていたのは、どうやら俺だけだったらしい。



「こ、これには事情が……」

「お前の言い訳なんぞ聞きたくもない。どんなつもりだったのかは知らんが、長い間ルディちゃんを蔑ろにしてきたことは紛れもない事実だろう」

「いや、でも」

「お前がルディちゃんにしてきたことを考えれば、ルディちゃんはもちろん、リンドール家にも申し訳が立たない。いやそれ以上だ。弁解の余地もない。もう合わせる顔がない」

「そこまで?」

「当たり前だ! お前は人をなんだと思ってるんだ?」

「あ、いや……」



 父親は意味深な様子で大きなため息をつく。そして、低く平らな声で言い放った。



「もうお前のことなど信用できん。お前とルディちゃんとの婚約は、こちらの有責で解消することに決めた」

「え?」

「そしてブランド。こんなことをしでかしたお前に家督を譲る気にはならん。俺の跡はスヴェンに継いでもらう」

「は!?」



 俺は思わずソファから立ち上がる。見下ろす家族の顔は、さっきまでの忿怒相から一変、明らかに冷め切っている。



「ちょっと待ってくれよ。なんだよそれ……!」

「当たり前だろう? お前なんぞに跡を継がせる気はない」

「だからなんで!?」

「……なんで、だと……?」



 父親はただ、眉を顰めて俺の顔を見返した。なんだか部屋の空気が重い。息苦しい。父親は硬い表情のまま、ゆっくりと口を開く。



「お前が言い出したんだろう? 『婚約するならルディがいい』と」

「え」

「覚えていないのか? まったく、呆れてものも言えないな」



 うんざりしたような顔をする父親の言葉に、俺は自分の記憶をあっちこっちひっくり返してみる。いや、まったく覚えがない。記憶にない。てっきり、親同士が勝手に決めた婚約だと思っていたんだが。



「己が言い出したことを、自分勝手な都合で反故にするやつなど誰が信用する? それでなくても婚約や婚姻は人生の一大事。一生を共にするという大切な約束事を軽視するやつに、我がギルウィング家を任せられるわけがなかろう?」


 

 諭すような静かな声が、俺を一刀両断する。項垂れる俺に構わず、父親はなおも続ける。



「お前、自分のしたことがどれだけルディちゃんを傷つけたか想像できるか? できんだろう? 人の心の痛みや傷つきを思いやることのできぬ者に、この先何が期待できるというのだ?」



 父親の言葉が、俺に追い打ちをかける。



 俺の脳裏には、あの頃のルディの姿が次から次へと思い浮かぶ。俺に冷たくあしらわれて驚くルディの顔、信じられないというように怯むマリンブルーの瞳、それでも果敢に俺のもとに通い、結局は撃沈して立ち去る寂しげな後ろ姿。傷つき肩を落として光を失っていく顔が、否が応でも頭に浮かんで罪悪感が頭をもたげる。



 と同時に、昨日のパーティーで見かけた弾けるような笑顔がふと頭に浮かぶ。今まで選んだことのないようなまばゆい黄色のドレスを着て、隣には見たこともない派手な黄色の髪をした男が立っていた。その意外な組み合わせに、なんでだか制御できない苛立ちを覚えてついつい見入ってしまったことを思い出す。でもあれって、あの男にエスコートされてたんじゃないのか?



 そう思った俺は、ここぞとばかりに反論を試みる。



「でもルディスだって昨日知らない男にエスコートされてたし、ドレスだって多分あの男に贈られた物だし、それって俺に対する明らかな裏切りじゃ――」



 全部言い終わらないうちに、部屋の温度が一気に下がる。いや、下がるなんてもんじゃない。一気に寒風吹きすさぶ極寒の大地になる。



「お前、本気でそんなこと言っているのか……?」



 父親の顔には、もはや怒りも嘆きも見受けられない。ただただ呆れたように目を見開くその横で、今度はスヴェンが牙をむいた。



「兄上、まだそんなこと言ってるの? じゃあ兄上は、姉様にドレスを贈ったの? 昨日のパーティーで姉様をエスコートする約束をしたの?」

「え……」

「婚約者がドレスを贈ってエスコートするのは当たり前のことでしょ? でも兄上はずっとドレスを贈ってないし、エスコートのことにしたって姉様に何も言ってないよね?」

「それは……」

「姉様にあのドレスを贈ったのは、エリアス・ブレシル侯爵令息だよ。あの人は入学初日、みんなの前で姉様に告白して、それからずっと一緒にいるんだよ。エリアス様がどれだけ姉様を大事にしてるか、中等部にだって噂は聞こえてきてるんだから」

「は? そんなの、俺は全然……」

「ほんとはね、兄上が姉様を蔑ろにしてるなら、兄上との婚約を解消して僕が代わりに姉様と婚約してもいいと思ったんだよ。だって婚約って、家同士のつながりでしょ? 兄上がそんなだったら僕のほうがよっぽど姉様を大事にできるもの」

「な、何言って……」

「でも姉様からしたら僕はやっぱり弟のようにしか思えないだろうし、そしたらエリアス様が姉様に告白したって聞いたからさ。あの方なら、姉様を任せられるって思ったんだ」



 俺以外の家族全員はまったく同じ意見なのだろう。スヴェンの言葉に父親も母親も大きく頷いている。



 いや、ちょっと待てって。



 なんで俺、こんな唐突に追い込まれてるんだ?


















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